表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき2

きおく

作者: 狐彪

三題噺もどき―さんびゃくろくじゅうよん。

 


 海の匂いが鼻をさす。

 鼻につくようなその香りに、目が覚める。

「……」

 ぼんやりとした視界では、明るさ程度しか分からない。

 ただ少し視界が傾いているような……あぁ、頭を柱に預けていたのか。

 ゆっくりと頭を戻していくと、ようやくはっきりしてきた。

「……」

 洗濯が干せる程度の小さめの庭。

 庭を囲むように植えられた低木。

 その緑の向こうには、海の青が広がる。

「……」

 どこだろう……と不安に襲われるが、それはすぐに掻き消える。

 よく目を凝らしてみれば、見覚えのある景色だったからだ。

 私はよく、ここに、こうして座って、この景色を見ていた。

 幼い頃はそうでもなかったが、年を経るにつれて、こうしていることが多かった。

 ここにくると、いつも、そうしていた。

「……」

 でも、この家は。

 ―もう、ないはずなのだけど。

「……」

 ここは、港町に住んでいる父方の祖父母の家だ。父の実家だ。

 坂の上にあったから、こうやって裏庭から海が見えた。

 その祖父母は、数年前になくなっていて、それと一緒にこの家もつぶされた。

 何かの問題があってか、父とその兄弟たちの話し合いで、残す必要もないだろうと、即決だったそうだ。幼い頃の思い出とかないのかなぁとか思いもしたが、私の言うことじゃない。

「……」

 だからもう、ないはずで。

 こんな景色が見えているはずもなくて。

 見ることなんて敵わないはずで。

「……」

 それを頭では分かっているが……どうにも。

 動く気にもなれない。

 目は覚めているはずなのに、やけにぼんやりとしている。

「……」

 裏庭に面した縁側に座って、そこにある柱に肩を預けて。

 果たして、どうしたものかなぁ……と、のんきに思っている。

「……?」

 と。

 後ろで何かが動いた気がした。

 けれど、振り向く気にもなれず、頭は動かない。

 ぼうっと、海を眺めている。

「……」

 ごそごそと布のズレるような音がしている。

 そういえば、後ろにある部屋は、広い畳の部屋だった。

 そこでよく寝泊まりをしていた。

 客間といえばいいんだろうか、そこに布団を敷いて、毛布を頭までかぶって。

 仲良く2人で遊んでいた。

「……」

 幼い頃。

 まだ、4,5歳くらいだろうか。

 走り回れるようになって、庭をよく駆け回っていたような歳の頃。

 大人1人には丁度良いぐらいのサイズの煎餅布団に、寝転がって。

 毛布をかぶって、2人……2人?

「……」

 何かを思いだしそうになった時、視界の隅で何かが動いた。

 それは、横切るように庭の中をかけてきた。

「……」

 あれは……私だ。

 幼い。それこそ、4歳くらい。

 まだ無邪気で、何も知らない、可愛かった頃の時分。

 ……可愛かったなんて自分で言うのもなんだが、子供は総じて可愛い。いろんな意味で。今は苦手だけど。

「……」

 庭をかけてきた幼い私は、縁側に座る私の横に靴を脱ぎ捨て、上がっていった。

 短い足で、後ろに倒れないよう注意しながら。

 ―それでもどこか急ぎながら。

「……」

 なんとなく。

 そんな私を。

 視線で追いかけて行く。

「……」

 そのまま、何かから隠れるように後ろにあった、毛布の中に隠れていった。

 ……かくれんぼでもしているんだろうか。

 そんなことをするような仲の子は、あの頃いなかったような。

 この辺りは、そもそも子供が少ないし、従兄弟もまだ生まれていなかった。

「……」

 いや。

 でも。

 誰か。

「……」

 毛布に隠れた私から、視線を外し、海に戻す。


 そこに。

 1人の子供が立っていた。


「……」

 長い前髪のせいか、目元までが隠れてよく見えない。

 男の子のようにも見えるが、女の子らしくもある。

 このくらいの子供は、どうも見分けがつかない。

「……」

 ぽつんとそこに立つ子供は、見まわしながら、その場から動こうとはしない。

 幼い私の遊び相手、だろうか。

 でも、こんな子供に見覚えがない。

 確かに、あの頃の記憶は曖昧もいいところだが、それでも、知らない。

 ……そもそも、先程から引っかかる「仲良くしていた子供」というものの記憶そのものが、曖昧で仕方ない。靄がかかっているような感じがして。

「……」

 でもなんとなく。

 思いだすべきではないような。

 気もしていて。

「……」

 ぼんやりとした何かが、形を作りだそうとした瞬間。


 ばち。


「――」

 庭に立つ子供と目が合った。

 三日月のようにゆがむ唇。

 嗤っている。

 眼は見えない。

 でも。

「――」

 合ったということは分かった。

 見つかったということも。

 分かった。

「――」

 あの頃遊んでいた子供だ。

 そう思いだし、記憶が形作ろうとした。



 ――――」

 視界に見慣れた天井が広がる。

 靄がかかったような頭の中で、何かが動いているような気がする。

 何かを、思いだしていたような。

「――」

 あぁ、それよりも。

 早く起きて、仕事に行かなくては。






 お題:港町・毛布・かくれんぼ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ