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第七話 執務室での一幕


「……エリオ」


「なんだ、クリス?」


「口調、口調。昔に戻ってるって」


 宰相執務室を訪れたサルバドール王国国王、クリス・サルバドールは執務室の机でガリガリと仕事をこなすエリオの姿を見てため息を漏らす。口調が昔――まだ幼いエリオとクリスが幼馴染として城内で遊んでいた時に戻るのはストレスが過剰にかかった時のエリオの悪い癖だ。


「……此処にはほかに誰も居ない。別に良いだろう」


「そりゃボクは構わないけどね?」


 そう言って呆れた様な顔を見せてエリオの執務机の前に置かれたソファにドカッと腰を降ろすと、手に持った書類をひらひらと振って見せる。


「見たよ、コレ。『勇者アリス・ワンダーランド警備体制案』。流石、エリオってとこだけど……やり過ぎじゃない、これ?」


「問題ない」


「問題あるよ……陸軍師団二個と魔法師団一個だよ? 流石に過剰な戦力な気もするけどね?」


「魔王だぞ? 戦力的にはまだ十分とは言えないのでは?」


「そっちじゃないよ」


 そう言ってクリスは指を『〇』の形にして見せる。


「お金。マニー。ちゃんころ。予算が結構かかるじゃん?」


「それに関してはこちらだ」


 そう言って差し出された書類を受け取ったクリスは視線を書類に落とす。そんなクリスの頭上にエリオの声が降ってくる。


「最近、この大陸に幸いにして大きな戦争はない。最後の実戦は、十五年前のスモロア皇国との小競り合い、それもごくごく小規模な戦いだ」


「有難い事じゃん。いいね~、平和って。このまま戦争が無くなって、恒久的な平和が訪れればいいね~」


「本気で言っているか?」


「全然」


「国家にとって国家とは敵か、いずれ敵になる敵しかいない。このまま恒久的な平和が続くなんぞ、為政者が夢見ることではないさ」


「まあね。んで? 兵の練度を保つための軍事演習ってことで魔王討伐?」


「有体に言えば。師団同士の決戦だって十分金が掛かる。陸軍はまだいいとして……問題は魔王師団だな。特に戦略級の魔術師は魔法を撃ってなんぼの世界だ」


「まあ、下手に戦略級魔法なんてぶっ放された日には山やら川やらの地形も変わるしね。地図書き換えるのも大変だし、それなら魔王相手に有効活用して貰おう、って感じか~」


「そうだ。加えて、魔王撃滅後は高純度の魔石が取れる。枯渇こそしてないが、それでも高純度の魔石はあればあるほど良い。魔石ビジネスはやはり旨みがあるしな」


「まあね。特に羨ましがるんじゃない、マリアちゃんのとこなんて」


「スモロア皇国は国土に魔石算出地が無いからな。あそこは魔石消費量のほぼ十割を輸入で頼っているし、高純度の魔石は喉から手が出るほど欲しいだろう。値段を釣り上げても買ってくれるさ」


 エリオの言葉にクリスは肩を竦めて見せる。


「ま、それじゃそっちはいいや。それで? 大聖堂と教皇庁にはどうやって出させたの?」


「それこそ、どちらでも良くないか? 大聖堂や教皇庁の騎士など我らの感知するところでは無いだろう? 究極、死のうが生きようが」


「まあね。でも、その為に我が国が不利になる状況になって貰ってはこまるしさ?」


「……私がその様の事をすると?」


「しないと思うよ。だから、ただの確認――ああ、でもわかんないかな? アリスちゃんの事ならエリオ、この国なら売り飛ばしそうだし」


「そこまで薄情ではないがな。まあ、特に何も交換条件を出したわけではない。ああ、交換条件は出したが、それはこちらから『なにか』を供出するものではない。単純に、『今まで通りの生活が続けたければ言う事を聞け』といっただけだ」


「……援助の打ち切りか~。そりゃ、教皇庁も大聖堂も困るよね~。良いの? また言われちゃうよ? 『邪教徒』って?」


 少しだけ揶揄うようなクリスの視線に、エリオがふんっと鼻で笑う。


「今更だ。お前もそうだろう、クリス? 今更……女神なんぞ信じているのか?」


 エリオの言葉にもう一度クリスは肩を竦める。


「ぜーんぜん。もし、ホントに神様がいるのだとしたら――」


「――『俺たち』が国王や宰相なんぞやっているか」


 言葉を引き継いだエリオに、クリスは笑みを深める。


「信じたい人には信じさせて上げたら良いよ。人心を安定させる為にもさ。別に神が居なくても道徳的には役に立つからね、宗教ってやつは~」


「道徳的にも腐っているがな、アレクシア聖教なんぞ」


「サーシャちゃんが泣くよ?」


「……サーシャが信じるなら構わんさ。認めない、許さない、信じない。だが――侵さない。そういうかかわり方をしようと決めただろ? 『あいつら』とは」


「……まあね」


「私が信じられるものはこの世界ではサルバドール公爵家の面々、クリス、それにサーシャまでだ。その他の人間がどれほど死のうが関係ないし……それを守るためなら出来る事はなんでもしてやる」


 ギラリとした目でクリスを見つめるエリオの姿にクリスが大きく、大きく嘆息する。


「ま、エリオがそう言うのは分かっていたけどね? それで? 軍隊は分かったけど、アリスちゃんにくっついて行軍するのは流石に――」


「そんな事はさせない」


「――色々と問題が……え?」


「アリスは自身の成長の為に魔王退治に行くのだぞ? そんなアリスの後ろにぞろぞろ軍隊なんぞ付き添わせてみろ。アリス自身の成長にならんだろう」


「……いや……まあ……うん」


「アリスに気付かれない様にアリスを守りつつ、アリスが止めを刺せる程度まで道中の魔物を弱らせて最後はアリスに譲る。そうすることでアリスは成長をするだろう」


「……成長するかな、それ?」


 完全に口を開けて『あーん』している雛鳥に餌をやる親鳥みたいなもんだ。


「流石にアリスちゃんも気付くんじゃない?」


「そこを上手くするのが陸軍と魔法師団だろ? なんのために高い給金を払っていると思っている! その程度の事が出来ないとは言わせんぞ!!」


「……別にこのために給金払っているわけじゃないけどね?」


 クリスのため息だけが、エリオの執務室に漏れた。


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