モウラとの激闘 応援到着
黒く大きな三本足の怪鳥に変身したモウラは、遥か上空で旋回しながら僕たちを見下していた。
僕とメリナはモウラを視認しながら、一旦アレスと合流しようと近づいた。アレスは僕たちが近づいてくるのを見て、「近づくな! 三人離れ離れになって距離を取れ! 一網打尽にされるぞ!」と大声で怒鳴りつけた。
確かにあの大きさじゃ回避することも難しい。モウラも三人が集まった時を狙って攻撃してくるかもしれない。だから、アレスの言う通りに従うことにした。
モウラが小さな点に見えるほど高く上昇しているから、大きな声で作戦を練ったりしても彼女には聞こえることはない。
「どうするよお前ら、あんなデカブツが降ってきたらここら一帯が吹き飛ぶぞー」
「そんなこと言ったって逃げたら一人ずつ殺されるじゃない。やっぱり三人で固まった方がまだ生き残る確率が高いと思うけどー」
「馬鹿っ、あんな巨大な質量を持った塊をたった三人で受け止められるわけないだろー。……わかったよ俺がアイツの囮になってやるから、その隙にお前たちは町に戻ってみんなに報告しろー!!」
「ダメだよーそんなの! みんなで生きて帰るって言ってたじゃん!」
この活動は本来の仕事ではない。みんな死ぬ覚悟を持ってここに来ている。少しでも生き残る人数がいればその方がいいのだろうけど、今まで力を合わせて戦ってきた仲間をこんな所で見殺しにすることはできない。
僕とメリナはそのことを必死に訴えたけど、アレスは頑として意見を曲げようとしない。そして、僕たちの決心がつかない間に、アレスは突然カウントダウンを始めた。
「お前ら元気でいろよー!! 3……2……1……走れッ!!!」
アレスはそう言うと、僕たちに背を向けて走り始めた。モウラは突然一人で行動し始めたアレスを狙いに定めて猛スピードで高度を落としている。
よしっ、ちゃんとついてきているな。ったく、俺の人生って奴はいつも死の瀬戸際にいるな。……だけど、兵士になってからは気持ちが楽になったような気がする。面白いメンバーに囲まれて、楽しく遊んだり、喧嘩したり、騒いだり、まるで実家にいた時のような最高の時間だった。
「ありがとうなお前たち。俺はここで終わりだが、生きて帰って俺の仇を討ってくれ!」
「いいやアナタの運命はここで終わりじゃないわ」
人生を回顧して、ロード達の未来のことを思っていると、横から知った声が聞こえてきた。顔を横に振ると、そこには並列して走るロードとメリナの姿があった。
「何やってんだお前ら!? 俺に構わず逃げろって言っただろ?」
「嫌よそんなの。立派な兵士ならアナタのことを見捨てたでしょうけど、私たちは軍律違反を犯してクラウディウスの子と戦っているのよ、見捨てるわけにはいかないわ!」
「そうそう! アレスがいなくなったら、僕たちを引っ張るリーダーがいなくなっちゃうじゃん!」
とんだ馬鹿野郎どもだ……。だが、人生には最高の馬鹿野郎が近くにいないとな。それじゃあ景気づけにとんでもない馬鹿みたいな命令を出してやるぞ!
「ククク、それじゃあもう何も言わないぞ! 走れ! 走り続けろ! 生きて宿舎に戻るんだ!!!」
「「うんッ!!」」
僕たち三人は必死に走った。全員でエルマの町に戻るために。
だが、それを決して許さないモウラは、僕たちが固まって行動したことにほくそ笑んでいた。
「馬鹿かアイツら。背中を見せて固まって逃げるなんて、人間の知能が思いつく限界を下回っているぞ」
三人の行動の意図はモウラには分からない。その間に人間同士の思いと熱意が込められいることをモウラは気にしない。一見悪手を打ったように見える行動も、心がないとできないという事実をモウラは知らない。
狙いが定まったモウラはスピードを徐々に上げていった。
「巨星の鉄槌」
モウラが地面に激突した瞬間、閃光を放ちながら周囲数百メートルを爆風で吹き飛ばした。周りにあった木々は草木のようになぎ倒され、爆音は世界の音をかっさらうほどで、衝突地点には大きなクレーターができた。
そこにはもはや生物の面影はない。ただ大きな穴を中心とした荒野が見渡す限り広がっているだけだ。
「他愛ない。やはり人間如きでは私たちの敵ではないな」
「勝ち誇るのが早いぞ化け物」
知らない声が辺りに響いた。ここにいる人間は全て殺したはずだ、驚いたモウラは声がした方へ顔を向けた。
? 私は何故地に顔を伏せている? 左頬が痛い。何者だ、私を攻撃した愚か者は。
倒れたまま目だけ動かして自身を地につけた者の顔を見た。目の前にはザクレイが多次元魔装を身につけて立っていた。
「クラウディウスの子と言っても、前のエニグマとは大分実力に差があるんだな」
「誰だよお前ッ!? いきなり現れて私の顔を殴るとは! 殺してやる! 殺してやるぞーッ!!」
突然、現れたザクレイにダメージを負わされたモウラは怒り狂って、再び上空に飛んでいった。
「どうですか隊長、アイツやれますかね?」
「どうってことないさ。それより、ロード達は大丈夫か?」
「ええリードが見ているから大丈夫です。俺たちはあのカラスの相手でもしましょう」
巨星の鉄槌が地面に衝突する直前、リードの空間魔法でロード達は何とか難を逃れることができ、モウラから離れた木の陰で休んでいた。
「あと少しでも遅れていたら肉片になっていたわね。ありがとう助かったわ」
「うわああああああああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬーッ!!」
落ち着き払っているメリナたちとは違って、ロードは悪夢にうなされているのか地面でのたうち回っている。
「まったく……情けない弟だ。おいロード起きろ、まだお前は死んじゃいないぞ」
「ふぇ、え、兄さん? どうしてここに?」
僕は飛び起きて、兄さんがどうしてここにやってこれたのか尋ねた。行く場所も伝えてないのに、l僕の居場所を突き止めるなんて、尾行していたのかな?
「別にお前がどこにいようとも居場所なんて簡単に分かるもんさ、探し方は教えてやらないけどな」
「ええ~教えてよ~!!」
死の淵から救ってくれた兄さんに甘えたくなって抱きつこうとしたけど、直前になってそれはやめた。もう立派な兵士なのだから、何でも甘えようとする考えはすぐに捨てるべきだと思う。でも、宿舎に戻ってからならいいかも……、そのことは胸に秘めて置くことにした。
それから、兄さん以外にもザクレイとウェインが一緒に来ているようで、モウラのことは二人に任せて僕たちは宿舎に戻ろうと提案された。でも、僕たちは二人が共に戦っている姿、もっと言うとザクレイが戦っている姿が見たかったので、危険を承知で決戦の場へと向かった。
ザクレイとウェインは遥か上空で飛んでいるモウラをジッと観察していた。
「あの衝突の威力は半端なかったですね。今もあんな感じで旋回していますけど、どうします?」
「お前の魔法で正面から受け止めればいいだろ。準備しておけよ、地面に降りてきたら俺がアイツとタイマンしてやる」
「はいはいわかりました。あっ、そう言っている間に落下してきましたね。すぐ準備します」
ウェインはモウラの落下を見て、すぐさま地面に魔法陣を描いて準備に取り掛かった。慣れた手つきで魔法陣を完成させると、魔法を発動させてそこにモウラを誘導した。
モウラはウェインが仕掛けた魔法陣に正面からぶつかる気でいた。なぜなら、この衝撃は人間の魔法如きでは受け止められないと思っていたからである。やがて、モウラは魔法が発動している地面に衝突した。
その時、モウラは不思議な感覚に陥った。地面と衝突した感覚がなかったのだ。いや、正確には地面と触れている感覚はある。だが、その感覚が感じられないほど小さく、そして自身のスピードを奪っていく。
「ありえない! 巨星の鉄槌が受け止められていると言うのか!?」
ウェインは地面を限りなく柔らかく軽くする魔法を使った。その魔法の効果は、硬く割れない地面をプリンのように柔らかく、煙のように実態を感じられない状態に変えたのだ。その結果、モウラは無限にしたに伸びる地面を減速しながら落ちていくことしかできなかった。
そして、それよりモウラを苦しめたのが、頭上から落ちてくる巨大な地面の塊である。このまま下っていけば地面の中に生き埋めにされる、それを防ぐため、モウラは再び上昇を始めた。
だが、地面から抜け出せたと思ったモウラに待ち受けていたのはザクレイだった。
「よおっ、疲れているようだな。まずはお前が飛べないように羽をむしらないとな」
ザクレイは瞬時にモウラの背中に飛び乗ると、続けざまに両翼の羽をもいだ。
地鳴りを引き起こすほどの絶叫をあげるモウラに対して、ザクレイは攻撃の手を緩めない。目、足、くちばしの順に各部位を潰していき、着実にモウラの戦力を削いでいく。
僕たちがザクレイとの戦いを見た際には、既にモウラの体のほとんどの部位が欠損していて、地面に伏せて痛みと屈辱で血の涙を流していた。
「スゲーな。俺たちがあんなに手こずった相手をあんな一方的に屠るなんてよ」
「でも、ちょっと可哀想じゃない? あんなに怪我してるのにまだ生きてるよ」
「それならお前が直接とどめをさしに行け。お前が最後の攻撃をするんだ」
兄さんに言われて、僕は瀕死のモウラに近づいた。モウラはずっと、「おお父よ、父よ、全能の神の子よ」と繰り返していた。その光景はとても哀れなものだった。死に逝く者がいつまでも生きて苦しんでいる様を見るのは、たとえ人間の敵であっても心が苦しくなった。
僕は贈り物を使って、彼女の体に手を置いてから魔力を一気に吸収した。
魔力が空になったモウラの亡骸は普通の魔物たちとは違い、小さな光となって空に帰っていった。それは地面から天へと降り注ぐ流星のような儚くも、美しい光景だった。
光が見えなくなるほど高く飛んでいったのを見届けてモウラの亡骸があった場所を見ると、奥の方に僕と同じくらいの少年が何の護衛もなく歩いていた。
僕は町の外が危険であることを伝えるため、少年の方へと走っていった。
「おーいこんな所で遊んでいたらダメだよっ、ここは魔物がいっぱい出る場所なんだから。道に迷ったのなら僕たちと一緒についてこればいいよ。町に案内してあげる」
変な警戒心を抱かせないために最大限の笑顔で話しかけたけど、少年はとても冷徹な、哀れみを含んだ顔で僕を見つめた。
「道に迷っているのはお前たち人間の方だろ。僕たち神の子に背き、ましてや神である母上にも背いて、お前たち人間は無知で野蛮な裏切り者だ」
「な、なにを言ってるの? か、神の子ってまさか……」
「そう、僕はカオスの第十遺子“平等のロイド”。お前ら人間を等しく導く存在だ」
僕は目の前の少年が、まさか僕が倒してやりたいと思い続けてきた存在なんて信じられなかった。だって、この銀色の髪と目をした僕と同年代の少年が、世界を脅かす脅威の存在であるなんて誰が信じるの?
僕は彼の口からその恐ろしい名前を聞くや否や、みんなに知らせるべく大声で叫んだ。
「カオスの遺子だーッ!!」
それを聞いて、先ほどまでモウラに勝利した喜びに浸っていたみんなが血相を変えて僕の方を見た。
アレスやメリナは初めて見るロイドの姿を見て、僕が言っていることに半信半疑だったけれど、ザクレイとウェインだけは瞬時にロイドに近づいて集中攻撃を浴びせた。
「魔神の腕」
ロイドは自身の右上から召喚した大きな腕でザクレイたちの攻撃を全ていなして、逆に二人に反撃して致命傷を負わせた。
僕たちの隊長が一撃でやられたことに僕たちは息を呑んだ。動かなくなった二人を兄さんが魔法で回収して治療している時も、あの魔神の腕が僕たちに向けられたらと思うと体が恐怖で震えた。
そして、僕たちは決定的な事実を理解することができた。
今の僕たちじゃコイツにはどうあがいても勝てない。この時の絶望感と恐怖心は過去に類を見ないほど圧倒的なもので、息をすることさえ自分で意識しないとできなかった。
「そこの少年よ。悪い大人と付き合っていたら、いずれ僕たちと反目するようになる。だから、少年には神の意思が何たるかをしる必要がある。一緒に来なよ、僕たちの母上について教えてあげよう」
「嫌だね! 神の意思がなんなのかは知らないけど、僕は自分からここにいるみんなと一緒にいるんだ! だから、お前たちは敵だ!!」
ロイドが差し伸べた手を、僕はきっぱりと断った。ロイドもまさか断られるとは思わなかったようで、初めて驚いた顔をしているのが遠くからでも分かった。
「そうか……。なら仕方ない、場を仕切りなおそう。いつかまた再び会いに来る」
そう言い残して、ロイドは特異点の中へと消えていった。
ロイドが完全に人間界から消えた瞬間、張り詰めていた空気が一気に和んで僕たちは膝を地面につけた。ただ一人、兄さんはザクレイたちの治療をしていたから、ロイドのことなんかさほど興味を持っていなさそうだったから、常に平然でいられた。
「や、やべーなアイツ。初めてだぜ、こんなに怖気が止まらなかったのは」
「そうね。でも、あれがまだ第十遺子なんでしょ? その上の遺子たちはどれほど強いのか考えたくもないわね」
力の一部とは言え、僕たちみんな神の子の力を思い知った。それは僕たちがこれからの戦いと人間の未来に大きな不安の影を残すには十分であった。
この一件を境に、僕はカオスの遺子への認識を改める必要が出てきた。従来通り、敵に出会ったら闇雲に戦うのではなく、撤退したり、戦いの準備をより一層高めるといったものだ。
この先、カオスの遺子と戦っていくならば、もっと強い力と相手の分析が重要であることが大切になっていくだろうと信じて、僕は明日の仕事のために眠りについた。




