4話
「大砲が厄介ですわね……っ!」
防御魔術を盾の様に展開しているベルティーナは眉を顰めた。
海上から空に向かって弾が次々と飛んできて近づけない。
砲弾の大きさと飛んでくる速さから威力を計算するに、防御魔術で守っていても直撃すれば無傷とはいかないだろう。
戦慣れしているペガサスでなければ怯えてしまって、乗り手たちは振り落とされていたに違いない。
飛び道具を持っている騎士たちはそれを使うが、ベルティーナは剣しかなかったため魔術で対抗した。
この手の輩は頭領を抑えれば蜘蛛の子を散らすように逃げていくものだが、近づけなければ狙い撃ちすることも叶わない。
ギリっと歯噛みしていると足元の方から、
「手も足も出てねぇ!」
「大陸の騎士様たちは情けねぇな!」
「荷物だけ置いて帰れ!」
「いや、そこの綺麗なお姫様は置いてきな!」
などと、低レベルな煽り文句が耳に入ってくる。
砲弾や魔砲が飛び交う中でも、そう言った声はよく聞こえるものだ。
護衛の騎士たちが挑発に乗らないように、だが唸り声を上げている。
「わたくしを、置いていけ、ですって?」
ただ1人、ベルティーナは剣を腰から引き抜いた。
魔石を練り込まれて鍛えられた剣を、真っ直ぐに1番大きく派手な船へと向ける。
「良い度胸ですわ! 船ごと沈めて差し上げます!」
「ベルティーナさま!?」
防御魔術の光が自身とペガサスの体を纏うように変化させる。守られる範囲は狭くなるが、この方が少し魔術強度が強くなる。
砲弾の間を縫うように飛んであっという間に船に近づいたかと思うと、ペガサスの背から飛び降りた。
甲板に華麗に着地したベルティーナを見て、海賊たちが騒めく。
「……まともに湯浴みをしていない臭いがしますわ」
低い声がドヨドヨと音を鳴らすのを聞きながら、思わず手の甲を鼻に当てる。
衛生的とは言えないツンとした悪臭の漂う船上に視線を走らせれば、薄汚れた服を纏う船員たちの中で大きな帽子を被った「いかにも」な男を見つけた。
(頭領は、あの髭面ですわね)
戸惑いの空気の中、傷が無数にある床を蹴って鼻から下が黒い髭に覆われた男の元に走る。
剣を構えて勢いよく横に薙ぐ。
切先が手入れもされず生い茂った髭を掠めた。
「流石に、反応が早いですわね!」
ベルティーナの剣を避けた男は怒声を上げて半月刀を振り下ろしてきた。金属と金属がぶつかり合う音が響く。
ガタイの良い、おそらくベータの男に負けずに力でぶつかるベルティーナに、周囲の男たちは改めて目を見張った。
アルファのベルティーナはベータやオメガの女性よりも筋力が発達している。もちろん運動能力も抜群に高い。
そうそう男性に引けはとらないのだ。
「ベルティーナさま!」
「無茶をなさらないでください!」
護衛の騎士たちが次々と飛び降りてきて、船が揺れる。
海賊と騎士たちが互いに敵を見定め、船上が大乱闘になろうとしたその時。
船全体を大きな影が覆った。
「な……!」
「こいつがいるってことはっ!」
「国王軍じゃねぇか!」
「逃げろ!沈められるぞ!」
海賊たちの顔色が一気に変わり、慌ただしく動き始めた。
ベルティーナは海賊の頭領のことを忘れて、唖然と影の正体を見上げる。
「ペガサスに避難を!ベルティーナさま!」
「海竜に……乗っている、ですって?」
漆黒の鱗に覆われた大蛇のように長い体。
体の形に沿うように海洋生物らしく背びれがあり、前足と思しきものには水掻きがある。
そしてヒレのついた頭には、人が立っていた。
「テオバルト、国王陛下……?」
遠目からでも分かる長身に、目の前に広がる海のような青色の瞳。潮風に乱されて以前見た形とは違うが、間違えようもない銀色の短い髪。
ベルティーナの婚約者、リーリエ国王テオバルト。
彼が手で指示を出すと、海竜の巨大な尾ビレが海面を叩き周辺を波立たせる。
「きゃ……っ!」
容赦なく船を沈める勢いの衝撃に、備えていなかったベルティーナの脚がもつれた。
倒れる感覚にゾクリと体の芯が冷え、受け身をとろうと身構える。
「……?」
硬い床ではなく、柔らかい温もりに包まれた。
続いて突然の浮遊感。
何が起こったのか分からず顔を上げると、目の前に端正で男らしい顔があった。
テオバルトの逞しい腕に横抱きにされていたのだ。
ベルティーナが扇のようなまつ毛を瞬かせていると、耳心地のいい低い声が落ちてきた。
「捕まっておけ」
「はい?」
返事と言えるような返事をする前に、テオバルトは船から飛び降りた。反射的に太い首に抱きついたベルティーナは、唇を噛み締めた。
(何をするか先に言って欲しいものですわね!?)
海面にぶつかる、と思った瞬間。
海竜の尾鰭が2人を掬い上げ、あっという間に黒く大きな頭上へ着地させられた。
海では先ほどまで浮かんでいた船が尾ビレで破壊され、容赦なく沈められている。
ゾッとしながらも周囲を見渡せば、護衛の騎士たちはペガサスに乗ったりリーリエ王国の兵士に助けられたりと避難できていて胸を撫で下ろした。
ベルティーナはテオバルトの筋肉の凹凸がはっきりと分かる、はだけた胸元にそっと手を触れた。
「助けていただき、感謝いたします」
「仮にも王妃になる身だ。もっと意識を高く持って気をつけろ」
カチン。
チラとしか目を合わさず告げられた素っ気ない言葉に、ベルティーナの紅くふっくらとした唇が引き攣る。
だがこれから王妃になる国の軍隊の前だ。感情のままに声を荒げるなんて醜態を晒すわけにはいかない。
「お言葉ですが、わたくしが転けそうになったのは」
降ろせという意味を込めて分厚い胸を押す。落ち着いた、しかし冷ややかな声色で「お前が乗っていた怪物のせいだろう」と返してやろうとした。
が、ベルティーナは違和感を覚えて言葉を切る。
(……? この香りは)
花を思わせる香水に混ざって、それ以上に甘く胸が沸き立つような匂いが鼻をくすぐる。
全く同じではないが、何度か嗅いだことがある香りだ。
(オメガのフェロモン、ですわね)
発情中のものではないからなのか、残り香だからなのか。仄かにしか感じないが、アルファのベルティーナが間違えるはずがない。
おそらくテオバルトは、ここにくる直前までオメガの誰かと一緒にいたのだろう。それも、香りが移るほど密接して。
自分の妃になる人間が、他国から遥々やってくるという今日という日に。
国同士の利益のためだけの結婚とはいえ、あんまりではないか。
(そういうことならわたくしも好きにさせていただきますわよ)
海竜の頭に足を着いたベルティーナはテオバルトから顔を背け、頸から下げた呼び笛を吹いてペガサスを呼んだ。
お読みいただきありがとうございます!




