4話
おっさんしか出てこねぇな、とお思いかと思いますが、やっと女子が出てきます。
で、かなり赤裸々な性事情の話がでてきますので、苦手な方はお気をつけください。
「行きつけの店を開拓してみるのもいいですよ。」
橋野氏にそう言われて、仕事終わり、一人で夜の街に繰り出してみた。
昨日も思ったが、居酒屋にバー、カラオケスナック的なものなどなど、並ぶのは意外にも充実したバリエーションである。
ちょっと落ち着いた店がいいなぁ、と思い、
決めきれず探している間に、路地裏に紛れ込む。
ふと目に入った奥の店の看板を見る。
シャワールーム?とは?
と一瞬立ち止まるものの、ピンクと紫のネオンの看板に、なんの店かを察する。
澤口氏が言っていた、そういうお店なのだろう。
「しゃーす、おざざーす。」
眺めていると、中から女の子が出てくる。
派手目の服装と髪の色、仕事終わりだろうか。
目が合う。そして気付く。
なんだろう、今の自分、風俗店に入りたくてもじもじしてる人が如し。
「…?空いてるよ?」
女の子はそう言って、指で店を指す。
「あ、いや、お酒飲める店探してて、迷い込んじゃっただけで、別に、」
いい年して何を言い訳しているのだろうか。
その様を見て女の子がポンと手を叩く。
「あ、新米さんか!なるほどねー。それでもじもじしてたんだー。なるほどねー。おーおーおー。」
何かをものすごく納得されている。
「まあ、いずれ来ると思うけれども。そのときはウチのお店使ってねー。」
ポンポンと肩を叩かれる。
「あ、そだ。あたしも今から飲みに行くところだけど、何なら一緒行く?」
「えええ。」
縮地の詰め方。
「あたしここで飲んでっから。気が向いたらおいでよ。もうちょっと新米トーク聞かせてー。」
距離を詰められたと思ったらサラサラと手を振られて去って行った。
手に残ったショップカードを眺める。
“bar cancer”
蟹、か。月のウサギは海外から見れば蟹だという。
表通りに出てもう少しフラフラと歩いてみているうちに、先程のショップカードの店に出会う。
落ち着いた外装のショットバー。
店を決めあぐねていたのは確かで、これもなにかの縁だろうか。
扉をくぐると、ベルがなる。
中には、オーセンティックなカウンターがあり、奥にはお酒の瓶が並んでいる。
マスターらしき男の人と、先程の女の子がこちらを振り返る。
「あ!来た来た!マスター、この人がさっき言ってた人!」
「いらっしゃいませ。」
50代くらいだろうか。細身のオールバックのマスターがこちらに笑いかける。
「うわぁ、うそ、ほんとに来てくれたんだー。律儀ー。あ、座って座ってー。」
ポンポンと肩を叩かれ、背中を押されながら店に入る。先程女の子が座っていた隣に座らされ、女の子は当たり前のように隣に座る。距離近い。
「そだ、名前まだ聞いてなかった。あたし、玲奈。お兄さんは?」
「あ、柴田です。」
「柴っちね、よろしくー。」
ブンブンと握手をする玲奈さん。距離近い。
「何か飲まれますか?」
マスターに聞かれ、後ろの棚を眺める。
そもそも地球ではビール以外を飲みつけていないので、他は焼酎をチューハイにして飲むくらいしかしたことがなく、ウイスキーやブランデーはよくわからない。だが、こういうお店で焼酎っていうのもどうなんだろう。
「焼酎や日本酒もありますよ。」
迷いを察してくれたのか助け舟を出してくれるマスター。
「あたしはね、作ってもらった甘いやつ。」
そう言って、爽やかな水色の液体が注がれたカクテルグラスを指す玲奈さん。
「じゃあ、焼酎の、…あー、ストレートで。」
「お、かなりイケる口?」
「あ、いや、そういうわけでもないんですけど、こっちであった人たちがあんまり水割りとかロックとか頼んでなかったんで。」
また、おーおーおー、と大仰に納得する玲奈さん。
「飲んじゃいけないわけじゃないんですけどね。飲むために水はあるし、氷だって食用にするために作れる環境にしているわけだから。まあ、なんといいますか、水も電気も無駄にしないぞ、というのがルナリアンのプライドなんですよ。」
マスターが、お酒を差し出しながら言う。
「ちなみにあたしはガンガン使う派ー。じゃ、カンパーイ!」
カチリと、グラスがなる。
ふと、不思議な感覚に襲われる。今グラスを合わせているのはおそらく風俗のお姉さんで、その人と先程道端で顔を合わせ、そして今隣り合わせで飲んでいる。
どうしてこうなったんだっけ。
「地上から来られてどれくらいですか?」
「5日目です。」
「地上では、どんなお酒を?」
「主にビールでした。まあ、発泡酒でしたけど。」
マスターに問われるままに答える。
「ビール、無いのびっくりしたでしょ。月に来て最初にみんなが閉口するのがそこだったりします。」
マスターは笑いながら言う。
「あたしもあたしもー。来てすぐチューハイ無いの結構寂しかった。まあ、ずっと飲んでたら気にならなくなるけどさ。」
ふと、違和感を覚える。
「どした?」
その違和感に気づいてくれたらしい。
「いや、そういえばこっちてみんな外食するなぁ、と思って。」
ずっと飲んでたら、はそれだけずっと外で飲んでいる、という事じゃないのかと。
「なんでだと思います?」
マスターの問いかけに、ふと答えあぐねる。
「寂しいから、とか…?」
「おーおーおー。そだよねぇ。大体月の人間は独り身だしね。」
玲奈さんは納得して、正解は?と問うようにマスターを見る。つまり玲奈さんも答えはわかっていないらしい。
「その方が電気と水が少なくて済むから、が一応の正解ですかね。」
マスターは苦笑いして言う。
「月の電気は、輝夜之宮の横に設置されたソーラーパネルで作られています。でも月の太陽は一ヶ月の半分しか当たらない。その限られた電気から、重力を作って、朝昼の太陽光を作って、空気を供給しているわけです。
それを考えれば、それぞれが部屋で自炊して過ごすより、一定の場所に集まっていたほうが、電気の消費も水の消費も実は少ないって考え方ですね。」
なるほど、と思っていると、
「なるほどねー。」
と、隣で玲奈さんがいう。
「月に来てから7年立つけど、知らんかった。」
玲奈さんは、おーおーおー、とまた頷いている。癖なのだろうか。
「ホント、気にしたことなかった。柴っちはいつもそんなこと気にしながら生きてるの?」
そんなこと、と言われても。
「まあ、寂しいから、も間違いじゃないと思いますよ。夜は不安になるし、誰かと話したくなりますから。」
「うちのお店に来たりとかするわけだね。」
サラリと言われる。
「ちなみに、シャワールームって、」
気分を害さないか恐る恐る聞いてみる。
「うん。女の子とエッチなことするお店だよ。本番あり。」
なんでもないことのように言われてしまう。
「ほらさ、ソープってお風呂やさんじゃない、建前上。でもお風呂入れられなくてミストシャワーだけだから、シャワールーム。」
「はぁ。」
つまり、その違い以外は地上のソープと同じ建前、ということなのだろうが、
はばからないのがすごい。
「なんというか、大変なお仕事ですよね。」
どういった物か、と思いながら言葉を発する。
「独り身が多いって言ってたし、お客さんもたくさん来るだろうし、その、体力勝負の仕事だろうし。」
なんだろう、身分の卑賤を同情するのは違う気がした。
玲奈さんは、目をぱちくりとさせる。
「風俗嬢ってカワイソウですね、って言われるかと思った。」
そのまま、ニヒヒ、と笑う玲奈さん。
「まあ、バーチャルなメガネ置いてる個室ビデオ屋さんみたいなところもあるし、エッチな本やDVDも売ってるし、うちみたいな店に来ない人もいるんだけどね。」
「はあ。」
ものすごく淡々と赤裸々な話をされている。
「だから、まあ、意外に地球のソープより楽だよ。ありがとね。」
その玲奈さんの笑顔が、とても晴れやかに見えた。
「あ、でもでも。柴っちは本当にウチに来てよ。で、良ければ指名してよ。あたし柴っちのこと気に入った。」
えええ。
「玲奈ちゃん。お店での営業はマナー違反でしょ。」
マスターがやんわりと止める。
「わかってますー。でも強制してないからギリギリセーフじゃない?」
「ギリギリアウトだったから止めたの。」
「はいはいー。いい時間になってきたし、あたしはそろそろ帰って寝よっかな。」
そう言って、玲奈さんは、立ち上がり、会計をする。
「あ。」
出際にこちらを振り返る。
「また来るよね、ここ。ホントにまた話そう。いろいろ。」
「あ、はい。」
「そだそだ。敬語じゃなくていーよ。多分そんなに年変わんないし。またね、柴っち、ほんとにまたね。」
こちらの手を持ってブンブンと振る玲奈さん。ホント距離近い。
玲奈さんが去ったあと、ふと静かになる。
少しの間の後、
「かぐや姫って呼ばれてるんです。」
ふと、マスターが言う。
「月のお姫様なので。月ではどの仕事よりも尊敬されている仕事です。」
「尊敬、ですか。」
「ええ。営業なんてする必要もない。」
言われて、なんというか、感覚が追いつかない。
そのポカンとしたこちらの様子を見て、マスターが、言う。
「そもそも、風俗に行くのってなんで恥ずかしいんでしょう?」
問われ、考える。
「お金で女の人を買うなんて、って感覚ですかね。なんだかヤクザな感じがするから…?」
「飲む打つ買うの買う、ですからね。身にならないお金の代名詞だ。でも、お金の問題だとすると、月にいる人間でお金に困っている人ってあんまりいないです。お給料、高いでしょう。」
「ええ、まあ。」
「飲む、買うを毎日やったって、暮らすに困りはしません。」
「打つ、は、」
「月にその施設がないし、胴元から始めてやってみても短期間で捕まって月を出禁になります。」
警察は厳しく機能しているらしい。
「さて、お金は問題ない。とすると他に気になるのは?」
考えながら、空になったグラスを差出し、おかわりを頼む。
グラスに、再び焼酎が注がれ、手元に戻ってくる。
「んっと、お金で女の人を買うのが、はしたない、というのか。」
「倫理観の問題ですよね。では、お金を払ってセックスするのが、はしたないのはなぜでしょう?」
「合意の上で、その、気持ちがあってセックスするのが正しいから…?」
やっと言葉になったものを口に出してみる。
「気持ちがないものはもちろんただの犯罪ですが、気持ちがあってもセックスをして子供ができてしまえば、地上に戻らなきゃいけなくなります。」
強制的に仕事を辞めなくてはいけなくなる。つまり、と思っていると、
少し間をおいて、マスターが続ける。
「つまり、月ではセックス自体がものすごく大きなリスクなんですよ。
もちろん、恋愛は自由です。でも好きになって気持ちがあっても、月ではあまりプライベートなセックスをしません。」
「でも、性欲はおこる。」
「そう、それを彼女達が引き受けてくれている、と考えれば、男女ともに彼女達をおろそかに扱う人はいません。」
聞いて、扉を振り返る。
玲奈さんを、風俗のお姉さん、という色眼鏡で見ていた自分は、確かにいたと思う。
「なんだか、玲奈さんに申し訳ない気持ちになってきました。」
「逆に、僕は、地上から来てすぐなのに、柴田さんはフラットだなぁ、と思いましたけど。」
マスターの言葉は自分にとって意外だった。
「玲奈ちゃんをいやらしい目で見るでも、汚いものみたいに見るでもなく、普通だったから。」
マスターもまた、扉を見る。
「尊敬するにしても、卑下するにしてもそれって遠いでしょう。フラットな立ち位置で話してくれる人、嬉しかったんじゃないかな。」
マスターは、こちらに笑いかける。
「また、良ければいっぱい話付き合ってあげてください。」
自分自身、もっと彼女と話がしたい、と思っていることにふと気がついた。
距離の近さにびっくりするものの。
また来よう、と再びグラスに口をつけた。