兵士としての仕事
雨の日も、風が強く吹いている日も、馬車は休憩をはさみながら進み続け、二か月経ってようやくエルマの町にたどり着いた。
田舎の田舎であるこの町は、今まで見てきた中でもうんと小さく、三千人ほどしかこの町にはいないそうだ。
馬車は門を通って中へ入り、僕たちの上司となる人物がいる基地へと進んでいく。
窓から見る町は小さいながらも活気に満ち溢れてとても楽しそうである。だけど、目を光らせながら眺めている僕の反対側の窓では、アレスが一瞥しただけでうなだれていた。
「はぁ~マジかよ。ついに着いちまったよ……」
「みっともないから止めなさい。そんなに嫌なら辞退すればよかったでしょ!」
「チっ、しょうがねぇんだよ。俺にも俺の都合があるからな。ただ、こんな田舎はないだろ……新兵なんだからもっと大きい町にして欲しかったな」
「今更言っても遅いぞ。それにもう着いたようだしな」
馬車は町の中央にある軍基地に到着した。
馬車から下りると、基地の玄関から混血の男が僕たちに手を振りながら近づいてきた。
「お前たちか新しくこの町に配属された兵士は!? 俺はウェイン、お前たちのチームリーダー兼教育係だ。これからよろしくな!」
そう語る男と僕たちは握手して自己紹介した。
彼はまだ二十代中盤に見えるけど、混血のおかげか兵士としては優秀なようだ。
「わかった覚えたぞ。それじゃあみんな、今から俺たちの宿舎に行こうか」
「僕たちここで寝泊まりするんじゃないの?」
「いいやここは町の兵士たちを統括するための場所だ。日々の仕事がここから伝えられるから、頻繁に来ることになるけどな」
なるほど、僕たち兵士が住む場所は基地とは別々なのか。どうりで基地の中に兵士らしき人がいなかったはずだ。
「待てよ、まさか俺たちの仲間はお前一人なのか?」
「ああそうだぞ、エレイス王国の兵士はこの町で俺たちだけだ。それに、他国の兵士だって4~5人ずつしかいないしな」
「はぁああ!? おい! 冗談だろ!?」
アレスはこの町の兵士がそこまで少ないことに驚愕していた。僕たちも少なからず町の実態を聞いて驚いたけど、三千人を守るための兵士が二十人ほどしかいないとは、町としてやっていけるのか心配の方が大きかった。
「しょうがないだろ。兵士になる奴の半分以上が町内兵士として登録するんだから、外で魔物と戦う奴なんて少数派だ。こんな田舎の町に二十人もいればいいほうだぞ」
「でも、王都とか地方の中央都市とかは兵士がたくさんいるはずなのにどうしてこっちに人を回さないの?」
王都周辺には数千から一万人ほどの兵士が配属されている事実を鑑みると、人口の差はあれ絶望的な兵士の数だ。
「いいや王都でも外で戦う兵士は余っていても、他に配属させる人数は余ってないんだよ。そう心配するなよ、やることと量は他の町の兵士とほとんど変わらないからさ」
質問に全て答えウェインは宿舎に向かって足を進めた。
僕たち宿舎は南地区にあるらしく、僕はどんな立派な建物かなと期待で胸を膨らませていた。
「着いたぞ! ここが俺たちの宿舎だ!」
そう言って指さした方向を見て、僕たちは酷く幻滅してしまった。
そこには骨組みに板を張り付けたようなボロくて古い二階建ての建物があった。
建物の周りにあるレンガ壁は所々欠損して壁の体をなしていないし、家の倒壊を防ぐために四方から木の棒で支えられていて立派なものは玄関の扉の前に掲げられているエレイス王国の旗だけだ。
あまりの惨状に声を失っているとウェインは、「まあ少しぼろいが気にするな!」とスタスタと玄関に行って、ギィギィ鳴る扉を開けて僕たちに中に入るよう誘導した。
「こんなのだったら辞退しとけばよかったぜ……」
諦めがついた僕たちはウェインに導かれて宿舎の中に入った。
「見た目はあれだけど中はそんなにだろ? いいからそこに座れよ大事なこと言うから」
ウェインの言う通り、家の中は生活に必要なもの以外は何もないけど、きちんと掃除されていてこぎれいな様子だ。
僕たちはテーブルをはさんで向かい合うようにソファに座る。
「何から話そうか、じゃあまず兵士の仕事について話そう。少しは知っているとは思うが、兵士の役割は主に二つ、“町の治安を守る町内兵士”と“外に出て魔物と戦う退魔兵士”だ。入隊してから半年間は退魔兵士として活動してもらう。ただ外で戦う兵士のほとんどは混血だから、半年経ったらお前たちも町内兵士になれるぞ」
「お前混血だからって俺らのこと見下してねぇか? 確かに俺たちにはいつも駄々をこねる子供とその身で攻撃を防御するイカれた女がいるが、これでも魔人を倒したんだぞ!!」
「お前が一番見下してるだろ……」
「そう捉えてしまったのならすまない。ただ退魔兵士はいつも人手が足りていないから残ってくれたら嬉しい」
ウェインの切実なお願いは深刻な兵士の組織構造を浮き彫りにしている。
ただ、彼にとって喜ばしいことは僕たちには町内兵士として仕事するつもりはないことだ。それを伝えるとウェインにとても喜ばれた。
「最後に大事な忠告をしておく、他国の兵士たちを喧嘩するなよ」
この世界には北はヤマト、東はダグラス、南はエレイス、西はローデイルと東西南北に四つの大国があり、四カ国は千年前から続く軍事同盟によって各国に自国の兵士を駐留させている。
これほど長く協力関係が続いている訳は、魔物たちが僕たちとは異なる世界、つまり“魔界”からこっちの世界に絶えずやって来るからである。
つまりウェインは、“長い間仲良くやっているのだから、いざこざはやめてくれ”と言っている。僕たちもウェインの意見に頷いて賛成した、ただ一人アレスを除いては……。
「やだぜそんなの! 特にローデイルの混血どもは俺たち純血のことを普通に見下すから嫌いだ!」
「そんなこと言っちゃだめだよ! みんなちゃんと仲良くしないと!」
「お前はあったことないからそんなこと言えるんだぞ! アイツらと一緒に仕事するなら殴り合いした方がマシだ!」
みんなが何度も説得しようと試みても、アレスは頑として首を縦に振らない。一向に話がつかないのでうやむやになってしまった。
簡単な説明をした後、ウェインはみんなを連れて寝室がある二階へとあがった。
二階には三つの部屋が寝室として使われており、ベッドが二つずつ両壁の下に取り付けられて隣の部屋が見えるほど壁は欠損していた。
これではプライバシーが保てないとメリナはウェインに文句を言った。
「予算が少ないんだから仕方ないだろ。直したいなら自分の金で勝手に直してやってくれ」
「そんなの嘘でしょ!? じゃあ私は奥の部屋を使うわ」
メリナは部屋を決めると中に入ってベッドに置いてある毛布を隣から見えないように隠した。
さて、残りは僕たちの部屋決めと同室となる人を決めることだ。
「僕は部屋はどこでもいいけど、兄さんと同じ部屋がいい!」
「ダメだロード、お前は少し俺から離れた方がいい。お前はアレスと一緒になれ、齢は近いんだから話は合うだろ」
「いやいやいやいやいや!! イヤッー!!」
僕は駄々をこねて兄さんと一緒の部屋になれるように懇願した。呆れた顔で僕を見つめているけど、そんなの関係ない。
今まで寝る時は一度も同じ部屋以外で寝たことがなかった僕にはそれは到底受け入れられない提案であった。それに、この中で齢は一番近いと言っても、アレスは夜な夜な町に出かけて酔いつぶれて帰ってくるので同室は避けたい。
しかし、僕の必死の訴えも叶わず、僕はアレスと同じ部屋に入れられた。
「うぅ……」
真ん中の部屋のメリナに近いベッドの上で、僕はすすり泣いていた。
「おい泣くなよ、そんなに俺が嫌なのか?」
「うん」
「おぉ……それは辛いぜ、でもまあ、なんだかんだ言って楽しめると思うからよろしくな」
「そんなことないと思うけどね」
不安を胸に抱きつつもアレスとの同室生活が始まった。
その夜、予想通りというかアレスは飲みに夜の町へと出向いていた。
「お金を持っていないのに、どうやって食事できているんだろう? はぁ、明日から仕事だってのにいつになったらアレスは戻って来るんだ」
そう思っていた矢先、アレスが顔を赤くして帰ってきた。
「よお元気か!? 俺はすこぶる快調だぜ! 今から面白れぇもの見せてやるよ」
足がふらついて完全に出来上がっていて、思考もまともそうではない。何か大変なことをしでかすと思い、腕を掴んで自身のベッドに入れようとするけど、大きいアレスを力づくで動かすことは僕にはできない。
そのまま逆にズルズルと壁の方まで引きずられた。アレスはそのまま僕のベッドの上で静止すると、メリナの部屋とを隔てている毛布を勢いよく取り払った。
「きゃああああああ!!」とメリナの悲鳴が聞こえる。ここからは向こうがどうなっているのか分からないけど、悲鳴を聞く限り大変なことをしてしまったようだ。
「あああああッ!! ビンゴォオオオ!!」
酔っぱらったアレスは異常なほどテンションが高くなって、笑いながら壁の向こうを凝視している。
「お前も来いよロード! すげぇもんが見られるぜ!」
僕を誘おうとこっちに振り向いてそう叫ぶと、いきなりアレスが地面に倒れてきた。
近づいてアレスの顔を見ると、おでこに何か堅いものをぶつけられたような青い痣と少し出血していて、頭が地面にぶつかった衝撃か気絶していた。
「あ、アレス大丈夫!?」
「ロード……」
心配してアレスの名を呼んでいると、壁の向こうから僕の名前を呼ぶ声がした。
見上げると、欠けている壁の部分からメリナが血走った目で僕を睨み付けていた。
「あわわわ、ぼ、僕なにも見てないよ」
「捨ててきなさい」
「え?」
「捨ててきなさい! そのゴミを! 誰にも気づかれない場所まで!!」
メリナの声は兄さんがキレた時より恐ろしかった。僕は言われるがまま、急いで足を掴んでアレスの体を宿舎の庭に捨てに行った。
運びながら僕は今後一切、メリナを怒らせないようにと心の中で決めた




