一日目 出会い
出来事と言うのは突然で。
予想外で不条理で。
何にも起こるはずがないと思った自分の日常にも、
それは降ってくるのだ。
それは誰しもがあり得る事で。
でも自分にしかないような経験で。
いや、本音を言うと自分だけだったら嬉しいだけかな。
兎にも角にも。
平凡平和。
それに尽きる俺の人生に、ある意味での転換期が来たのだ。
それは本当に突然だった。
誰だってあるだろう?
英雄願望とか、異世界転生とか。
俺もそんな物に憧れて、
でも憧れるだけのただの一般人だった。
とある街のとある高校の二年生。
そろそろ進学か就職かを真剣に考えないといけない時期。
刺激と呼べるものはなく、それでも俺の日常はそれなりに潤っていた。
特段問題もなく、特段面白い事もない。
つまりは本当に、ただの平凡な高校二年生。
それが俺、橘椿。
そんな俺は、夏休みに入り、
友達と遊ぶでもなくぶらぶらと街中を散策していた。
いや、友達がいないとかじゃないよ?
でもたまには一人で行動したいじゃないか。
仲良くしてた友達が家族と旅行に行って一人暇な思いをしているとか。
そういうわけじゃない。
それだけなら飽き足らず、
自分の親も遅い新婚旅行とか言って、
二人で旅行に出て行ってしまっただなんて。
そんな事あるわけがない。
別にふてくされてない。
だって親が残していってくれたお金があるし。
一人でだって楽しいし。
「……ちぇっ………つまんねぇの」
これは単なる独り言。
別に友達や家族への愚痴ではない。
俺には行きつけのコンビニがあった。
いや、行きつけなんて大層なものでもないが。
つまりは近所のコンビニだ。
各あるコンビニの中で俺はここのコンビニが一番気に入っていた。
自分のお気に入りのコンビニが家の近くにあるのだから、
ここに来るのは必然だ。
今日も今日とていつものお菓子や飲み物、
そして新しい商品が出ていないかチェックに行く所だ。
事件はそんな何でもない、いつもの道中に起こった。
「なんだてめぇは!!」
男の怒声が響き渡る。
ここら辺は特段都会と言うわけでもない。
俺の住んでる所はその中でも普通の住宅街だ。
夏休みの田舎の住宅街。
そんな場所で男が少し声を荒げた所で、
目撃者は俺くらいしかいない。
少し暗い路地裏。
人二人が並んで通れるくらいの所謂路地裏だ。
そんな場所に高校生らしき男が立っていた。
見えるのは男の背中。
相手はどこの男だろうか。
どうせ中坊か同じ高校生の男だろう。
そう思っていた。
だが、相手は小さな女の子だったのだ。
どう見ても小学生か中学生くらいの可愛らしい少女。
いや、正確には暗くて可愛いとかはわからないけど、
少女は可愛いのが必然である。
高校生の男がいたいけな少女を恫喝している?
犯罪臭がするな。
これは俺の夏休みデビューが始まってしまうかもしれない。
颯爽と現れた俺は、少女を庇い、男を倒す。
そして少女にキラキラとした目で見つめられ、
あまつさえ好きですとか言われてしまう。
そこで俺はこう言うのだ。
「君が……大人になったらね」
キャーーーー!!
これで完璧だ!
この方法で落ちない女子はいない。
俺は入念に脳内シュミレーションをし、路地裏に入っていく。
「待ちな、そこの暴漢」
「あ?なんなんだ今日は次から次へと」
「いたいけな少女に何をしようと言うのかね!俺が正義の鉄槌をくらわせてやろうか!?」
俺は目をこれでもかと見開く。
決まった。
そう思ったのも一瞬だった。
目の前にはなんだか見覚えのある顔。
それはうちの高校で有名な不良の一人だ。
そもそも学生服で何故気づかなかったのかと後悔したがもう遅い。
さあまずは整理しよう。
俺に格闘などの心得はあるか?
答えはNОだ。
じゃあ俺に格闘術の心得はなくとも、鍛え上げられた筋肉はあるか?
答えはもちろんNОだ。
普通の高校生は憧れくらいはするが、
筋トレだって適当にしかやらない。
ムキムキマッチョマンになりたいわけではない。
そりゃあちょっと女子にモテたいから筋トレしようと思った時期はある。
だからそこら辺のひょろがりには勝てるかもしれない。
相手が実は隠れた格闘術の使い手とかじゃなければ。
じゃあ今回はどうだろうか。
目の前には筋肉もそこそこな大男。
いや、高校生にしては身長が高いと言うだけで、別に大男ではないが。
それでも対格差は明確だ。
じゃあ格闘術はどうだろう。
少なくとも喧嘩で有名な不良だ。
格闘術はなくとも喧嘩の腕っぷしはあるだろう。
(あれ?俺死んだかな?)
いやいや、焦ってはいけない。
この男が少女に何か悪い事をしようとしてたのは確実なのだ。
いくら無謀であろうともここで立ち上がらなければ男じゃない!
つまり、取れる手段は………。
俺は颯爽と男に向かって走った。
いきなり走ってきた俺に男は唖然としたが、
それでも喧嘩で有名な不良だ。
すぐに状況を理解し、渾身の一撃を放つ構え。
突進する俺に拳を当てようと大ぶりな一撃が繰り出される。
それを俺は勢いを殺さず、頭だけを下げた。
「なっ……!?」
そのまま少女の手を取り―――
「逃げるよ!!」
「え、あっ、ちょっと!?」
逃げるが勝ち!!
そんな言葉もあるくらいだ。
勝てない相手に向かっていく必要はない。
この場合、勝利条件は少女の救出。
抜かりはない。
俺の勝ちだ!!
「なんなんだてめぇらは!馬鹿にしてんのか!!」
後ろで負け犬の遠吠えが聞こえるが無視だ。
追ってくる可能性も考えてしばらく走ったが、男は諦めたようだ。
俺と女の子は少し離れた公園まで走り抜けた。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……ここまでくれば……はぁ……大丈夫………」
全力疾走で逃げたもんだから息が上がってしまった。
だが、高校生の全力疾走だ。
逃げるのに夢中で女の子の事を考えていなかった。
そう思って少女を心配してそちらを向いたのだが……。
「これくらいでヘタるとか、かっこわる」
最近の若者はすごい。
息一つ乱していない。
これでも俺は特別運動音痴でも、特別体力がないわけでもない。
所謂普通の高校生だ。
そんな普通の高校生でも、
小学生や中学生の体力なら追い付かないと思っていたが、
現実はそうではなかったらしい。
「君は……疲れて……ないんだね……」
腰まである長い黒髪を手櫛で直す余裕すら見せている。
少女らしい白いワンピースに身を包んだ少女の息は微塵も乱れていない。
と言うより本当に一緒に走ってきたのか?
と疑いたくなるくらい平然としている。
「普通の高校生はこんなものか」
助けてあげたと言うのにさっきからこの少女、
なんだか見下している雰囲気が強い。
というか確実にその視線には冷たい覇気を纏っている。
体力がないだけでそこまで見下さなくてもいいと思うのだが……。
やれやれ、最近の若者ときたら。
「君は……あれかな?何か習ってるのかな?サッカーとか野球とか……いや、女の子ならバレーとかテニスとかかな」
運動系の部活に入っているとかなら、
確かに何もしていないただの高校生より体力があっても不思議ではない。
息が整ってきた俺は少女を少し観察したが、
運動部にいると思えるような筋肉質な体はしていなかった。
むしろ体格は華奢な方だと思う。
だがこれくらいの年の、
しかも女の子は意外と表に筋肉が見えないものだ。
それにしても息一つ乱れないのは凄いと思うが。
「そんな所」
そう言い放ち、依然として冷たい態度。
なんなら腕組までしちゃって。
少しはお礼とかあってもいいんじゃないだろうか?
ここは年上として、礼儀と言う物を教えてあげた方がいいかもしれない。
「あのね、助けてあげたんだから少しはありがとうとか言った方がいいと思うよ?そんな誰でも見下したような態度だと、今後苦労するぜ?主に黒歴史とかになって」
俺にも周りと距離を置いて、俺は孤独、それが運命。
とか思っていた時期もある。
だが、大抵の場合は受け入れられず、
その後友人関係を築くのも苦労するのだ。
今いる友達と仲良くするのにどれだけ時間がかかったか……。
ってそんな俺の事はどうでもいい。
今は目の前の女の子だ。
この子もきっとそんな時期なのだろう。
だからこそ俺は年上として心配なのだ。
気持ちはわかる。痛いほどわかるよ。
でもそれじゃ駄目なんだよ。
「何言ってるの?あなたと一緒にしないでほしいんだけど」
「なっ!?お、俺がそうだとは言ってないだろ!?」
「自分に身に覚えがあるからそんなこと言うんでしょ?だっさ」
俺の柔らかなピュアハートにクリティカルヒット。
なぜ助けた少女に感謝どころかなじられているのだろうか……。
先ほどよりも細められた少女の眼光に、
情けなくも涙が出てきそうだ。
「そ、それはどうでもいいだろう!?別にお礼を言いたくないならそれでいいけど。そんなんじゃ本当に――」
俺が少し説教モードになりかけた時だ。
俺の言葉の最中に少女は口を開いた。
それは、俺が想像もしていなかった一言だった。
「そもそも私は助けられてないから。あの場から攫ったのはあなたの方」
「………と、言うと?」
少女の言葉を理解できなかった。
俺の頭をフル回転させて現状を理解しようとするが、
俺の脳内コンピュータが答えを算出する前に少女から再度突きつけられる。
「だから、私はあそこに居たくていたの。なんならあの人に声をかけたのも私。攫ったのはあなた」
「…………いやいやいや。ちょっと待てよ。じゃあ何か?君はあの男に自分から声をかけたと?」
「そう言ったんだけど聞こえなかった?」
「…………それで俺はそれを邪魔して君を攫ってきたと?」
「そう言ってるの。あなたはいたいけな少女を誘拐したロリコンよ」
「………………」
開いた口が塞がらない。
まさにそう言わざるを得ない。
「いやいやいや、そもそもなんであの男に声をかける必要があったんだよ」
「そりゃあ用事があったからですけど」
「………いやいやいや」
「現実逃避しないでくれますか?ロリコンのお兄さん」
「ロリコンって言うのやめてくれるかなぁ!?」
にこやかに言い放つ少女。
その笑顔の裏は決して笑っていないだろう。
どういう状況かは整理できていない。
だが俺がこの子の邪魔をして誘拐したのは眼前の事実なようだ。
「だ、だってあの状況で絡まれてたらあの男が悪い奴だと思うだろ!?」
「言い訳はどうだっていいです。あなたは私を攫ったロリコン。事実はこれだけ」
「うぐっ…………すみません……お願いだからロリコンはやめて……」
どう考えても悪いのは俺の方だ。
このままロリコンと何度も言われるのは心の傷が開く。
「じゃあわかったならもう邪魔しないでくださいね、ロリコンのお兄さん」
「ぐふっ………」
そう言って少女は去っていく。
長く綺麗な髪を揺らしながら、少し怒っていそうな足取りで。
その後ろ姿だけを見れば何てことない夏休みの普通の少女だ。
そんなわけのわからない出会いがその少女との出会いだった。
この少女と出会ったおかげで俺の人生は冒険と浪漫に溢れた生活に―――。
なる事はなかったが、俺の夏休みを変えてしまう出来事があったのは事実だ。
もちろん、この時の俺がそんな事をわかるわけもなく。
ただひたすら心に傷を負い、寂しく一人、家に帰ったわけだが……。
こんにちわ、初めましての人は初めまして。
どうも、零楓うらんです。
まだ一話ですがどうだったでしょうか?
これからの展開、何が起こるか楽しみにしていただければ幸いです。
さて、この作品は昔ゲーム会社の入社試験に応募しようとして作成したシナリオです。
結局応募はせず、物語も中途半端にお蔵入りになったわけですが。
それを改変して今回なろうに投稿しようと思って投稿しました。
内容は壮大なストーリーと言うわけではなく短編系です。
タイトルにもある通り、これは七日間の出来事なので、七話で完結となります。
後書きもここと完結話ににしか書くつもりがないので、物語に集中していただければ幸いです。
他の裏話なども完結話で話すことにしましょう。
ちなみに、連載中のヴァルハラの戦神もちゃんと執筆しているのでご安心を。
え?そんな作品知らないよ?と言う方はぜひそちらもご覧ください。【露骨な宣伝】
という事で、完結話でまたお会いできることを楽しみにしております。
ではでは。