RPGさんと一日
息抜きのときに、何となく思い浮かんだバカなお話。
春日椎は僕の隣の席に座っている、ちょっと変わった女の子だ。
容姿はいたって普通。推して可愛いというわけではなく、だからといって不細工というわけでもない。特に浮くこともないだろうし、目立つこともないだろう。あのおかしな性格がなければだけど。
『RPGさん』。
それが彼女の通称。
「あっ…!」
「どうしたの春日さん?」
「この妙に広い空間、そして止まったBGM」
「さっき本鈴が鳴ったからみんな席に着いたんだよ」
「絶対ボスイベントだ!」
「ただの授業だって」
「きっと何かが起こる!」
その時ちょうど先生が教室に入ってきた。分厚いプリントの束を抱えて。
「今日は、授業の前に抜き打ちでテストを行います。これまでの授業を聞いていれば簡単に解ける問題ばかりですから、皆さん頑張ってください」
教室中から聞こえるブーイング。抜き打ちテストへの不満の声だ。
「…うわっ、抜き打ちテストだって」
「………ない」
「ん?」
「逃げられない」
「………」
「逃げられない!」
「…そりゃイベント戦闘だからね」
「逃げられないっ!!」
なんとか抜き打ちテストは終わった。手応えはと言うと、不安が募る一方で…。
「それにしても春日さんすごいね。予知能力みたいだよ」
「ダンジョンで突然だだっ広い場所に出たら絶対イベントが起こるんだよ」
「ダンジョンって…、ここ学校だよ」
「学校がダンジョンになる場合もある」
「う、うーん、そうだけど…」
「ほら、モンスターも出るし」
春日さんは自分の机の上を指差した。そこにはちょっと大きめの黒いゴミのような物があった。
「ジャイアントフライ」
「うん、大きな蝿だね」
「これを…」
春日さんは教科書を掴む。
「こうすると」
そしてそれを勢い良く振り下ろす。
ぷちっと蝿は潰れた。
「経験値が入る」
「そ、そうなんだ」
「ちなみにレベルアップしました。各パラメータが上がって特技を習得」
「特技って?」
「…見てて」
そこへもう一匹ジャイアントフ…、もとい、大きな蝿が現れた。ぶんぶんと飛んでいる。
春日さんはそれを見据えるとおもむろに右手を出す。
そして…。
「グリップアーム!」
と、恥ずかしい技名を叫びながら蝿を掴み取ってしまった。まさに早業。その手の動きは瞬間的に音速をも超える。という表現は大袈裟か。でも、とてもさっき覚えた特技とは思えない熟練度を感じたのは秘密だ。
「ほれ」
春日さんが手を開くと蝿がポトリと落ちた。
「お見事です」
けれど、叫ぶのはやめてほしいです。静まり返った教室。視線は全て僕ら一点に集まっていた。
午前中の授業が終わった。昼食の時間だ。僕は弁当を持ってきているから教室で食べます。いつも一緒に食べてる友達は今日は休み。残念ながら一人で食べることになった。
「んー…」
弁当を広げると、隣で難しい顔した春日さんがこっちを見てた。
「どうしたの春日さん?」
「篠原くんは初期レベルのままなのかぁ」
「僕は一般人だよ。言うなれば村人みたいなものだもん。レベルとかは関係ないよ」
「どうして篠原くんはレベルが低いままなのか」
「え、なんでわざわざそんなイラッてするような言い回しにしたの?」
「そんな篠原くんにこの飴玉をあげるよ」
「あ、ありがとう」
飴玉を受け取ると、春日さんもお弁当を食べ始めた。
訳が分からなかったけど、とりあえず僕も弁当を食べる。
弁当はいつもすぐに食べてしまう。その方が昼休みの時間を有効活用できる。友達と喋ったり、寝たり。用途は様々。まぁ、要はゆっくりできればいいのだ。でも今日はいつも話してる友達が休み。少し眠たいしあまり動く気がしない。
あ、そういえばさっき春日さんにもらった飴があったな。ポケットからそれを取り出す。なんてことはない。普通のコーラ味の飴だ。袋から出してもやっぱり普通の飴だ。
それを口へと放り込む。
「ててててーん!」
どこかで聞いたような効果音が聞こえる。
「篠原くんのレベルが上がった」
春日さんだった。
「僕は某ポケットに入っちゃうモンスターですか…」
「気にしない気にしない」
一日の授業が終わった。僕は帰宅部だからそのまま家に帰る。
それにしても春日さんは本当に変な人だ。素なのかキャラ作りしてるのかはわからないけど、正面から向き合ってみてよくわかった。本当に重度の変人だ。だけど、まぁ、ちょっと面白かったかな。
あんな人も居るんだね。世界は広いです。というか、日常の出来事は以外とRPGのそれと結びつけられるんだな。
となると、学校から家までの道程はフィールド画面って事になるのかな。野良猫はモンスター。ストレイキャットってところかな。あの角の家に居る番犬は、ガーディアンドッグか。しかも近づかなきゃ発生しないイベント戦闘。あそこに落ちてる財布は宝箱かな。開けたらお金が手に入る。って、猫ババじゃん! …あ、先に開けられた。そうか、宝箱も普通早い者勝ちだよな。
うん、でもちょっと面白くなってきた。
などとバカなことを考えているうちに家に着いた。
「ただいま」
「………」
「………」
「………」
「…ん?」
ふと後ろに気配を感じたので振り返る。
「うわっ! 春日さんいつのまにっ?!」
「フィールドじゃ先頭キャラしか表示されなくて…」
「あー…、そんなのもあるよね。…って、いつ僕らはパーティになったのさ?」
「今日」
「へ、へぇ。それで何か用?」
「これ」
「飴玉…。また?」
「これから先、レベル3は無いと厳しいから」
「そ、そうなんだ…」
「そういうことだから。じゃ、ばいばい」
「う、うん、ばいばい」
そうして春日さんは帰っていった。
何がそういうことなのか分からないけど、なんだか仲間にされてしまったようだ。