4 異世界へ
「本気でやるんですか。」
さて、順次配下達に長期の休暇を与えた日からはや10年。配下に与える休みも徐々に長くなり。
今ではそれぞれが一月の長期休暇を楽しむまでになっていた。
恒例行事としながらも、魔王は彼自身が休みを取るためにと、あれこれと手を打っていた。
各地に配置した分身体を減らしていき、今となってはもう存在しない。
各部署への根回しも忘れず、国民への周知徹底も行った。
他国との会談の折には、話題として出し、協力を求め相変わらず何を思ったか突っ込んでくる人の国、その間の結界をそれはもう強力な物に変えた。
これまでは他の国に流れなかったが、彼の国に攻められない、そうなってしまえば他国に流れるかもしれないからと、既に防衛協定も新しく締結して。
そして、今日のこの日、魔王である彼にしても見る、世界樹、その根を経由して行われる異世界への移動、それを行うための魔法陣が今彼の周りを囲んでいる。
出立の見送り、それを望むものも実に多くいたのだが、そもそも異世界に行くとはいっても、休暇に行くのだ。
そこまで大々的な見送りは、勿論王が休暇として旅に出るならそれは国事ではあるが、そう大げさにしてくれるなと、フィオレと二人いつもの執務室から出発することとなっている。
「余は本気だとも。酔狂を口にすることはあっても、己の行動、それについてはすべて実現してきたのだから。」
心配げなフィオレに対しても、彼はいつも通りといった様子で応える。
そもそも彼女が、彼が使えない物である以上難度は定かではないが、失敗するなど微塵も考えていない。
現に今も自身を取り巻く球状の魔法陣、そこに刻まれている彼女のみが扱う文字列の記憶に余念がない。
「はぁ。三年、こちらの時間でよろしかったですか。」
「うむ。異世界では時の流れが違うと、そういったのは其方であろう。」
「一応、その辺りも抑制しますし、繋がりは作っておきますけど。」
「ほう、そのような事が出来るのか。いやいや、その口ぶりからすれば、既に試したか。」
「ええ、休みのたびに、他の世界に送ってみましたよ。」
「余が初めて界渡りを行うわけではない、その事が残念ではあるが、まぁよい。」
そう彼が鷹揚に言えば、彼女からはため息が返ってくる。
あちこちへとこの10年。休みのたびに同じ時期に休む同僚を送り出し、その話を聞き。ついでとばかりに送った先の異世界で会話を成立させる、そんな緊急事態への対策も、どうにか開発できたのだ。
ただ、それを行えるものはやはり彼女しかいないのだが。
「くれぐれもちゃんと休暇としてくださいね。」
「ふむ。もとよりそのつもり。」
「嫌ですよ、私。こちらに呼び戻そうとしたときに、新しく国を興したからそちらに分身体を残したいとか、そんな話をされるのは。」
言われて彼は少し考え、彼女の心配を否定する。
「流石に3年では国を興すには足りぬな。10年あればどうにかなろうが。」
「やめてください。それを考えるのも。」
「其方が言い出したことではないか。」
「はいはい。申し訳ございませんでした。」
そうして、これからしばらくは。連絡ができるとはいえ非常時以外は控えるだろうから、暫くは楽しむことができなくなるやり取りを彼と彼女は楽しむ。
であって既に1500年。
思えば年単位で離れるのは初めての事である。
そうして、そろそろ出かけようかと、そんな事を彼が考え出すと、魔法陣に変化が起こる。
「ほう。これは。」
「おや、異世界からの干渉ですか。」
「ふむ。こちらは随分と程度が低いものではあるが、我でも分かるものだな。」
「どうしましょうか。」
「何、呼ばれたのなら出向いてやろうとも。これも縁だろう。」
「良いのですか。何か用があるとなれば。」
彼女の不安に彼はただそれを笑い飛ばす。
「良いよ。世界樹経由で我に限らず誰かを呼んでいるのだ、それもこの程度の術式でな。
ならばそこで起こっている問題など、それこそ些事であろうよ。」
「込められているマナも大したことありませんし、そうでしょうけど。それにしてもよくここまで届きましたね。」
「世界樹のマナを使っているのであろうな。」
「勝手な事を。」
母体、花の精ではあるものの、そうともとれる物の栄養を勝手に使う、その事に彼女は不機嫌になるが、そもそもこれは世界樹自身が良しとしているようなのだ。
ならばそこに異議を差し挟むものではないと、そう彼は彼女を宥める。
「まぁ、なんにせよ呼ばれたところに行くのだ、無作為にという訳でも無い。
向こうに付いたら一度連絡をしてくれ。休むにふさわしくない場所であれば、我としても旅行先を変えたい。」
「分かりました。」
「ふむ。向こうで余を捉えたか。さて、思いがけぬ形となったが出立である。」
「ええ、くれぐれもお気をつけて。」
「何、余には無用の心配であるな。」
彼が呵々と笑ってそう答えると、彼女はただため息をつく。
「心配しているのは、陛下が向こうであれこれと騒動を起こさないかですよ。」
「何を言う。余は城下で休むときにも問題など起こしていないではないか。」
「それは皆が陛下を存じ上げているからです。ああ、発動しますね。
では陛下。また後程ご連絡させていただきますね。」
「うむ。後は任せた。其方、フィオレ。余と最も長く連れ添うものよ、其方には魔王代理、我の名を使い発言をすることを我の不在の間は許そう。」
少々大仰に彼がそんなことを言えば、そんな事は良いからと彼女は手を振る。
「それをやる前に陛下を呼び戻しますよ。それではしばらくの休暇、どうぞお楽しみください。」
「うむ。余にしても初めての試みであるからな。まさに胸の躍る気分である。」
その言葉を最後に、魔法陣に包まれた彼の姿が消える。
後には広い執務室、これから仕事が大変だと、ため息をつく彼女が残るばかり。