入隊試験② 魔人
王都を出発し、四人は道を外れて地平線まで続く草原を練り歩いている。
風に揺れる草原はさざ波のように穏やかで美しく、青蘭の空から降り注ぐ光は母性のように優しく微笑みかける。
町の外に出たことない人たちは不幸な人間だと思ってしまうほど、息をのむ素晴らしい光が広がっている。だが、光があるところに闇もあるというように、壁の外へと足を踏み出せば、そこは危険な魔物たちが闊歩する無法地帯となる。
町の人たちは外での移動は馬を使って魔物からの襲撃を回避しているが、おススメはされないがロード達みたいに歩き回る人もいる。しかし、いかなる場合においても外では常に周囲への警戒を怠ってはならない。
今も腰の高さまである草原を歩いているので、魔物が潜んでいないか一歩一歩、慎重に歩く必要がある。
本来ならもっと見渡しのいい所で魔物が襲ってくるのを待つのが比較的安全ではあるが、アレスの早く魔物を狩りたいという意向を受けて、この隠れる場所が多い草原にやって来たのである。
「クソ! オラぁっ、とっとと出てきやがれってんだ!」
アレスの役目は、先頭に立って棒で安全な道を模索することである。他の三人もそれぞれ、右はロード、左はメリナ、後ろはリードとやることがある。
リードとアレスは難なく足を踏み出すが、魔物に恐怖心があるロードとメリナは小さな物音でも過敏に反応してしまって精神がだんだんすり減って歩幅も短くなっていく。
「大丈夫か二人とも。そこまで気を張る必要はないぞ、襲われそうになったら俺たちが守ってやるから」
心配したリードが二人に声をかける。二人も神経質になりすぎていたので、足を止めて深く息を吸う。
「おいなんだよお前ら、見えねえものに怯えまくって馬鹿じゃねぇの? アイツら来るときは一瞬で飛びかかって来るぞ。だから、ガチガチに緊張してたらすぐに首持ってかれるし、しょんべんだって上手くできねぇ」
アレスは村にいた時の実体験として、瞬きする間もなく人がバラバラにされたことを首に手をやりながら笑い話のように話す。
まるで、それが当然かのように話すので、僕はこれからの戦いに恐怖を覚えてメリナの体に隠れた。
「こんな時にそんな話しないでよ! ロードが怖がってるでしょ」
「メリナは優しいなぁ~ロード。でも、兵士になるならいつか死ぬかもしれないと覚悟を持たなきゃな。まあ、俺は死なないからそんな覚悟いらないが――」
その時、軽い雰囲気を打ち破るようにアレスの後方の茂みから魔物が背中を見せてるアレスに襲いかかった。
「アレス後ろっ!!」
突然の魔物の襲来を大声で叫んでアレスに伝え、魔物はアレスの頭めがけて棍棒を振りおろす。
感覚が極限まで研ぎ澄まされたように時が止まったように見え、魔物の動きがコマ送りのようにハッキリと認識できる。しかし、最悪の状況で先手を取られてしまい、魔法を展開する時間はない。
コリンが殺された時に感じた恐怖が再び蘇る……、守り切れなかった後悔と共に。
あれから同じ過ちは二度と繰り返さないと誓ったはずなのに、僕はまた同じことを繰り返してしまうのか自分に問いかける。
「いや違う、僕は逃げるためにここに来たんじゃない! みんなを守るためにここに来たんだ!!!」
魂に誓った言葉が僕の体を鼓舞する。戦意と助けたい思いが重なって、僕の右手にあの魔法がもう一度宿った。
やった! とりあえずこれで何とか戦える。
魔法の発現と同時に左足をだして、それを軸に渾身の一撃を魔物にぶつけるぞ!……と思ってたんだけど、事態はより簡単に収束した。
なぜなら、先手も奇襲も取られたはずのアレスが恐ろしく速い動きで魔物の首を魔法で切り落としたからだ。
「いやー玉ひゅんものだな~! あと少しであの世行きだったぜ!」
アレスの魔法は赤く凍てつく氷魔法、地面から突き上げた鋭い氷柱が魔物を一撃で仕留めた横で、僕たちはアレスの速攻に唖然としていた。それに加えて、僕はあんなにも怖い思いをして倒した魔物がこんなに容易くアレスに倒されたことに不満だった。
あのような状態で逆に先手を取れるなんて普通の人間ではできない。それはつまり、普段から魔物と接する環境に身を置いていたことを意味する。
「ハハハハどうしたお前ら? 俺がこんなカスに殺られると思ってたのかよ~悲しいぜ」
「正直、あの状態から反撃できると思ってなかったから死んだと思ってたわ。でもよかったわ、死ななくて」
「今まで何百回、何千回と魔物と殺し合いをしてきたんだ。こんなのピンチのうちに入らないぞ」
「そう……。やはり経験がものを言うのね」
平静を装っているメリナではあるが、その内心は未来への不安で乱れていた。
かつて王国の西方、カペラ地方を治めるデア家の跡取り娘として生まれ、貴族の仲間として何不自由ない暮らしをしてきたメリナ。だが、今は領主となる道を絶たれ、家族を失い、姉と慕っていた使用人とも別れ、全てを投げうってここにやって来た。
そんな全てをかけたこの試験で兵士としてやっていく強さと心意気を垣間見たメリナは、母の形見のペンダントを強く握りしめて気持ちを落ち着かせた。
「そうそうすべては経験だ。で~ロード君はどうしてそんなにご機嫌斜めなのかな?」
王都からここに来るまで自分自身の強さを幾度となく誇示していた僕に、アレスは完璧な力の差を見せつけた。今一度僕が先ほどと同じく、自分の強さ固辞し続けることはとんでもない恥さらしとなってしまう。
それを見抜いているアレスは的確に僕の急所を突いて、プライドに傷を入れようとからかってくる。
「“僕は魔物を右手だけで倒したことあるんだぞ!”ん~? 指一本使わずに倒しちゃったよ~。“どんな相手だって僕にかかれば楽勝さ、アレスも僕の戦いを参考にしたらいいよ”ん~? 雑魚にビビッて反応が遅れたロード君から学べることはあるのかな~?」
怒りで頭がおかしくなりそうだ。今すぐにでも感情を爆発させて気が済むまで怒りたい。
でも、それは逆にアレスをつけ上がらせてしまう要因にもなる。だから、必死に耐えればこの挑発もなくなる……それまでの辛抱だ。
……と思っていたのだが、アレスは野生動物のようにしつこく、狡猾で意地汚かった。限界はそこまで来ている、「ああ誰か、アレスを止めて。さもないと僕の感情のマグマが爆発する」。
「おいアレスいい加減にしろ。それより早くその死体を凍らせるかどうにかしろ、魔物の死体は他の魔物を引き寄せるからな」
やはり兄さんはいつだって僕の味方だ、兄さんのおかげで僕は正気を取り戻した。
兄さんの言葉は大体真実で、躾ける時以外僕に嘘を語ったことはない。だから。魔物の死体が他の魔物を呼び寄せることを聞き、周囲への警戒は解かない。
「いいのか? 討伐したんだから死体を持ち帰らないと誰も信じないだろ?」
確かにこんな人気のないところまで試験官がいちいち確認しにくるとは考えにくい。だからと言って、このまま魔物の死体を放置するわけにもいかない。
「それなら俺の空間に入れて持って帰るか。アレス、頭をこっちによこせ」
「はいはい……ありゃ? 頭がねえぞ、お前ら誰か見てないか?」
頭があったはずの場所には頭どころか体もなくなっていた。周辺をぐるりと見渡すと、魔物の血が引きずられて赤い線になっている。
「ロード、メリナ集中しろよ。新しいお客さんのご登場だ」
死体が消えたことで新たな魔物の襲来を確信して、魔法をいつでも使えるように構えながら血の跡をたどる。
アレスの軽い足取りとは対照的に、僕とメリナは不安と恐怖で足が重い。それは血の跡をたどるにつれ増大していく。
「兄さん、僕たちの目を盗んで死体だけ持っていくなんてことできるの?」
「どうだろうなぁ。俺たちがよほどの間抜けじゃない限り、見逃すはずはないと思うぞ」
「じゃあ、僕たちは間抜けってこと?」
「何でそうなる……。今度の相手はお前が見てきた魔物の中で一番強いだろう」
「ええっ、そうなの!? 僕たち勝てるのかなぁ……」
「俺がぶっ殺してやるから心配すんな。ただ、そいつが今までにどれほど魔物を食ってきたかで強さが変わるから今は何とも言えないけどな」
アレスには実戦と経験に基づいたことなので、言葉に説得力がある。
魔物に関してだけは兄さん以上に博識かもしれない。有益な情報は僕たちをより有利な状況に運ぶできるかもしれない、僕は他に何かあるか尋ねた。
「あとなぁ~食いまくった奴は進化して“魔人”になる。人間と同じほどの知能を持っている魔人は、魔法を駆使して襲ってくるからこの上なく厄介な敵だ。もし、魔人が相手ならお前を守ってやる自信はねえ」
それほどの相手なのだろうか、魔物相手に微動だにしないアレスでも若干ピリついている。だけど、僕が最初に相手にした魔物は人型だった。
あれも魔人というのなら、アレスが言うほど強くないのではないかと勘繰ってしまうのは当然だ。
「でも、僕が最初に倒した魔物は人型だったよ。それに、僕や兄さんの声を真似ていたから魔人じゃないかな?」
「別に人型だったからといって魔人というわけじゃないぞ。魔人は“人の言葉を理解して、高度な魔法を使える魔物”って覚えとけ」
なるほど、魔人は人外の姿であっても魔人と呼ぶこともあるのか。また一つ、魔物の知識が増えた。
「お、そろそろ血が途切れそうだぞ。さてさて、どんな奴が相手かな」
血を追ってきた僕たちが前方に見たのは、カメレオンのように大きな目がギョロギョロした灰褐色の魔物だった。
膝に一本の足を置いて無我夢中に食べているものの、目は周囲を警戒して一点を見つめることはない。
「おや人間か、今日は獲物が寄って来てくれていいな」
魔物は僕たちを視界に収めると、食事の手を止めて流暢な言葉で喋った。声真似をした時とは全く異なる、まるで一人の人間と会話しているようだ。
それを聞いたアレスの顔はこわばって両手を魔人へと向ける。
「死ね! オメガブラストーッ!!」
アレスの渾身の魔法が前方数十メートルの草原を赤い氷の水晶に変え、すぐに粉々に氷解した。
後には黒い地面だけが残り、魔人の残骸を見つけることはできない。
「ゴホッ、ゴホッ! もういきなり高威力の魔法を使わないでよ! 危うくこっちも凍りそうだったわ」
後ろにいたメリナが冷気を吸いこんでしまい、危うく肺が凍る事態になりそうだった。
「話はあとで聞くから今は黙って周りに警戒しろ!! まだ奴が死んだとは限らないんだから」
メリナが怒って抗議してもアレスに一蹴される。さらに、周囲の警戒をするように大声で命令して、僕たちは互いに背を向けるようにして警戒にあたる。
出会って数時間しか経ってないけど、ここまでアレスが真剣になるのを見るのはこれが始めてだ。反応を見るに、さっきの魔物は魔人ということで間違いないだろう。
「おい、お前の魔法で死んだんじゃないか?」
「まだ死んでないと思う。アレをくらった奴は少なくとも何かしら残骸を残すはずだ」
「よけたの、あの攻撃を? 想像していた以上の厄介だよ」
死体で生死を確認できない以上、他の痕跡が見つかるまで警戒を解くことはできないし大胆な行動をとることも難しい。睨み合いの膠着状態が続く。
すると、静寂を切り裂くように突然メリナが悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。
「どうしたんだメリナ!?」
いきなりの出来事に僕はパニックになって、メリナの元へと駆け足で向かって彼女の容態を確認する。
悲痛なうめき声をあげるメリナは左腹部を手で覆って溢れ出る出血を抑えていた。見たことない血の量が濁流のごとく、細いメリナの体から出ていく。
「メリナしっかりして!!」
僕は必死になって出血を止めようと両手で抑えようとすると、兄さんに服を掴まれて引き離された。
「冷静になれロード! 回復魔法を使えないお前がそんなことして何になる? お前の役目はそれじゃない持ち場を離れるな!」
「うんわかった! 絶対、メリナを助けてね!」
冷静さを失っていた僕は兄さんの言葉で落ち着きを取り戻した。メリナのことは兄さんに任せて、僕は再び周囲への警戒にあたる。
いつ襲ってくるかもわからない敵に怯えていながらも、僕は立ち上がって前を向いている。




