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6話

「テオ、ご機嫌いかがです?」

「……っ、変わりない」

「ふふ、強がらなくて結構ですわ。声が掠れてらっしゃいます」


 分厚く白いカーテンの隙間から差し込む光で目を覚ましたベルティーナは、ベッドサイドに置いた赤いストールをネグリジェの上から羽織り鈴の転がるような声で笑う。


 対するテオバルトは気怠げに額に手の甲を当てて天井と睨めっこしていた。ベルティーナの言う通り、喉は水分を欲しているようなカサついた音を出している。


 ベルティーナは銀色の前髪を撫であげて、額に唇を落とした。


「発情期でないと深く繋がることが出来ないのが残念ですわ。次はいつ頃ですの?」

「何故お前にそんなこと」

「あら、わたくしたちは夫婦になりますのよ。夫のそういった事情は一番に知っておくべきではなくて?」

「……先日、終わったところだ」


 ということは、発情期が終わるのを待ってベルティーナを迎え入れる日を指定してきたのだろう。 

 無愛想だがきちんと答えてくれただけでも胸が温かくなる。少しは自分に心を開いてくれたのかもしれないと思えて嬉しい。


 オメガの発情期は三ヶ月に一回あり、期間は一週間だ。その期間内にアルファがオメガの頸を噛むことによって、唯一無二の「番い」となることができる。


「では、お楽しみは三ヶ月後ですわね」

「俺はお前と番う気は一切無い」

「つれないお方」


 すぐに起き上がれなくなるほど、夜は求めてくれていたというのに。だがそれを思い出せばそっぽを向いた後頭部も、僅かに朱に染まって見える耳も愛おしい。


 ベルティーナは無防備に晒されている頸に唇を寄せる。テオバルトがピクッと反応したのを確認し、満足してからベッドから降りた。


「では、そろそろ公務の支度をいたしましょう。今日一日頑張ったら、わたくしからテオにご褒美を差し上げますわ」

「褒美?」


 振り返ったテオバルトは訝しそうに眉間に皺を寄せている。

 だが一瞬、一瞬だけ。

 その瞳に、少年のような煌めきが差したのをベルティーナは見逃さなかった。

 腰を屈めて、ふわりと柔らかい銀糸を撫でる。


「ええ。夜、またここにいらして」


 喉が鳴る音がする。

 テオバルト本人も無意識に、ベルティーナから与えられる「何か」を求めているのだ。

 それが「オメガ」の本能なのか、自分の「妃」に対する期待なのかは、おそらく本人にもわからないが。


 とにかく。


(かわいい……)


 この世に生を受けて20年。

 鏡に映る自分を始め、美しい人も愛らしい人も可憐な人もたくさん出会ってきた。

 しかし、見た目が寸分も好みではないのにこんなにも胸がときめく相手は初めてだ。


「頂点に立つ方は、ご褒美なんて貰う機会はありませんものね」


 父である先王も母であるその妃も、テオバルトが15歳の時に事故で他界している。

 オメガという第二性は、ただでさえ精神が不安定な15歳前後に判明するものだ。

 腕を引いてくれる人も背を支えてくれる人もなくした少年を思い、ベルティーナは高い鼻先に唇を落とす。


 図星だったのだろう。

 テオバルトの海色の瞳が落ち着かなげに泳ぐのを見て、ベルティーナはこの年上の王をたくさん甘やかそうと心に誓った。


「では、お召し物を」


 いつまででも睦言を交わしていたい気持ちであったが、王は暇ではない。

 後ろ髪引かれながらもそろそろ動かねばと、ベルティーナはテオバルトが椅子に脱ぎ捨てていた寝巻き用ローブを差し出した。


「おい!」

「はい?」


 ようやく起き上がったテオバルトは、ローブを受け取らずに声を張った。ベルティーナは萎縮することなく、必死な形相を真っ直ぐ見つめて首を傾げる。


「俺がオメガであることは他言無用だ。お前と乳母とその娘しか知らぬ……っ!」

「秘密の共有が出来て嬉しいですわ。ご心配なく」

「信用できない」

「夜のことを根に持っておいでなのかしら?」


 ベルティーナは艶やかな笑みを浮かべた。

 全くそんなつもりで言っていないことを分かっていながら、心昂った「夜」のことを思い描く。


 何度も自分の言葉が却下された「夜」のことが、テオバルトの頭にも浮かんだのだろう。

 羞恥に唇を震わせて黙り込んでしまった。


「ベッドで愛らしい方が『やめろ』と甘く鳴いているのと、本気の『やめろ』くらいは判別出来ましてよ」


 手にしたローブを一糸纏わぬ逞しい肩にかけてやり、ベルティーナはテオバルトの頬に触れた。

 茶化すことなく、真剣で芯のある音を唇から奏でる。


「オメガがこの国でどのような扱いを受けているか……当然、学んでおりますわ」


 リーリエ王国のオメガは、第二性が判明した途端に親に捨てられる子どもすら居るという。

 王妃になったら見て見ぬ振りはできない問題だと思っていたのだが。

 先王と正妃の間に生まれた正当なる後継者である国王が、第二性を隠さねばならない程なのであれば。想像以上に根が深い。


「他人事のように言うが、お前も見下しているのだろう」


 テオバルトは苦々しげに言葉を落とした。

 生まれたときから悪しき風習に浸っているテオバルトに、真摯な言葉が通らないのも無理はない。

 ベルティーナは、自分はテオバルトの味方だと信じてもらえるように関係を作るしかないと腹を括る。


「生憎、わたくしは性別のみで人を見下すほど落ちぶれておりませんの。今まで隠し抜いたこと、尊敬いたします」


 柔らかい声になって微笑めば、強張ったテオバルトの表情から少しだけ毒気が抜けたように見えた。


「そして、これからはわたくしが貴方を守りましょう」

「俺がオメガだと分かってから随分と態度が違うな。同情ならいらん」


 心からの言葉だったと言うのに、夜とは違って強情だ。

 やはり見下しているのだとでも言いたげで、取り付く島もない。


「オメガだからというより……」


 どうしたら心の扉を開いてくれるのかと考え、


「第一印象よりあまりにもかわいくて」


 真正直に答えることにした。

 端的にいえば、ギャップにやられたのだ。


 美しさを計算せず自然と頬が緩んで浮かべてしまった笑顔を見たテオバルトの顔に、何度目かの赤みがさす。

 ベルティーナは口元に手を当てて笑みを深めた。


「そういうところがかわいいのですわ!」

「黙れ」


 顔を上げて欲しくて頬に触れたが、テオバルトは子どものようにローブを頭から被ってしまう。


「お顔を見せてくださいまし!」

「良いから放っておけ!」


 ローブの引っ張り合いっこは、侍女が朝食の知らせをしにくるまで続いたのだった。

お読みいただきありがとうございました!

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