髪飾り
ショートショートを書き始めた頃の作品です。
もう5年以上前になるので、文章などはつたない部分もありますが、ファンタジーのようなちょっと不思議な空気感をイメージして書きました。
ある休日の午後。
いつものカフェで、いつものコーヒーに、いつものケーキ。
そしていつもの席に座り、いつもと変わらない休日を過ごす。
日常は変わらない。
同じ時間の流れの中で、ゆったりと過ごす時間が私は好きだ。
日常は変わらない。
特に刺激は求めていないし、今は満足している。
でも……。
ある日、私は出会ってしまった。
いつもの午後、いつものように、いつもの道で、いつものカフェに向かっていた時だった。
ふと路地裏に、ひっそりとたたずむ小さな雑貨屋さんを見つけた。
古びた建物に、これまた古びた扉。
私は吸い込まれるようにお店に入っていった。
お店の中は、様々な色形の掛け時計が壁一面に掛けられている。
所々に吊り下げられたランプが店内を暖かな光で包み込んでいる。
ちょっと古い、でもどこか懐かしい木や本の匂いが鼻腔に入ってくる。
私はゆっくりと歩を進めながら、お店の中を見ていた。
「いらっしゃい」
お店の奥から突然声がした。私はドキッとして、恐る恐るお店の奥を覗きこんだ。
積み上げられた本の奥に、おじいさんがひっそりと座っている。
長く白い髭に、小さな丸いレンズの眼鏡をかけた、ちょっと大柄なおじいさん。
「何かお探しかい?」
おじいさんは私に尋ねてくる。
私はお店の中をぐるりと一周見渡してから、
「おじいさんのオススメは?」
と尋ね返した。
おじいさんは深くシワの刻まれた顔でにっこり微笑むと、お店の棚から小さな箱を一つ取ってきた。
「あなたには、これがいい」
おじいさんはこれまたシワの刻まれた大きな手で、小さな箱を開ける。
中に入ってたのは羽根を模した髪飾り。
鳥の羽根かもしれないけど、私は天使の羽根だといいなと思った。
「キレイ……」
思わず声が漏れる。
髪飾りはランプの光で淡いピンク色に光っている。
まるで、自分が髪飾りである事を誇らしげに思ってるように見えた。
「おいくらですか?」
髪飾りに一目惚れした私はおじいさんに尋ねる。
「お嬢さんが気に入ってくれたのなら、これはあなたにプレゼントしよう。その方がこの髪飾りも喜んでくれる」
おじいさんはそう言うと、髪飾りを箱から取り出して髪に付けてくれた。
まるで、おじいさんが私の気持ちを見透かしてる様に思えた。
私はちょっと恥ずかしくて、でも嬉しくて、近くにあった鏡に自分を映す。木製の額にバラの彫刻が施された鏡。
私は右や左を向いて髪飾りを光に当てる。
そこに映った髪飾りは鏡とぴったり調和して気品さえ感じる。
そして、私の顔はどこか満ち足りて、どこか楽しげで、さっきまで退屈していた私はすでにそこにはいなかった。
「ありがとう、おじいさん」
私はおじいさんにお礼を言って、ニコッと笑顔を向ける。
私はお店を出ようとドアノブに手を掛ける。
扉を少し開けて私は振り返った。
「また、来てもいいですか?」
おじいさんはしわくちゃな顔で満面の笑みを浮かべると、
「お嬢さんが望む時に、いつでも来なさい」
そう言って手を振る。
私もおじいさんにもう一度微笑み、手を振ってお店を出た。
日常が変わった。
お気に入りのお店が一つ増えた。
いつもの帰り道が、キラキラと輝いて見える。
今日はスキップで、心踊らせながら帰ってみよう。
明日が楽しみになるように。
明日も良い日でありますように。
おしまい
お読み下さりありがとうございました。
ほとんど台詞のないモノローグ形式の小説が個人的に好きで、このような作品を書きました。
楽しんで頂けましたら幸いです。