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5話

 リーリエ王国の王城は、海岸から離れた山の上に建っていた。

 塔が沢山建つ城は要塞の役目も果たしているらしく重厚感があるが、同時に白い壁に青い屋根と煌びやかさも備えている。


 ベルティーナには馴染みのない風習がたくさんあり、城に入ればすぐ湯浴みさせられた。

 それは共に来ていた護衛の騎士や侍女たちも同じである。


 その後、リーリエ王国で用意されたシンプルな黒いドレスに着替えさせられ、神に祈りを捧げた。

 首から手首、足首まで全て黒で覆われているドレスはほとんど露出部分がない。テオバルトは胸から腹部にかけて大きく開いた服を纏っていたというのに、男女で肌を出す基準が大きく違うのだ。


(知っていても、実際にあの服を見た後だと統一性のなさに驚いてしまいますわね)


 そして日が落ちて星が語り出す時間。

 ベルティーナは王妃として用意された、豪奢な調度品が並ぶ部屋にいた。

 白い絹のネグリジェ一枚で、一人で寝るには大きい天蓋付きベッドに座ってテオバルトを待っている。


(結婚式の前に初夜がある……謎ですわ)


 優秀なベルティーナはリーリエ王国の風習はもちろん予習済みで、ここまでは全て優雅に完璧にこなした。


 しかし、初夜は気乗りがしない。

 相手が好みではなさすぎる。


「見た目が逞しくとも、せめて中身に愛らしさがあればよかったけれど」


 興醒めするほどの甘ったるいお香が焚かれた空間で、ベルティーナは独り不満を漏らす。

 一度目と二度目の会話で、中身の愛らしさなどという希望は打ち砕かれている。

 まだ元婚約者の皇太子の方が人当たりも愛想も良く、ましだったかもしれない。別に可愛いと思ったことはなかったが。


 コンコン。

 静かな部屋にノック音が響いて顔をあげる。


 視線を送る先は出入り口になる大きな扉ではなく、部屋の壁にある存在感が控えめなドアだ。

 国王夫婦の部屋は隣り合っていて、室内に繋がるドアがあるのだ。おかげで廊下に出なくても互いの部屋を行き来できる。


 ベルティーナが返事をする前に、テオバルトは無遠慮に姿を現した。

 正直、旅の疲れもあるため寝てしまいたいという本心を隠し、ベルティーナは上品な笑顔で出迎える。


「お待ちしておりましたわ、テオバルト国王陛下」

「テオバルトでいい」

「では、テオバルトさま」


 相変わらず無愛想な表情のテオバルトにベッドから手を差し出す。

 全て前髪を下ろして額が隠れると、日中よりも少し幼い印象をベルティーナに与えた。

 テオバルトは纏っていた深緑の寝巻き用ローブを躊躇なく脱ぎ、ベッドサイドの猫足の椅子に投げやる。


 ベルティーナは「ほぅ」と感嘆した。


 下着をつけた局部以外を空気に晒されている鍛え上げられた肉体は、服を着ている時より芸術的に見える。筋肉のバランスがよく、足も長くとにかくスタイルがいい。

 好みは別として素晴らしい身体だ。


 じっと体を観察する視線をどう受け取ったのか、テオバルトはすぐにベッドに上がってきた。

 重みでギシッとベッドが揺れる。


 爪の先まで手入れの行き届いたベルティーナの手に自分の日焼けした大きな手を重ねると、荒々しく覆い被さってきた。

 ベルティーナの背が勢いよくシーツにつき、軽く跳ねる。


 だが、ここでも何か違和感が。

 お香や香水とは違う匂いがふわりと鼻を擽ったのだ。

 海で会った時と全く同じ。


「オメガの香り……」

「!? 何故分かった?」


 テオバルトの体が大きく跳ね、声を上げて体を起こした。

 分かりやすく狼狽えるのを受けて、ベルティーナは唇を笑みの形にする。

 舐められたものだ、と。


「何故って……わたくしもアルファですもの」

「アルファ!? ベータだと聞いて……っ」


 リーリエ国側からアルファ女性がいいと希望していたくせに、テオバルトは更に焦った様子で銀色の前髪を掻き上げた。


 訝しく思ったベルティーナだったが、それよりも。

 ずっと仏頂面で愛想のカケラもなかったテオバルトが慌て出したのが面白くなってきた。

 ベルティーナもシーツから体を起こし、正面から笑顔で圧を掛ける。


 愛人がいることを隠すつもりのようだが、はっきりと口を割らせて自分も恋愛は自由にさせてもらおう。

 形だけの結婚など、王侯貴族には日常茶飯事。

 取り立てて騒ぐことでもないのだから。


「アルファのわたくしにはよく分かりましてよ。お香を焚いたって誤魔化せませんわ、貴方の」

「俺がオメガだと、気づかれるなんて」

「え?」

「……ん?」


 テオバルトの震える深刻そうな声に、ベルティーナは言葉を止めた。

 疑問の詰まった黒い瞳で、不安げに揺れる海色の瞳と見つめ合う。


 呼吸すら忘れ、時が止まったかのようにしばらくそうしていたが。珍しく頭の整理がつかないベルティーナが口を開いた。


「なんで、すって? オメ、ガ? テオバルトさまが?」

「その話をしているんじゃ、ないのか」

「……てっきり、オメガの愛人のところからここにいらしたのかと……」


 互いに混乱しながら言葉を紡いでいくと、すれ違っていたことが発覚した。

 テオバルトは絶句し、白くなるほど唇を引き結ぶ。

 ベルティーナは大きな瞳を見開いて改めてテオバルトを頭の先から足の先まで観察した。


 元婚約者のジャンよりも身長が高く、筋肉も負けず劣らずしっかりとついている。

 オメガは男女関わらず他の性別よりも小柄で細身なことが多いため、気が付かなかった。


 きちんと確認しようと、ベルティーナは固まったままのテオバルトの肩を掴んで体を寄せる。オメガのフェロモンの源であるという頸へと鼻を近づけた。


「……っ、何を」

「確かに、ここからオメガの香りがしますわ。発情期ではないので仄かに、ですが」

「気のせいということには」

「できませんわね」


 ベルティーナが体を離してはっきり言い切ると、骨張った大きな手を握り締め、テオバルトは項垂れる。


 今までの横柄な態度は、オメガという性を隠すための虚勢だったのか。

 そう思うと、背中を丸めた苦々しい表情がなんだか愛らしく見えてくる。


 思えばテオバルトは日中、強い香りの香水をつけていた。そして、寝室に充満するむせ返るほど焚かれたお香の匂い。

 全部、オメガのフェロモンを誤魔化すためだったのだ。


(そこまでしなければなりませんの)


 ベルティーナはリーリエ王国において、オメガの地位が著しく低いことを思い出して胸が痛む。

 そっとテオバルトの頬を撫で、顔を上げるよう促した。


「甘え先が、必要ですわね」

「ベルティーナ?」


 何を言われているのか分からないといった様子の筋肉質な背に腕を回す。

 一瞬テオバルトの体が強張ってしまったが、意図を理解したらしい。最初の乱暴な手つきとは打って変わって、遠慮がちに抱きしめ返された。


「テオバルトさま、わたくしにお体を預けてくださいまし」

「ベルティ……っ」


 肩口に顔を埋め、腰元をスルリと撫でる。息を詰めたテオバルトの下半身が震えた。

 ベルティーナは体重をかけ、そのままテオバルトをベッドに押し倒す。

 驚いて見開く青い瞳を見下ろせば、この人を可愛がりたいと胸が騒いだ。


「二人きりの時は『ベル』とお呼びくださいませ。ね、テオ」


 甘くあだっぽい声に頬を赤らめるテオバルトの、何か言いたげな唇に人差し指を添え、妖艶に目を細める。


 二人の夜は、長いものとなった。

お読みいただきありがとうございます!

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