ウルラの流れに
イトゥサの運命が動き出します。
優しい手がイトゥサの頭を撫でる。身体中が熱くて頭が割れるように痛い、イトゥサは何かを言いかけて意識を失った。
北マヒュメラの動きが活発化しているとの知らせを聞いてから1日1度アレクスは領内を見回るようにしていた。
娘のマーシャが「ウルラの乙女の花が欲しい!」というので、領内の見回りのついでに寄ることにした。
カシュトゥムの山脈麓に滝があり、「ウルラの乙女」と呼ばれる滝壺があった。
この滝壺には稀に虹がかかり、それを見た者は幸せになれるという言い伝えがある。
「今日は虹が出てるな。」
「アレクス様何か浮いてます。」護衛をしていたトゥルサが滝壺近くの川辺りを指さした。
二人は急いで近くに行き、浮いていた子供を引き上げた。
「まだ息があります。」
アレクスが胸に耳を当てると弱々しい鼓動がした。
「急いで城へ戻るぞ!」アレクスは子供を抱き上げ馬に飛び乗った。
ひんやり冷たい手がイトゥサの顔を触った。
「! 目を開けたわ!」イトゥサが視線を向けると見たこともない綺麗な子供がこちらを心配そうに覗いていた。
子供と同じ髪の色の母親がイトゥサの頭を撫でた。
「あなた5日も熱が下がらなかったのよ、大丈夫?お水を飲めるかしら?」子供の母親はイトゥサを優しく抱き起こすと水が入ったコップを口元へ近づけた。
「アレクス、あの子が目を開けたわ。」妻オリビアが部屋に入って来て言った。
「マーシャはまたあの子を見に行ってるのか?」
「ウルラの乙女の子なんじゃないかって気になってるみたい。やっと熱が下がったから話したくてソワソワしてるわ。」アレクスは幾つかの報告書に目を通していた。
「この領内の子供ではない。ナハトバ領内のトゥメニヒに子供の行方不明がいないか書状を出したが、何も音沙汰は無い。もしかしたら人買いに攫われてきた子供かもしれない。逃げる途中で滝に落ちたのかもな。」
「可哀想です。まるでトゥルサのようじゃないですか。身内が見つかるまで城においてもらえませんか?」
「ああ、あんな小さな子供を追い出すわけにはいかないよ。マーシャの話し相手になってもらえばいい。」
オリビアはホッとした笑顔でアレクスを抱きしめた。
アレクスもオリビアを抱きしめると優しく髪を撫でた。
アレクス・トゥラザはカシュトゥム国公爵家の三男で、気ままな辺境暮らしである。とは言ったが、山脈を隔てたナハトバ領のトゥメニヒの砦は猛将ネモスが守りを固めており気を許せない地域である。
妻オリビアとは大恋愛の末結婚し、今年6歳になるひとり娘マーシャがいる。目に入れても痛くないくらいに娘を溺愛しているアレクスだが、マセた質問をしてくる娘の相手をするのに近頃困り果てていた。
もし、あの子供さえ良ければしばらくこの城で様子を見たほうがいいだろう。その方が万が一、あの子の身内が探しに来てもすぐ分かるだろうから。
アレクスはそう考えながら色鮮やかに染まりつつある山並みを見つめた。