魔王城ダンジョン開発部 ~冒険者の死体でモンスターを作ったら可愛い娘ができた~
それは魔王様の一言から始まった。
「最近、魔王城マンネリじゃない?」
確かに、ここ数年魔王城のトラップや魔物の配置は変わっていない。
どんな難関ダンジョンも時間が経つにつれて攻略法は編み出されてしまう。
魔王様が憂うのもまた当然。
とはいえ、だ。とはいえ魔王様の何気ない一言を恨まずにはいられない。
おかげで魔王城ダンジョン開発部は大忙し。
右も左も分からない新人の俺すら開発に駆り出され、当然勝手も分からず叱責を繰り返される羽目になった。
今回ので多分、5回目くらいだ。
「新モンスターはできたのかよ。期限はとっくに過ぎてるんだぞ」
「も、もちろんですよ先輩」
「これ以上材料を無駄にしたらただじゃおかないからな」
よく言う!
俺は憤慨した。
ろくな教育もせず一番下っ端である俺に雑用ばかりを押しつけ、材料を独り占めしたのは誰だったか。お陰でモンスター製作に何度も失敗する羽目になった。
ふざけるのも大概にしろ!
なんて言える魔族だったなら、こんなにも舐められずに済んだのかもしれない。そんなことをぼんやり思いながら、俺は苦笑しながら頭をかくしかできない。
「はは……スミマセン」
「冒険者共も強くなっている。最近じゃ最上階にまで到達し、魔王様直々に相手をした冒険者が出たほどだ」
「ああ、金髪の剣士たちですね」
「知らねぇよ髪の色なんか!」
先輩は脇腹をどつき、くの時に体を曲げて咳き込む俺に耳打ちした。
「これは人員の整理も兼ねているらしい。まともなモンスターを作れなければ首切られるかもな」
首を切られるというのは「解雇」を意味する慣用句として言っているのではない。文字通りマジで首を切られる。魔王様は無能に容赦が無い。
俺は急いでラボへと戻る。
嘘ではない。確かにモンスターは作った。
大変だった。ろくな材料はなく、与えられたのは半分粗大ゴミみたいな設備が積まれたボロボロのラボ。新人である俺には経験も長年の勘も持ち合わせてはいない。
そんな絶望的な状況の中、思いつく限りのあらゆる手を使って作り上げた処女作。
ラボの中心に据えた巨大な水槽の中にそれは浮かんでいた。
「生命反応あり。状態も安定。……よし」
意を決し、パネルを操作する。操作する。操作……
ダメだ。動かない。
「ああもう、このオンボロ!」
怒りにまかせてパネルを殴った瞬間。
突如として水槽の窓がオープン。緑の薬液が雪崩のように押し寄せる。室内で溺死しそうになったのは初めてのことだった。
しかしそんなことはどうでも良い。
愛すべき作品第一号とのファーストコンタクト。
見た目は人間の少女に似ている。そうすれば冒険者たちを油断させられるからだ。――という建前でいこうと思う。まぁ実際はそうする他なかったのだが。
とにかく見た目は完璧だ。あとはちゃんと機能してくれれば……。
「い、一号?」
声をかけると反応が見られた。
緑の薬液に塗れた金髪の隙間から、光を失った目が覗く。
粘ついた薬液に足を取られながらも一号はふらりと立ち上がる。一歩、一歩とこちらへ歩いてくる。
なんということだ。俺のことが分かるのか。
「ほ、ほら。おいで一号。パパだよ……!」
こんなボロボロの設備とちょっと大きな声では言えない材料でこんな完璧な魔物を作り上げるなんて。もしかすると俺は天才かもしれない。
これならあの先輩の鼻を明かすことも夢じゃないぞ。
なんて邪念を抱いたのがダメだったのか。
一号を胸に抱きとめた瞬間、肩に激痛が走った。
「あがあッ!?」
咄嗟に一号を突き飛ばす。彼女は簡単に転倒し、尻餅をついた。
俺は愕然とした。
膝から崩れ落ちる。
噛まれたことがショックだったわけではない。
問題は、一号が俺の腕力で簡単に突き飛ばされてしまったこと。
俺が必死になって作り上げたのは、開発部の貧弱な魔族に力負けするような最弱の魔物だったのだ。
「あー……終わった……」
「おいおい、大丈夫か?」
ドキリとした。心臓が止まるかと思った。いっそ止まってくれていたら良かったのかもしれない。
振り向くと、先輩がいた。
部屋の惨状を見回し、笑いを必死に堪えているような顔をしている。
「なんだ、ちゃんと作れてるじゃないか。立派な……ゾンビか?」
よく言う。
この部屋の様子と俺の肩の傷を見れば、一号が失敗作というのは一目瞭然。
俺の生傷に塩を塗り込んでやろうというところか。
いいや、違うらしい。どうやらとどめを刺そうとしている。
「そうだ、俺の作った魔物と手合わせしてもらえないか?」
「い、いや! まだできたばっかりで準備が」
「言っただろ。期限はとっくに過ぎてるんだぞ」
指笛を鳴らしたその瞬間、壁が吹っ飛び、衝撃で一号の体が積み上げていた木箱に叩きつけられる。
地面を揺らしながら足を踏み入れたのが先輩の作った魔物だろう。なるほど、自信があるはずだ。「オーガ」と呼ばれる種類の魔物だった。赤い肌に二つの角、大きな牙の伸びた凶悪な顔、なによりその巨体。俺の“一号”など文字通り簡単に踏みにじられてしまうだろう。
「ま、待っ――」
オーガの足が床を踏み抜き、粉塵が上がる。
地響きに俺の言葉はかき消された。いつものことだ。しかし今回ばかりは堪えた。
たとえ失敗作だったとしても、俺の大事な初めての作品なのだ。
思わず天を仰いだ。一号が踏み潰されるのを直視することができなかった。
お陰で俺だけは気付けた。
一号がオーガの足の裏にはいないことに。
「ア?」
オーガが首をかしげたように見えた。
なにが起きているのか理解できていないのだろう。
先輩も同じだ。ぽかんと口を開けてそれを見上げている。
俺も多分似たような顔をしている。どんな楽天家も、さすがにこんな一発逆転は想像できなかった。
オーガの眉間に、剣が突き刺さっていた。見覚えのある剣だ。確か、モンスター制作の“材料”と共に木箱に入れていた。
吹っ飛ばされた際の一瞬の判断で手に取ったのだろう。
一号は慣れた手付きで剣を引き抜く。オーガが受け身も取らず倒れ伏す。
しばらくは誰も動かなかった。状況を飲み込むのに時間がかかっていた。
つまり、勝ったのは一号だということに。
「お、おまえよくも……!」
背中を壁に叩きつけられる。固く握られた拳が迫る。
思わず目をつぶるが、それ以上痛みが走ることは無かった。
一号だ。拳を難なく受け止め、光のない暗い目でジッと先輩を見ている。
「一体どんな材料を使ったんだ」
先輩が呆然と呟いていたが、そんなのはどうでも良かった。
俺はこのとき確信していた。
うちの子は天才である……と。
モンスターというのは基本的にはあまり頭が良くない。
“敵”と認定した動く物体を闇雲に追いかけ、破壊する程度の知能しかないのが普通。
ゾンビであればなおさら。扉すら開けられない個体がほとんどだ。
しかしどうだろう、彼女は!
道具を巧みに使って敵を破壊するのみならず、創造主である俺を守ろうとしてみせた。
素晴らしい知能。
彼女の賢さはとどまるところを知らない。
先輩を追い出したあと、ラボの掃除に励んでいると彼女は教えていない言葉まで話し始めた。
「ま、魔王」
気付くと俺は感嘆の声を上げ、薬液まみれのモップを放り投げていた。
欲を言えば初めての言葉は“パパ”が良かったが……いいや贅沢は言うまい。むしろ喜ぶべきかもしれない。生まれたばかりにもかかわらずこの忠誠心。きっと魔王様もお喜びになる……まぁ正直に言えば忠誠より先に父への愛が欲しかったが……
別に良いけど……創造主への感情なんてモンスターには不要だし……
良いけど……………………
「……ねぇ一号、パパって言ってごらん?」
「まお……魔王」
「それは分かったから、ね? パパって」
「魔王……コロス……」
「だからそれは分かっ――え?」
そのとき、ようやく気付いた。
俺はとんでもないことをしてしまったと。
モンスター製作のノルマを課せられたが、いかんせん材料がない。追い詰められた俺が向かったのは魔王城最下層。簡単に言えばゴミ捨て場だ。
先輩にモンスターの材料を奪われた俺はゴミを漁るほかなかった。
朝食に使われた人面魚の骨、痛んだ薬草、穴のあいた十本指靴下。ガラクタばかりだったが、一つだけ使えそうな材料を見つけた。
それが魔王城最上階にたどり着き、魔王様に倒されたという冒険者の死体だった。
痛んだ部分を取り、パーツをつなぎ合わせ、なんとか形にできたのがこの一号。
モンスターの製作に指定の材料以外の使用を禁止されている理由が分かった。
こういうことだったのだ。
俺はそっと斧を手に取った。
やはり一号は失敗作。
人間だったころの魔王様への憎しみが根本に残ってしまっている。
処分しなければ。作った者の責任として――
「パ」
「え?」
一号が振り向いた。
その暗い目にしっかり俺を映している。
そして言った。
「パパ」
俺は斧を投げ捨てた。
完璧なモンスターなどいない。
いや、むしろ一号は完璧に近い。ほんの少し創造主の上司に殺意を抱いているくらいなんだって言うのだ。俺だって魔王様の思いつきで走り回らされている時はちょっと口には出せない感情を抱く時もある。
これくらいの欠点、なんなら可愛いくらいだ。目に入れても痛くないくらいには。
「今回、開発部全体で新たに作られたモンスターは千体以上。しかし魔王城で採用されるのは数体……他はみんな処分される」
「ン……?」
難しい言葉はまだ理解できないのだろう。
それでも構わない。これは自分に言い聞かせている。
「でもきっと大丈夫だ。なにせ俺の可愛い作品……いいや、娘なんだから!」
緑の薬液に塗れたボロボロのラボが輝いて見える。
出生に秘密がある水槽生まれの可愛いモンスター。
彼女のためならなんでもできる気がした。