ロイドとの死闘
ロード達が聖授よ我らを守り給えの中でジッとしていた間、ザクレイとロイドは互いに激しく戦い、その影響は遠く離れたエルマの町まで衝撃波が届いていた。
贈り物で力を削がれたとはいえロイドはカオスの第十遺子、破壊力やスピードで勝っていたザクレイにも徐々に暗雲が立ち込めてきた。
あの時より上手く戦えている。だが、ロイドの魔神の腕や体をガラスのように破壊して圧倒しているように見えても、コイツには全くダメージを与えられていない。早くしないと一撃絶死の代償で
一つ一つの打撃が隕石衝突と例えられるザクレイの一撃絶死を、ロイドは破壊と再生を繰り返しながら存分に堪能していた。
ロイドに人間に圧倒される経験はない。本来の力であれば、ザクレイの一撃絶死と対等、あるいは競り勝つことができる。
滅多にない体験……いや、この先の人生で僕がここまで打ち負かされることはないだろう。ああ偉大な母、全能なる神よ! 悠久の時を生きる僕にこのような余興を与えてくれたことに感謝いたします。
状況を楽しんでいるどころか感謝さえしているロイドと違い、ザクレイに活動限界までのタイムリミットがすぐそこまで来ていた。
一撃絶死は自身の耐久力と身体能力を劇的に向上させる代償として、常に体から赤い血の蒸気が沸騰したやかんのように噴出し、白銀の鎧が血で赤黒く染まった痛々しい姿になる。普段の相手ならそこまで時間はかからないが、現在既に活動限界の二十分の半分を超えていて、尚且つ、ロイドにダメージを与えられていない状況は好ましくない。
それに加え、常時小さな無数の針が肉に食い込んでくるような激痛が全身を襲うのをザクレイは精神力で持ちこたえている。
激しい攻防が続いていく刹那、ザクレイはバランスを崩した。それは時間にすれば十分の一秒にすぎない僅かな時間ではあったが、ロイドが反撃する時間としては満点だった。
巨大な魔神の腕がザクレイを叩きつけ、地面に大きな穴ができた。
「遊びは終わりにしよう、なかなか楽しめたよ。あれ、もう死んでるかな?」
ロイドは体がボロボロになって、至る所から血が噴き出しているザクレイを見下ろした。
「ゴホッ、ゴホッ! 口の中が血の味しかしねえや」
「生きているのか、混血というものは本当にしぶとい奴らだ。だけど、今の君はもう指一つ動かすことができないだろう? これ以上苦しまないよう、僕が殺してあげる」
ロイドは魔神の腕でザクレイの頭を狙いに定めた。
ザクレイを殺そうと魔神の腕を振り上げた時、ロイドはザクレイの姿を見失った。いなくなったと気づいた時には、ザクレイが背後に回って片手と足を器用に使ってロイドを動けないように締め上げた。
「な、なんで君が……。その怪我で動けるはずがない!」
「何でだろうな~俺たちと戦ってるんだから、もっと外に注意を向けるべきだったな」
その時ロイドは、ザクレイと自身の体に荊の樹が纏わりついていることに気がついた。
この枝はただの枝じゃないッ……この枝が僕の力か何かを吸収してコイツを回復させているんだ。
さっき見かけた誰かの魔法だろうであることは明白。荊の樹を操っている操縦者を見つけようと周りを見渡そうとしたが、完璧に決まっている技の前では目を動かすことしかできない。
クソ、僕の腕の力じゃコイツを動かすことはできないな。この荊の枝も、永遠の命を持つ僕の生命力を奪っているだけだから大した脅威じゃない。唯一問題なのは、僕が連れ去ろうとしたあの子供の魔法だ。
どういうわけだか僕の力、いや命そのものを奪い取っているような魔法だ。事実、今の僕は魔神の腕を二本召喚するのがやっとだ。あの子供の攻撃はなんとしても避けなければ……。
死ぬことのないロイドはロード以外の攻撃は本質的なダメージにはならないことを認識しているので、落ち着いてザクレイを魔神の腕で引き剥がした後にロードを真っ先に殺せばいいと考えた。
だが、そう思ったのも束の間、地面の奥底の生命力を吸い上げて硬く太くなった荊の樹が、ザクレイと入れ替わるようにロイドを二本の魔神の腕ごとさらに強く締め上げた。
「強い、何だこの力は!? 魔神の腕がピクリとも動かせない!」
ロイドが慌てふためいていると、ナルザスとグレンがロード達引き連れて現れた。
「悪いなザック、遅くなっちまってよ」
「いや完璧なタイミングだった。おかげでロードを捕まえることができた」
ナルザスが倒れているザクレイの手を引いて起き上がらせる。生命の樹の効果で一撃絶死の活動限界がさらに十分も増加し、傷も癒えた。流れは完全にロード達にある。
「千切れない……このムカつく枝はお前の仕業かッ!? 僕にこんなことしてどうなるかわかってるのか!! 後悔するぞ!」
「知らねえなそんなの。そもそも千年もお前たちにたてついてんだ、今からお前を殺すのに何の躊躇いがあるんだ? さあロード、お前の出番だぞ」
「うん!」と僕はロイドを覆っている荊の樹を登っていった。登ってすぐにロイドと目が合い、贈り物を構えた。
その時のロイドの顔は初めて知る恐怖からなのか、それとも人間に追い詰められているという非日常からか、何とも言えない戸惑った顔をしていた。僕は勝ちを確信してロイドに笑顔で返した。そして、両手を大きく広げてからロイドの体を抱きしめるように触れた。
ドオ―――ンッ!!
触れた瞬間、ロイドを覆っていた荊の樹が突然爆発した。辺りに爆発音が鳴り響き、白煙が立ち込める。
ロイドがいなくなりみんなが異変に対して過剰な反応を見せる中、近くにいた僕だけが何が起こったのか知っている。
爆発の直前、ロイドは死期を悟ったように顔を下に向けていて、敗北を受け入れたかのように見えた。だけど、ロイドは小さな声で、『神典昇羅・聖櫃なる天秤』と呟き、その直後爆発が起きた。
その言葉が魔法の類かどうかは分からないけれど、先ほどの爆発に関連しているのは明らかだ。だから、僕だけが知っているこの一連の流れを伝えようとみんなを見ると、全員が驚いた顔で空を見上げていた。
みんなの反応は得体の知れないものを見てしまった時に、そのモノに釘付けになる現象と似ている。
僕も気になってみんなと同様に空を見上げると、そこには大きな大きな、空を覆い尽くすほどの大きな魔法陣があった。
魔法陣からは黒く異様で見てはいけない雰囲気と神々しく輝いているのが同時に降り注いできて目を反らすことはできない。それにあの真ん中にでかでかと描かれている天秤が気になる。普通の魔法陣には幾何学模様や言葉が並べられているだけで、あのような精密な絵が描かれているのは見たことも、聞いたこともないからだ。
それだけで、その魔法陣がいかに奇怪で未知のものかわかるだろうけど、異変はそれだけではなかった。
ゴーン、ゴーンとどこからともなく鐘の音が鳴り響いてきて、さすがの隊長たちも下顎から地面に汗が滴り落ちた。
あの魔法陣は一体誰が発動したのか? ずっと鳴っているこの鐘の音はどこから響いてきて、どこまで鳴り響いているのか? 姿を消したロイドは一体どこへ消えてしまったのか?
前代未聞の出来事が連続したせいで、答えより疑問がどんどん前に出てきてしまっている。
そんな状況でさらに僕たちを混乱させる出来事が起こった。
魔法陣が中心に向かって収縮し始めて、やがてそれは銀色の芋虫のような、未熟な胎児のような姿に変わった。
「神に逆らう背信の徒よ、母上に授かりし“平等”の力 思い知るがいい!」
それはロイドの声であり、あの未熟な胎児は魔法で姿を変えたロイドだった。




