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恋は悔いのないように

作者: いづみ

 通学路を談笑しながら歩く男女三人。

 近くを歩く生徒達は、その姿に羨望の眼差しを向ける。

 女生徒二人に挟まれるように歩く男子生徒は、二堂拓哉(にどうたくや)

 成績優秀、スポーツ万能な彼は端正な顔立ちも相まって、学校中からアイドル的存在とされている。

 彼の右隣にいる、サラッとした長い髪をワンサイドヘアにした女生徒は、佐山緑莉(さやまみどり)

 学力は学年一位の秀才で、大人びた雰囲気があり男子生徒から絶大な人気を誇っている。

 その反対隣にいる、ショートヘアで女子にしては高い身長の女生徒は、大宮藍(おおみやらん)

 気さくな性格で、よく他の生徒の相談に乗っているので男女共からとても信頼されている。

 三人は、小学校からの幼馴染で毎日登校を共にしている。休日も、三人で出掛けている姿をよく目撃されていた。

 その仲の良さから、拓哉は緑莉か藍のどちらかと付き合っているのでは、そうでなくても拓哉はどちらかを、二人は拓也のことを好いている、という噂が学校中に広まっている。

 その為、中学まで月に二回はあった三人への告白も今ではゼロにほど近い。

 高校からそんなちょっとした平穏を手にした三人は、今日も仲良く過ごす。




 その日の放課後。


「緑莉、ここ教えて」

「えっとぉ、ここはーー」


 三人は、佐山家に集まって勉強をしていた。

 彼らは、テスト勉強期間に入ると決まって誰かの家に集まり、テスト勉強をする。

 今日もいつも通り集まり、開始してから二時間が経った頃、スマホを覗いた拓哉が教材をしまい、立ち上がった。


「悪い、母さんからお使い頼まれた。先帰るわ」

「了解」

「うん、分かったぁ」


 部屋を出ていく拓哉に、二人は手を振って見送る。


「じゃあ、私もこの問題が終わったら帰るね」

「……あの、さ?」

「何?」


 緑莉が神妙な口調で話しかける。

 藍は、問題を解く片手間にそれを聞く。


「藍は、拓哉の事が好きなの?」


 答えを記入していた藍の手が止まる。


「…………なんで?」

「そんな噂を、学校で聞いて……」


 入学から二回目の夏、一年の頃から流れていた噂を今更耳にした緑莉が、恐る恐る下に向けていた視線を藍に向ける。

 藍は、視線を教材に向けたまま。


「恋愛感情は無いよ」


 瞬間、緑莉の口からホッと息を吐く音がした。


「そっか、良かったぁ。わたし、藍とは争いたくないもん」

「えっ……緑莉は拓哉が好きなの?」

「あー、うん……」


 緑莉を見ると、人差し指の先をつんつんと合わせて、言い終わると恥ずかしがるように赤い頬を両手で覆った。

 彼女は、外では絶対に見せないが少し子供のような可愛い仕草をする。

 いつもならば、可愛いという言葉が藍の頭の中を駆け抜けるが、今ばかりはそうならなかった。

 学校に流れる噂は藍も知っている。

 だが、緑莉の噂通りのような素振りは見たことがなかった。

 だから驚いた。本人の口から好きだと、噂は本当だと聞いて。

 同時に疑問にも思う。照れや、嬉しさからくる感情はそう簡単に隠せないと知っているから、そんな素振りがないのはおかしいと。


(実際、拓哉だって……)

「ねぇねぇ! 藍は好きな人っているの!」


 教材をしまう藍に緑莉が近づく。両手を床につき、身を乗り出して目をキラキラとさせて。

 二人は、今まで恋バナというものをしてこなかった。

 幼馴染であり、親友でもある藍の好きな人というワードは、興味を惹かれるには十分だ。


「私は……」


 藍が思考する。話してしまおうかどうか……。

 少しして、上体だけを緑莉に向け、床についた手に自信の手を重ねる。

 そしてーー


「私は、緑莉が好き」


 藍は、僅かに震える声で躊躇いながらもはっきりと告げた。


「…………あっ、親友として、だよね? わたしもーー」

「違うよ、私は緑莉と恋人同士になりたいの」

「……」


 藍は、戸惑う緑莉の言葉を遮るように言う。

 数秒の沈黙。藍の放った言葉で緑莉の頭が真っ白になる。

 自分を真っ直ぐに映す藍の瞳は、緑莉に本気なんだと思わせた。

 だからこそ、声が出なかった。

 小さい頃から一緒だった藍の想い人が、同性である自分だとは思ってもみなかったのだから。

 だが、そんな緑莉の心情もお構いなしに、藍がただでさえ近かった顔を更に寄せる。

 緑莉の片頬に、手を置き。


「私とじゃ、ダメ?」

「ぇ、……ぁ」


 かろうじて出た声は、言葉にはならなかった。

 目がぐるぐると回り、状況が完全には理解できない。

 緑莉の意識がはっきりとした時にはもう、藍は部屋にいなかった。




 翌日の藍はいつも通りだった。

 何も無かったかのように一緒に拓哉を迎えに行き、そのまま三人で登校。休み時間も、他の友人を交えてではあるが会話をした。昼食時も、二人で机を向かい合わせにして食べた。

 そして、迎えた放課後。


「一緒に帰ろ、緑莉」

「う、うん……」


 緑莉は、ここまでいつも通りな藍を見て、昨日のは夢だったのでは? と考えながら下校する。

 ある程度歩いたところで藍が口を開く。


「ねぇ、週末どこか遊び行こうよ。テストも明日からの三日間で終わるしさ」

(やっぱりいつも通り。昨日のはわたしの勘違いか何かだったんだ)

「そうだね、どこか行こう!」


 昨夜からの悩みが無くなり始めた緑莉は、スマホを取り出す。


「じゃあ、拓哉にも連絡をーー」

「ダメ」


 スマホを持つ手を、藍が抑える。


「私たちだけで。デートなんだから」

「え……デー、ト」

「そう」


 そう言った藍は、緑莉の数歩先を歩く。

 いつも通り、ではなかった。

 緑莉の頭に、昨日の告白が蘇る。

 足を止めた緑莉がその背中に、昨夜からの疑問を投げかける。


「どうしてわたしなの……? 女の子同士、なのに」

「どうしてって、好きになった人がたまたま女の子だったってだけだよ。でも……」


 立ち止まった藍は、そこで言葉を区切り振り返って。


「緑莉は、無愛想で誰とも関わろうとしなかった私に、声をかけ続けてくれた。私を守ってくれて、変えてくれて。そんな緑莉が、私には眩しく見えた。だから、かな」


「恋だ、って気づいたのは高校に入ってからなんだけどね」と付け足した藍は、満面の笑みを浮かべていた。

 その言葉で、笑顔で、緑莉の心臓が激しく鼓動する。


(なに、これ……心臓が、痛いくらいドキドキしてる……)


 恥ずかしくなり、目を逸らしたいのに視線が藍を捉えて離さない。

 両手で胸を掴んでも、鼓動は収まることなく跳ね続ける。

 向き直り再び歩き出した藍の数歩後ろを緑莉は歩く。

 その間も、緑莉の頭には先程の藍の言葉が繰り返し流れていた。




 テストも終わり週末に入った。

 今日は、藍と緑莉の二人きりで出かける約束の日。

 支度を済ませた緑莉が家を出る。


「集合場所決めるなんて、ホントにデートみたい……」


 緑莉はすぐに頭を振ってその考えを追い払う。

 昨夜、今日の予定をメッセージアプリ内で相談していた時、終わり際に突然藍が集合場所を指定した。

 緑莉は、そこにいつもより大きな歩幅で向かう。

 集合場所に着くと、藍は既に着いていた。


「藍〜!」


 緑莉は、いつも通りに手を振りながら藍の下に駆け足で寄る。

 それに気づいた藍も、手を振り返す。


「ごめん〜、待たせたぁ」

「全然いいよ、そんなに待ってないから。それより、その服似合ってるね、可愛い」

「! あ、ありがと。ら、藍も! 似合ってる、よ……」


 あの下校時の言葉が頭に蘇る。

 出来るだけ平静を装って答えたが、顔が熱くなり言葉もうまく発せない。

 これは、新しい服を褒めてもらえて嬉しいだけだと自分に言い聞かせる。

 少し照れてしまったのを誤魔化すように、元気よく。


「さぁ! 行こ!」

「うん」


 最初に向かったのは、この辺りで有名なカフェ。

 ここのパンケーキが、今女子高生から大人気でSNSで多くの写真が上げられている。

 カフェには少し列ができていたが、午前ということもありそこまで待つことなく入店。

 真夏に入る冷房の効いた店内は、天国かと思うほどだった。

 適当な席に案内され、緑莉はいちご、藍はブルーベリーのパンケーキを注文した。

 ふっくらと焼き上がったパンケーキの上に、それぞれの果実とその味のソース。傍らに生クリームも添えられて、とても映える見た目をしている。

 二人は、それを一枚だけ写真に撮ると、手を合わせる。

 そして、すぐに一口サイズに切って口に含んだ。

 一回咀嚼しただけで、果実とソースの甘さと少しの酸味が口いっぱいに広がる。

 それを飲み込むと、二人は向き合って、


「「おいしぃ〜!」」


 笑顔でそう言った。

 緑莉が早速二口目を切っていると、藍に呼ばれる。

 顔を上げると、フォークに切られたパンケーキを刺して緑莉に向けられていた。果実、ソース、生クリーム全てがたっぷり乗せられて。


「どうしたの?」

「緑莉のやつも食べたいから交換しよ?」

「それはいいんだけど……これ、何?」

「あ〜ん」


 言うと同時に更にフォークを近づけた藍は、楽しそうに微笑んでいる。


(これ、間接キス……)


 意識すると、緑莉の顔が煙が出そうな程に熱くなる。

 恐る恐る口を近づけーーパクリ。

 それを飲み込んだ緑莉は、「おいしい」とだけ言ってそっぽを向いてしまった。


「じゃあ、私も貰おうか、な?」


 藍が引き寄せようとした緑莉の皿が、遠ざけられる。

 遠ざけた本人は、先程切っていた二口目を藍に向ける。

 顔が真っ赤になり、震える唇で緑莉は、


「藍も、あ〜ん」


 仕返しの意を込めて言った。


「い、いや……私は自分でやる、から……」

「……え」


 差し出されたパンケーキを目の前にした藍は、緑莉の皿を手繰り寄せて自分で切り始めた。

 顔も耳も、首まで赤くして。

 いつもカッコいい藍の照れた姿を見た緑莉は、つい“かわいい”と思ってしまった。

 気まずくなった雰囲気は、食べ終わる頃にはいつも通りに戻っていた。


「おいしかった〜。また来ようね」

「そうだね」


 店を出た二人は、次の目的のためにショッピングモールに向かった。

 到着した時刻は十二時半。ちょうど昼食の時間だったが、先程のパンケーキが予想以上の量であまり空腹ではなかった。

 目的地に到着。着いたのは洋服展が並ぶアパレルコーナー。

 夏休みも目前ということで、新しく服を買おうと藍が言ったのだ。

 いくつかの洋服店を二人で周る。

 選んだ服を試着して見せあったり、それぞれが似合いそうな服を選びあったり。

 そうして三着ずつ買い終えて、緑莉に荷物を預けてスムージーを買いに行く藍の後ろ姿を見てふと思う。


(楽しいなぁ。やっぱり、藍の隣はすごく落ち着く)


 緑莉の心を乱しているのは藍なのに、それを落ち着かせるのも藍という可笑しな状況に苦笑する。

 あの日の告白から、二人でのお出かけや間接キスなど、今までもやっていたことなのに、意識してしまう。

 だが、藍と一緒にいる。ただそれだけで楽しさのほうが勝る。


(もしあの告白を受けたら、藍とずっとこうしていられるのかな……)

「ーーり。緑莉!」

「わ!? あっ…な、何?」


 名前を呼ばれて思考から抜け出す。

 見ると、スムージーを両手に顔の高さを合わせて覗き込む藍がいた。

 顔が近くて驚いた緑莉は数歩後ずさる。


「何じゃなくて、まだ時間あるけど緑莉はどこか行きたいとこある?」

「行きたいとこ? うーん……」


 少し考えた緑莉は、あることを思い出して提案する。


「水着、買いに行かない?」

「水着?」

「うん、きっと今年も海でしょ? その時に着る水着」


 実は、緑莉達三人は家族ぐるみで仲が良く、長期休みに入ると毎回どこかへ旅行に行く。

 そして、その旅行先が夏は必ず海なのだ。

 藍は、そのことだと直ぐに理解する。


「いいけど、去年も新しいの買ってなかった?」

「そうだけど、たぶんもう入らないんだよね……」


 緑莉は、そう言いながら自分の胸を持ち上げる。

 もにゅっ、とでも聞こえそうなそれと自分のを見比べた藍の目からハイライトが消え、口からは「あはは」と乾いた笑いが漏れた。

 それに気づいた緑莉は、パッと胸から手を離す。


「水着のお店ってどこだっけ!? あっ、藍のも選ぼうね!? 何が似合うかな〜!」


 必死に話題を戻しながらモール内の地図に早足で向かう。

 ちらと藍を見ると、いつもの笑顔に戻っていて緑莉はホッとした。


(別に藍も無いわけじゃないんだけど、さっきの感じ……大きくなってないのかなぁ)


 親友の成長を心配しながら地図上で水着店を見つけ、移動する。

 そこには、色とりどりな光景が広がっていた。

 店先には、マネキンに着せられた水着が「流行!」や「おすすめ!」と書かれたポップと共に並んでおり、奥にも様々な水着がハンガーにかけられ並んでいる。


「よし、選ぼっか! 試着室集合ね」


 すささっと入って水着を楽しそうに選ぶ緑莉を見て、クスッと笑って藍も店内に入った。

 数十分後、試着室前で待機していた藍の下に緑莉が駆け寄る。


「じゃあ、試着してくるね!」


 そして、ノータイムで試着室へと飛び込んだ。

 少しすると、シャッと勢い良くカーテンが開き水着姿の緑莉が現れる。

 白一色にピンクのラインが入ったビキニ。シンプルだが、緑莉の真っ白な肌とマッチして清楚的でとても似合っている。布面積が小さめで、そのふんわりとした身体から漂う色気がものすごい。


「どう?」

「似合ってる、けど露出しすぎじゃない?」

「やっぱりそうかぁ、ん?」


 藍の意見に、翻って鏡を確認する緑莉が何かに気づき、また体の向きを戻し藍の後ろで組まれた手を見る。


「それ、なに?」

「いや、緑莉に似合うかと思って」


 緑莉の指している物を出し見せたのは、空色の水着。

 トップのビキニはフリルで覆われていて胸が隠れるようになっており、ボトムは形こそ変わらないが花柄のパレオが付属している。


「かわいい」


 それを見た緑莉は、そう呟く。

 緑莉は、藍の手から水着を取り、


「わたし、これにする」


 即決した。

 そして、再びカーテンを閉めて試着しているのか衣擦れの音がする。

 しかし、カーテンを開き出てきたのは、私服の緑莉だった。


「え、試着しないの?」

「したよ?」

「じゃあ、なんで見せてくれないの?」

「海までのおったのっしみっ」


 声と共に、身体も弾ませながら試着室を出る緑莉。

 藍は不満に思いながらも、会計を促す。

 しかし、緑莉は振り返り笑顔で、


「次は藍の番だね!」


 水着を差し出してきた。

 それは、黒一色のトップとボトムが繋がったセクシーな水着だった。

 肩にかける紐は、右肩から左脇に伸びている一本だけで、胸元が水平に切られ谷間がガッツリ出るようになっている。繋がっている部分も片側面だけ覆われ、もう片方は脇腹からへそに三角状に開いている。

 露出面積は小さいものの、体のラインがはっきりするタイプで着るのに勇気のいる水着だと藍は思った。


「いいよ私は。去年のもまだ着れるだろうし、勿体無いから。ほら、会計行ってきなよ、こっちは返しておくから」

「えー、わかったぁ……」


 藍は、緑莉から花柄以外の二着を受け取り、露骨に落ち込んでいるその背中を見送った。

 会計を終えた緑莉は、少し後に出てきた藍とそのまま帰宅した。

 バスに乗り、最寄りで降りた二人は住宅街を隣り合って歩く。

 買い物に満足がいったのか、緑莉はご機嫌で鼻歌でも歌い出しそうだ。

 荷物を片手にまとめ、空いた手を小さく前後に振っている。

 その手を、藍が突然握る。

 すると、緑莉の身体がビクッと跳ね、顔が一気に赤くなる。

 だがそれも一瞬で、緑莉も穏やかな笑みを浮かべてそっと握り返した。


「ゆっくりでいいからさ……」


 そのまま手を繋いで歩いていると、しばらくして藍が話し出す。


「告白の返事、聞かせてね」

「……うん」


 その後藍と別れ、寝支度を済ませた緑莉はベットに寝転がり、右手のひらを見上げる。

 繋いだ時の藍の手の感覚が、未だに残っている。

 手を洗っても、お風呂に入っても、消えない。

 それを、左手で握り胸に抱く。

 こころなしか、いつもより鼓動が速い。

 目を瞑れば、あの日この部屋での告白からの記憶が、瞼の裏に浮かぶ。

 緑莉は最近、藍の事ばかりを考えてしまう。

 告白を受ければ、今日のような楽しい日々が続くのだろう。それは素直に嬉しい。

 だが、手を繋いだ時緑莉は気づいた。


(付き合うってことは、手も繋ぐしキスもするん、だよね。もしかしたら、その先も……)


 ーーパチン。

 そこまで考えた緑莉は、赤くなった顔に手を落とした。

 顔を覆ったままに、じわじわと広がる痛みに耐える。


「わたしは……どうしたいんだろう」




「緑莉さん、何か考え事?」


 数日後、学校での休み時間。

 緑莉に違和感を覚えたクラスメイトが話しかける。

 だが、緑莉はそれに両手を振って否定する。


「いえ、ただボーッとしてしまっていただけです」

「そう? ならいいんだけど、いつでも相談してくれていいからね」

「はい、ありがとうございます」


 お礼を言うと、そのクラスメイトは他のクラスメイトに呼ばれて後ろの扉から教室を出て行った。

 緑莉がそれを目で追っていると、後ろから声がかけられた。


「私のこと、悩んでくれてるの?」

「あっ、えっと……」


 藍は、前の席の椅子に座り、緑莉の机に頬杖をついていた。

 先週のデートから藍は変わらない。

 人目がなくなると緑莉が照れてしまうことを言う。

 今回も、誰もいなくなった教室で言った言葉に、緑莉の頬が薄く赤に染まる。

 緑莉が何か返そうと言葉を探していると、藍は微苦笑を浮かべて。


「前にも言ったけど、ゆっくりでいいからね」

「……うん、ありがと」


 藍の優しさに頬が緩み、なぜかそれを見られたくなくて俯く。

 それを落ち込んだと捉えたら藍が、パンッと手を叩く。


「さっ、テスト結果見に行くよ」


 立ち上がった藍が、緑莉の手を取り教室を出る。

 今日は、テスト結果が発表される日。

 緑莉たちが通う高校では、合計点数上位十名は掲示板に張り出されるようになっていて、その日の帰りのHRで個人の点数表が配られる。

 そして、つい先程順位が貼り出されたと教師から報告があったのだ。

 それを見に行っているため、教室には誰もいなかった。

 廊下に出た二人は、掲示板周辺が少し騒がしいことに気づく。

 そこに藍は嫌な予感を感じながら向かった。

 二人が近付くと、生徒が数人気づき道を作るように開いていく。

 その先には、掲示板を唖然というように見る拓哉がいた。

 二人はその隣に並び、順位表を見る。


「「えっ」」


 二人から、驚きの声が漏れた。

 入学から緑莉の名前が書かれ続けた一位の欄に、拓哉の名前があったのだ。

 緑莉の名前は、少し視線を下げた二位の欄にあった。

 廊下が騒がしかった原因はこれだろう。

 予鈴が鳴る。

 生徒は次の授業のため騒めきはそのままに、各教室に戻っていく。

 緑莉、藍、拓哉の三人が廊下に残された。

 勉学に力は入れていたが、順位に拘りが無い緑莉は悔しさを少しだけ感じ、教室に戻ろうとする。


「緑莉」


 その背中に、拓哉が声をかける。

 振り返ると、緑莉は既視感を覚えた。

 拓哉の瞳が、自分を真っ直ぐに映している。


「放課後、屋上に来てくれ」

「え……う、うん」


 返事と同時、拓哉はすぐに教室へと戻っていった。


(なんだろ?)

「……緑莉」


 次は藍から声がかけられる。

 その目には、不安の色が浮かんでいた。


「屋上には……」


 ーー行かないで。

 今回は自分に止める権利はないという藍の意思が、出かけた言葉を飲み込ませる。

 藍の表情が苦悶へと変わっていく。


「藍、どうしたの?」

「何でもない、教室戻ろう」


 藍の後に着いて行く緑莉は、様子が変な藍のことを気にしながらも、他のことも気になっていた。


(拓哉のあの目、見たことあるような……)


 その後も、緑莉は疑問を抱えたまま過ごしていった。

 他の二人も、授業には集中できず放課を迎える。

 部活に所属していない生徒が数人残った教室。


「屋上行ってくるから、待ってて」

「……」


 緑莉の言葉に、藍は小さく頷くだけ。

 その表情は、笑顔ではあるが無理に笑っているように見えた。

 緑莉は緑莉で悩みが増えてしまい、藍の異変については聞けていない。

 今聞こうとも考えるが、拓哉を待たせている可能性がある。

 藍を心配しながらも、屋上に向かった。


「お待たせ」

「いや、大丈夫」


 屋上にはすでに拓哉がいた。

 未だ夏の太陽は燦々と輝き、緑莉は眩しくてつい手を太陽を隠すように上げる。

 近づいていくにつれ、拓哉の放つ張り詰めた空気に飲まれていく。

 ある程度の距離で緑莉は立ち止まり、手を下ろす。

 けれど、拓哉が話し出す様子はなく沈黙が続く。

 落ち着かない雰囲気に耐えかねた緑莉が口を開いた。


「えっと、何か話があるの?」

「まぁ、そうだ……」


 再びの沈黙。

 拓哉が、一度だけ深く呼吸をして。


「緑莉」


 震えながらもはっきりとした声。

 緑莉を真っ直ぐに映す瞳。

 緑莉は、またも既視感を覚える。

 拓哉の何かを決意した顔を見てそれが何かを理解する。


(そうだ……あの時の、藍が告白してくれた時の目と同じ……!)


「好きだ、俺と付き合ってくれ!」




 日が沈み始め空が赤く染まる頃の公園

 藍は一人、東屋のベンチに座りスマホを眺める。

 映るのは緑莉とのツーショット。背景には観覧車が見える。

 テスト勉強期間に入る前に三人で行った遊園地で撮ったものだ。

 画面をスワイプさせると、拓哉も含めた三人の写真。また、緑莉とのツーショット。緑莉だけの写真。

 撮った場所も様々で、スワイプさせるたびに思い出が蘇るよう。

 同じように数回スワイプさせると、緑莉と拓哉のツーショットが映された。

 藍の手が止まる。

 現実に引き戻されるように、穏やかな表情が崩れていく。

 拓哉が緑莉を呼び出した。告白をするために。

 逃げてしまった。教室に帰ってきた緑莉の隣に、拓哉がいる光景を見ることが怖かったから。


(付き合った、んだろうな)


 緑莉は拓哉が好き。藍は信じられていないが、本人から聞いたことだ。

 目に熱いものが溜まったいく。それを、溢れないようにと必死に抑える。


 ーー藍!


 そこで、どこか遠くから微かに声がした気がする。

 藍が周りを見てみるも、誰の姿もなく気のせいだと、再び数回スワイプしたスマホに目に向ける。


「藍!」


 今度ははっきりと藍の耳に声が届く。

 向くと、公園の入り口から緑莉が藍の元へと近づいて来ている。

 藍は、目に溜まったものを拭って俯く。

 その視界に、緑莉の靴先が入ったところで緑莉は立ち止まる。


「やっと見つけた」


 走って来たのだろうか、藍の頭上から荒い呼吸音が聞こえる。


「なんで、ここに」

「藍を探しに来たの、話したいことがあって」


 藍の体が跳ねる。

 それはきっと、藍が今一番聞きたくないこと。

 藍は、緑莉の口から“それ”が出る前に切り出す。


「告白、されたんでしょ?」

「やっぱり知ってたんだね、うん。それで、わたしねーー」

「わかってるよ」


 あまり驚いた様子無く話す緑莉の言葉を、遮るように藍が言う。

 どうしても、緑莉の口から“付き合った”と言う言葉を聞きたくなかった。

 藍の言葉に、緑莉はどこか嬉しそうな声音で反応する。


「そ、そっか…….わかっちゃってたか。じゃ、じゃあーー」

「うん。これからは緑莉に関わらないようにするよ」

「…………え?」


 またも遮るように言った藍の発言に、緑莉が予想外だったようで絶句する。

 先程まで浮かんでいた笑顔は一瞬で焦燥へと変わり、嫌な汗が出始める。

 緑莉が問うより先に、藍は続ける。


「登下校もお昼も別にする。二人で出かけるのもやめる。今の状態じゃ私何するか分からなーー」

「ちょ、ちょっと待って! なん、なんでそうなるの!?」

「だって……拓哉と付き合ったんでしょ!?」

「!?」


 いきなり立ち上がって衝撃的なことをぶつけてくる藍の言葉に、緑莉がまたも絶句する。


「だったら、緑莉の事が好きな私は絶対二人の邪魔になる! この気持ちを我慢してそばにいる事も、緑莉に迷惑をかける事も、私には耐えられない! だから、やっぱり私はーー」

「藍!」


 やっと思考が追いついた緑莉の言葉で藍の言葉は遮られる。


「あのねーー」

「やめて……聞きたくない……」


 藍は緑莉の言葉に恐怖し後退り、足を引っ掛けてベンチに尻餅をつく。だが、そんなこと気にもせず、手で両耳を塞ぐ。

 それを、距離を詰めた緑莉が手首を掴んで無理矢理に剥がす。


「聞いて。お願い」


 藍は小さく首を横に振る。その目からは、堪えていた涙が溢れていた。

 抵抗するも、緑莉の力が意外にも強く動かせない。

 遂に緑莉の発した言葉が耳に届いた時、


「拓哉とは付き合ってない。告白は断ったよ」


 藍は目を見開く。

 真面目な声。聞き返さずとも嘘偽りが無いとわかる声。

 それでも、怖くても疑問は勝手に口から出てしまう。


「ど、どうして…….緑莉は、拓哉が好きなんじゃ……」

「ーー、ーーなの」

「え?」


「藍が、好きなの!」


「え…………えぇぇぇ!?」


 藍の大きく開かれた目が、さらに大きく開かれる。

 先程まで真剣だった緑莉の顔は、真っ赤になり今にも目を逸らしそうなのを必死に堪えている。


「拓哉には悪いけど、異性を好きになるのが普通だと思ってたから、幼馴染としての好きを恋愛だと勘違いしてたみたい」


 緑莉の顔が元の色を取り戻していく。

 藍も、動揺が薄れていき思考がまとまる。


「でも、いつから……なんで好きに? 私、ほとんど何もしてないのに」

「多分、藍と同じだよ」

「私と?」


 まだ涙が止まらない藍が、小さく首を傾げる。

 その動作が可愛らしく、緑莉がクスリと笑いながら続ける。


「うん。藍のことはずっと好きだった、それがあの日の告白で恋だって気づけたんだよ。遅くなってこんなに藍を悲しませちゃったけど」


 「ごめんね」と言いながら藍の涙を指で拭う。

 緑莉は笑顔のまま、しかし決意に満ちた目を向ける。


「だからね、話したいことっていうのはそのことの返事」

「返事?……あっ」


 心当たりしかない藍は、唇を引き結んで何かに耐えている。

 緑莉は、藍の手を包むようにして握り、“返事”をした。


「わたしは、藍と恋人同士になりたい。藍じゃなきゃダメなの。藍は?」

「私も……」


 藍は立ち上がって緑莉に抱きつき、


「私も、緑莉じゃなきゃイヤ!」


 大声をあげて泣き出してしまった。

 緑莉は片手を藍の頭に回し、そっと撫でる。


「これからも、よろしくね」

「うん、うん!」


 誰もいない、誰も入ることのできない二人だけの時間は、その後もしばらく続いた。




 夕日が僅かに残る住宅街。

 藍と手を繋いだ上機嫌な緑莉と、真っ赤な顔を片手で隠す藍が、並んで歩いていた。


「藍ってあんな風に泣くんだね。可愛かったかも……」

「忘れてぇ」


 小さな子どものように泣く藍の姿を思い出す。

 隠しきれていない藍の目は、未だに少し潤んでいる。

 その目を見ながらの緑莉の言葉に、藍の羞恥が増す。


「その前にも、何するかわからない、って言ってたし……」

「うぅ……」


 藍をイジることに愉しさを感じてしまっている緑莉が、次々と追い討ちの言葉をかける。

 その度に、藍は背を丸めていき、声も弱々しくなる。

 緑莉が「怖いなぁ」と言いながら藍の顔を覗くと、光るものが頬を伝っていく。

 流石に罪悪感を抱き慌てて謝ると、藍は体勢を直し顔を見せて苦笑した。


「謝るくらいならやらなきゃいいのに」

「謝らなかったら……やっていいの?」

「ダメだよ? 何言ってるの?」


 緑莉の驚愕な言葉に、藍は真顔になる。

 頬を紅潮させ、少しだが目が輝いているように見える緑莉の顔を見て、藍はこれ以上触れてはいけないと直感した。

 藍は咳払いをして、気になったことを尋ねる。


「そういえば、拓哉の告白、なんて断ったの?」

「あー、好きな人がいるからって」

「そ、そっか」


 自分で聞いたことなのに藍は照れてしまう。

 どうやら藍は、不意打ちに弱いらしい。

 緑莉が一度、繋いだ手を離して指を絡めるように繋ぎ直すと、


「ひゃっ」


 藍が可愛らしい声を上げた。

 公園を出た時から、緑莉が何かする度に藍の顔が赤くなっていく。

 今では、煙が出そうなほどに赤い。

 藍は、小さく頬を膨らませ悔しそうにするも、緑莉と目が合うと、どちらからともなく笑った。

 気がつくと緑莉の家が目の前に。

 手を離すと、付き合ったからか以前より寂しさを強く感じる。


「じゃあね」


 緑莉が、藍に背を向けて玄関扉の取っ手を握る。

 開けようとしたその時、藍に声をかけられた。


「緑莉」

「ん? なにーー」


 ーーちゅっ。


 振り向く途中、頬に柔らかい感触が。

 一瞬停止して固い動きで藍を見ると、ほんのりと顔を赤くし、唇を手で隠している。


「え、いまキスーー」

「じゃあ、また明日」


 藍は笑顔で手を振り、走っていく。

 その背中を見つめて。


「もう、バカッ」


 そう呟いて、緑莉は微笑んだ。




「藍も、脱いで」

「や、やっぱり恥ずかしい……!」


 藍は、腕を自身を抱くように回す。


「大丈夫だよ、藍スタイルいいから」

「そういう問題じゃ……」


 藍の着ている物に緑莉が手を伸ばすが、藍はそれを避ける。


「自分で脱ぐよ……」


 そう言って藍は、着ている物の前を開けていく。

 少しずつ現れる白い肌と黒い布。

 藍が全て脱ぎ終えると、緑莉は手を合わせて言う。


「やっぱり似合ってたね、その水着!」

「……ありがと」


 緑莉達は今、海水浴に来ている。

 長期休みに行う毎年恒例の旅行。今年も、行き先は相変わらず海だった。

 緑莉と藍は、ある程度準備も終わったので、海に行こうと着ていたラッシュガードを脱いだのだ。


「でも、びっくりしたよ。その水着、買ってくれてたんだ!」


 藍が着ているのは、デートの日に緑莉が選んだセクシーな黒い水着。

 緑莉が店を出た後に、こっそり購入していた。


「まぁ、緑莉が選んだ物だから」

「そっか、えへへ」

「緑莉も可愛いよ」

「ありがと!」


 目線だけを緑莉に向け、頰をかく。

 緑莉が着ているのは、藍が選んだ水着。

 緑莉は、くるっとその場で一周回り、パレオを靡かせた。


「さ、行こ!」

「うん」

「ちょっとそこー、上着を着直さないー」

「……はい」


 そして、少し談笑してから海で遊ぶ。

 水をかけ合ったり、ビーチボールで遊んだり、ただ一緒に泳いだり。

 その最中、緑莉がふと思ったことを藍に聞く。


「わたしたちの関係って、周りには秘密にするの?」

「そう、だね。拓哉やクラスメイトにはもちろん、親にも言う勇気は、まだないかな……」


 藍が向けた視線の先には、昼食の準備をする拓哉と三人の親達が。

 拓哉は、緑莉に「幼馴染ではいさせてくれ」と頼んだことで、今まで通りとはいかずとも仲の良い関係が続いている。

 緑莉は、そちらに視線は向けず質問する。


「それは、女の子同士だから?」

「うん。認めてくれる人もいるだろうけど、否定されるかもって思うと……少し怖い」


 それは緑莉も同じようで、そんな光景を想像して顔を暗くする。

 だが、少しすると新たな疑問が湧く。


「でも、なんでわたしには、その……告白、してくれたの?」


 恥ずかしそうに尋ねる緑莉に、藍は視線を戻す。

 質問の意図が分からず藍は首を傾げると、緑莉は補足した。


「わたしも、否定するかもしれないじゃん……」

「あぁ。あの時は、告白して拒絶されるより、気持ちを隠してる方が後悔すると思ったからだよ。拓哉が緑莉のこと好きなのも知ってたしね」

「え、知ってたの!?」

「あいつ、分かりやすかったからね。緑莉は鈍すぎ」


 そう言って、藍は苦笑する。

 緑莉は不服そうな顔をするも、上目遣いをして。


「今は? 後悔してない?」

「まさか。こうして緑莉と結ばれたし、もしそうならなかったとしてもあの選択に後悔はないよ」

「そっか」


 全力の笑みで答えてくれた藍に、安堵の声が出る。

 そこに、昼食の準備ができたと手招きする藍の母親が声をかける。

 藍は、それに返事をしながら海を上がっていく。


「藍!」


 その背中を緑莉が呼び止める。

 自分も今の気持ちを伝えないと、そう緑莉は感じた。

 藍が振り返るよりも早く、緑莉は叫ぶ。


「わたしも、藍を選んで後悔なんてしてない! 今、すっごく幸せだよ!」


 瞬間、藍の顔がボッと赤く染まった。

 親達の方を、周りをすごい勢いで見回して、聞かれてないと知ると大きなため息を吐く。

 藍が戻ってきて緑莉の頰を両手で挟んだ。


「ちょっと、なんてこと大声で叫んでるの!」

「ご、ごめんなはい」


 まだ顔の赤いまま叱る藍に、緑莉は戸惑いながら謝る。

 藍は頰を離し、緑莉の手を取って歩く。

 少し不満そうな藍の反応に緑莉は、不安混じりの落ち込んだ表情を浮かべた。

 それを見た藍がボソッと、だが緑莉には聞こえる声で呟く。


「私も、幸せだよ……」


 それを聞くと、緑莉はぱぁっと顔を輝かせる。

 そして、その勢いのまま藍の頬にキスをした。


「だ、だだ、だから……こ、こんな、人前で……!」

「えへへ、この前の仕返しっ」


 藍は、動揺して噛みまくる。

 藍の反応に蠱惑的な笑みを浮かべて、緑莉は楽しそうに言った。

 繋いだ手を、わざと大きく振りながら歩く緑莉は、誰が見ても上機嫌だと分かる。

 それは藍も同じで、緑莉を見て優しく微笑んだ。

 見上げれば、太陽は輝き砂浜が照らされている。

 自分たちの行く道も、こんな風に輝くことを願いながら、二人は走り出した。

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