モウラとの激闘 四体の顔
修行を終え、新たな魔法を習得した僕たちはモウラを探すため、暇な時間があれば町の外に出かけた。
この活動は仕事外の活動で、尚且つ志願制であるからモウラ討伐に同行するのは、僕とメリナとアレスの三人だけだった。
ウェインたちは軍に反する行動をしたくなかったのだろう、その点で言えば僕たちは兵士としては優秀ではないのかもしれない。だけど、軍の意思に反しても僕たちはカオスの遺子たちの横暴を許すわけにはいかなかった。
一か月間、僕たちは見回りの範囲を大きく逸脱してモウラの行方を追ったけれど、モウラどころか魔物の姿さえ見つけることができなかった。
「魔物も出てこないって何かあったのかしら?」
「さあどっかに移動したんじゃないか。最近は仕事の量も減って、モウラを探す時間が増えたってのに、これじゃあ意味ないぜ」
程度の差はあれ、魔物の数が減ることは別に普通のことだ。でも、一体も見つからないとなると、何か良からぬことが起こる前兆なのだと考えずにはいられない。
それに、長時間獲物が見つからないとなると、気の短いアレスはすぐに帰ろうと駄々をこねる。復讐相手に近づけるって言うのに、アレスはそれでも家に宿舎に戻りたいと叫んだ。
「帰ろうぜー! もうこの場所には敵はいないんだからさ」
「何言ってるのよ、これはアナタが始めた復習でしょ!? 簡単に諦めてどうするのよ!」
「かれこれ一か月も探しているのに未だ手掛かりがないんだから、そりゃあ復讐心も萎えるってもんだぜ。目の前に現れてくれたら嬉しいんだけどな――」
アレスのお願いは昔僕が兄さんに言っていた時の光景と重なって、恥ずかしくて顔を赤らめた。メリナは僕の顔が赤くなっていることに気づいて、体調が悪くなったのかと聞いてきたけど、何でもないと突っぱねた。
そんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃん、そう思うと同時に目をつぶってアレスを視界に入れないようにした。
何も見えない……、目をつぶれば真っ暗になることは当たり前だけど、寝る時間以外に長時間目を閉じていることがないから、なんだか新鮮で楽しい気分になる。だから、僕は転ばないように、アレスの服の袖を掴みながら、この静寂に満ちた暗闇を楽しむことにした。
「フフっ、お星さまが無い空だけどこれもいいね」
一人物思いに耽っていると、頭に軽い衝撃を受けたことで現実に引き戻された。目を開けるとそこには大きなアレスの背中があって、急に足を止めたのは何か目の前に現れたことが原因のようだ。
アレスの背中から顔を出して前を見て見ると、目の前に特異点が現れていた。しかも、その中から出てきたのはずっと探し求めていたモウラだった。
「おいおいおいおいおいっ、なんつー確率だよコレっ!? 雷が体にあたって雷魔法を習得するぐらいの確率じゃねぇか!!」
舞い降りた幸運に叫びたくなる気持ちを抑えることができないアレスは小躍りして喜びを隠さなかった。でも、それより僕はアレスが言った確率の例の話の方が気になっていた。
しかし、今はそんな冗談をかましてる暇はない。なんたって相手はあのクラウディウスの子で、一度僕たちは手も足も出せずに敗北している。
一瞬たりとも油断はできない。
「またお前らか……」
モウラは見知った顔がいきなり現れたことに顔をしかめた。
「ポッポーっ、みんな見てみろよ。あの時のお馬鹿さんたちだぞ」
ハトが顔を出してみんなを呼ぶと、前に僕たちを圧倒したワニ、魚、魔物の顔が飛び出してきた。
「ゴボゴボっ、一度救われたその命をここで失うつもりか? 今なら逃げ帰ってもいいんだぞ」
「うるせーよキモイ顔しやがって、今の俺たちならてめえらなんぞ相手にもならねぇよ!」
その言葉を聞いたモウラたちは一斉に笑い始めた。そして、「バクバクっ! たいそうな口をほざくな人間ども。お前らはここで手も足も出ないまま俺たちの餌になるんだっ!!」だと言って襲いかかってきた。
「お前ら予定通りに行くぞ!!」
「了解!」
アレスの号令で僕たちは前もって決めていたモウラ討伐作戦を開始した。
まず、メリナの幻影を追う亡者でモウラたちの視界と思い込みを奪う。煙に巻かれた顔たちはそれでも平然な態度を貫いた。
「ポっ!? 煙だー!! 目を塞がないと痛くなるー!」
「うるさいぞハト、こんなのただの目くらましだ。煙に紛れて攻撃してくるぞ」
「四方からやって来ているな。ん? おかしいなこれは……アイツらの人数より遥かに多い人数が俺たちの周りにいる」
「ゴボゴボッ!? マモン、本当かいそれは?」
「ああ。だが、俺たちにはそんなの関係ない。あれをやるぞ」
魔物の顔をしたマモンの呼びかけに応じて、四体の顔がモウラの頭の上を周り始めた。外からは全く見えないけど、ギュンギュンっとだんだん早く回転していってることは音から判別できた。
煙の中では一本の線のようになっていた顔たちが、やがて大きな狼の顔に変貌していった。赤い毛をした血に飢えた一匹狼は低くこだまする咆哮をあげた。
「「「「食らい尽くせ! 餓狼|!!」」」」
餓狼は嵐のように、濁流のように激しい動きで辺りを駆け回って、襲いかかる幻影とモウラを覆っていた幻影を追う亡者もろとも食らい尽くした。
幻影を追う亡者が無くなり、再び僕たちの姿がモウラたちの前に晒された。想定より早く幻影を追う亡者が突破されたことで、僕たちの間に不安が広がった。
しかし、そんな不安をよそに餓狼は合体したまま、モウラの頭上を徘徊して僕たちの動向を注視している。厄介な四体が、さらに厄介な存在に生まれ変わったことで、既存の作戦の路線変更を余儀なくされた。
「そんな……私の魔法が一瞬で……」
自身の最強の魔法をいとも簡単に破られたメリナはショックで動けずにいたところを、アレスが腕を掴んで強引に後ろへ下がらせた。
「しっかりしろメリナ、まだ戦いは始まったばかりだぜ。作戦2に移るぞ」
「そうね……まだ終わったわけではないものね。行きましょうロード」
正常に戻ったメリナは僕と一緒にモウラたちから距離を取って、彼女らの周囲を一定の速度で歩き始める。
作戦2の概要は、言わば、アレスを使った陽動作戦だ。陽動係は一番危ない役割だけど、三人の中で最も強いアレスにしか任せられない仕事だ。それに、この作戦もアレス自らが提案したものだから、彼が率先して危険な役回りを買うことは自然な成り行きだった。
「死なないでねアレス」
手を合わせて無事を祈っている最中、互いに動きを見計らっていた両者がついに激突した。
先手を打ったのは餓狼の方だった。餓狼は大きく口を開いて鋭い牙を輝かせながら、アレスに突進した。
横に飛んで回避したアレスは、息つく間もなく襲いかかる餓狼の攻撃をよけ続けた。
クソっ、これじゃあ反撃できねぇじゃねえか……、少しは頻度落とせよ。だが、大きくなりすぎたおかげで奴の動きは単調だ。一度攻撃を外したら、狙いを定めるまでいくらかのインターバルが発生する。
それに、奴の進路は直進しかない。上手く利用すればアイツをモウラにぶつけて一泡吹かせてやれるかもしれねぇ。
「いっちょやって見るか。メルヴィングっ!!」
アレスはメルヴィングを餓狼に向けて放った。万が一に備えて魔法が食べられないように、四、五発同時に別々の方向からだ。
メルヴィングは小さな氷の礫と言えども、その数は一度につき数千を数える。それが四、五発ともなれば、幾万もの氷の礫は降り注ぐ雹の如く、たとえ俊敏な餓狼でさえ回避することは不可能である。
しかし、餓狼とてそんなことでは動じない。大量の礫であれば脅威となりうるが、一つ一つの礫の威力はものの程度に過ぎないと、餓狼は最初からメルヴィングは数だけの見掛け倒しだと見抜いていた。
「小魚が食われないように集まって大魚のマネをしているようだな。だが、俺は全てを食らい尽くす餓狼、小魚の群れなど蹴散らしてやる!!」
餓狼はまたもや幻影を追う亡者を破った時のように、上下左右広範囲に動き回って通り過ぎた後には何も残らない勢いで、アレスのメルヴィングに対抗した。
だが、一度餓狼の動きを見たアレスには大胆な動きも彼の作戦の内に入っていた。
周りもみないで食らい尽くす餓狼に、アレスは絶えることなくメルヴィングを放って、餓狼を魔法の釘付けにした。一向に無くならない氷の礫に業を煮やした餓狼は、視界が豹で遮られているのを鼻を使ってアレスを特定すると、メルヴィングを無視してアレスに直進した。
だが、餓狼はアレスに囚われすぎて致命的な失敗をした。自身が直進している前方には、アレスだけでなくモウラの姿もあった。
アレスが横に退いて、目の前にはモウラ一人になった。餓狼は急停止、方向転換をしようと踏ん張ったが、もうモウラとの距離は避けられないほど近くに迫っていた。だから、餓狼はそのままモウラに突撃していくしかなかった。
「ハハハっ、かかったな!! てめぇの飯はご主人様だ! 存分に味わえ!」
「クソオオオオオ!!」
ドオーンッと大きく衝突する音が聞こえて、辺りに砂ぼこりが舞い上がった。
やったかと思いアレスが近づこうとした瞬間、砂ぼこりを裂いてモウラが出てきた。直撃したはずだが、モウラには傷一つ見受けられない。
「馬鹿なっ、確かに直撃したはずだぞ。無傷でいられるはずがない!」
このまま死んだとは思わなかったアレスだが、ノーダメージで切り抜けられるとは予想だにしていなかった。
これが本体の実力、クラウディウスの子の力か。
遠くにいる僕たちは無防備に見えるモウラに近づくことができなかった。絶好のチャンスを作ってくれたアレスには申し訳ない。
「ほう、あの時から少しは強くなったのだな、四体も倒されるとは初めての経験だ。だが! この程度で一瞬でさえ勝ちを気取るんじゃない! よく戦った褒美だ、私の本当の姿を見せてやる」
モウラの体を覆っていた顔が砂になって地面に落ちていく。マスクのように顔を隠していたライオンの顔が崩れて、モウラの御尊顔を拝むことができた。その端麗な容姿は人間と全く同じで、アレスなんかその姿を見て呆けている。
だけど、それより気になるのは顔が崩れた時に出てきた色とりどりの火の玉。何が起こるのだろうと見ていると、優しい光で輝いている火の玉がモウラの体の中に吸い込まれていった。
「私が自ら戦わないのはたんに面倒くさいから……、私の魂を分けて形あるものに吹き込んで代わりに戦ってもらうの」
魂がモウラに戻った瞬間、彼女は頭を抱えて痛みに悶絶するかのような声を出した。そして、モウラの体は見る見るうちに人とはかけ離れた化け物の姿になった。
その姿は三本足の大きな鳥に似ており、大きな黒い翼を羽ばたかせると小さな突風ができた。
「見よ人間ども、これが私の真の姿。我が創造主たるクラウディウスの命により、神に逆らうお前たちを一匹残らず魂の世界に送ってやる」




