断罪されそうになりました。ところでどっちが本物でしょうか?
断罪は始まっていた。悪役令嬢はエントランス、大広間の中央に。シャンデリアに照らされて主演女優さながらである。
見下ろすのは王子とその取り巻き、生まれたときから栄光を約束された国の中枢の少年たちである。異彩を放つ紅一点が、王子の腕に抱かれているのを除けば。
本来なら、悪役令嬢もその中にいたのだ。権力の巌に向き合うような形ではなく、対峙するのではなく。
少年たちの視線は非難一色に染まっていた。
彼女は独りだ。旗色も悪い。一体誰が彼女を弁護し、味方するというのだろう。
王子は舞台俳優のように、よく通る声で演説した。
「ここに立っている令嬢を知らないものはいないだろう。この王国の重臣、我が父である国王を補佐し導く宰相の長女。リート家のフランチェスカ」
その彼女はこともあろうに、実家の権力を盾に、一人の少女を虐げたのだ、というのが、演説の内容だった。片腕で少女を抱き、もう片方の腕をさっと振るう。見計らったかのように次々と明かりが増え、複数の光で照らし出されたフランチェスカには、無数の影がよぎった。
「最後の弁明の機会を与える! フランチェスカ、君はここで私が挙げた事実を認めるか! 最後のチャンスだぞ! 君の弟も君を、真実を見守っている!」
光のなかで、ふっとフランチェスカの影が揺らいだ。黒いドレスが小さく波打ったように見えた。
「異議がございます」
鋭い少女の声が、ホールに響き渡った。皆の視線が一斉に声の主へと向かう。人混みが自然と割れて、声の主を送り出す。誰もがその姿を認めた瞬間、ざわめきが広がった。
ドレスを捌き、フランチェスカの前に立ち塞がった少女は、彼女と同じ赤い髪をなびかせ、腕を組み、瓜二つの整った顔を憤怒に歪めていた。
フランチェスカ・リート。
同じ人間が、二人この場に存在していた。
「私と同じ顔をしたこの少女は、私の偽物です。私は神に誓って、彼女ーーサガノさんに嫌がらせをしていません。彼女を公然と辱しめたことも、あまつさえ暴力を振るったこともありません。もし仮に、そのような行為が目撃されたというのであれば......私ではなく、この私のふりをした少女が引き起こしたものだと、私は告発します」
「言うに事欠いて何を......」
告発された側、はじめからこの場にいたフランチェスカは失笑し、負けず劣らずの眼光で鏡の向こうの少女を睨み付けた。
「殿下。彼女の告発に耳を傾けますか? 私は概ねその主張に同意しますが、私が偽物という主張、恥ずべき行為を行ったのは彼女ではなく私だという主張には、反対します。私こそがフランチェスカ・リートであり、悪意ある行為は告発者自身の自白として受け取ってくださいませ」
二人のフランチェスカはそれぞれ主張する。自分こそが本物であり、断罪すべきは偽物の方だ、と。二人はお互いを非難しあいながら、ピタリと横に並び立つ。並んだ二人は、挑むように王子たちを見上げた。
困惑したのは断罪者たちだった。
本来であれば彼女を排斥して一件落着であったはずなのに、なぜか加害者は二人に増えて、これは陰謀だと訴えてくる。
「どう思う?」
王子は脇に立つ、ダニエル・リートに囁いた。フランチェスカの弟は、意味もなく何度も眼鏡を押し上げた。
「実家の立場上、敵が多いのは確かです。もしも我がリート家、ひいてはこの国に混乱をもたらすことが目的であれば、一考に値するかと......」
「じゃあお前の姉はどっちだ?」
言葉に詰まる。ダニエルはまた眼鏡を押し上げた。
「敵は姉を徹底的に分析して、偽物を作り上げたのでしょう。迂闊な判断はできません」
「肉親なのに、どっちが本物なのかわからないのか!?」
声をあらげる王子に、気まずそうにダニエルが視線をそらす。渦中の少女とはそれぞれ、姉弟・許嫁という関係であったが、二人分の視線を受け止めることができなかった。
すでにこの場で、立場は逆転していた。二人のフランチェスカは互いに互いを偽物だと言いながら、もう一人に罪を押し付けることで堂々とその場に立っている。断罪していた王子たちは、二人のどちらが本物なのかわからず、それどころか見分けることができないという後ろめたさから、フランチェスカに対する疑義さえもうやむやになりかけていた。
急遽として断罪と学園パーティはお開きとなり、学生たちは寮へと戻された。リート家に急ぎ使いが出され、両親が呼び出された。
「どっちが本物のフランチェスカなんだ......」
開口一番見分けられないと自白した父親は、娘から冷たい目を向けられる。慌てて咳払いした彼は、居丈高に、お着きのメイドに命令した。
「お前はずっと娘についていたはずだ。お前なら、どちらが本物なのかわかるはずだ!」
「ずっとついていたと言われましても、メイドにも限度というものがございます」
パッとしない顔立ちのメイドは控えめに反論した。
「警備は学園側が請け負うものですし、授業には御子女以外の出席を禁じられております」
「それでも、ずっと娘についていただろう! わからないのか!?」
「肉親である旦那様がわからないのに、私がわかるものでしょうか?」
正論を突きつけられて、父親はあえなく沈黙する。一方でどこか気だるさをまとった母親は、ぱちんと扇子を鳴らし、使えない息子と父親を横目に提案した。
「殿下、魔法測定を行うのはいかがでしょう。入学にも使われるあれは、個人を特定するのにぴったりですわ。どんなにそっくりでも、魔法の色と与えられた加護が一致することはまずあり得ませんわ。そうすれば、自ずと本物がどちらなのかわかるはず。そして、馬脚を現した偽物こそ、娘の名声、リート家の名誉を失墜させるべく動いていた敵ということになりましょう」
すべての悪行は偽物が引き起こしたものとさりげなく誘導されることに臍を噛みつつ、実際見分けられないのだから仕方なく、学園側に要請して魔法測定の水晶石を用意した一同は、二人の魔力を比較することに成功した。
「二人の魔力の色は、碧。そして加護は、女神ヨルコナのもの。......これは、入学当時に測定したフランチェスカ・リート様の結果と全く同じになります。双子でもない限り、加護と色が合致することはありませんが、フランチェスカ様は......双子ではありませんよね?」
場を沈黙が支配した。誰一人、本物のフランチェスカを見分けることができなかった。
「で、結局、こうなったと」
メイドが嘆息した。学園側とリート家の判断はずばり、二人を一緒にして寮に閉じ込めることだった。監視役にはメイドを一人。
「......でも本当に、見分けることができなかったわね」
ため息をついて、メイドは顔を拭った。パッとしない顔立ちに調整されたメイクを落とすと、ばさりとウィッグをはずす。燃えるような赤毛が息を吹き返した。
「待たせたわね、ってなあんだ。もうドレス脱いじゃったの?」
「こんなもの動きにくいだけです」
二人は揃いのドレスを脱ぎ捨てて、平民の服を着ていた。勢揃いした三人は顔立ちが似ていたがよくよく見れば、一人だけ違っている。
「それにしてもお嬢様も人が悪い。はじめから本物を入れていないんですから」
「不思議よね。人って選択肢を与えられたら、それ以外のことが見えなくなるもの」
「じゃお嬢様は、どうして貴族のご令嬢を続けるって以外に選択肢を作り出したわけで?」
「高貴な身分には、相応の役割が求められるわ」
メイド服を着た本物のフランチェスカはそっと胸の前で手を合わせた。
「でも、その役割の重圧に苦しめられている内にふと思ったの。みんな役割しか見えてなくて、人が見えていないんじゃないかって。そして、役割だけが求められているというのなら、そこから一人、誰かが抜け出してもまた何者か、役割が埋めるだけ」
その叩き台が肉親だったのだろう。選択肢の中に自分という本物をいれなかったのは、運を排除したかったのか、それとも。そこまで考えて、双子は首を振った。その先を考える必要はない。
聞くべきはただひとつ。
「では、当初の予定通り?」
「ええ。冤罪を着せられるとは思わなかったけれど、これで後腐れなくサヨナラできるってものよ」
フランチェスカはメイド服を脱ぎ捨てるようにして、平民の服に早着替えした。
「役割から降りるなら、相応の身分となるべき」
黒いローブを纏って、彼女は宣言した。
「もっと広い世界へ。冒険の旅へ」
その日、一人の貴族の令嬢が消えた。彼女の名は記録には残った。運が良ければ記憶にも残ったかもしれない。ただしそれも、一代限りのことだろう。
王子は庇った少女と結ばれた。数年後の破局も、貴族間ならよくあることだ。弟は姉が家にもたらした不名誉を雪ぐべくよく王家に仕えた。
時を同じくしてそっくりな顔をした三人姉妹が冒険者として名を馳せていたが、底辺職と呼ばれる冒険者風情を貴族が気にかけるわけもなく、その活躍を高貴なものたちが知ることはついぞなかった。