1 とある世界の魔王様
政務に疲れた魔王様。
「3年程休暇が欲しい。」
それが口癖になるほどに日々仕事に追われて疲れ切っていました。
そもそも彼がやらなければいけない仕事、そのような物は無いのです。
彼の優秀な部下たちに既に裁量権は与えられ、本来であれば彼らが全て行えるものなのです。
しかしながらその全ての判断は一々魔王様の元に持ち込まれます。
それこそ、その魔王様でなければ持ち込まれる書類、それを確認することもできず、ただただ積みあがるそれが部屋を埋める、それほどの量なのです。
しかし魔王様は非常に、困ったことに非常に優秀でした。
本来であれば、全ての部下が、直属としては数十人、それでも誰もが口をそろえて優秀だ、そういう部下たちの仕事を鼻歌交じり、片手間に確認し、問題があればやり直しを命じ、改善案を作り、問題がないものについてもより良くするにはどうすればいいのか、そんな案を次々に出せてしまうほどに。
だから誰も彼もが魔王様を頼ります。
彼らは知っているのです。彼の魔王こそ至高の王。どの国民よりも優れ、茶目っ気や遊び心を忘れない。時には町におりて王都の子供たちと遊んでいるその姿を見て、国民たちはただ彼の魔王を称えるのです。
彼こそが至高のお方。あらゆる魔物の頂点。彼の魔王の前では、あらゆる魔物が霞むのだと。
「全く、困ったものだな我が愛する国民たちよ。我は休みが欲しいと、その願いは叶えてくれる素振りもない。」
今日も魔王様はそんなことを嘯きながら手早く仕事を片付けて、再度計画すべき事態がある書類の全てを差し戻し、問題がないものには許可を出し。
他の者であれば一月はかかる仕事を半日と少しで終わらせて、城下町で国民たちと楽しく過ごしていました。
「いやいや、それならお子を設けましょうよ。御身がお一人だからこそ楽にならないのです。」
「妻か。」
「ええ、魔王様ならより取り見取りでしょうに。」
そんな魔王様はこうして子供たちと遊ぶたびに、その両親に捕まっては説教をされるのです。
いい加減に妻を持ち、子供、跡取りを考えてはどうかと。
ただ、魔王様の返事は決まっています。
「こう、ピンとくる相手が居らぬのだ。多くの物語によれば、身を焦がすほどの熱が生じると、そう聞いておる。
それに跡取りと言われてもな。我が子とて国に害をなすと思えば継がせぬよ。
我が愛する国を、民を気づ付けるのであれば、それはただの敵である故な。」
そうして国民たちと笑いあい、城下で過ごすのは一日のうちいくらか、長くはない時間ではありましたが、魔王様にとっては大事な時間だったのです。
だからこそ、人族こそが至上だとそう言ってはばからない国が攻め込んできたときは、早々に戦場に向かい、国土が荒らされる前に、魔王様が方を付けるのです。
「愚か者どもよ。ただそこに在るものを貪り奪う事しか考えられぬ、蝗害の如き虫けらよ。
さっさと失せよ。我が国境を侵さぬ限り、我らが貴様らを追う事もない。」
国境は魔王様と、家臣の手による結界が守ってはいますが、とても大きな国です。
どうしても穴が出来て、そのたびに彼らは侵入してくるのです。
魔族の国、その防衛を担う人々はいつも頭を悩ませています。
毎度毎度国境の審判を行い、国民に剣を向ける。
しかしそんな彼らはあまりに弱く、剣を向けられてびっくりした牛人の子供がうっかり突き飛ばし、大けがをさせたことも有りました。
その時はどうにか死なせないようにと、防衛隊の医療部隊の物が、懸命に処置をしたものです。
「いったい彼らは何をしに来ているのでしょうか。」
「2000年来の疑問であるな。その方らは我が知に勝るものは無いなどと持ち上げてくれるが、そうは思えぬ。
かれこれ2000年、その応えは見つからぬのだ。」
ただ、そんな彼らを誉めるとすれば、魔王様が己の能力を驕ることが無い、そうしてくれた事だけでしょうか。
周辺の怪物の討伐。それらが主任務であったはずが、いつからか警備部隊も増設され、国境の警備を行いながら国のいたるところ、都市以外の場所に発生する化け物を日々討伐するようになりました。
その片手間に人と名乗る集団の相手をしている魔物たちは、今日も頭を悩ませます。あまり怪我をさせずに追い払う、それはとても大変な事なのですから。
そんな魔王様が収める王国。世界樹を中央に擁し、そこから溢れるマナの恩恵を受け、のびのびと、平和な日々を誰もが過ごしています。
周囲にはマナの残滓が変容した怪物が現れますが、それの討伐は危険があるとはいえ魔王様にとってはそれこそ片手間。優秀な軍人たちにとっては、程よい職務、その程度でしかないのですから。
勝手に攻めて来るよくわからない相手はともかく、残りの三方向に存在する国との関係は良好そのもの。間に他の三国があるため、唯一人の被害を受けていない国がたまに四者の階段で置いてけぼりになってしまう。そんな問題はありましたが、魔物の国は、とても優秀な魔王様。優秀なその配下たちによって、今日も多くの人が笑って行きかう、そんな日々を過ごしていました。