3話
バサリと純白の大きな羽を広げたペガサスが、爽やかな絵の具をひっくり返したような空を羽ばたく。
どんなに風を受けても、魔術で一つのだんご状にまとめた髪は乱れることはない。心置きなく大空を楽しめる。
手綱を握って馬のような背に跨るベルティーナは、太陽で輝く海を見下ろして機嫌良く目を細めた。
ベルティーナは今、ローザ帝国からリーリエ王国への道中にいる。
「天気も良くて気持ちいいですわね」
乗馬用の服を身に付け、器用に手綱を操り、ペガサスを乗りこなすベルティーナの声に、護衛の騎士たちが苦笑いを浮かべる。
本来ならば、ペガサスの引く車に乗ってくるはずだった令嬢が自ら外に出ているのだ。自由なお嬢様だと思わずにはいられないだろう。
安全性を考えれば車に乗った方がいいことなど重々承知だが、ベルティーナにも言い分はある。
(思う存分、外の空気を吸いたい!)
テオバルトとの結婚が決まった後から、とにかく忙しかったのだ。
国外に、しかも王妃として嫁ぐのだから当然と言えば当然だが、とにかく羽を休める間も伸ばす間もない。
ジャンとの婚約が解消されて少々脱力したものの「自由になれる!」と思った矢先だったため、ベルティーナの機嫌はずっと芳しくなかった。
周囲もそれに気づいていたようで。
父親も母親も、とにかく後ろめたい皇帝までもが、ベルティーナのご機嫌取りに必死になっていた。
おかげでドレスやアクセサリー、本、魔術を効率的に行使できる魔術道具などを新調して嫁入りすることができる。
しかし一番効いたのは皇太子妃となったエレナとの時間だった。おすすめだというお菓子を共に食べ、ベルティーナのお気に入りの紅茶を一緒に飲んで談笑した。
「もっと早くお会いしたかったですわ」
「私もです、ベルティーナさま」
「ああ、でもそうしたらきっと……皇太子殿下と恋敵同士になってしまってましたわね」
「まぁ!」
くすくすと笑う純朴な彼女には本当に癒やされた。
エレナは冗談と受け取ったようだが、ベルティーナは心の底では本気であった。
運命など関係なく、可愛らしいオメガなのだ。
髪を振り乱したくなるほど羨ましい。
(それに引き換えわたくしの婚約者さまは)
ベルティーナは一度だけテオバルトと会話したことを思い出す。鏡の魔法道具を使ってではあるが、結婚前に顔を合わせることができたのだ。
「はじめまして、テオバルト国王陛下。実際にお会いできるのを心待ちにしておりますわ」
「世辞はいらん」
「心からそう思いますのに。わたくしたち、夫婦になりますのよ?」
「国交のためだろう」
初会話はこれで終了だ。
(なんって可愛げのない方なのかしら!)
愛などないお飾りの王妃になるとしても、もう少し言いようというものがあるだろう。いかにもアルファの王族といった横柄な態度に、ベルティーナは愛し合うことはなさそうだと心の中で切り捨てた。
しかし王妃としての役割は果たさなくてはならない。この先ずっとテオバルトの隣で生きるのだ。
せめて輿入れの道中くらい自分で好きに、自由にペガサスを乗り回さないとやりきれない。
アルファのベルティーナはペガサスに乗るのもお手のものだったため、わがままを許されたのだった。
「あれがリーリエ王国ですわね……あら?」
陸が見えてきた頃に、違和感を覚える。
ベルティーナたち一行を出迎えるように船が並んでいるようなのだが、隊列がおかしい。
あまりにも無秩序でバラバラに船が広がっていた。
護衛の騎士たちもすぐに気がついたようで、魔術レンズで船の様子を伺っている。
「海賊だ!!」
レンズを通して、一番初めに船の上を確認した騎士が声を張り上げた。
和やかな空気が一変し、その場の全員が警戒体制に入る。
緊迫した状況下で、ベルティーナも腰の愛剣に手をかけた。
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