ウルラの少年
イトゥサが拾われてからのお話しです。
イトゥサが体を動かせるようになったのは目覚めてからさらに5日経った後だった。
どうやら川に落ちてからウルラの流れの中で強く頭を打ち付けたらしくかなり大きなコブが出来ていて酷く痛んだ。熱と痛みでイトゥサは苦しんだが、それとともに記憶の一部も失ってしまっていた。
「おまえはウルラの乙女で生かされた大切な命だ。親元が分かるまでここにいるといい。」
アレクスは不安気な表情のイトゥサの頭を優しく撫でた。アレクスの護衛騎士トゥルサのイトゥサを見つめる目も優し気に見える。
アレクスが部屋を出ていった後、娘のマーシャが部屋に入ってきた。
「イトゥサ?よね。名前、イトゥサでいいのよね?」
イトゥサはゆっくり頷いた。頭を打ったせいなのか、イトゥサの記憶は途切れ途切れでカシュトゥムの言葉は理解出来るが上手く言葉が出なかった。
「カシュトゥムの国には幾つも街や村があるから、あなたはどこから来たのか覚えてないの?」イトゥサはまた頷いた。
マーシャの母オリビアが侍女のシャナルを連れて入ってくるとマーシャは母に抱きついた。
「ねぇ母様、この子イトゥサって言うの。」
「思い出したの?お父様とお母様の事は?」
イトゥサはゆっくり左右に首を振った。
「そうなの。ゆっくり思い出せばいいわね。シャナルが浴室に付き添うから、イトゥサ体をきれいにしてもらってね。」オリビアがマーシャとイトゥサをベッドから起こすとふらつきながらもイトゥサは歩き始めた。
侍女シャナルは浴室でイトゥサの衣服を脱がせると椅子に座らせて頭のコブを避けながら優しく洗い始めた。
「あなた旦那様に拾われて幸運だったのよ。この辺りはナハトバとの国境だから盗賊も出たりするらしいわ。旦那様の領地は守りが固いから、滅多に見ないけどね。」
たっぷりの湯で洗い流すとイトゥサの汚れは綺麗になり、本来持っていた白磁のような肌色が出てきた。
新しい子供用の服を着たイトゥサはまるで貴族の子供と言っても良いほどの見目の良さだった。茶に金がかかった髪と子供らしい輪郭の中に蒼い瞳、スッと通った鼻筋に薄紅の唇。身体付きもただ細いだけではなく俊敏さを醸していた。
その姿を見たオリビアとマーシャは笑顔でイトゥサを迎えた。
夕食に遅れてきたアレクスが先に食事をしていたマーシャとイトゥサを見てちょっと目を見開いた。
オリビアがアレクスを抱きしめ、「あの子イトゥサと言うのよ。貴族の子供みたいに躾も行き届いているわ。」
「見て分かるよ。イトゥサ、食事は美味しいかい?」
イトゥサは頷くと覚えたてのカシュトゥム語で
「ありがとうございます。美味しいです。」と言った。
イトゥサは夕食後用意された子供部屋のベッドに仰向けになっていた。
部屋の戸がノックされマーシャが入ってきた。
「私の部屋は隣りだけど、眠る時は母様の部屋で寝てるの。何かあったらすぐ誰か来てくれるから呼んでね。」
「ありがとうマーシャ。」
イトゥサより少し年下のマーシャはオリビアがマーシャにするようにイトゥサの額にお休みのキスをして出ていった。イトゥサは寝巻に着替えるとすぐに眠ってしまった。