2話
ベルティーナはいわゆる「アルファらしい」女性だった。
高潔で聡明で優秀で身体能力も高く、外見はどの角度から見ても完璧な造形で。
恋愛も、愛されるより愛したい性だ。
叶うのであれば、可愛く愛しい運命の番を甘やかして蕩かして、心ゆくまでにゃんにゃんしたい。
皇太子の婚約者を選ぶ時期、皇太子妃として相応しい身分と年頃の人間が偶然にも少なかった。選択肢が少ない中で、最も優秀なベルティーナが婚約者に選ばれたのだが。
ベルティーナとしては「選ばれてしまった」状況だ。
アルファ女性は「妊娠させる機能」も「妊娠する機能」の兼ね備えた存在で、アルファの皇太子とも問題なく結婚し世継ぎも望める。
そこに恋だの愛だの、そんなものは関係ない。
好みのオメガたちとの色恋は捨て、皇后として相応しい教育を受ける日々を送った。
燃え盛るような思いはなくとも、皇太子とは良きパートナーになれると思っていた。
それなのにこの仕打ち。青春を返せ。
「皇太子様たち、婚約解消なさったそうよ」
「まぁ! ベルティーナ様、お可哀想に」
「運命の番か。勝てないよなぁ」
「皇太子妃になるお方、身分は低いが魅力的だしな」
2人の婚約解消の知らせは瞬く間に広がった。
「お気遣いなく。わたくしは全て納得済みのことですわ」
人に会う度に慰めの声を掛けられる。
これもずっと努力してきた賜物の人望だ。
しかし皇太子とは勝手に決められただけの婚約者同士だったというのに。
自分がフラれたみたいになっているのは納得いかない。
それに加えて、ベルティーナは落ち込んでなどいなかった。
最初こそ10代後半の多感な時期に戻りたいと思ったものだが、まだ20歳だ。
いくらでもやり直すことができる。
自分の好きなように動いて、好きな相手を見つけられるかもしれない。
そう思い至ってようやく得た自由な時間に胸を躍らせていたベルティーナの心に、水を差す知らせがやってきた。
「……リーリエ王との結婚、ですって?」
父親から告げられた言葉に、ベルティーナは舌打ちしそうな口をなんとか復唱するだけに抑えた。
屋敷の執務室に来いと神妙な顔つきで呼ばれた時から嫌な予感はしていたが。
皇太子妃になるはずだったベルティーナへのせめてもの償いとして、皇帝が口利きをしてくれたのだという。
クッションの分厚いソファーに無遠慮に凭れ掛かり、ベルティーナは内心でため息を吐いた。
(おっさ……歳を重ねた殿方たちの考えることはどうもズレてますわね)
リーリエ王国はローザ帝国のある大陸と海を挟んだ向こうにある島国だ。
大陸とは違う独特の文化を持っており、魔術はあまり発展していない珍しい国だった。
若くして即位したリーリエ王、テオバルトは、大陸でも特に魔術が日常的に使われるローザ帝国と繋がりが欲しいらしい。
(ずっと閉鎖的で、いつも国内で妃を選んでいると聞くのに……よりによってこのタイミングで……)
話を聞きながらベルティーナはソファの背から体を起こし、ティーカップを持ち上げる。
拒否権などないと分かっていても、自分なりに納得して嫁ぎたい。
「ローザ帝国に利益はありますの?」
「リーリエ王国の海軍だ」
魔術をほとんど使わずに島国を外敵から守り抜いたリーリエ王国の海軍の強さに、ローザ帝国は目をつけていた。同盟が結べるなら喜ばしいということだ。
説明を受けたベルティーナは、温かく甘い茶を口に含みながら冷めた目になる。
(私への償いだなんて、とんだ言い訳ですわね)
もう少し前から結婚を絡めた同盟の話はあったらしい。
だがリーリエ王国はアルファへの崇拝の気持ちが強く、出来れば「アルファ女性を妃に」と希望があった。
「皇帝の御子は、ジャン皇太子殿下以外はベータの第二皇子殿下とオメガの皇女殿下しかいらっしゃいませんものね」
第二皇子は当然子どもは産めない。
となればアルファでなくともオメガの皇女が一番相応しいというのに、問題が一つ。
リーリエ王国はオメガへの差別が激しいともっぱらの噂なのだ。
皇帝としては愛娘をそんな国に嫁がせるわけにはいかない。
皇室に釣り合う相手がいなければ上位貴族となるが。未婚で年頃のアルファ女性と限定されれば候補がいなかった。
そこに幸か不幸か、ジャンとベルティーナの婚約破棄。
「全く。わたくしは家どころか国のための駒ですのね、お父様」
「すまないベルティーナ。侯爵家の娘として、誉れ高いと喜んでくれ」
「ええ、ええ。とーっても誇らしいですわ。で、テオバルト国王陛下は、どのような方ですの?」
「ああ、惚れ惚れするほどの精悍な偉丈夫だぞ」
そう言って見せられた魔術紙には、目鼻立ちの整った男が描かれていた。
まず目に入るのはリーリエ王国特有の、胸から腹部までが剥き出しになった、体のラインがはっきりと分かる衣服。
そして、銀の前髪を右側だけ後ろに撫で付けた短髪が印象的だ。
魔術で正確に映し出された海のように深い青の瞳と、ベルティーナは見つめあった。
「お顔も凛々しく美しい造形ですし、体格もとても良いですわね。鍛錬を積まれているのが分かってとても好感が持てますわ」
「そうだろうそうだろう! 年齢も3つ上! 世界一美しい我が娘と何もかもがお似合いじゃあないか!」
父親はなんとかベルティーナの機嫌を取ろうと、ニコニコと頷いた。
だがベルティーナは、いかにもアルファといった風格の若き王の魔術絵をトン、とテーブルに置く。
薔薇色の口元に優美な弧を描いて、腰の低い父親に視線を送る。
「わたくし、小柄で細くて可愛らしい子がタイプですの」
「ベルティーナー!!」
半泣きになった父親に拝み倒され、国の職人が作る金細工の髪飾りを買う約束をされて。臍を曲げたベルティーナはようやく首を縦に振ったのだった。
(このくらい駄々を捏ねないとやってられませんわ)
お読みいただきありがとうございました!