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保冷バックシリーズ

掲示板の先輩

作者: 第六感

有栖川浩平は高校1年生の不登校児である。中学の卒業式をクラス写真にも写らずに一人で帰ってから、高校でも馴染めず、ある朝学校に行けなくなった不登校1年生である。明日からGWと、世間が湧く中も「俺は毎日休みだからなあ」と盛り上がりに欠けている。

浩平は別のことに興奮しているところだった。

そもそも彼は正義感が強くて約束を破ることが苦手なタイプだから損ばかりしている。そんな彼が、約束を破っている興奮だ。

『こんばんは。アリスです。昨日はお約束通りには浮上できなかったです』

掲示板にそう打ち込んで一息ついた。高校の友達ができなかった彼はインターネットに友達を求めた。友達を募集する人間はどこでも基本的に明るくて、同質なものを求めて低いところに流れる水の働きのようにアリスは仄暗い掲示板に流れ着いた。

『アリスは今日も死にたい日でしたわ』

ユーザー名を苗字からとったら女の子扱いされてしまった。自分から男だとは言わないでいたらすっかりそのようにふるまう癖がついていた。

「これもネカマってことになるのかな」彼は、ウソをついているようで居心地が悪かった。

しかしそんな風に相手をだますような自分に変な安心感もあった。

『トツカです。アリスさんおかえりなさい。誰しもリアルがあるでしょうから気にすることないですよ。それに昨日は僕が無理にお誘いしてしまいましたからね』

浩平は昨日約束を、トツカの誘いをすっぽかした。浩平には何の用事もなかった。約束の8時が過ぎるのをパソコンの前で息をつめて睨んでいた。

「責められるかと思った。なんだよ、こいつ。『電話しましょう』なんて言ってくるかと思えば」

ため息をつく。

『そういう君は約束を破ったことがないねトツカ』

『ははは、人より暇な仕事をさせていただいているからね、三食昼寝付きさ』

『それはうらやましい。将来はそんな仕事につきたいな』

『君はまだ高校生だっけか。よく勉強するんだよ』

「お前も高校生だろうが」浩平は毒づいた。以前トツカが年齢を言っていた。

『あら、トツカさんも高校生では?』

『いや? 僕が前にそういったかい? 高校に行かずに働いてるからね』

とたんに浩平は恥ずかしくなった。誰もが高校に行けるわけではないのだ。恵まれた環境にいながらそれを投げ捨てている自分にはたと気が付いてしまった。

『そうでしたか先輩! 大変失礼しました!』

『そうとも後輩君。いいね、先輩と呼ばれたことがないから新鮮な気持ちがするよ』

「部活とかやっていけなさそうだもんな」と、失礼なことを考えた。

浩平は中学時代サッカー部で上下関係を叩き込まれていた。誰かを先輩と呼ぶのは2年ぶりで懐かしい気持がした。

『先輩って部活何してましたか?』

『先輩はいいけど敬語はやめてくれ。万年帰宅部だよ』

『わかった。しかも予想通りw』

『そういう君は何部をしていたんだ』

「部をする? 微妙に変だな」指摘するほどでもないが違和感に首を傾げる。

『サッカー部だよ』

『へええ、元気っ子っぽい』

『漫画のキャラの感想か。しかも古いし』

『だれが古い人間だって?』

「いっとらんわ」浩平はふふっと口元がにやけるのを感じた。こんな先輩にいて欲しかったのかもしれない。

『サッカー部がさ、』

『ん?』

部屋にパチパチとキーボードの音だけが響いた。リビングから音がしなくっていたことに遅れて気が付いた。

『サッカー部で、仲のいい子たちがいたんだ。休み時間とかもずっと一緒にいたの

『それがあるとき急に話しかけてくれなくなった。話しかけても返事してくれないっていうか、そもそも会ってくれない。そのうち2人は隣のクラスだったから最初は休み時間のたびに何度も見に行った。

『でも、だんだん気が付いた。あ、そうか、自分は避けられているんだ。もう、友達ではないんだって。そしたら他に友達なんていなくてさ。卒業までそのまんま

『同じ高校を受験したんだよね。その子たちと。わらっちゃうよね。一緒に行こうって約束してみんなで受験会場に向かって、合格発表は一人で行った。

『結果としてはよかったよ。そいつら4人いたんだけどそのうちの1人しか受からなかったから。あっちは地獄だっただろうな』

『それが死にたい理由なの?』トツカが書き込みを挟みいれた。

『いや、ここまでは思い出。割と胸がすっきりするくらいよ。

『同じクラスになったんだよね。その隣のクラスだった片方の子と。

『私の顔をみても何にもなかったみたいに「同じクラスだね!」「知り合いがいると安心する!」「高校でも友達でいよう」って言ったの』

『それは、気持ちが悪い』

「そうだよなあ!!」

『私はそういったよ。やめてって。私のことを避けて無視しておいて何いってるのって。

『周りは違った。私がわるいってことになった。私の方が中学時代のこと引きずってる変なやつになっちゃったの』

『なんにも悪くないぜ。後輩君は』

『わかってるよ』

『そうかな。結局わかってないんだ。周りの奴を気にしている』

「しったようなことを」浩平は怒鳴りつけようとして声が出なかった。その時彼は自分のほほを液体が流れていることを自覚した。

『誤解しないでよ。本当にそうなんだ。君は自分が大切だってことを忘れている。

『自分が一番大切であるということを。それはつまり、自分以外は大切じゃないってことだ。自分以外の何を傷つけてでも自分を守っていい。

『君は仲がいいと思っていた人に無視されて自分の大切さを見失ってしまったのかもしれない。

『お金と一緒だよ。そのお金を『1000円分のごはん』と交換してくれる人がいるからその紙が『1000円』の価値を認められる。大切に接してくれる人がいるから君は大切な人格になれる。

『君は約束を時々破るね。そして謝らない。

『謝れって言っているわけじゃあないぜ。注意深く謝罪のニュアンスをいれないように謝罪文を書くだろう?

『自分が約束を破っておいて謝らないような人間だから、人から嫌われても仕方ないって思っているんだ。嫌われている理由を作るために行動することで君は自分の心を守っている。裏切られることを恐れて先に人を裏切っている。悪いことじゃないの。それをもっと自覚的にやっていこう。自分が大切な人間だから大切に扱う。自分を大切に扱わない人間は大切にする必要がないしむしろ積極的にぞんざいにするべきなんだ。

『自分が自分を大切にすることも価値を高めるための方法の一つだ。

『それからこれは蛇足なんだけど、僕は君を大切にして接してきたつもりだ。

『まだ一か月しかたってないけどね』

「なんだよ。なんだよ、中卒のくせにいいこといいやがって」再度悪態をついた。照れ隠しである。「ほぼ同い年なのに、社会人になるっていいな」

『ふーん、いいこというじゃん先輩』

『感想、浅っ!? 僕が恥ずかしいだけの時間ヤメロ』

『じゃあさ、

『トツカが死にたい理由も教えてよ』

しばし時間が流れる。

『ダメ』

「ケチ」

『聞いたら気持ちが軽くなるかもしれないじゃん!』

『ならん』

『ねーえ、お願い!! 力になりたいんだ』

『なんでよ』

『こっちは君のおかげで大人になりたくなったんだ。

『もう少し生きて君みたいに人を助けてみたくなったから。君にも何かしてあげたい。なんにもできることはないかもしれないけどさ、

『言うだけ言ってみてよ!』

『   』

返信の用意をして待っていた。しかしその晩は何も送られてこなかった。

「どんな長文を用意しているんだ」という軽口も虚しく人の死にたい理由に口を出したことを後悔していた。

翌日からGWが始まった。約束していないのに夜8時には同じ掲示板を見たが続きはなかった。

『アリスです。変なこと聞いてすみません。怒ってますか?』

『   』返事はこない。

「死にたい人に対して死ぬ気がなくなったなんて、なんてこと言ったんだ」「死にたくない僕には用がなくなってしまったのだろうか」彼はあの「先輩」に大切にされていたいと思う自分を見つめていた。

翌日、すなわち4月31日のことである。掲示板を見た瞬間にトツカの投稿がされた。

『後輩君、みてるかい』

浩平は返事をしようとしたが、それより早く長文が続いた。それを読み切った時にはもう掲示板の機能は失われてしまっていて、誰も投稿できなくなっていた。

5月1日の8時に最初から読み返そうと思ったら当該掲示板自体が閉鎖され過去ログもさかのぼることはできなかった。


『僕は

僕は何もできずに死ぬのだと思っていた。

もしも君が生きてくれるならば、僕が生きたことが証明される。

もしも君がよく生きるならば、それは僕の命の功績になると思う。

だから僕はいきたくなった。生まれて初めて、生きていたいと思えた。

僕、生きるよ。

君もそうしてくれ』

『――管理者によって、投稿・編集は禁止されています――』


連休明けの月曜日、浩平は学校に間に合うように朝食を食べていた。母親が送ってくれるらしい。担任の先生とも話してくるついでと言った。親の車通学なんて人に見られることが恥ずかしい気もしたが、恥ずかしいところを見せたくない相手はトツカだけだから気にしないことにした。


〈次のニュースです〉

〈先週日本で初めて人間以外の心臓を人間に移植する手術が行われました。術後は順調な経過を見せていましたが昨日未明容体が急変し、今朝死亡が確認されました。日本初となる移植手術に協力した筒井桃華さんは自身のTwitterアカウントで、「幼いころから病室から出たことのない自分の命の使い方を見つけた。たとえ成功しなかったとしても私の命の功績を確信している/手術を受けることにしました」との発表を最後にしており、これに対して悼む声が多数寄せられています。〉

「浩平ー! もう行く時間よー!」

「はーい」

浩平は、テレビの電源を切った。

FIN


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