三日目 遭遇
一昨日、昨日に引き続き、愛紗ちゃんに会えたのだから、
今日もなんとなく会えるんじゃないかと思っていつものコンビニに来た。
だがそこには愛紗ちゃんはおらず、
しょうがなく俺は自分の昼御飯だけを買う。
ちなみに昨日のプリンは俺の家の冷蔵庫に入れておいた。
置いたままだと腐りそうだし、また会えたら渡してあげようと思っている。
だが会える気がすると言っても、会えなかったときはやはり腐ってしまう。
なのでプリンは冷蔵庫に入れたままだ。
なんとなく残念な気持ちになったが、
気分を入れ替えて昨日の公園でご飯を食べようと思って立ち寄った。
するとそこには愛紗ちゃんがベンチに座ってご飯を食べていたのだ。
「今日も黒糖パンとコーヒー牛乳か」
今日も今日とてワンピース。
一昨日と色は同じ白のワンピースだったが、
この前とは違い花柄でレースの肩紐が可愛らしい。
そして無事お金は解決したのだろう。
と言うかなんでお金を持ってなかったんだ?
と今更ながら疑問が湧いてきた。
そもそも昨日だって家に帰ったはずだ。
いや、ポッケに入れてあると思ったお金が足りなかったのだろう。
なんとなく自分で結論をつけていると、
こっちを振り向いた愛紗ちゃんから、半ば想像した答えが返ってきた。
「あ、ロリコンさん」
「やめろっ!誰かに聞かれたらどうするつもりだ!」
人の少ない夏休みの昼下がりの公園。
かと言って誰もいないわけでもない。
そんな中、ロリコンなどと言われている所を聞かれてしまっては俺の今後が危ない。
しかもそれが知り合いだったりしたら尚更だ。
まあそう言われるんじゃないかとは思ってはいたが。
「どうにかするのはロリコンさんの方でしょ?」
「それもそうか」
と、納得しかけてしまった。
それは本当に俺がロリコンだった時だろう。
「やっぱりなにかするつもりだったんですか。変態」
俺が納得してしまった事でさらに警戒心が上がる。
自分の身体を抱きかかえる様にし、こちらから距離を取った。
「いや、しねぇよ!さらに屈辱的な物を追加するな!」
だがしかし一昨日と比べてかなりフランクになった気がする。
きっと愛紗ちゃんも冗談のつもりだろう。
そう思うとなんだかこのやり取りも微笑ましくなってくる。
「それで?今日はどうしたんですか?元気にロリっ子ハントですか?」
……冗談じゃないかもしれない。
少し緩んだ俺の頬は一気に垂れ下がる事になった。
「ロリっ子ハントってなんだよ……。そんな事してないから……」
愛紗ちゃんの誤解を解くのは先が長そうだ。
このままだといつまでも俺の事をロリコンと引っ張りそうだったので、
俺は話題を変える事にした。
「それより愛紗ちゃんの方こそ昨日はどうしたんだ?いきなり走っていくもんだからびっくりしたぞ」
そう言うと、なぜか顔を俯かせる。
ちょっと話題を変えようと思っただけだったのだが、地雷だっただろうか。
「……別に何でもないです。急用を思い出しただけです」
「おねだりしたプリンも置いてか?」
俺の言葉に黙り込む愛紗ちゃん。
これ以上深く聞かない方がいいかもしれない。
俺としては何か困っている事があれば力になってやりたいとも思うのだが、
この様子だと話してはくれないだろう。
「まあ……無理に聞くつもりはないけど……」
なんだか気まずくなってしまった。
俺は対話するつもりでベンチの反対側に座る。
仲良くなりたいとは思っている物の、この子との接点は非常に少ない。
それに仲良くなりたいのも大半は俺が暇だからって理由だ。
でも、なんとなくだが愛紗ちゃんとは仲良くなれる気もしていた。
三日間連続で会える縁もある事だし。
「そういえばあの男とは会えたの?」
これも地雷かもしれない。
だが、俺には多少の打算もあった。
こういうのは少しずつ打ち解ければいい。
俺が歩み寄ればきっと愛紗ちゃんも心を許してくれるだろう。
「……まだですけど」
「じゃあさ、俺も手伝おうか?さすがに家の場所とかは知らないけど」
俺の予想通りあの男とは会えていないようだ。
なぜそう思ったかって?
それはただの勘だ。
別に何の根拠もない。
なんとなくそうじゃないかと思っただけ。
そしてその勘は当たった。
だが愛紗ちゃんはそれを聞いて少し悩み始める。
それは当然だろう。
そもそもあんまり深入りされたくない事情のようだったし。
だから俺は頭で用意していた言葉を投げかけた。
「別に無理にとは言わないけどさ。見つけたら俺は立ち去るし事情も聞かない。俺のせいで機会を逃したわけだし、手伝いくらいさせてよ」
これで愛紗ちゃん的には問題ないだろう。
愛紗ちゃんとあの男を二人にさせるのは少し不安だが、
最初の状態に戻してあげるだけだ。
俺は深入りせず、探すだけ。
これならば愛紗ちゃんの手伝いができるんじゃないかと思ったのだ。
なぜこうも愛紗ちゃんに構おうとするのか。
答えは明白だ。
決してロリコンだからじゃないぞ?
つまりは俺が暇なのだ。
もちろん邪魔してしまった罪悪感もある。
謎も多き女の子だが、俺の暇な時間を使ってこの子を手伝ってあげれば、
俺の暇もこの子の問題も解決する。
お互いWIN-WINだ。
「でも……………」
愛紗ちゃんは考え込んでしまった。
少なくとも一考の余地はあるらしい。
しばらくすると、こちらを値踏みするように目を向けられる。
なんだかそんなに見つめられるとむず痒い。
俺も黙って見つめていると、やがて諦めたようにため息をついた。
「わかりました。ロリコンさんの案を受け入れます」
どうやら俺を値踏みをした結果、合格したらしい。
「ロリコンはやめてくれ」
「……椿さん。これでいいですか」
名前覚えててくれたんだな。
ちょっと感動。
大したことではないが、
今までロリコンロリコンと呼ばれていた俺には進歩だ。
「さん付けとか慣れてないから椿って呼び捨てでいいよ」
俺は年下にも寛容なのだ。
協力関係という事で、とりあえず握手でも、と思い手を差し伸べた。
すると愛紗ちゃんは少し照れくさそうに俺の手を握り返し――
「私も愛紗でいいです。ちゃん付けは子供っぽく見られて嫌なので」
「わかったよ、愛紗」
俺達は握手を交わし、お互いを名前で呼び合う大進歩を見せたのだった。
◇◇◇
それからは二人で一緒に探索へ………。
という事にはならず。
「それでは見つけたら教えてください」
と愛紗は走り去っていった。
どうやって?
と言う俺の疑問は走り去っていく愛紗ちゃんにはもちろん届かない。
だが約束は約束だ。
体よく逃げられた気もするが、
握手して名前で呼び合ったのにそんなつもりもないだろう。
そんなこんなで俺は一人寂しく路地裏を散策していた。
別に普通に街中を探せばよかったのだが、
最初の時も路地裏で見た印象のせいか、
路地裏を探すのが当たり前と思っていたのだ。
「やっぱり路地裏なんかにはいないか」
不良のたまり場と言えばどこだろう。
田舎の不良はコンビニに集まる。
なんて話も聞いたことがあるが、
ここら辺ではコンビニにたむろっている不良など見た事がない。
そもそも名前も覚えていないような相手だ。
見た目が印象的だから不良の有名人と覚えていただけで、
詳しい話など一切知らない。
「ん-……ゲーセン……とか?後は……どっかの駐車場……?」
自分で申し出た割にはあんまり戦力になっていない気がする。
だが人手が二倍だし、そもそもこの町はそんなに広くもない。
今は人も減っているから人ごみで分からないという事もないだろう。
いずれ見かけるだろう。
そんなつもりで移動しようとした時だった。
つかつかと足音が近づいて来る。
俺が足音の方に振り向くと、そこにはあの男がいたのだ。
「あ!不良発見!!」
ついなんだか嬉しくなってしまってそう叫んでしまった。
それがいけなかったのは自明の理だろう。
「あ?なんだてめぇ。喧嘩売ってんのか」
男は顔に青筋を浮かべ、明らかに怒っている。
「覚悟はできてんだろうな」と、よくあるセリフを吐きながら、
指をポキポキと鳴らせている。
(あ、俺死んだかな)
二度目の対峙にしながら、一度目と同じことを思う。
だが男は見つかった。
ならば愛紗を呼ぶだけだ。
呼ぶだけなのだが……。
(だからどうやって!?)
あの電波少女の事だからもしかしたら呼べば駆け付けるかもしれない。
そんなありえない事を妄想しながらも、危機は一刻と近づいていた。
じりじりと後退する俺。
普段ならとっくに逃げている所だが、この男を見つけるのが目的なのだ。
ここで逃げてては意味がない。
「ちょ、ちょっと待てって。とりあえず話し合わないか?」
「あ?何を話すって?そもそもてめぇ誰だ」
それはこちらも聞きたい所だ。
だがお互い自己紹介を、と言う雰囲気でもない。
万事休す。
そう思った所に声が響いた。
「椿!その男を捕まえろ!!」
声は愛紗のものだ。
だが突然捕まえろと言われても頭が追い付かない。
そもそもビビり散らかしている俺が捕まえることができるわけもなく。
「ちっ。なんなんだてめぇ!」
男はなぜか反対方向に逃げ始める。
よくわからないが捕まえろと言われた言葉に反応して、俺も走り出す。
捕まえる方法など思いつかないが、少なからずタックルすれば……。
いや、その後俺の身はもつのか?
ボコボコにされて終わりじゃない?
走りながらそんな事を考えていると、路地裏の終わりが見えてくる。
「ま、待て!!」
路地裏と言ってもここは多少入り組んだ路地裏だった。
しばらく全力疾走で走った俺は早くも息が上がり始めている。
このままでは逃げられてしまう!
そう思った瞬間だった。
「なっ!……どこから降ってきやがった!」
路地裏の終わりでいきなり上から愛紗が降ってきたのだ。
当然男は立ち止まる。
俺もそれにつられ、足を止める。
田舎とはいえビルはある。
この路地裏はそんなビルが並び立つ路地裏だ。
決して低くないそのビルの上から降ってきたとは思えない。
だとしたら本当にどこから降ってきたのだろう。
だがそれを思案する前にさらに驚愕な事が目の前で起こり始める。
「一昨日も昨日も、おめぇは一体何なんだ!舐めてんのもいい加減にしろよ!」
男が愛紗に殴り掛かったのだ。
俺は本能的に危ないと思い、愛紗を庇おうと足を動かした。
だが反対にいる愛紗に届くわけもなく、男の拳は愛紗に降りかかる。
愛紗!!と叫ぼうとした瞬間、愛紗はひらりと拳を避け、
その勢いのまま空中に飛び上がった。
そしてワンピースだという事も忘れたように男に蹴りを入れて見せたのだ。
しかも、ワンピースなのに、なんて言えないほどの速い蹴りを。
「ぐっ……てんめぇ」
それを受けてよろめく男。
俺もその光景に足がまた止まっていた。
何が起こった?
それが素直な感想だ。
さも当たり前かのように悠然と立つ愛紗。
さすがに少女の蹴りでは効果が薄かったのか、男にそんなにダメージはなさそうだった。
だけどあの高速の蹴りでダメージがないのも違和感がある。
そこからは怒涛だった。
キレた男が何度も殴り掛かり、愛紗がそれをさらりと躱し、
また蹴りを入れる。
その繰り返し。
男の拳速も俺には早く見えた。
俺なら一発でノックダウンだろう。
だが愛紗は怯むことなく蹴りを入れる。
男も敵わないとわかったのか、何度かのやり取りで諦めたようで、
不意にこちらに向き直り――
「どけっ!!」
「えっ―――」
「椿!!!」
猛前と走ってきたと思えば俺をなぎ倒し、走り去ってしまう。
俺は咄嗟の事に反応できず、
力任せに振り回された腕によって壁にぶつけられてしまう。
「うぐっ……」
適当に振り回された拳でさえこの力なのだ。
本気で殴り掛かっていただろうあの殴打が、
愛紗に当たっていたらどうなっていただろうか。
だが愛紗はそんな事も構う様子もなく、男を追おうとする。
だが、足を止め、こちらに振り向いた。
「……やっぱり……お前はもう関わるな」
そう言って愛紗は走り去ってしまう。
あの男を追って。
その背中はやはり普通の少女の物と同じ小さな背中だ。
だけどその背には何か重たいものが背負われているような。
そんな気がした。
俺は小さくないっていく愛紗の背を眺めながら、痛みが引くのをただ待つだけだった……。