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アイドルの墓場(末っ子5)  作者: 夏目 碧央
9/18

普通の感覚を破る

 あれを俺の代わりに抱いて寝ているのか……。改めてテツヤが送って来た抱き枕の写真を見る。そして、なんだか顔がにやける。うー、可愛すぎる。

 ああ、会いたい。もうダメだ。こんな何週間も会わないでいるなんて、あり得ない。これはもう、とんぼ返りでもいいから、宝塚へ行くしかない。顔を見るだけでもいい。いや、出来れば抱きしめたい。でもそれだけでいい。日曜日までなんて待てない。明日、兵庫に行く!

 タケル兄さんや、年上の兄さんたちがいつも言っている事がある。俺たちは、たとえ有名になり、人気が出ても普通の感覚を失わないようにしよう、と。下積み期間が長かった俺たちは、金銭感覚もずっと変わらず貧乏性だ。

 でも、実際にはここ数年、たくさん稼いだ。そのお金を、ここぞと言う時に使ってもいいのではないか。だから、俺はテツヤに会うため、ほんの一瞬会う為だけに飛行機に乗る。急に決めてチケットを取るととても高いのだが、ここはいい。使う。

 翌日、訓練が終わった夕方遅く、訓練所を出た。飛行機で無事に伊丹空港に到着した後、テツヤに連絡をした。

「今からそっちに行く」

ただ、それだけ。

「え?どう言う事?本当に来るの?」

そりゃ、動揺するよな。でも、本当に行くんだよ。

 これも贅沢だけど、場所が分からないからタクシーを使った。で、宝塚訓練所は、許可なしでは外出できない事を思い出した。呼び出そうにも無理だ。という事は、俺が入る必要がある。だが、入れてもらえるのか?普通入れてもらえないよな。

 ここでも、兄さんたちに心の中で謝りつつ、普通じゃない手を使う事にした。俺の知名度と人気を使う。使えるといいけど。

「あのー、すみません。」

受付のところに女性がいた。もうすぐ深夜になり、守衛さんに代わるのだろう。

「はい。」

女性が顔を上げた。俺は帽子とマスクを取り、髪を整えた。

「あのー、メンバーに会いに来たんですけど……。」

と言いかけると、

「あ!レイジくん?レイジくんよね?」

女性が顔を輝かせた。

「はい。」

「キャー、私ファンなんです!お会いできて嬉しいわ!」

「ああ、どうも。」

俺は自ら手を出し、握手をした。どうか、これで入れてくれ。営業スマイルを顔に張り付け、

「あの、いいですか?」

中を指さす。

「えーと、はい、どうぞ!」

女性は多分、頭の中がパニックなのだろう。

「すぐ出ていくので、この事は内緒で。」

口元に人差し指を付けてそう言うと、女性はコクコクと頷いた。紅潮した顔でニコニコしているその女性に、こちらもニコニコしたまま手を振り、俺はコソコソと建物内に入って行った。

 部屋番号を聞いていたので、それを探してさまよい、やっと見つけたテツヤとタケル兄さんの部屋。あまり音を立てないようにドアを開けた。

「レイジ!」

うわ、狭い。なんだ、この部屋は。俺たちの部屋と大違い。まさかの二段ベッド。部屋にタケル兄さんが立っていて、俺が入ると真っ先に俺の名を呼び、ハグをした。

「久しぶり!よく来たなぁ。」

「エヘヘ。」

そろそろタケル兄さんとのハグは終わりでいいかな?テツヤはどこだー!でっかいタケル兄さんの背中越しに探すと、二段ベッドの下の段にちょこんと腰かけていた。俺と目が合うと、おもむろに立ち上がったテツヤ。ニヤニヤしているけれど、ちょっと大人しいじゃないか。

「テツヤ……兄さん。」

タケル兄さんがいるので“兄さん”を付けた。タケル兄さんの前でハグするのが恥ずかしいのか、テツヤはハグして来なくて、その代わりに俺の手を引っ張って、自分のベッドに座らせた。自分も隣に腰かける。

「どうして来たの?」

あぅ、カッコいい、綺麗、可愛い。俺を見つめるテツヤの顔を見て、感激している俺。

「レイジ、悪いな。この時間だと部屋の外に出られないから、席を外せないんだよ。俺はベッドの上で寝てるけど……。」

タケル兄さんが遠慮がちに言った。

「ああ、いいですよ、何も気にしないでください。それより、兄さんごめんなさい。俺、掟を破りました。」

「オキテ?」

テツヤが横で呟く。タケル兄さんもキョトンとしている。

「俺たち、いつも普通の感覚を忘れないって誓ってるじゃないですか。でも俺、どうしてもここに来たくて、とんぼ返りの為に飛行機とタクシー使っちゃったし、ここに入るにも、他に方法が思い浮かばなくて、知名度と人気を使ってしまったし。ああ、ファンを利用してしまった。ごめんなさい。」

俺は一気にしゃべって頭を下げた。一瞬シーンとなった後、タケル兄さんが笑い出した。テツヤも笑っている。

「そこまでして会いたかったんだな。まあ、朝までゆっくりしていけよ。朝早く帰れば大丈夫だろ?」

タケル兄さんがそう言ってくれた。朝まで?え、俺、すぐ帰るつもりだった。朝までいていいのか?

「じゃ、お休み。」

タケル兄さんはそう言うと、ベッドの上に登って行った。そうか、二段ベッドは好都合だ。ちょっと狭いけど、これでタケル兄さんの視界から消える事が出来るのだから。べ、別に何か変な事しようとは思ってないけども。

「レイジ、とりあえずコートとか脱げば。俺のパジャマ貸そうか?」

テツヤがそう言って、俺のコートを脱がせた。

 テツヤのパジャマを借りて、ベッドに入った。俺の代わりだという抱き枕にはベッドから出ていてもらって、俺本人がテツヤの横に寝転がる。

「昔を思い出すな。狭い所に二人で寝てたもんな。」

テツヤがそう言ってクククっと笑った。

「あの時は少年だったからね。二人とも今より細かったでしょ。」

俺も笑って言った。そして、音を立てずに、静かに唇を重ねた。すると、テツヤはギュッと俺にしがみついた。会いたかった、そう言ってくれていると思う。俺も、そう言いたいけど、やめておく。タケル兄さんに聞かれてしまうから。俺は優しくテツヤの頭を撫で、一晩中綺麗な顔を見ていた。


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