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8話

今回も柴っちはお休み。澤口氏目線のお話です。今回に関しては『』で囲まれているセリフは日本語以外で話されている会話、とご理解を。また、引き続き政治的な話題が出てきますが、フィクションです。

月面初の成功サテライトベースはアポロタウンである、というのが現在の常識である。

NASAのアポロタウンに続き、JAXAの輝夜之宮が建設、エリシア、マギシュタインと続き、現在の4ベースによる月面が出来上がる。

嘘ではない。“成功したサテライトベース”の話をしているだけで。

2020年代後半、当時の宇宙先進国が発表した月裏面のサテライトベース“桃花源タオファユァン”。

建設完了を発表した1年後、NASA側の攻撃を受けたと建設国が主張。建設国の参戦契機となった曰く付きのベース。

この桃花源タオファユァンこそが、その実『最初に発表されたサテライトベース』であるが、月の裏側の調査が進んでいなかった現状、全てが建設国側の主張しか根拠がない。

つまり、その実在、経緯を含め明らかにはされていない。

まるで、先進文明遺跡の伝説のようだ、と澤口は思う。

今回の調査チームの目的の一つに、この桃花源タオファユァンの調査があった。

本当にあったのか、あったとして今現在もあるのか。今現在もあるとすれば、そこにどれほどの人員があるのか。

どれほどの武装があるのか。

調査チーム内に複数の軍人が含まれているが、

『正直お手上げだ。僕らは重力1/6の無酸素空間で戦ったことなんてない。』

アポロタウンにたどり着き、合流した彼らが言ったのを覚えている。

アポロタウン、エリシアから来た彼らはナイフによる肉弾戦の訓練をしていたが、どこまでも役に立つかは自信がない、と言っていた。

『そんな大事の怪我に対応できるような準備はないわよ。どちらかと言えば戦わずに逃げて。』

これは、エリシアから来た医療班、アイナ·シコーラの言。

『争うために行くわけじゃない。もし人がいるのなら、先人に経緯を払うところからスタートしようじゃないか。』

調査チームのリーダー、ジョー·ランサーズが全員に向かって笑いかけた言葉に、

『人なんているもんですか。』

一人、そうつぶやいたメンバーがいた。

彼女のつぶやいた言葉がなんであったのかを理解したのは澤口だけだったと思う。

アポロのメンバーもエリシアのメンバーも、東アジアの言葉の違いがよくわからないから。



地質調査を進めながらローバーを進めていった先。

そのサテライトベースは確かにあった。

正確には“あった”というその痕跡が。

潰れた金属の骨組みと、散らばったドームの天井片。

『もう、人はいないな。』

そのランサーズの言葉に、澤口を含めて誰も動き出せなかったのは、その光景があまりにも無機的でかつ悲惨だったからだろう。

『だから、そう言ったの。』

そのなか、そう言って真っ先に動き出したのもその彼女だった。つぶやいたのもあの時の同じ言語だった。


トラック型のローバーの中で、彼女、シルヴィ·ロウは英語で淡々と調査結果をプレゼンしている。


到着から2日間、チームはトラック型のローバーを廃墟前に留め、廃墟の調査にあたった。

発見の際は、建築の専門家であるシルヴィと、年代測定の専門である澤口がバディを組み調査に当たる、これは事前に決まっていた。

残された骨組み跡の成分分析、地面の放射線等の情報をまとめ、活動可能な限界を直前に、なんとか情報がまとまったのが今である。


ローバーの中にいるのは、調査チーム10名中、澤口、シルヴィ、ランサーズにエリシアの軍人を入れた4名。

他のメンバーは別のローバーで無線中継を聞いている。

『宇宙線の放射性を計算に入れて、Dr.澤口に骨組みの年代を特定してもらったところ、約50年前の近年のものである、という結果がでました。ドームの組み立て方、骨組みや、天井ドームの残骸も、発表当時の素材と合致するため、』

シルヴィは、そういって息を整える。

『ここが、桃花源タオファユァンであろう、と思われます。』

月の裏側に確かに、そのベースはあった。その事が立証された瞬間だった。

『サンプル採取はDr.澤口のチェックのもとに行っています。アポロ帰還後、引き続きの調査をお願いします。』

シルヴィはそう言って口をつぐんだ。

一瞬の沈黙が場を支配する。

『ありがとう、シルヴィ。今現在の情報でここまでの成果を得られたのは、本当に君のおかげだ。』

沈黙を破ったランサーズの言葉に、シルヴィは一瞬息を詰める。

『最後に、なんとかお役に立てたこと、何よりです。』

そいって、シルヴィはマイクにも聞こえるように明瞭に言った。

『ご迷惑をおかけし、すみませんでした。』

そう言って、頭を下げる。

澤口は、改めてシルヴィを見る。


シルヴィの除外国籍疑惑の情報がチームに届いたのはベース跡に着いた翌日の事だった。中継基地からローバーに無線が入ったときは、誰もが何かの間違いだと思った。

彼女の誠実さ、優秀さはチームのメンバー全員が知っていたからだ。

生まれがどこであろうと、国籍を変えることは事実言うほど難しいことではない。

アポロにも、エリシアにも実質のシルヴィの同胞はいる。

除外国籍の人間が宇宙に上がって来るために、ISDU加盟国の国籍に変更する、という事は当たり前の通過儀礼だった。

国籍を保持したままでいる、と言うことは“その国の企図に従って来ている”と言うことになってしまう。

その日の夜。ランサーズとシルヴィは二人で話す場を設け、事実の確認を行った。そこで何が話されたのか、澤口は預かり知らない。

翌朝。

シルヴィはチーム全員の前で自分が除外国籍保持者であること、次の中継基地への帰還後、アポロタウンのISDU本部に出頭すること、それまではこの桃花源タオファユァンの調査に全面的に協力すること、をそれぞれ簡潔に説明した。

スパイではない、等の言い訳は何もしなかった。

ただ、と澤口は思う。

この調査でシルヴィは自分の持っている情報を全て調査チーム提供した形になる。故郷にとって不都合な情報も含めて。


中継基地への出発まで30分ほどの時間があった。

ローバーの最終調整をする澤口には、そのローバーの助手席で廃ベースを眺めるシルヴィの姿が見えていた。

後部入り口からローバー内に入り、運転席の後部のドアを開く。

シルヴィは特に振り返りもしない。

『お疲れ様。』

澤口は隣の運転席に腰掛けながら声をかける。

『もう出発?』

英語での声に、顔を向けずにシルヴィは英語で返す。

『いや、まだ30分あるよ。』

伸びをしながら言った澤口の目に、エリシアからのメンバーの姿が見える。

『エリシアの外装はやっぱりかっこいいな。』

エリシアの外装は中世のプレートメイルの形を模している。

シルヴィもそちらに目を向け、

『最初見た時、おとぎ話のナイトかと思ったわ。』

少しだけ笑う。

『エリシアは町並みも中世の雰囲気を再現してるんだ。おとぎ話のテーマパークじゃないかと思っちゃうよ。』

『へぇ。行ってみたかったわ。』

シルヴィの言葉に、澤口は継ぐ言葉をしばし見失う。澤口自身の失言のせいだ。彼女はもうおそらく月に来ることはない。

シルヴィは、ふふ、と少しだけ笑う。

『何か言いたいことがあったんじゃないの?』

『うん、あったんだけど、なんだか上手くまとまらなくてね。』

言われて、澤口はポリポリと頭をかく。

『なにそれ。』

そう言って、アハハと笑うシルヴィ。

『思ったことをどうぞ。まず言葉に出してみたら意外にそれが答えだったりするかもしれない。』

シルヴィに促され、

『なぜ国籍を変えなかった?』

澤口はずっと頭に浮かんでいた言葉を口にしてみた。彼女の国の言葉で。

ビクリと、シルヴィは澤口を見る。

『何を隠そう、僕は君の国のスパイなのさ。』

同じ言葉で、冗談めかして胸を張ってみせる。

『面白くない。』

フ、と笑い、シルヴィは言う。彼女の故郷の言葉で。

『本当にそうなら、私を消すのはいつでも出来たしもっと簡単だった。それに、貴方向いていないわ。』

『そう。僕はただの日本の考古学者さ。君の故郷の古代遺跡を研究しているだけの、ね。』

彼女の国は、澤口のフィールドだった。

『なるほど、お上手なわけね。』

『“ちょっとだけ”さ。』

日本人がよく言うフレーズに、シルヴィはニヤリとする。

『地方によって全然違うのがうちの言葉よ。でも確かにそれはあなたの地方の言葉の癖ね。』

可笑しくなって、ひとしきり二人で笑う。

笑いが落ち着いて、ふとまた静寂が襲う。

『国に対する忠誠からってわけじゃないんだろう。』

彼女とバディを組んで調査した澤口には、彼女が国の為に何かを隠そうとなどしていなかったことがわかっていた。

『あなたの国は平和だから、外の国の国籍をとっても、故郷に帰ることもまた戻ってくることも出来るでしょ。私の国はそうじゃない。国籍を変えるって事は、捨てるってこと。国籍だけじゃなく、今までのすべてを。』

シルヴィは、そういってまた廃ベースに目を向ける。

『…私の祖父はね、元々占領地の出身だった。返還後には国に従って、宇宙開発局の責任者になっていた。

父から聞いた話ではね。月基地計画の最終段階で、崑崙クンルン桃花源タオファユァンか、どちらかって話になって、祖父が桃花源タオファユァンを選んだんですって。崑崙クンルンは人のたどり着けない場所だけど、桃花源タオファユァンは人がたどり着いた理想郷だから、って。そして祖父はそのままこの桃花源タオファユァンの責任者になった。』

澤口は、話すシルヴィの横顔から目を話せなかった。

『祖父は、この桃花源タオファユァンで死んだの。』

その廃ベースへの目線が、強さを増す。

『父は、国に訴え続けた。どこからのミサイルだったのか、今はどうなっているのか。そのために、桃花源タオファユァンの調査と遺骨の回収をずっと望んでいたけれど、国はどこかから計画ごと蓋をして見てみぬふりを初めて。うるさい父は失脚させられて、失意のうちに死んでいったわ。』

ふと、シルヴィは何かを誤魔化すように笑う。

『真相は笑い話。馬鹿みたいよね、ホント馬鹿みたいな話。』

笑った彼女の目に、光るものが見える。


確定ではないから、報告には出していないが、天井パーツの破片から、桃花源タオファユァンの壊滅のきっかけは大規模隕石の衝突によるものだろう、と澤口達は推論を立てている。

また、ベース内に残った破片から、おそらく建設国が、月に核燃料型のミサイルを持ち込んでいた可能性も濃厚だった。

主張していたNASA側の攻撃、などはなく。

隕石の衝突と、秘密裏に持ち込んだ核兵器のせいで自滅した、というのが、シルヴィと澤口の意見だった。

『真相を、知りたかったの。』

シルヴィは笑いながら言う。

『私は、そのためにあの国の人間のまま、祖父の孫であり、父の子であるまま、ここに来たかった。』

シルヴィの目から、一筋の雫が落ちる。

『来られて、よかった。』

澤口は、その横顔を眺めて思う。

彼女はISDU出頭後、故郷に強制送還されるはずだが、

その彼女の故郷が、不都合な事実を明らかにした彼女を許すのだろうか。“裏切り者”の彼女を。

『リーダーが、君の身柄を引き受ける様アポロの本部に掛け合っても良いと言ってくれたんだろう?僕もそうするべきだと思う。』

澤口がランサーズからそれを聞いたのは、ついさっきのことだった。出来れば澤口からも話してほしいと。

『断ったことも聞いたんでしょう?』

シルヴィは、にべもなく返す。

『ありがとう。でも、ケジメなの、私なりの。』

もう、澤口に継げる言葉はなかった。

『大丈夫よ。私の国はね、あなたの国ほどいろいろちゃんとしてないの。抜け道も沢山ある。だから、あなたの心配してるような事にはならないわ。しぶといのよ、大地の子は。』

無線が呼びかけてくる。

澤口が応答すると、ランサーズからだった。

『出発の時間だが、大丈夫かい?』

澤口が頭を英語に戻すのに苦労している一瞬、無線をシルヴィが奪う。

『全て問題なしです。私は中継基地までですが、よろしくお願いします。』

『…ああ。出発しよう。』

ランサーズの言葉に、残念さを噛み締めた響きを感じつつ、澤口はローバーを発信させた。


見えてきた中継基地には、アポロタウンの警察用ローバーがもう既に止まっていた。

こちらのローバーを停車させると、警察用ローバーから外装の人間が二人出てくる。

シルヴィは、立ち上がり運転席のドアを開ける。

『ああ、そうだ。一つお願いできる?アイナにありがとう、って伝えておいて。』

立ち止まったシルヴィが言う。

『ピンチの時に大切なものを分けてもらったの。ありがとう、だけで多分通じるわ。』

『うん、わかった。伝えるよ。』

澤口は、よくわからないながら頷いた。

「ありがとう、いろいろ。あと、お願い、ね。」

さり際、英語を話していたシルヴィが日本語を話したことに気付き、振り向いた頃にはもう運転席のドアは閉まっていた。

外に目線を移すと、外装のシルヴィが、警察官たちに近づいていっているところだった。

そのまま彼らによって後ろ手に拘束される彼女。

その彼女の乗ったローバーが遠ざかり、見えなくなるまで澤口は目を離さなかった。

無線で、ランサーズのローバーを呼ぶ。

『行ったな、タカヒロ。』

『ええ。…リーダー。廃ベースの遺骨や、せめて遺留品、調査を進めましょう。』

彼女に届けることは出来ないとしても。そのバトンを受け取った、とそう澤口は感じた。

『もちろんだ。』

ランサーズの言葉を耳に、澤口は彼女の去った先を見つめ続けていた。





7.8話を終えての後書き〜シルヴィの国のこと〜

いろいろ考えたんですが、やっぱり文章にしたほうがいいなぁ、と思い後書きにします。


今回、宇宙開発除外国家に関しては、それぞれ個別の名前を避けました。

アメリカ、日本、UAE、EU等、現行の国家、政治組織が実名で出ている中、なんだかスッキリしない人もあろうかなぁ、と思います。

特に、“シルヴィ·ロウの故郷”に関しては、具体名を上げてないだけで特定可能な情報は沢山あります。

そうでないと彼女のアイデンティティの話を書けないような気がしたので。


でも、フェアじゃないなぁ、と思ったのです。

“シルヴィの国”は、経済制裁の可能性を示唆されているものの、現在の戦争にはかろうじて参加していません。

月の裏側への到着はニュースになりましたが、具体的な月基地建設の話はまだです。

架空の状況に架空の条件を重ねて、作中では“シルヴィの国”が戦争に参加したことになっている。

そこで名前出しちゃうのってどうなんだろう、と思ったのです。


ので、あくまでも作中の“シルヴィの国”は、その国が仮にその道を歩んでしまった場合の架空の国だとご理解ください。

作中の日本も、アメリカも、EUも同様です。

作中、現況の戦争は2030年代まで続いてしまいます。これも、フィクションです。フィクションになってくれ、と心の底から願っています。

世界から戦火の火の消えることを、心から。


次話からまた、柴田青年のぶらり月生活に戻ります。

よろしければ皆様引き続きお付き合いの程を。


20240709吉田業拝




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