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カオスの遺子   作者: 浜口耕平
序章 兵士への道
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変化

 「兄さんの仕事を見るのは好きだけど、僕の嫌いな野菜を作っているのを見るのは………退屈だし嫌だなぁ………」



 畑の隅で汗を流しながら鍬で地面を耕している兄さんの仕事を眺めながら僕はため息交じりに呟いた。



 ここは人里から遠く離れた廃村。つまり田舎。一番近くに住んでいる町の人でさえ、ここからは歩いて丸一日かかるほどのド田舎だ。



 僕たち二人以外に人の姿を見ることはないし、こんな辺鄙な場所じゃ動物だってお目にかかることが珍しい。そんな場所で僕たち二人は自給自足で支え合って暮らしている。とはいえ、食糧・家事・見回りなどの生活全般に関するものは兄である“リード”が担ってくれるので、僕はやることがなく毎日暇を持て余していた。



 だけど最近、その風向きも変わりつつあった。兄さんが僕に自分がやっている仕事の一部を任せるようになったのだ。最初は家事、次は薪拾い、次は荷物の運搬、次は………と任される仕事が増えていったけど、今まで散々兄さんに甘えてきた僕には家事でさえ満足に行うことができなかった。さらに困ったことに、僕は11歳にしては体も小さく、魔法の才能も全くないことが分かり、とうとう「このままでは一人で生きてけないな」と兄さんに言われてしまったのだ。



 とまあ……こんな感じで仕事もできない僕に与えられた仕事は、兄さんが耕した土に種をまいて水をかけるだけになった。でも、僕は悔しいとか恥ずかしいとか一度も思ったことがない。なぜなら、家事をとっても、魔法をとっても何でもできる兄さんが、「やればできるじゃないか。その調子で今後も手伝ってくれよ!」と僕の作業を褒めてくれるのがとても嬉しかったから。だから、退屈な仕事でも毎日頑張ることができた。



 そんな日常を送っていたある日の出来事。いつものように兄さんの背中を追って野菜の種をまいて水をかけていると、途中で野菜の種が入った籠が空になってしまった。



 「にいさーん! 種がもうなくなっちゃったよー!」



 「なんだと!? あ~じゃあ悪いが家まで取りに行ってくれ。玄関の近くに麦の種が入った壺があるから、ここからあそこまでは麦を植えるから」



 「うんわかった。行ってくる~!」



 家にたどり着くと兄さんの言っていた通り、玄関からは遠くない場所に大きな壺があった。

 


 「これかな兄さんが言っていた壺は」



 壺の蓋を開けて屈みこむように中を覗くと、そこには無数の麦の種が溢れんばかりに入っていた。


 

 「この量を一度に持ち運ぶのは無理だから、何回も畑と家を行ったり来たりしないと………。でも疲れるからなぁ~」


 「………そうだ! 一度にこの壺を運んで仕事を一瞬で終わらせよう! そうしたら兄さんもうーんっ!!と褒めてくれるだろうし」



 僕はこの後すぐ後悔することになるなんて露知らずに、兄さんにいつも以上に褒めてもらいたいという想いから、到底一人では持ち運べそうにない壺を持ち運ぼうとした。案の定、壺は台車まで運ぼうと縄を縛っているときに誤って倒してしまった。


 運の悪いことに壺が倒れた方向には頑丈なレンガが角を剥き出しにして積まれていた。「あぁ―ッ!!」と声をあげたのも虚しく宙に舞い、割れた壺が中身の種を辺りにまき散らした光景がすぐそこにあった。



 僕は顔を両手で覆い隠すようにして自分がした行動を思いっきり後悔した。


 

 『僕の馬鹿ッ!! なんでこんなことしたんだよ! これを持ち運べるほどの力がないことなんて最初から分かっていた事じゃないかッ!』



 悔やんでいてもこの状況が変わることはない。兄さんのところへすぐにでも謝罪しに行こうと歩き出そうとした時、ふとした嫌な考えが頭をよぎった。



 『もしこのまま謝りに行ってめいっぱい怒られたらどうしよう。ましてや最近の兄さんはあんまりにも仕事ができなかった僕に対して機嫌が悪い。ひょっとしたら失望のあまり僕を見捨てて家を出ていくかもしれない』



 「そんなのは絶対ダメーッ!!」



 兄さんがいなくなってしまう恐怖を想像してしまった僕の行動は、壺を割ったことを無かったことにする方へと一直線に向かった。しかし、壺があったことは兄さんしか知らない事実だったので、壺を隠したりするとかえって誤魔化そうとしたことがバレる可能性が高くなる。そこで僕は次のような作戦を立てることにした。



 1.まず割れた壺の破片を集めてどこかへ隠すor捨てる


 2.新しい壺が必要なため廃屋を探索して代わりの壺を見つける(麦が入っていた壺は元々廃屋で見つけた物)


 3.兄さんが農作業を終えて帰って来る夕暮れ前に新しい壺の中に中身を入れて何もなかったかのようにする


 

 日が暮れるまでおよそ1時間。もう時間がない。僕はすぐさま計画に取り掛かった。



 計画が始動してから10分が経ち、ようやく壊れた壺の破片を全て兄さんが目につかない場所に隠した。ここまでは順調だ。のこりはプラン2とプラン3、新しい壺を探すという目的自体は簡単だけど、こればかりは運が一番ものをいう。早ければすぐに見つかるし、見つからなかったら計画自体がおじゃんになる。


 

 目の前に広がるいくつもの廃屋を目に映しながら、差し迫った危機感が脳をフル回転させ、最適な探索手順を構築していった。そして、僕の脳は『大きな廃屋から探索せよ』という命令を発し、体がそれに従うように歩きだした。



 この廃村で一番大きな廃屋は村のちょうど中心に位置している。近づいて埃まみれのドアを開けて中へと入る。おそらく村の集会所として使われていただろうその建物は、見渡せば持ち主を失った便利な道具があちこちに散らばっていた。



 「イェーイ! 思った通りここなら新しい壺が見つかるかも。こんなこと思いつくなんて僕って天才かも」


 

 床に散らばっている道具を見て期待で胸がいっぱいになる。高揚する意識に呼応して心臓がドクドクとリズムを打つ。僕もそれに合わせて細やかな足取りで館中の部屋を一つ一つ丁寧に見て回る。



 しかし、いくら部屋を探索してもお目当ての壺がなかなか出てこない。「おかしいな。こんなに物が散乱してたら壺の一つや二つあってもいいと思うんだけど………」と最初のうちはぼやいても余裕があったのだけれど、窓から中に入る斜陽がだんだん暗くなっていくと共に僕の心は落ち着きを失っていった。



 人は焦るとすぐ行動に出てしまう。僕は今までのような部屋中を隅々まで探すのではなく、『ドアを開けて壺らしきものが見当たらなかったら次の部屋へ行く』というように行動が変わっていった。しかしそれでも、壺をなかなか見つけることができなかったので、僕の頭の中は真っ白になった。



 「どうしよう………。もう時間がない。誤魔化そうとしていたことも、仕事を放りっぱで逃げたこともバレる。うぅ………ううぅ」



 罪悪感が僕の体を地に押し付けた。目の前には何年も補修や掃除もされていないボロボロの木の床板がまるで僕の心のように広がっている。『家に帰るのが怖い。いっそのこと兄さんが探しに来るまでここで誰の目にも触れられず休んでいたい』そう思うようになっていた。無気力となり、倒れ込むように顔が地面に近づいて行くのを虚ろな目で追う道中、僕は目の端で信じられない光景を目にした瞬間、ここを今からすぐにでも離れようと体と気を起こした。



 「なんで僕以外の足跡がここにあるんだっ」



 埃まみれの廊下だから足跡はハッキリと見て取れる。しかし、廊下には僕の小さな足跡の他に何か得体の知れない生物の足跡がつい最近通ったかのようにクッキリと残っていた。


 この廃村では僕と兄さん以外は誰も住んでいない。兄さんも僕もこんなに大きな足をしていない。なら鹿や熊のような野生動物の可能性を考えてみたけど、ここまで奇怪な足跡は見たことがない。そう考えてるうちに僕は足跡の持ち主が魔物であるということに気がつき、ダッシュで玄関に向かおうと後ろを振り返った時、僕はソイツを見た。


 

 ソイツは2メートルほどの痩せこけた人のような見た目をしている。顔には目や鼻はない。代わりに肩まで一体化した大きな口が不気味な笑みで僕を捉えていた。皮膚は打撲して腫れあがったような浅黒い色をしていて、足や顔など体中が細い縫い目のようなもので皮膚同士が繋がれている。僕はそれが人間の皮であることと、そして、ソイツが魔物であることを確信した。



 「あ、、、あ、ああ」



 恐怖で体が委縮して動けない僕に向かって、魔物はじわじわと距離をニタニタと気色の悪い歯を見せながら近づいてくる。


 

 魔物を見たことはこれまで何度かある。だけどその時は、いつも兄さんが傍にいてくれたから、魔物に対して怖いと思いながらも、動けないほどの恐怖は感じたことはなかった。


 

 (動け! 動けっ!! 早くしないと殺されるッ!!)



 今まで感じことない焦りと死への恐怖から全身の血がスーッとどこかへ消えくような感覚を肌で感じる。このままでは、確実・100%・絶対に殺される!!と思って魔物へ目を向けると、すでに魔物は手で届くところまで近づいてきていて、恐ろしい顔で僕の顔を覗いていた。


 

 「うわぁあああああああ!!!」


 

 ビックリして少しチビりながらも、唯一動かせる手を使って這いずるように魔物から距離を取った。



 (何とかしてここから逃げないと………。早く………兄さんのところへ行くんだ!)


 兄さんの元へと必死に、必死に、人生で一番手を動かした。しかし、僕の懸命な努力は急激な痛みが足を襲ったのと同時に一気に絶望へと叩き落とされた。「グチョ……ブチッ、、ブチィィッ! クチャクチャ」と聞きたくない音が下半身の感覚が無くなるのと逆行して、これでもかと僕の両耳を襲ってくる。そして、出血の影響からか徐々に感覚と意識が朦朧としてきた。


 

 (もう………痛みすら感じない)



 (あの時、変なことを考えずにすぐに兄さんに謝りに行けばよかった………)



 今日、理不尽な死が僕を襲ったことを、僕はただ受け入れることしかできなかった。



 (これはとても理不尽だ。僕はこんなことを望んでない………。どうして僕の思い通りに今日はならなかったの………?)



 薄れゆく意識の中で、その理不尽が僕がいつも兄さんに言っている無茶や駄々と一緒だとようやく気がついた。



 「ああ………理不尽なのは僕のほうだった」



 これまで特に苦労したこともなく、何か欲しかったり、気に入らない物があれば兄さんが僕の思い通りに動いてくれていた。でも、今の僕には頼れる人はいない。この状況を打破できるほどの力も知恵も持っていない。


 

 それがとても悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、申し訳なくて………辛かった。


 

 (兄さんにあったら今度はちゃんと謝ろう。僕だけでも生きていけるような力をつけよう。勉強して町に行って、それから………。………………)


 

 今日、僕は死んだ。


 

 

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