アレスの過去
それは今から六年も前の話。かつてアレスが村で家族と楽しく過ごしていた時の話。
アレスの生まれ故郷は、エレイス王国の最北端にある小さな村。山岳地帯の麓にあるこの地域は雪崩や川の洪水が頻発することもあって、村の人々はそれを氷魔法で村への被害を抑えていた。
無論、自然災害だけではない。町のように魔法壁に囲まれていないため、村人は男女関係なく魔法に長けているものが多い。
この村の特徴として、村人の全員が青い目と髪を持っており、巷では“氷の村”と呼ばれているとかいないとか。ともかく、村人たちは災難が多いにも関わらず幸せに暮らしていた。
しかし、そんな村に生まれたアレスだけは例外だった。生まれた時から血で染め上げられたような赤い髪と目は、村中から恐怖と迫害の対象になった。幸い、父オーウェンと母エリーが守ってくれたのもあって、殺されることなく成長することができた。
オーウェンは自分の身は自分で守るようにと、幼い頃から魔法と戦闘の教育に汗を流した。そして、成長したアレスは村の大人にも負けないほど強く、逞しく成長した。
大人からいびられることは無くなったが、それでも村の子供からはよく暴言を浴びせられたり、喧嘩を吹っ掛けられたりしている。
だから今日も、一人遊んでいると村の子供たちが喧嘩を売りに来た。
「まだ死んでねえのかよアレス、とっとと首釣るでもして死ねよ。お前がいると村に災いが起きるんだ」
「そうそう! お前の親も弟も、お前が死んだらせいせいするだろうしな」
子供たちは心無い罵声をアレスに浴びせるが、彼は全く動じない上、逆に煽り返した。
「そうだな、魔物がいれば雑魚のお前たちは何もすることができないからな。あっ、一つできるとしたら泣いて俺に助けを乞うぐらいか?」
「何だとーッ!? アレスのくせに生意気なこと言いやがって! ぶっ殺して魔物の餌にしてやるッ!」
「おうかかって来いよ! 後で吠えずらかくんじゃねえぞッ!!」
アレスは一人で子供たちの中へと殴りこんでいった。
魔法を使うことはないが、金的、目潰し、噛みつきなどは認められていて、子供の喧嘩にしてはちょっとやり過ぎな気もする。
そんな危険な技を使ってくる子供たちは、アレスを取り囲んで足を抑えたたり、羽交い締めすることで動きを止めようとするが、毎日喧嘩に明け暮れている彼にとって、大人数との喧嘩は得意分野だ。
アレスは金的を積極的に狙って一人一人、確実に戦闘不能にさせていく。少しすると、最後に残ったリーダー格との少年と一騎打ちになった。
「なっ、あんなにいたのに。みんな立ち上がれよ!」
「ふーっ、はーっ、お前を今からボコボコにできるなんて興奮してきたぜ。スペシャルメニューだ! 誰か分からないぐらいぐちゃぐちゃにしてやる!」
怖気づいて足がすくんだ少年に、両手を被せてクラッキング音を鳴らしながらゆっくりと近づいて行く。
「うわぁあああああああ!!!」
少年は怖くなってその場から逃げ出した。彼はアレスと一対一で戦うことは絶対避けたかった。なぜなら、一人でアレスと戦ったものは年上であろうとも重傷を負うことが多かったからだ。
敵がいなくなって一人退屈になったアレスは、足元にいるさっき倒した子供たちに目をつけ、気が済むまで彼らを嬲って楽しんだ。
一通り楽しんだ後、もう日が暮れてきたので家に帰ることにした。
家に着いてドアを開けて、「ただいまー」と言って中に入る。台所から、「おかえりー」と返事が来たので母さんとアレンが料理を作っているのだろうと思い台所へ向かった。
予想していた通り二人は台所で料理を作っていた。俺が入って来たことに気づいたアレンがじゃがいもをすり潰すのをやめて、こちらへ走ってきた。
「二回目だけどおかえり~! 今日は何していたの? また喧嘩?」
「そんなことしてないさ。ただ一人で遊んでいただけで大したことはなかったよ」
「ふーん、でも服に赤い絵の具がついてるけど……?」
「心配するな、これはただの返り血だ、そんなことより、今日の飯は何だ?」
「兄さんの好きな食べ物ばかりだよ! ねえママー兄さんがまた服を汚してきたよー」
すると、台所から母さんがすっ飛んできて俺の体を撫でまわして傷が無いか確認した。傷がないと分かると、「よかったわーうちの可愛いアレスちゃんが酷い目に遭わなくて」と抱きしめながら言った。
「もうそんな齢じゃないのに」と言いたいところだが、母さんの安堵している様子と母のぬくもりを前にして、うだうだ文句を言う必要はない。
「ママぁー僕も僕も!」
「はーいアレンもギューッ!」
母エリーとはこんな感じでとても優しくて甘えたい欲求が湧いてくる人となりをしている。ひとしきり抱擁を終えると、俺はアレンと一緒にじゃがいもをすり潰す手伝いを始めた。
「母さん、父さんはまだ帰らないの?」
「まだ見回りの途中じゃないかしら。でも、今日は本当に遅いわねー」
「そう……。もしかしたら危ない目にあってるかも」
「もう! そんな嫌なこと言わないでよー! きっとパパは大丈夫よ」
そう母さんは言うけど、いつもの帰宅時間よりだいぶ時間が経っている。母さんも気づいてはいると思うから、俺たち二人を心配させないように明るく振る舞っているんだ。
父オーウェンの仕事は兵士の仕事みたく、村周辺に出没する魔物の討伐と見回りだ。この仕事は村の中でも飛び切り強い者しかなれないので、村の人たちからはとても尊敬されている。今思うと、俺が今まで大人から危害を加えられなかったのは父さんのおかげかもしれない。
そんな父さんの実力は村の中でも一、二を争う強さで、母さんからも毎日父さんの勇敢な話とそれを見て恋に落ちたという話を耳に胼胝ができるほど聞かされていた。
よくない空気が台所に立ち込めて会話がぱったりと無くなっていた時に、父さんが見回りから帰ってきた。
すると、みんな手を止めて玄関に向かって父さんの大きい体に抱きついて、本当に帰って来たことをその身で受け止めた。
「おいおい何だよお前ら、様子が変だぞお前ら」
「だって、アナタがいつまで経っても帰ってこないから私たちすごく心配していたのよ!」
「それはすまなかったなエリー。実は仕事は早く終わったんだが、さっきまでケインと飲んでいたんだよ」
ケインとは父さんの子供時代からの友達で、独身を一生貫くことを公言している変人だ。
多大な心配をみんなにかけたのに、その理由が飲み会だとは心底呆れたものだ。母さんは先ほどの感動はどこへやら、前もって伝えてくれなかったことに腹を立てて台所へと隠れていった。
二人はそのまま微妙な雰囲気で夕食を食べ、風呂に入り、就寝時間がやって来た。いつも二人同じ部屋で寝ているのだが、今日は父さんが俺の部屋にやって来て一緒に寝ることになった。
部屋の明かりを消すと、月明かりが直接部屋を薄く照らし出した。その明かりの中で、俺は父さんに本当は何をしていたのか尋ねた。
「なあ父さん、俺は今日ケインと話したんだけど、何も予定が無いってぼやいていたよ。だから、何で父さんがあんな嘘をついたの?」
「母さんたちには内緒だぞ。あのな、最近この近くの村が焼け野原になっているのを発見したんだ。だから、見回り範囲を大きくして調査しているんだが、その犯人とやらを見つけることができなくて困ってるんだよ」
近くの村と言ったら俺たちの村より大きい村で、強い人もいっぱいいて魔物の被害からは無縁のはずだ。手掛かりが見つからないということは、生存者はおろか骨を残ってない有様だろうな。
「絶対に村から出るなよ」と念を押されたが、子供心は好奇心の塊のようなものだ。たとえ、危険だと分かっていても俺は行きたくてせわしなかった。
朝になると、俺はすぐに身支度を整えて見回りに出かけた父さんの後を追った。
気づかれないように距離を取りながら後を追っていると、昨日言っていた焼き捨てられた村にたどり着いた。
「マジかよ……。あんなに大きかったのに何があったんだ?」
俺は父さんたちが村の調査を終えるまで、木の影に隠れてやり過ごした。いなくなると、木の影から飛び出して村の中を散策し始めた。
歩いてその被害の深刻さが改めてわかった。木造の家も、レンガ造りの家も全て黒い灰になって村全体の地面を覆っていた。
その灰を少し手に持って見ても、元の形は分からないほど細かい粒になっている。地面を掘って肺がどれだけ堆積しているのか調べてみる。
「すげえなどんだけ深いんだ?」
灰は三十センチ掘ってもまだ続いていた。これを見て俺はあることに気がついた。
「まさか……地面も焼かれていたというのか? ここまでの深さまで、一体誰がこんなことしたんだ?」
こんなことができる魔物が存在するのか? 焼け野原になった大地の上で漠然とした恐怖が俺の体を震わせた。
すると、遠くの方から断末魔のような絶叫が聞こえてきた。
「あの方向はまさかっ!?」
俺は声をした方へ全力で走った。その方向は父さんたちが歩いて行った場所だったからだ。
嫌な予感がして、ゾッとするような光景が脳裏によぎる。普通ならここで足を止めて引き返すのだが、家族を助けるという使命感が俺の体を動かした。
ようやく声の元にたどり着くと、目の前には九本の尾を持つ男が父さんの亡骸を縛り上げている光景が目に飛び込んできた。
「父さんッ!!」と俺は叫んだ。一緒に見回りしていた人たちは既に黒い灰になって地面にバラまかれていて、次は父さんの番だということは明らかだった。
それは何としても防がなければならない。俺の声に反応しない狐男に向かって、オメガブラストを放った。
だが、俺の最強の技であるオメガブラストは片手一本だけで防がれてしまった。
「誰だお前は、よもやこの男の親類ではないだろうな? それならばすまない」
謝罪の言葉を聞いて俺は戸惑ってしまった。敵であることは確実なのに、人間と瓜二つの姿をした狐男の正体が分からなかった。
「魔物でも、魔人でもない。お前は一体誰だ!?」
「父上の使いの者だ。どうやらこの人間たちはその情報を知らなかったようだが、まだ人の住む集落があったな。確かあっちの方だったかな?」
その言葉を聞いて、俺はこの狐男をここに留まらせる決心をして彼の前に立ちふさがった。父さんたちがなす術もなく殺された以上、今の村にはコイツを倒せる奴はいない。
いや、もしかしたらこの世にさえ、この男を倒せる人間はいないだろう、五感全てから受け取る情報がそう確信させる。
「邪魔だどけ。お前もこのように灰になりたいか?」
そう言うと、狐男は父さんの亡骸を灰にした。その行動を見て、俺は怒りで我を忘れて男に突っ込んでいった。
気がつくと俺は夜の森の中で目を覚ました。どうやら向かって行った後すぐに、狐男によって俺は気絶させられていたらしい。
頭が痛い。だが、遠くに見える赤い情景に頭痛なんて跡形もなく吹き飛んだ。
あの方向には俺たちが住んでいる村がある。
俺は走った。靴が脱げて足の裏に木々が刺さっても足を止めずに村へと走り続けた。
体がボロボロになりながらようやく村にたどり着いた俺の目に飛び込んできた光景は、衝撃を遥かに通り越して頭が真っ白になつほどだった。
そこには轟轟と燃え盛る生まれ故郷があった。全てのものが燃えている光景はタルタロスに形容される。
家族も、村も、みんなも、希望を失った俺は一人、明るく燃える炎が消えるまでその光景を目に焼き付けていた。
全てが終わった後、俺の村もまたあの村のように灰となった。家族で住んでいた家に歩いていったが、やはり灰以外見つけることができなかった。
俺はその灰を拳に強く握りしめながら延々と泣いた。突然、全てを失い感情の整理がつかない俺には泣くことしかできなかった。
三日三晩泣き続けて、ようやく俺は村を去った。
行く当てはない。ただ狐男の幻影を追い求めるように国中を放浪した。
そうして、六年の歳月が流れた。有力な情報を手に入れられなかった俺は以前のような復讐の鬼ではなくなっていた。
そんな中、ある酒場にて軍なら魔物に関する情報をたくさん持っているということを聞いた。
聞けば兵士の入隊試験は三か月後だという。
狐男と再びまみえることを胸に抱いて俺はすぐさま王都へと旅に出た。




