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7話

 日の光が爽やかに照らす王宮内の庭園。

 その一角に、ドーム状の屋根と柱で構成されたこじんまりとした建造物がある。見晴らしが良く、宮廷庭師自慢の景色が存分に楽しめる場所だ。


 今日はそこで貴婦人たちとお茶会があるのだと、侍女のアメリに案内されているところだ。


「良いお天気で良かったですね、ベルティーナさま!」


 太陽に負けない明るい笑顔と声で、アメリはベルティーナに話しかけてくれる。

 テオバルトの乳母の娘で、母娘揃って最も信用できる相手だと紹介された。


 つまり、アメリとはテオバルトの秘密を共有することが出来る。

 ベータの彼女は発情フェロモンによる事故の可能性がないので、オメガのテオバルトとしてもアルファのベルティーナとしても安心な存在だ。


 快活なアメリと楽しく話しながら、故郷のローザ帝国とは違う種類の花が咲いている庭園を歩く。


 目的地に着くと、屋根の下の丸テーブルに茶会の準備が整っており、6人の女性が一斉にドレスの裾を上げて礼をとった。

 先に聞いていた話の通り、公爵夫人3名とその娘が1人ずつ。


「ご機嫌よう、お会いできて嬉しいですわ」


 優美な微笑みを口元に讃えて一組ずつに挨拶する。顔と名前を一致させながら、娘たちの年齢が自分と同じくらいだと把握した。

 王妃の友人になれたなら儲けものだ。夫人たちによる娘のアピールをする会になることだろう。


(この方……オメガ?)


 三組目への挨拶中のことだ。

 ふと琴線に触れる香りがして目線を向けると、薄桃色の髪を三つ編みのシニヨンにした大人しそうな娘がいた。首や腕が細く華奢な体を、髪よりも濃いピンク色のドレスが包んでいる。


「申し訳ございません、娘のフロレンツィアはこういった社交の場は慣れておらず緊張しているようですわ」


 母親の方はにこやかにベルティーナに話しかけながらも、娘がうまく笑えていないことをフォローしようと必死な様子だ。

 年齢が22歳だといっていた公爵家の娘が社交の場に慣れていないとは不自然なことだ。


(普段は隠しているオメガの娘を、わたくしに取り入るために急ごしらえしたってところですわね)


 確かこの家はフロレンツィア以外には息子しかいない。息子は来られないため、仕方なくオメガの娘を連れてきたのだろう。

 ベルティーナはため息が出そうなのを堪えながら一番奥の席へ座った。


 お茶会は3人の公爵夫人が火花を散らしながらも、表面上は和気藹々と進んだ。


 その中で「テオバルト国王はベータの女性を結婚相手に希望していたが、アルファへの憧れが強い外務大臣がローザ帝国にアルファ女性をと伝えた」という話を耳にする。


「テオバルトさまがわたくしの第二性に驚いていたのは、そのせいだったのですね」

「ええ。本当にあの方は好き勝手なさるから」

「要注意でございます」

「あまり素行もよろしくないとの噂なのです」


 公爵夫人たちの情報は、自分たちの夫を有利にするためのものだ。全て鵜呑みにすることは出来ないが、3人が口を揃えるということはその外務大臣は信頼できそうもない。


 眉を顰めたまま公爵夫人たちの話は続く。娘たちは大人しく頷いていて聞いていた。


「オメガは発情誘発剤を飲ませると楽しめるなどと言って、娼館に通っているとか」

「まぁはしたない」

「でも、オメガなんて娼婦になるくらいしか……」

(オメガ性の我が子の前でなんてことを)


 他の2人と共に蔑むように笑ったフロレンツィアの母親に、嫌悪感を覚える。

 ベルティーナは不自然にならないように、目線を先ほどのフロレンツィアに走らせた。やはり顔色が悪い。


 噂の外務大臣がとんでもない男であることは間違いないが、公爵夫人たちもベルティーナからすれば同類だ。


「お母様。たまに耳にする発情誘発剤というのは、オメガの体の負担にならないのですか?」

「貴女には関係のないことだから、気にしなくて良いのよ」


 娘たちの中で一番年下の利発そうな令嬢が問い掛けたが、母親は穏やかな口調で口を閉じさせる。


 おや、感じた。

 その令嬢は不服そうな顔をした後、ベルティーナの方を見たのだ。


(ただ流されるだけのお人形ばかりではない、ということですわね)


 令嬢の瞳は「ねぇ、おかしくない?」と言っている。


 彼女は知っているのだ。

 自然な発情期に逆らって使う誘発剤がオメガの体の負担になることも、ベルティーナの祖国を含む大陸ではオメガの人権が守られていることも。


 類は友を呼ぶ。

 おそらく彼女の周囲に同じ考えを持つ人物たち、もしくは彼女にその知識を与えた人物がいるはずだ。


(後で個人的にお茶に誘いましょう)


 国で「何か変えよう」と思った時、高位貴族の力が必ず必要だ。彼女ならその人脈を知っているかもしれない。


 その後も、基本的には公爵夫人たちの世間話とたまに娘のアピールや夫の有能さを聞きながら茶会が終わる時間になった。


 そして一組ずつ帰って行く中で、最後まで残った母娘がいた。


「ベルティーナさま、ご相談が」

「なんでしょう」


 始終肩身が狭そうにしていたフロレンツィアが、母親に連れられている。

 他二人の令嬢は自分の発言の機会があれば嬉しそうにお喋りしていたのに対し、フロレンツィアだけは相槌を打つか自信がなさそうに返答をするだけで母親をヤキモキさせていた。


 母親の公爵夫人は、社交的な笑みを貼り付けた顔でフロレンツィアをベルティーナの前に押し出した。


「この子は体が弱くてずっと家にいたせいで社交に慣れておらず、まだ嫁ぎ先も決まっていないのです。ベルティーナさまのお側に置いて勉強させていただけませんか?」


 高位貴族の娘が王族の侍女となり学ぶのはよくあることだ。気に入られれば当然、その家に有利に働く。


 アルファのベルティーナがフロレンツィアがオメガであることに気がつくのは想定済みだろう。

 友人関係以上の、寵愛を期待しているのが見え見えだった。


「……お顔をよく見せてくださる?」


 ベルティーナとしても、フロレンツィアが気になっていた。この国のオメガが貴族に生まれたからといってまともに扱われるわけがない。


 顎に手を触れて顔を上げさせると、不安げに揺れる大きな緑色の瞳に微笑みかけた。

 碌な食事を与えられていないのが、荒れた肌や痩せた体を見れば分かる。

 顔色が悪いのを無理に化粧で誤魔化して余計浮いて見えるし、まとめ上げた髪も栄養が行き届いておらずパサついている。


 だがこうしてベルティーナが感じることは、全て「体調が悪いから」と言われてしまえばそれ以上は深入りができないことであった。


「気に入りましたわ」


 視線を上げれば、公爵夫人の目尻が下がりフロレンツィアの体が強張った。


「いらっしゃい」


 今すぐ、親元から引き離した方が良さそうだ。

 公爵夫人に必要な荷物は後々届けるように伝えると、ベルティーナはフロレンツィアの手をとって歩き始める。何も言えないでいるフロレンツィアは、足がもつれそうになりながらもついてきた。


「アメリ、こちら今日からわたくしの侍女の一人になるフロレンツィアですわ。色々教えて差し上げて」

「え、急ですね?」


 所定の場所で控えていたアメリにフロレンツィアを紹介すると、目をまんまるにしている。

 予想通りの反応だ。


 まだ自身の置かれた状況についていけずにオドオドとしているフロレンツィアに、ベルティーナはにっこりと振り返った。


「たった今、決まりましたのよ。ね?」

「あの、な、なんで」

「言ったでしょう?」


 緑色の目を潤ませて、か細い声で問い掛ける姿が愛らしい。

 テオバルトの可愛さを知る前ならば、ベルティーナは公爵夫人の思惑通りにフロレンツィアに夢中になったことだろう。


 たった一晩で変わった自分の変化に少なからず驚きながら、アメリとフロレンツィアへ優美に微笑みかける。


「気に入りましたの」


 神々しい美しさに2人の目が眩んでいるのを感じながら、今後やりたいことを頭の中で整理する。


 結婚式の準備にオメガの地位向上、そして体以外は手強そうなテオバルトの心を掴むこと。


 ベルティーナはまだ呆けているアメリの目の前でパチンっと手を叩いた。


「ふぇ!?」

「教えるといえば、わたくしも教えてほしいことがあるのです」

「あ、はい! 何なりと!」


 そのベルティーナの「教えてほしいこと」を聞いたアメリとフロレンツィアは、また瞳がこぼれ落ちそうなほどに目を丸くすることになった。

お読みいただきありがとうございました!

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