記憶の断片
トゥルサの生い立ちに触れるお話しです。
イトゥサがアレクスの城に来てから1ヶ月経った。
長い袖の服に腕を通してイトゥサは食堂へ向かった。
「おはようイトゥサ!」
「おはよう、マーシャ、シャナル」
「イトゥサ、今日はトゥルサと遠乗りに行くの?」
「アレクス様が見回りに行けないから代わりに行ったらいいと言ってくれたんだ。」
「いいなぁ~。マーシャもイトゥサと一緒に行きたい!」
食堂に入って来たトゥルサを見つけてマーシャはトゥルサに駆け寄って行った。
「マーシャ様、アレクス様にお客様がみえられるのです。マーシャ様も御存知の方ですよ。」
「誰!?あ、分かった!ランド伯父様とハジェ伯父様なのね!!」
マーシャは食堂を飛び出しシャナルもその後を追った。
トゥルサはイトゥサの隣りの席に座ると見習い騎士のキシュカシュから飲み物を受け取った。
「今日はキシュカシュも一緒だ。お前は俺の馬に乗るから心配するな。」「イトゥサ、よろしく。」
イトゥサは慌てて口の中の物を飲み込むと二人に向かって「よろしくおねがいします!」と言った。
トゥラザ家長兄ランドゥルイと次兄ハジェーラが三男アレクスの城に着いた頃、トゥルサはイトゥサと相乗りしながらキシュカシュと共にウルラの乙女まで来ていた。
ゆっくりほとりを馬を歩かせながらトゥルサは尋ねた。
「何も思い出さないのか?」
「何か思い出そうとすると黒い何かが邪魔をするんです。」母親の事も父親の事も思い出そうとすると決まって暗闇が全てを包み込んでしまうのだった。
「かつて俺も人買いに攫われてこの地を過ぎる時にアレクス様に助けて頂いたんだ。」イトゥサは初めてトゥルサの生い立ちを知った。
「ちょうどお前と同じ位の歳だ。ナハトバ西側のトナンエという街から攫われた。家族はそこに住んでたが俺が攫われてカシュトゥムにいる事が分かってからナハトバ東のトゥメニヒに住んでいる。」
「トゥルサさんは家族の所に戻りたいと思わないんですか?」
「アレクス様に命を助けて頂いてからずっと役に立ちたいと思っている。家族は懐かしいがいつでも会えるし、便りもよく来る。」
「トゥルサ様はアレクス様が1番なんですよね!僕が父から見習い騎士としてアレクス様に仕えるようにここに来てからずっとアレクス様とトゥルサ様は一緒にいらっしゃいますね。」キシュカシュが二人の後ろに馬を付けながら言った。
イトゥサもここへ来てから不思議と寂しく感じた事は無かった。記憶を失って不安はあったが、いつもアレクスやオリビアやマーシャがイトゥサの不安を取り去ってくれた。
トゥルサもシャナルもキシュカシュも城の人達は皆イトゥサの事を気にかけてくれて沢山のお菓子もくれたりして、イトゥサは以前からこの城にいたかのような居心地の良さを感じていた。