-Break world外伝-ようこそ、角道谷車両博物館へ!
この作品は自分の書いている物語、Break worldの外伝にあたる作品です。
本編を読んでいなくても読める内容になっているので、本編を読む前にこちらを読んでも問題はありません。
では、本編をどうぞ。
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「これがあの人の言っていた博物館」
2年前だった、あの子たちの話していた博物館。
ずっと探していた、あの彼女に会えるかもしれない博物館。それを見つけたのだ。
見つけた博物館は西洋風の建物で、全体を植物でおおわれてもじゃもじゃになっていた。自然と一体化したように見える。
しかし、その植物の中に、はっきりと自分の存在を主張するかのように大きな木製の観音開きの扉があった。
扉の前へ歩き、ひとつ深呼吸をして、その大きな扉を開いた。
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私の名前は沖谷心響と言うなんだか難しい漢字の名前を持つ16歳、世間で言う女子高生、JKと言うやつだ。そんな現役JKが何をしているかと言うと、めちゃくちゃに強い眠気に襲われている。「船を漕ぐ」という言葉があるが私が今まさにその状況だ。眠い理由はふたつあってひとつは、今日から1週間ほどおじいちゃんの家へ泊まりに行くから楽しみすぎて昨夜全然眠れなかったこと。今、車内が無駄に広いお父さんの車に長い間揺られているからだ。車の名前を忘れたが、確か何とかファイヤーという名前だった気がする。ファイヤーだから赤色とか言うわけでなくて、普通に白色だ。
行先はお父さんの生まれ故郷の角道谷街と言う少し小さめの街だ。言わばおじいちゃん、おばあちゃんの家と言うやつ、昔は炭鉱で栄えた街だそうで、今でも、日本を支えた炭鉱の歴史の跡があるとして国の文化財になっているんだとか、けど最近は過疎化が激しいらしく、炭鉱が栄えた時の活気はもう過去のものになってる。最近はタンコー君なんて言う炭鉱をモチーフにしたゆるキャラなんかを作ったりして町おこしをしているらしい。
車は高速をおりて少しの間道なりに進んだあと右に曲がりくねくねした山道を行くと道路の脇に『この先、炭鉱の町角道谷町』と可愛い文字で書かれた看板が通り過ぎていった。
「ねぇお父さん、まだつかないの?」
「まあまあ、あと少しだから」
「それさっきも聞いたよ。お父さんのあと少し長いもん、信じられないなぁ」
それを聞いてお父さんは、はははと言いながら
「まあ、心響はここに来るのは小学校の低学年以来だし、道とかも覚えてないだろうしね。」
さっきも同じ質問をして同じ答えを返されたが、お父さんの「あと少しの時間」は私にとって「すっっっごく長い時間」なんだと思った。結局そのあとも30分ぐらい車に揺られて、やっと見覚えのある角道谷の街が見えてきた。うっすらとだが覚えている商店街、角道町中央商店街だ。相変わらず少ないながらも人が集まっていたが、私の記憶よりも閉まっている店が多いように感じた。商店街をぬけ少し進み山に入ったところにおばあちゃん、おじいちゃんの家がある。あと、名前を黒豆なんて言う黒色の柴犬が1匹いる。
車は見た事のある門の前に止まった。と言っても館のように大きな門ではなく、大きな男の人なら少し頭を下げなきゃ通れなさそうな小さな門だ。
「さぁ、到着だぞ。父さんは荷物を運ぶから先おじいちゃん達のところに行っておいで」
「え、私の荷物は?」
「いいさ、父さんが持っていくよ。そんな事より早くじいちゃん達に顔を見せに行ってきな」
「うん、ありがとう。じゃあ先に行ってくるね」
そう言って私は数段の階段を登って小さな門をくぐる。くぐり抜けて直ぐに黒色の柴犬、黒豆が私に飛びかかってきた。そのまま顔をぺろぺろ舐めてきた。
「黒豆久しぶり、おっきくなったね。ちゃんと覚えてたんだね私の事」
「ワン!」
いい返事だ。
黒豆と初めてあった時、黒豆はまだ小さな子犬だったが、今ではもう立派な大人の柴犬になっていた。ここに泊まった時には一緒に布団で寝たりもした、可愛かったので今でもはっきりと覚えてる。黒豆も久々にあえて嬉しそうだった。やっぱり匂いとかを覚えているのだろうか、すると。
「お、親不孝ものが帰ってきおったか。おぉーい、婆さんやぁー仕事バカが帰ってきおったぞぉー」
おじいちゃんが縁側から下駄を履いて出てきた。
それとほぼ同じタイミングでお父さんも荷物を二つ脇に抱えて門の前の階段を上がってきた。
「親不孝はないだろ親父、俺も仕事が忙しくて長い間顔を見せれなかったのは悪いと思ってるから、ほら親父の好きなお酒これだろ」
とお父さんは笑いながらお土産の焼酎を差し出す。
「はっ、お前の顔なぞ見とうないわ、見るなら孫の方がよっぽどマシだわ。まあ、そのお酒は喜んで飲ませてもらうがな」
「相変わらず素直じゃないね、親父」
お父さんとの少しの会話を終え、こちらを向いたおじいちゃんと目が合った。
「おぉ、心響大きくなったな」
「うん、おじいちゃんも元気そうで良かった」
「これでもまだまだ80だぞ、もっと長生きして心響の花嫁姿を見なくては死ねんわ」
「それはまだまだ先のお話ですよ文昭さん」
おじいちゃんの名前を口にしながら奥の部屋からお盆に麦茶を注いだコップを持ってきたのはおばあちゃんだった。おばあちゃんは持ってきたコップを私とお父さんに手渡した。
「はい心響ちゃん、響も飲んでいきな長い間運転してたんだろ」
響とはお父さんの名前だ。
ゴクリと喉を鳴らしながらお父さんが一口で全部飲みほしたあとに「ありがとう、お袋」と言った直後。
「婆さんも甘いのぅ、こんな親不孝者に」
「私は文昭さんほど頑固な性格ではないのでね。それに、忙しい中ちゃんと顔を見せに来たくれたんだから、許してあげなさいな。ね」
と、私の顔を見ながら話した。
「そうだよ。お父さんも謝ったらいいじゃん、仕事が忙しかったのは仕方ないとして。おじいちゃんも、おばあちゃんの言うとうりだよ。許してあげて」
おじいちゃんは、私の話を真剣な顔で聞いて少し「う〜ん...」うなりながら考えて答えを出した。
「わかった、今回は婆さんと、心響の顔に免じて許してやる。響、婆さんと心響に感謝しろよ」
と言い放つと『ニッカ』といい笑顔を見せた。
「親父...、俺も悪かったこれからはちょくちょく顔を見せに来るよ」
と、お父さんも謝罪の意を見せた。
本当に仲がいい人達だと思った。家族だと思った。私にはこのふたりがおじいちゃんと、おばあちゃんだということがわかっていたとしても、私にははっきり言って実感がわかない...なんだか心が暗い感じがする。何故だろうか?
この後、おじいちゃん達にお父さんも加えておばあちゃんに手料理を振舞ってもらった。メニューは白米にアユの塩焼き、大根のお漬物、ぐる煮だ。すっごく美味しかった。
お父さんは明日急用の仕事が入ったから自宅へと帰っていった。
お父さんを見送ったあとお風呂を済ませ、寝るまでの間におじいちゃん、おばあちゃんに最近どんな生活をしているか、学校はどんな所かみたいな他愛のない話をしていた。夜も老けてきてそろそろ寝る時間になろうと言う時間帯だった。おじいちゃんから面白そうな話を聞いた。
「そうだ、こんな田舎じゃ若い子には退屈だろ。やから、博物館へ行くといい」
「なんの博物館...?」
それを聞いたおじいちゃんはこう話した。
家の前の道を右に進んでもうちょっと行くと左側に鉄橋が見えてくる。それを渡って真っ直ぐ行くと旧角道谷駅があって、そこをまるごと改装して作った博物館なんだそうで色々なものが展示されているそうだ。『色々』なものとは何か聞いたけど、おじいちゃんは「行ってからの楽しみじゃ」と言って教えてくれなかった。結局何回か聞いたけど一体どんなものが展示されているのかわからなかったけど、明日行ってみることにした。
「色々...てっなんだろう...?」
客室へ行き用意された布団に入った。長い移動をしたせいもあってか今日はそのまま深い眠りについた。
私は夢を見た。ある黒い髪の少女に手を差し伸べられている夢だった。詳しくは覚えていないけど、なんだかすごく懐かしい気がした。
残り6日
-2-
ー翌日ー
「寒っ...」
ブルッと身をふるわせる。
目覚めて一番最初に感じたものは寒さだった。夏といっても、標高の高いところに建っている家なだけあって朝は肌寒かった。真夏にこんなに寒いなんて驚きだった。顔を洗うために外へ出て井戸の方へ向かう。この家には水道が通ってないから水は基本的に井戸から出る湧き水を使う、田舎だから手押しポンプとか滑車を使ってバケツで汲み出すんじゃなくて、ちゃんと電動のポンプが使えるようにしてる。ポン付けだけど。
朝ごはんは味噌汁、焼き魚、納豆それにお豆腐だった。The日本の朝ごはんのようなメニューだ。
やっぱり味噌汁とご飯の相性は抜群だ。これこそ至高いや、さすがに言い過ぎかもしれない。外では、黒豆が白米と焼き魚まるまる1匹を平らげていた。朝ごはんを済ませたあとは、学校から大量に出された忌々しい課題達を少し進めた。少しだけ。
そして家から持ってきた外出用の服に着替える。最後に鏡を見ながら誰に貰ったのか忘れてしまったが、これをくれたのは私にとってかけがえのない大切な人だった気がする。気がするだけなのだが。いつもはカバンに着けているクマの髪飾りを今日は髪に付ける、出発の準備は出来た。あとはお昼ご飯を食べて出発するだけだ。
「じゃあ、行こうかのう」
「うん、」
お昼を済ませ午後からおじいちゃんが昨日話してた博物館に行くことにした。徒歩で行ける距離なので行きは送って貰って帰りは自分で帰ることになった。ついでだが、おじいちゃんに引かれ黒豆も散歩をするために来ている。道は少し苔に覆われたところもあったが、ちゃんと道は使われているようで、車のタイヤが通るところは綺麗だった。
「おじいちゃんは見ていかないの」
「あぁ、見ていきたいけど今日はちょっと街の方に出てやらなきゃならんことがあってな」
おじいちゃんはこの地区の町内会長らしく今日は下の街の方で、町内会議があるらしい。一緒に見て回れないのは残念だなぁ。
「夏なのにひんやりしてるね」
「そりゃな、木の影にもなってるし、すぐ横には小川が流れてるからな」
そこらじゅうにイオンがたっぷりという訳だ。
木からこぼれる光が少し眩しいが木陰というものはこんなにも涼しいのか、なんだか夏なのに涼しさを感じまくってる気がする。
少しの間涼しさを堪能した後、ついに昨日話しに出た博物館のような建物が木々の間から姿を現した。
「わぁお、綺麗な建物だね」
私は目を奪われた。
外見は今の東京駅のやうなレンガで造られている。中央に大きな扉と塔があって左右に建物が伸びている。壁には等間隔に窓が並んでいる。屋根は深緑色でいい味を出している気がする。外灯も教科書で見たような昔のガス灯のような感じだった。多分ガス灯じゃなくて普通に電球だと思うけど。私は西洋の貴族が暮らしている大きな館のようなイメージを抱いた。だが、明治の革命の時の中途半端に西洋が混ざった建物見えた。これだけ見ても、ここがなんの博物館なのかさっぱりわからなかった。
「ねぇねぇ早く入ろうよ」
「はい、入場料と晩御飯のぶんだ、ここのカレーは美味いから食べていくといい。」
と言い、おじいちゃんは手に持っていた1000円札を手渡す。そうだったおじいちゃんは今日一緒に回れないんだった。
「すまんな、急な仕事が入ったもんで」
「うんん、気にしないでじゃあ行ってくるね」
「ああ、楽しんでおいで」
おじいちゃんと別れたあと、私はワクワクしながら大きな扉を開いた。中は広いホールになっていて左右と奥に部屋が続いている作りだ、装飾品は目に映るものはみんな洋風のものばかりだ。絵画なんかも置かれている。天井には大きなシャンデリアが吊り下げられていて、この広いホール全体を明るく照らしていた。
「お城みたいだなぁ」
ついあっけに取られてポカーンとしていた私に話しかける声が聞こえた。
「初めまして、当館にご来館いただきありがとうございます。」
声のする方へ目を向けるとそこには、多分この博物館の制服なんだろう、ちゃんとした正装を身をまとった若い男の人がいた。その若いお兄さんにチケットの販売所に案内され。
「入場料はおひとり200円になります」
「あ、はい」
料金の200円を払った。
「当館のガイドブックになります。道順は左へどうぞ」
「ありがとうございます」
すごく丁寧な接客だな、私には多分できない気がする。そして私は肝心なことを聞くのを忘れているのに気がついた。
「あ、あのすみません」
「はい、なんでしょう。御手洗ならこの先の奥ですよ」
「いや、違います」
「あれ、おっとこれは失礼、早とちりを」
ちゃんとしているように見えて意外と抜けてる感あるなこの人けど、なんかそのギャップがいい。
「いえいえ、あのこの博物館はどんな博物館なんですか?」
博物館なんて基本的に知ってて見に来るようなところなのに、どんな博物館か知らないなんて何考えてるんだとか思われそう、おかしな話だ。
「この博物館はですね。乗り物博物館のようなものですよ」
「乗り物ですか?」
「そう乗り物です。良かったら案内しましょうか?」
それはとても有難い提案だ。だが、
「ありがとうございます。でも、仕事の方はいいんですか?」
今、受付にいるのはこの若いお兄さんだけで他に人の姿が見えない。
「いえ、いいんです。そもそもここにはほとんど人は来ませんから」
「そうなんですか?」
不思議だなこんな大きな建物を使った博物館なのにお客さんがほとんど来ないなんて。
「じゃあお願いできますか」
不思議だなと思いながら案内をしてもらうことにした。
「あ、自己紹介を忘れていましたね。僕は金平速と言います。よろしくお願いします。失礼ですが、お名前は?」
「私は、沖谷心響てっ言います。こちらこそよろしくお願いします」
「沖谷心響いいお名前ですね。沖谷...ここの途中のご夫妻のお孫さんですか?」
「はい、そうです。ご存知なのですか」
驚いたこの人うちのおじいちゃん、おばあちゃんを知っているらしい。近所ってほどでもないけどよく交流しているのかな?
「沖田さんには色々とお世話になっているので『今度また夫婦でお越し頂けたら』と、お伝えください」
「はい、わかりました」
私の返事を聞いたあと、金平さんは案内を始めた。「では」と言い左の扉に手をかける『ガチャリ』と音を立てて扉が開かれる。するとそこには色とりどりのたくさんの車が並んでいた、しかしそのほとんどの車が私の知っている車とは少し違う見た目のものばかりだった。車体の前と後ろにはシルバーの棒のようなものが車の幅を少し超えるぐらいまで伸びていて、前のライトもまん丸な形をしている。お父さんがこの前言っていた、タイヤのホイールと言われるところはなんだか自転車のタイヤみたいに細い棒がいっぱい集まっていたり、ツルツルピカピカした蓋のようなのをつけている車たちだ。
「ここは、1930年代~80年代にかけての車を集めたブースになります。ほとんどは動きませんが、何台かは動くものもありますよ」
それを聞いて、そんなに昔の車なのかと驚いた。ゆっくりとたくさんの車を見ている中ある車が目に入った。その車は全体が真っ黒で、扉は観音開きのタイプ、タイヤのホイルみたいなのは穴が空いてなくてツルピカになっている。どこか三代目ルパンが使ってそうな車だ。
「この車、可愛い車はなんですか?」
「これはですね。トヨダAA型乗用車と言って、1930年代から開発されたトヨタの最初の量産型乗用車なんですよ」
トヨダ?トヨタでなく?私はこの疑問を投げかけてみた。
「昔はトヨタでなく、トヨダと言う名前だったのですが、1936年の10月に社名をトヨタにしたそうです」
知らなかった『トヨタ』は昔『トヨダ』だったなんて、多分こんなこと自分で知ろうとしない限り知ることは無かったと思う。
「あれはなんですか」
今度は白色のなんだか可愛い車だ。
「あれはイギリスのジャガーMk2ですね...」
その後も、車だけでなくバイクやトラック、蒸気機関車など他にもたくさんの乗り物があった。なぜこんなにもたくさんの車両を運びこめたのか聞いてみたら、元々昔鉄道の駅だったから、その名残の鉄道の線路を利用して貨物列車を使って運搬して運び込んだらしい。
全てのブースを回り終え、今は博物館の食堂でゆっくりお茶を楽しんでいた。
「どうでしたかこの博物館は」
「良かったです。また来たいです」
「はい、本館はいつでも開いているので、いつでも起こし頂い構いません」
「はい」
ふと腕時計を見る。
「あ、7時過ぎてる...」
外を見る。夕焼けはもう既に反対側の山に隠れてしまっていた。既に真っ暗になりはじめてますね。
楽しい時というものは流れるのがはやいと言うがほんとそうだと思う。
「沖田さんには連絡を入れて迎えに来れるように言っておきましょうか?」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
「ついでに夕飯を食べていきますか?当館自慢のカレーライスがあるのでいかがですか?」
「あ、お願いします。ここのカレーは美味しいとおじいちゃんが言ってたので楽しみです」
それを聞いた金平さんは嬉しそうに答える。
「そうですか、沖田さんが...なにか気恥しいですね。では少し待っていてください。その間展示ブースを自由に回っていてください」
と言って、金平さんは厨房の方へと消えていった。
私も席を立ち、また自動車の展示ブースへ歩を進める。ロビーに入り自動車ブースの扉に近づこうとした時だ。
「うん...?人影...?」
扉のすりガラスの向こうに人影が見えた気がした。いや、気がしたでは無い確実に見えた。背丈は私と同じくらい、服装はおそらく黒のような暗い色をした服だ、この建物には今、私と金平さんしか居ないはず、なのに私は確実に人影を見た。
「まっ、まさか...幽霊とかじゃ」
扉に近ずきドアノブに手をかける。そしてゆっくりとそれを回して扉を開く。扉は『ぎぎぎ』と音をあげる、それを聴きながらおそるおそる覗き込む。
「あれ?」
そこには誰もいなかった。あるのは証明に照らされ光を反射してる車達がそこにあった。人なんてものはどこにも見当たらなかった。
「気の所為...か」
ほっと胸を撫で下ろす。やっぱり食堂で待っていようと思いこの場を離れようとした時だ。
「気の所為などでは無いですよ」
ハッとして声のした方に目を向ける。そこにはトヨダAA型乗用車の上に少女が立っていた。黒く長い髪、背丈は私と同じくらい、服装は黒色のスーツのような制服。後から知ったが、ドライバーズユニフォームと言う制服らしい。
この特徴はさっき見た影の特徴と同じだった。
少女とバッチリ目が合った。少し間見つめ合う。
「うわぁぁぁぁ」
大声をあげて尻もちを着く、足は『ブルブル』と震えている。そんな私を見て少女は「よっと」と言いながら飛び降りこっちに近ずいてきた。
「わ、わ、わ、私を食べても美味しくないよ」
完全にテンパって自分でも意味のわからないことを言い出した。それを聞いた少女は呆れた顔で。
「私は、怪獣かなにかですか、どこからどう見ても儚い少女ですよ。それになんであなたを食べるんですか」
「え、食べないの?」
私の質問に尚も呆れ顔で。
「いや、食べませんよ。それより、あなたはここで何をしているんですか?」
少女は私の顔を覗き込むようにして顔を近ずけ聞いてきた。
よく見ると綺麗な顔立ちだ、まるでお人形さんみたいな雰囲気だ。
「えっと、ここの食堂のカレーが準備できるまで車でも見ていようかと」
顔を離して考える素振りを見せる。
「そうか、主の客人と言うわけか。ならそうと先にいえばいいのに。まあ良っいかじゃあ一緒に食堂に来ましょうか」
そう言い少女は私に手を差し伸べる。綺麗な顔立ちだはっきりとした黒い目、しっかりと手入れがしてありツヤツヤの黒い髪、これこそがやまとなでしこと言う風な容姿だった。
「あぁ、自己紹介をしていませんでした、私はエニです。よろしく」
「沖田心響です。よろしくお願いします」
「心響ですか、いい名前ですね」
私はエニの手を取り立ち上がろうとしたが腰に力が入らない、何度か試したが全然動く気配がない。
「あら、腰を抜かしちゃった?」
「そうみたいです。はは...」
「じゃあ、落ち着くまでここで居よっか」
「はい...お願いします」
恥ずかしいなぁ、こんな年になって腰を抜かして立てなくなるなんて、だけどこの子綺麗なだけじゃなくてすごく優しいんだ。
「あの、そういえばここに居るのは金平さんと、エニさんだけなんですか」
「さぁ、どうでしょうね。主のような人間はさておき、私のような存在は私だけではないなですよ。そろそろみんな目を覚ます頃だよと思いますよ」
目を覚ます頃?一体どう言う意味なのか私にはさっぱりわからなかった。兄弟か家族でも居るんだろうか?そんな事を考えていた時だ。目の前で不思議なことが起こったのは。
「お、皆起き始めたようですね」
エニさんが博物館の展示物の方へ目向けながら言う。すると展示物たちが淡い光に包まれた。するとその展示物の横に人の形をした光が現れ始める。その光は段々と弱まっていき最後は完全に光はなくなった、その場に少女達を残して。私は今度こそ完全に脳が『プシュー』と音をあげるのが聞こえたき気がした、その後からの記憶は途切れている。
多分夢の中だろう目が完全に開いていない。うっすらとした視界の中、目に映るものもぼやけて見える。一瞬声が聞こえた、「成長しても、懐かしい顔だな...」
女の人の声だ。エニさんの声にも聞こえた気がした。しかし、私はそのまま眠りにつくように目を閉じた。
「あ、起きたました。」
遠くから声が聞こえるような気がして私は目を覚ました。気絶して眠っていたらしい。目を開くとそこにはくっきりとした輪郭にプリっとした唇、よく見ると少し茶色がかった目が私の視界に入ってきた。エニさんの顔だった。少し寂しげな顔だったがすぐに笑顔になる。しかしやけにエニさんの顔が近い気がする。それに何か柔らかいものを枕にしているみたいだ。そして右に寝返りを打つと目の前にはエニさんの黒い制服が写る。
「!?!?!?!?」
一瞬何が起こっているかさっぱりだった。だけど冷静になって考えみれば。今、私はエニさんに...
「あのー、なんで膝枕なんですか?」
そう、何故かエニさんに膝枕してもらっているのだ。聞かれた当人は小首を傾げながら考える素振りを見せた。そして答えにたどり着いたようでそれを口にする。
「うーん、相変わらず寝顔が可愛かったからかな」
それを聞いた私は顔が赤くなるのを感じ『バッ』と起き上がる。
「エニさん。私、可愛くないから。やめてください」
「いえいえ、今も耳まで赤くして可愛いですよ」
「いやぁー、からかわないでくださいよぉー」
すると背後から話しかけてくる声があった。
「やぁ、だいぶ寝込んでいたね」
「ひゃっ!!」
急に聞こえてきたものだから悲鳴のような声をあげてしまった。その声は確実に金平さんとエニさんのもでは無いまた別の声だった。『カタカタ』と震えながら後ろを確認する。するとそこには、白いワンピースを着た女の人?と、ヨーロッパの貴族のようなドレスを着た女の人が立っていた。奥を見れば他にも何人かの女の子?達が話したり遊んだりしている。
「そんなに怯えないで、僕はコスモスポーツみんなからは、コーちゃんって呼ばれてるよろしくね。そして、とのなりの子は」
「私はジャガーMk-2いつものはマークと呼ばれているわ、以後お見知り置きを」
と、ドレスの裾を少しあげてお辞儀をする姿は本当に貴族のようだ。
ここで私の脳に疑問が過った。コスモスポーツ...?ジャガーMk-2...?
2つともどこかで聞いた名前だった。私はすぐさま記憶のタンスから単語を探す。そして一つだけ思い当たるものがあった。それはさっき金平さんにこの博物館を案内して貰っている時に出てきた単語だ。確か珍しいエンジンを積んだ車だと言っていた。確か...ロリータエンジン...?そう、なんかロリコンみたいな名前だったはずだ。ジャガーもイギリスの自動車会社だって言っていた気がする。
「コスモ...スポーツ...それにジャガー、え?車の名前?」
「あれ?エニから聞いてないのかい?僕やエニ、マークは車の妖精?精霊?付喪神?みたいな存在だよ」
だいぶぶっ飛んだセリフがコスモスポーツことコーちゃんから放たれた。
「じゃあ、エニさんも車なの」
「言ってなかったけど、私はトヨダAA型の...付喪神とでも言うのかな?まあ、そんな感じのやつですね」
私は思ったことをつい口走ってしまった。
「ねぇ、それってお化けとか妖怪みたいなのだったりするやつだよね...?」
「まあ、言いようによっては私たちは妖怪や怪異と言っても変わらないかも知れませんわね」
今考えると失礼な質問だったかもしれない。しかし、私にとってある意味知りたくないことを知ってしまったことに変わりはなかった。私はホラー系がダメな人からだ。
「呪われたりしないですよね...」
「さっきも言いましたが、こんな儚い少女にそんなことする力なんてありませんよ」
さっきも見た同じも呆れ顔だった。
-3-
なんやかんやあったが、エニさんに連れられ食堂へ向かった。奥で騒いでいた子達は置いていくらしい。カレーを待つために食堂から離れてだいぶ時間がたっていると思っていたが、まだカレーはテーブルには乗っていなかった。できていないようだ。だが、食堂では既に香ばしいスパイスの匂いが漂っている。いい匂いだ。
「そろそろ出来上がる頃ですかね」
エニさんがすごくワクワクした顔で言う。
「そのようですわね」
続けてマークさんもなんだか嬉しそうだった。
そうしているうちに厨房だと思うところから金平さんが大きな鍋を持って出てきた。
それに続きいつの間に食堂にやってきていたのかコーさんが後ろから炊飯器を持ってきていた。
「コーから話は聞いています。もう話したようですね。不思議な自動車博物館ですが今日はどうでしたか」
「正直信じられないけど現実なんですよね...」
「はい、間違いなく現実です。夢なんかじゃありませんよ」
と、エニさん。その他のマークさんも、コーさんも頷いてる。
やっぱりこれが現実であると言うのは信じ難いけど、さっきのほっぺをつねると真面目に痛みを感じたし、エニさんにも呆れながら「Mとかじゃないですよね心響ちゃんは」と言いつつ引張てもらってみたけどやっぱり痛かった。ちなみにMでもSでもない。これが夢でもなく幻覚とかではないらしい。
そうわかると、自然と恐怖心はなくなった。
しかし、今はそんなことよりも、
『ぐぅー...』
「「「...」」」
盛大に私のお腹の虫が声を上げる。みんなの視線は私のお腹に集まっていた。
ただただひたすらに恥ずかしかったのは言うまでもない。
「///...」
咄嗟にお腹を隠す。
「あ、やべご飯炊いてないんだった」
コーさんがわざとらしい口調で言う。私があんぐりと口を開けてコーさんの方へと視線を向けると持っていた炊飯器を開けてこちらに向けていた。中には出来たてホカホカでツヤツヤに輝く白米がたっぷり湯気を吐きながらそこにあった。
「あ、あるじゃないですかぁー、ご飯」
「はっはっ、冗談だよ心響ちゃん。ごめんごめん」
笑いながらや謝っていた。マークさんも、エニさんも笑っていた。金平さんはただその光景を微笑みながらみていた。
この後、金平さん特製のカレーを5人で食べたがなかなかスパイシーだけど、ほんのりと甘さを感じるカレーだった。隠し味はなにかと聞いてみたが、金平さん曰く「秘密です」だそうです。気になるので。今年の夏休みに聞き出しそうと思う。
この日はエニさんが家まで送ってくれた。その帰り道。
秋でもないのに、どこからともなく虫の音が聞こえてくる。横の小川には怪しい緑色の光をチラつかせながら蛍が飛んでいた。図鑑でしか見たことの無い昆虫だ。少し肌寒さも感じる。一体何回目だろうか寒さを感じたのは。
「ねぇ、エニさん」
「普通にエニでいいですよ」
「じゃあ、エニさん」
「はい、なんですか心響ちゃんて、何も変わってないじゃないですか」
エニと呼んでもいいと言ってくれたが、今までずっと『さん』をつけて読んできたから違和感が拭えないからだ。と言ってもエニさんも私のことを、『心響ちゃん』と、『ちゃん』をつけて呼んでいる。
「エニさんこそ私のことを『ちゃん』をつけて読んでるじゃないですか」
「あぁ、確かにそうですね...。では、心響」
「は、はい...」
ずっとだが、今まで以上にかしこまっていた気がする。
「私のことをエニと呼んでください」
儚い少女と本人は言っていたけど、その通りだと思った。目を奪われる。蛍の淡い光と、昔ながらのフリタイプの街灯だけが私たちを照らしていたが 、その薄暗い中でもはっきりとわかった。満面の笑みを浮かべるエニさんの顔が。
私は確かにこの笑顔を見た事がある。無性に懐かしさを感じてしまう、なぜだかは分からないが。
「うん、わかった。じゃあ私のことも心響てっ呼んで、エニ...さん」
「くっふ...ダメじゃないですか心響。くくく...『さん』が全然抜けてないですよ。ふふ...」
必死で笑いを堪えているようだ。
「ちょっ、笑うなぁー。エニのバカァー」
と講義の声を上げる。その声と笑い声は真夏なのに涼しい夜の中に消えていった。
-4-
その日、私はいつもは感じない人の匂いを感じた。感じたと言っても完全に見分けが着く訳ではなく、いつもとは違う匂いがチラついていたら基本的にお客さんが来たあとの方が多いからだ。
いつもなら、「あぁ、今日はお客さんでも来ていたのかな?」と、思う程度だが、今日は違った。かすかに嗅いだことの匂いだったからだ、彼女の匂いだと思った。「また来るね」そう言った彼女の顔を思い出す。
それに気づいてからの動きは早かったと思う。
すぐさまホールの方へ走り出した。早く彼女に会いたいと思った。彼女のあの笑顔を見たいと思った。
ホールへ続く扉に近づいた時人の気配を感じた。私は直ぐにその場を離れ彼女を驚かせようとした。自分の上、トヨダAA型乗用車の上に飛び乗る。おおよそ人間にできる芸当ではないけれど私にはそんなもの関係ない、この身は人間ではないからだ。
そして、ホールに繋がる扉から「ギギギ...」と、音が聞こえてきた。
見て直ぐにわかった。「あの子だと」しかし、彼女は周りを見渡した後直ぐに。
「気のせい...か」
なんて言って扉を閉めようとしていた。なのでつい語りかけてしまった。
「気の所為などではありませんよ」
それを聞いた時の彼女の顔と来たら、「うわぁぁぁぁ」なんて大声を上げながら尻もちをつき、おっかなびっくりした顔でこちらを見る。相変わらず面白い反応を見せる子だった。
スカートの中も丸出しだったのはここだけの話だ。しかし、このあと彼女と話してみたが、彼女の言動は私のことを覚えていないようだった。なぜだか分からないが、もしかすると私の見間違いだったのか。
いや、私が彼女を見分けることが出来ないわけが無いのだ。それぐらい自信がある。それにあのクマの髪飾りもつけていた。彼女に間違いは無いはずだ。
だが彼女の態度は、私のことを初めて会う人のように対応してるのだ。彼女と最後にあったのはいつだったか、何年も前だった気がする。やっぱり私のことは忘れているのかもしれない。それに私は彼女の名前を知らない。この言い方には語弊がある。正確にはそれすらも忘れてしまっている。
そして、私はもっと重要なことを忘れている気がする。
それに少しさびさを感じたが、あとから合流したマークやコー、主と一緒に食べたカレーは美味しかった。
残り5日
-5-
ー翌日ー
この日も朝は寒かった。
私は昨日行った博物館にまた来ていました。特に理由はないが何故か来てしまった。
今日も入って入館料を払ったあと、車や電車などを見て回っていた。
そして、昨日エニ達に会った、あの時刻。午後7:00になった時と同じ光景が広がる。光の粒が現れ人の形になる。それが光らなくなるとそこにはエニがいた。
私とエニとの視線が絡む。
「あれ、心響また来たのですか」
「うん、なんか来ちゃった」
そう話すとエニは微笑みながらこう返してきた。
「なんですか?私を好きにでもなりましたか?」
「それはない」
即答だ。
「なんで即答!?」
意外とショックだったらしい。いつもの丁寧語が無くなくなっているし、あんぐりと口を開けている。まあ、エニは可愛くないことは無いけど...ね。いや、むしろ好きだけど、そっちの好きじゃない。
「Hi、エニその子誰デスか?」
後ろから明るく大きな声が聞こえてきた。声のする方へ視線を向けるとそこには、ジーンズの短パンに、肩の部分が紐になっているシャツを着ている。ついでにおへそも見えてる。なんだか露出が多い。ひまわりのように明るい笑顔と、綺麗な金髪をなびかせながらこっちに手を振る娘が居た。見た目は私より年上のように見える。
「あぁ、サイザか、この子が昨日来ていた心響と言う子ですよ」
「Hello。私はTOYOTA 2000GTのサイザデス、よろしくね」
やっぱり車らしい...
もう驚かなくなってしまっている自分がいる。
「よ ろ し く お 願 い し ま す 」
満面の笑みで握手を求められたので、それに応じると掴んだ途端に腕を大きく上下するものだからガックンガックンなってしまった。腕痛い...
「こら、心響が困っていますよ。その辺でやめて起きなさい」
今度はエニが遮るようにして間に入ってくる。今度は手が痛い...
「Wow、これはこれは嫉妬ですかぁー。エニも隅に置けないデスね」
「バッ、バカそんな事ないですよ」
顔が赤くなっていることを私は見逃さない。
「でも、出会って一日でエニが名前を呼びきりにさせるなんて何かあるしか考えられないデス」
サイザさんがイタズラをする子供のような顔をしながら茶化す。サイザさんから後で聞いた話だ。
それを聞いたエニはサイザさんの耳元で、本人にしか聞き取れないような声で彼女にだけ聞こえる声でこう言ったそうだ。「...勘のいい女は嫌いだよ」と、また丁寧語が消えている。その時だと思うが一瞬だけエニの目から光が消えていた気がする。おそらく相当頭にきたらしい、さっきの「エニは私のことが好き」という話が気になるところだが、このまま行くとサイザさんがやばそうなので早めにこの話を終わらせようと思った。
「サイザさんはなんで日本語に少し英語が混ざっているんですか?」
「あぁ、それはデスね。私はアメリカに輸出用に製造されたタイプだからですよ。なので私の2000GTは左ハンドルなんデース。アレデス、帰国子女とか言うやつデス」
そう言って自分の車の所へと案内してくれた。案内した先にあった車は車高の低い赤色のスポーツカーだ。確かに彼女の言う通りハンドルは左側にあった。
「ホントに左側にハンドルがありますね」
それを聞いてサイザが得意げ胸を張った。それと同時にその胸に深い谷間を作り上げている大きな山ふたつが揺れる。一瞬その山をねじ切ってやろうかと考えたのはここだけの話だ。
隣には色は白色だが、彼女と同じTOYOTA 2000GTが止まっていた。車内には誰かいるようだ。
「あれ、こっちの白色、誰か乗ってませんか?」
「そっちはデスね。」
サイザさんが白色の2000GTのドアノブに手をかけ、勢いよく開ける。
すると座席の上で気持ちよさそうな寝息を立てて誰かがそれに驚き身体をびくつかせる。その後ジト目でサイザを睨む。
「...おい、こっちは寝ているんだぞ...サイザ...」
「いつも寝てるからいいじゃないデスか、お客さんデスよ。ニーオ姉さん」
この人はニーオさんと言うらしい。会話の内容からサイザさんのお姉さんだそうだ。
「はじめまして沖田心響と言います」
「あぁ、よろしく...私はTOYOTA 2000GTのオーニ...じゃあ、おやすみ」
挨拶を済ますとそのまま寝てしまった。しかも、ドアに鍵をかけてだ。
「sorry姉さんは寝るのが趣味みたいな人だからネ」
「いえいえ、お姉さんは右ハンドルなんですね」
「はい、姉さんは日本向けに作られたモデルですから」
「あ、そろそろ手を引かないとまずそうデスね」
「どういうことですか?」
サイザさんがニンマリしながら私の後ろへ指を指す。
それに従い後ろに視線を向けると、そこには少し機嫌の悪そうな顔をしたエニが立っていた。ムスッとしている。なんだか可愛いかも...
「なんだか大事なおもちゃを取られた子供の顔してマスね」
「してません」
いや、してるよね...この気持ちは心の中に留めておこう。
「いや、してマスよ」
「してませんったら」
「まあそう言うことにしておきマスね」
なんだかサイザさんにエニは遊ばれているようだ。
「騒がしいですわね。もっとお静かにして貰えないかしら」
と、横からマークさんがバスケットを片手に批判の目でこっちを見ていた。
「Hi、マーク今日は何を飲むのかしら」
「今日はダージリンティーと、サンドイッチを...良ければ御三方もどうですか?夜の外もたまにはいいものですよ」
それを聞いたサイザさんは親指を立てて『グッジョブ』のポーズとともに、
「じゃあ、その誘い乗った!心響と、エニも飲むでしょ」
と言ってくるし、マークさんも「御三方」要はサイザさん、エニ、そして私を含めて紅茶を一緒に飲もうと言っていたのだ。
「じゃあ、ご一緒しますよ」
エニは飲むつもりらしい。
私は紅茶を飲んだことは無かったこともあって一緒に飲むことにした。
「蚊取り線香はどうします?私が持ってきましょうか?」
さすがエニこういった場面でも抜かりはない。
中庭に移動して少し行ったところに、石造りのテラスがあった横には大きめな木がある。あれは多分桜の木だ。石の屋根の下には丸い形の机と椅子がある。それには様々な彫刻がなされていた。花や、草木、鳥などだった。それのどれひとつをとっても綺麗な彫刻ばかりだった。丸い形をしたテーブルの上にマークさんが紅茶の茶葉や、サンドイッチ、スコーンなどを広げていく。
ちなみに私は今までティータイムというものを嗜んだことが無い。
「では、心響のティータイム処女は私たちがいただきデスね」
「なんて品のない」
マークさんが『ダメだこいつ』みたいな目をサイザさんに向けながら言う。私は「ははは...」と、愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。
エニに関しては「ほんとに貴方は...」と、言いながら頭を抱えている。まあ、確かにさっきの発言はだいぶ不味い気がする。
するとマークさんがキュウリのサンドイッチを進めてきたのでいただくことにした。
「このサンドイッチ美味しいですね」
キュウリはみずみずしいし、パンはしっとりとしていて柔らかい。
「お褒めに頂きありがとうございますわ。こちらもどうぞ」
今度は卵だ。これもまた美味しい。
ここで紅茶を一口...
1度も飲んだことは無かったが、紅茶は普通のお茶と比べるとなかなか独特な匂いや味がするんだなと思った。私の難しい顔を見てマークさんが思いついたように話し出す。
「紅茶は『味』だけでなくて『色』や、『匂い』なんかも楽しみながら飲むものなんですの。どこかのただシュワシュワするだけのアレとは違うのですよ。ああ、少し苦味が強いと感じたのならミルクを入れてみてはいかがかしら」
紅茶は『味』、『色』、『匂い』を楽しむ飲み物らしい覚えておこう。それよりさっきのマークさんの言うシュワシュワするアレとは一体...
「bat、コークは美味しいわよマーク。あとは三旗サイダーねあれは最高よ」
ああ、炭酸飲料の事か、でもなぜ炭酸飲料が嫌いなんだろう。
「いいえ、そんなものよりもジャスミンの方が美味しいですわ」
「いやいや、ファイターでしょ」
何故かどこからともなく紫色、ぶどう味の炭酸飲料がサイザさんの手に現れる。
「オレンジペコもありましてよ」
今度はマークさんが新しい紅茶を出してくる。
「ペポシとかもいいデスよ」
また出た。
「何を言っているのですか!あの探索飲料とかいう飲み物の何がいいのですか?」
マークさん違います。探索じゃなくて炭酸ですよ...
だいぶマークさんは炭酸飲料が嫌いらしい。親でも殺されたんですかね?
「バーガーとの相性は抜群よ」
「でしたら、心響さんに決めてもらいましょう。もちろん紅茶ですわよね」
マークさんが私に熱い視線を向けてくる。
「そうデスね。心響はコークと、紅茶どっちを選びますか?」
サイザさんは机に手を着いて顔を目の前にまで近づけてきた。ある種の極限状態みたいな空気になっている。
「あはは...、ええと...」
正直反応に困るなので助けを求めて私はエニを探したが、さっきのまで座っていたところにエニの姿はなかった。それどころか他の席にもエニのすがたはない。
「あれ?エニがいない...」
それを聞いて2人の興味を別のものへ移すことが出来た。そして2人もあたりを見回していたが、「どこいったのでしょうかネ」「分かりません」と、顔を見合わせていた。すると。
「ここですよ。」
突然声が聞こえた。しかも私の背後で、もうそれはびっくりした。つい「キャッ」と声を出してしまうほどに。
「いやぁー、いい声で鳴きますネ」
サイザがまた変なことを言い始めた。
「一体何処からそんな言葉を覚えてくるんですか...」
「女の子には一つや二つ秘密はあるものデース」
「はは...」
確かにそうだと私は思う、私にも他人に言えないことはある。私は自分で気づかない間に寂しげな顔をしていたのかもしれない。いや、していたのだと思う。
「どうしましたか。少し顔がくらいですよ」
エニの話しかける声で我に返る。どれぐらい経ったか分からないが、そう長くは無いはずだ。
しかし、エニに話しかけられるまでがすごく長く感じた。何故かたまに、こう言った感覚に襲われることがある。2日目のあの感情もこれと同じものだろう。そして今日は多分さっきの『秘密』に関係があるのだろうけど、私にはわからなかった。この時、私は「いや、大丈夫だよ」と誤魔化すことにした。
「なら良いですが...」
「ところでエニは一体何をしていたのデスか」
ここにいる全員が気になっていることをサイザが口にする。
「ああ、それはですね」
と言いながら私たちに向かって「こっちこっち」と、手招きをしながらテラスの外へと連れて出した。エニの案内した先には...赤い布の掛かった長椅子と赤色の和傘があった。どこかの茶屋みたいになっていた。その長椅子には緑の液体の入った湯のみと桜をかたどった和菓子があった。しかもちゃんと6人分だ。2人分多かった。しかし、私たちは全員で4人だ。一体いつの間にそれ全てを揃えたのだろうか。
「これは...お茶ですかネ」
「そうです。まあ、正確には緑茶ですけどね。心響もこっちの方が飲みなれているかと思いまして、黙って持ってきてました」
「一体いつの間に...」
つい口が動く。
「エニ...どうやったの...」
マークさんも唖然としている。
「まさかと思いますが、これを全部私が運んだと思っているのですか?」
まあ、そうなのだが...エニの話し方からしてそれは無さそうだ。ということは、誰かに手伝って貰ったということになる。その時だ、離れたところから声が聞こえてきた。
「エニ殿〜、我々も混ざっても良いでありますかぁ〜」
笑顔でこっちに手を振る髪の長い少女と彼女より少しばかり背の低い子がもう1人。この二人の分もエニは作ってきたから、6人分だったのか。
手を振る2人に気づいたエニが、「えぇ、どうぞご一緒しましょう」と、言う。それと同時に隣にいたサイザさんが、急に嫌な顔をし始める。
「OH...私はこれで失礼しますネー」
「あれ、サイザさんもう帰るんですか?」
「そろそろメンテナスの時間ですからネ」
なんとも彼女たちが車だからこその発言に聞こえてくる。
「まあ、サイザは苦手ですわよね。あの方たちのこと...」
あの方たちと言うとさっきの声の人達のことだろう。目の前まで来ると髪が長く、背の高い方が、
「やぁやぁ、はじめまして。私は帝国陸軍の八九式中戦車だ。気軽にチハと呼んでくれかまわない」
気さくな人だった。
「私は帝国海軍の零式艦上戦闘機三二型、いつもサンと呼ばれている」
背の高い方は戦車のチハさんで、低い方は戦闘機のサンさんか、言い難い...
それに何を言っているのかわからなかった。ハチ公式超戦車?零式御感情戦闘機?
...あれ、なんか違う。
「えっと...よろしくお願いします」
「名前は心響と言うのだろう。昨日コー殿に教えてもらったから知っているよ。にしても、エニ殿も隅に置けないな」
「サンは納得、エニが気に入りそうな子だ」
「まっ、違いますよ」
エニはだいぶ焦っているようだ、さすがに私でも気づく。何回この流れを見るのだろうか...
「ハッハッハッ、そういうことにしておこうか」
エニは少し頬を朱に染めながら自分より少しばかり背の高いチハさんを睨んでいた。数秒睨んだ後に、エニが思い出したかのように。
「あ、心響この人たちはいつもは別館の方にいるから。昨日は会っていないかと思って呼んできたのですよ。」
との事だった。
別館があったとは初耳だ。たしかに昨日は本館と中庭の鉄道ブース以外は見て回っていなかったが、そのふたつとは別に別館があったのか。あとから金平さんに聞いたところ「心響さんは女の子なので兵器などには興味はないかと思いまして、先日は案内しませんでした。」との事だった。私は兵器には一切興味はないです。せいぜい「戦車と飛行機と戦艦があるよ」程度のことしか分からない。まあ、特に興味がある訳では無いから、このままの知識でも問題は無いだろう。
「ところで、サイザさんはなんでチハさん達を避けているんですか?」
「あぁ、それはだな。初めて彼女にあった時に失礼な事を言われてね。その時慶長したのだよ、するとあのザマさ」
サイザさんはチハさんに一体何を言ったのだろうか...
「サンが精神注入棒持ってきた時には半泣きだった...、なんだか楽しみを奪われた気分だった」
え...なんかサンさんがすごいこと言っているのだが、精神注入棒とは一体なんのことなんだろうか。後で調べてみようかな...
「まあまあ、そんなことは置いといてせっかくのお茶が冷めては行けないので飲みましょうか」
エニのこの言葉で全員がほぼ同時にお茶をすする。
「「「「「ぬるい!!(ぬるいですわ!!!)」」」」」
最後のはマークさんだが、全員がハモった。
このあとはエニが新しいお茶を用意してくれたので、そのまま和菓子と一緒に頂いた。美味しかったのはゆうまでもない。
この日もエニに家まで送ってもらった。
-6-
何故だろうか?
やっぱり彼女のことが気になってしまう。心響のことだ。
今日だけで私はサイザ、それにチハやサンにまで「心響のことが好きでは無いのか」みたいな話を振られた。そんなことは無いはずだ、無いはずなのだが、どうも自信が持てない。
これが「好き」という感情なのだろうか、だが確かに彼女に嫌われたくはないし、それに他の子たちと話しているだけでなんだか喪失感に襲われてしまう。これでは私は独占欲の強い人みたいではないか。
私は足をばたつかせながらトヨダAA型、要は自分の後部座席で顔を伏せていた。すると突然、窓ガラスが「コンコン」と叩かれた。
それに私は驚いて体をビクンと震わせた。
窓ガラスの方へ目を向けると、そこにはドイツのフォルクスワーゲンの車。昔ながらのまるまるとした車のビートルのビーがいた。
「エニ...どうしたのそんな顔を赤くして、あ、お取り込み中だったの?ごめんね...」
「なんでそうなるんですか!貴方もサイザもどうしてそんな話題に繋げたがるのですか!?」
「エニの反応が面白いからかな?だって、今はさっきよりも顔を赤くして面白いよ」
冗談ではない。
「やめてください...恥ずかしいので...」
「あはは、認めるんだね」
認めたくは無いですがね。
「まあどうせ考えていたことなんてアレだろうしね」
「いや、心響のことは考えていませんよ」
あ、
「やっぱりか〜、まあ、いつも冷静なエニがこれじゃあ重症だね」
うぅー、やっぱり認めたくはないがこれは認めざるを得ないらしい。
「何故か気になるんですよ」
「え、何が?」
とぼけたことを言ってくる
「絶対今のわざとですよね!?」
「はは、冗談冗談ジャーマンジョークだよ」
「ドイツのジョークなのになんで英語なんですか」
「やっぱりそんだけ気になるってことは、あれだよLOVEだよ、LOVEわかる?だ い す き てやつだよい。likeじゃない方」
「...」
は?何を言っているのだろうか彼女は、確かに私は心響のことが気になって頭から離れないしずっと一緒にいたいと思ってしまう。だけどやっぱり好きとはまた別のような感情だと思うからだ。
その旨を彼女に、ビーに伝えてみた。
「うん、だから好きじゃなくて大好きって言ったんじゃん」
「...ちょ、違いますよ。だからそんなんじゃないですってば」
「どうだか、私は好きな人には多分今のエニと同じ感情を持つと思うよ。私は同じ感情を今も抱いてるしね」
彼女は私のかを覗き込むようにして見てきた。
やっぱりこの感情は「好き」という感情らしい。好きという定義が私にはさっぱり分からないが、おそらくこれが他人を「好き」になることなのだろう。だが、この「好き」は叶うことは無いだろう。だって、私は車なのだ。人ではない、そして何より私は女だ。多分私が男だとしたら、好きになってもい良いのかもしれない。けど私は女であり、そして何より車、物なのだ。だからこの「好き」と言う感情も早く捨てなくてはならないものなんだろう。
それを聞いたビーは、
「そんなの寂しいじゃん」
「え?」
「そんなの些細なことだよ。車だからどうしたんだよ。だって触れれるんだよ。おしゃべりできるんだよ。だったらその気持ち伝えるだけ伝えてみたらどうよ。そんでもって失敗したら私が慰めてあげるから『当たって砕けろ』だよ。」
そう言ってビーは私に向けて手を広げてハグをする体勢になる。
いや、今考えると当たって砕けたらダメな気もするが、少しばかり考えすぎて、疲れていたのでそのハグに乗ることにした。だいぶ胸囲の格差社会を感じながらも...
「彼女もあなたもここへ残ればいいのに」
その時ビーがなにか言っていた気がする。
ビーの体は...冷たかった。
心響とは違った。
やっぱり私と今の心響とでは...
あの、暖かい日々を過ごすことは...
残り4日
-7-
精神注入棒...あれは調べなくても良かった気がする。まさかあれほどおぞましいものだったとは...
今日も私は博物館に来ていた。今日で3日連続だ。今日は昼間のうちに今まで行けていなかった別館というところに行こうと思う。
今回は私一人だ。
外見は横浜の赤レンガ倉庫みたいな外見をしていた。正面には大きな扉が片方だけ解放されていた。
入って早速出迎えてくれたのは飛行機と戦車だった。先端のエンジンの着いているところは黒色になっていて、緑色の胴体には赤い日の丸が描かれている戦闘機と、迷彩柄とか言うカラーリングだった気がするが、それに特徴的な黄色いクネクネした黄色い線が描かれている。
砲塔と言われるらしい車体の上に乗ったカクカクした物の上には天使の輪っかみたいなものがあった。かわいい。
「これが...八九式中戦車 『チハ』 (旧砲塔)...これがチハさん...」
つぶつぶしたやつが可愛い。このつぶつぶは装甲と装甲を繋げるリベットと言うらしい。
「で、戦闘機の方がサンさんか...」
なんか、その...チハさんの方が小さい気がする。いや、確実にチハさんの方が小さい...
別館というのだから、本館と比べると規模は小さいのかと思っていたが、そんなくとはなく本館とほぼ同じかそれより大きいように思えてきた。室内は少し暗い感じで、壁はレンガに鉄骨の柱がそれを支えている。中に展示されているものはどれも戦争で使われていた車や兵器と呼ばれる物ばかりで何がどの役割がある物なのかさっぱりだった。ちゃんと解説は名前の下にあるにはあるのだが、あまりにも専門用語が書かれていたからどうにも理解が出来ないのだ。
ハーフトラックに偵察車両、それに沢山の名前の知らない飛行機達が館内を埋めつくしていた。戦車なんかもいくつかあった。そして、いくつもの大量の模型達があった。
ブースの半分を見終わった辺りで面白いものを見つけた。
「あ、この子可愛い」
私の目の前にあるのは、前側はバイクのような形なのに後ろはキャタピラになっている乗り物だった。名前はケッテンクラートと言うらしい。ドイツ軍の車両なんだとか、正面のライトも可愛い。
その奥には、
「なにこれ...ヘリコプター...?」
私の知識ではヘリコプターにしか見えなかった。だが、ヘリコプターとは決定的に違うところがあったのだ。ヘリコプターと同じように上に大きなプロペラが着いているのは変わらないが、なんと前にも小ぶりのプロペラが着いていたのだ。しかも横向きではなくちゃんと正面を向いている。
「えーと...カ号観測機...?」
説明板を読むと...オートジャイロと言われる機種に分類される機体らしい。なんか...その、可愛い。なんだろうこの感じ可愛い。なんやかんやで結局全然分からない兵器のブースを回り終えた。兵器は詳しくないから何となくで見ていたけど、あのケッテンクラートとカ号何とかと言うやつは可愛かった。
-8-
ふと時計に目を向ける。針は6:58分を刺していた。そろそろエニ達が姿を現す時間帯だ。
私は別館を出て本館をめざした。
その途中、中庭の鉄道ブースを通りすぎる途中に7:00になったらしい2両の機関車と電車の前に光が集まり人の形を生み出した。それに気づいて私は立ち止まった。
クリーム色の車体に赤茶色っぽい横戦の入った電車だ。前には車のエンジンルームの蓋のようなものが伸びている。名前は確かボンネットだ。電車でもそう呼ぶかは分からないが...
そのボンネットの下には『こだま』と書かれたプレートが貼られていた。これは確か特急か新幹線の名前にあった気がする。そんなんことを考えているうちにその光の粒は輝きを失い、その場に少女を置いて消えていった。
背は私より低いぐらい、髪はボブぐらいの長さでクリーム色と言うのだろうか、車両と同じ色にも見えるが、それより少し薄い感じだ。
「...」
「...」
互いに見つめ合う。
「...」
「...」
彼女と私がほぼ同時に瞬きを2回
「あのー、誰でしゅっ...ですか?」
あ、噛んだ。
「私は沖谷心響初めまして」
「私は国鉄クハ481系電車第2号こだま。みんなからはこだまって言われてる」
国鉄って何?
「あ、国鉄はJRの昔の名前だよ」
私の疑問に気づいたようで質問する前に答えてくれた。
「そうなんだ知らなかった。こだまは早いの?」
「うん、すっごく早いの。じゃあ、かけっこしようよお姉ちゃん」
「え、かけっこ」
唐突なかけっこの申し出だ。私は運動が苦手だから早く走れる自信はない。しかし靴はちゃんとスニーカーを履いているので走れないことは無い。なので、その提案に乗ってみた。
「よしっ、じゃあ1、2、の3でスタートいいかな?」
「やったーありがとう。じゃあ行くよぉ。いーち、にーの、さーん、スタート!!!」
と言ってどこを走るのかを言わずに走っていった。
「ちょっと待ってコースはどうするの〜、あーあ行っちゃった」
めちゃくちゃ早かった。もう見えない所まで走って行ってしまっている。
「あのー、すみませんこだまが...」
後ろから話しかける声があった。その声のする方へ視線を向けると、
「いえいえ、うわっ」
目の前に顔があった。
「あ、ごめんなさいね私はE10型蒸気機関車です。いつもイーちゃんと呼んでもらってます」
「私は沖谷心響です。初めまして」
イーちゃんはにっこり微笑むと、
「知ってます。話は他の方々から聞いてますから」
「あー、私有名人ですかね」
「超有名人ですね」
そんな気はしていたが、まさか『超』がつくほど有名人とまでは思わなかった。その時だ
「いっちばーん、」
こだまちゃんが帰ってきた。
「こだま!お客さんですよ心響さんは迷惑かけてはいけないでしょう?」
迷惑だなんて思っていなかったので気にする事はないのだが、イーちゃんはこだまちゃんを少しの間叱っていた。
「はーい、ごめんさい」
聞き分けのいい子らしい。
「うんん、大丈夫だよ気にしないで」
「そう?怒ったりしてない?」
「大丈夫だよ。怒ってないよ」
何だこの子は、可愛いじゃないか。
「心響さんはこれからどこかに行くところなのでは?」
「あ、本館の方へ行こうとしてたんでした」
完全に忘れていた。早く行かないとエニが心配するかもしれない。だが、心配をするエニを見るのも楽しいかもしれない。
「すみません。ありがとうございます。じゃあねこだまちゃん」
手を振ってみせると、それに応えてこだまちゃんも私に「バイバイ」と笑顔で手を振っていた。
それから数分で本館へとたどり着いた。
そして本館に着くや否や、眩い光とともにこちらへ向かい高速で近づく物音を感じた。目の眩むような、多分LEDライトのたぐいだと思うが。私はその光源と音のする方へ目を向ける。私には想像を絶するような光景が写った。
トラックだ、大きなとても大きなトラックだった。このサイズだとトレーラー程の大きさだと思う。それに私がいた場所は横断歩道の上だった。周りの景色はいつもより遅く感じる。交通事故にあった時には、周りの景色がゆっくりに見えると言うがあれは本当らしい。
こう言う時は記憶のフラッシュバック、走馬灯が見えているのだ思う。自分より背の低いこと一緒に遊んでいる記憶だった...
その少女の顔は見覚えのある顔だった。
他人じゃない、確かに私の記憶の中にあるこの顔、この顔は...
「えっ、なんで...エニ...!?」
その走馬灯で見えたその少女の顔は、どれぐらい前かは分からないが、幼い頃のエニに似た顔だった。
「お姉ちゃんッッッ!!!」
突然背後から大声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。それも最近毎日聞いている声これは、エニの声だ。声のする方へ視線を向けようとした時。その声の主の姿を確認する前に、私の体に大きな衝撃が襲った、おそらくトラックに跳ねられたに違いない。ここで視界が暗転した。
「...し...ん...しお、心響...起きてください」
またあの時と同じだ、エニの必死に私を呼ぶ声が聞こえる。薄ボケた視界にエニの黒い髪とドライバーズユニフォームが見える。
「ここは...?」
「心響ッ...!どこか打っていたりはしていないですか?」
体を起こす。
「多分、貧血だよ。少しクラクラするだけだから」
それを聞くとエニは「はぁ...」と息をついて安堵の顔を見せる。
本気で心配していたらしい。
「ごめん、心配させちゃったね」
視界が回復してきた。エニの顔がはっきりと見えてきた。その顔は多分不安が原因だろう涙で少し濡れていた。
「もう...もう、心響と離れたくないの...」
エニが自分の腕に手で抑え震えながら話す。
この言葉が私には引っかかった。『もう(・・)...もう(・・)、心響と離れたくないの...』この話し方だと、まるで私とエニは過去にあったことがある言い草だ。しかも、ただの顔見知り程度の仲ではなさそうな感じがした。
私はさっき見た走馬灯の話をして、私たちはどこか別のところで会ったことがあるのかと疑問をエニに投げかけた。
しかし、その前に「もう今日は帰った方がいいと」エニに言われて、何も言えないまま手を引かれ博物館から出されてしまった。ちゃんと鍵をかけられてしまっている。
エニの顔は俯いていたからはっきりとは見えなかったが、多分相当辛い顔をしていたと思う。そして私は、その顔を初めて見たはずだったが、今までに何度か見た見た記憶があった。
今日はエニに言われた通りにそのまま帰ることにした。
-9-
いつもならもう来ていてもおかしくは無い時間なのだが、今日はいつもより心響が来るのが遅い。
あまりにも遅いものだから私は博物館の敷地内を探し回ることにした。何人かに聞いてみたが、みな揃って「知らない」「見ていない」と返すばかりだった。その時だ私は心響が別館の兵器を展示している方を回っていないことを思い出した。
私は思いつくや否やすぐに別館の方へと足を進めた。廊下の角を曲がれば別館へ繋がる渡り廊下になる。その角を曲がった時だった。
本当に怖かった。
心響が倒れているのを見つけた、本当に背中にゾクゾクと冷たいものを感じた。
また(・・)死んでしまうのではないかと。また遠くへ行ってしまって、今度こそ会えなくなってしまう。その事が私の頭をよぎった。
私は咄嗟に心響の隣へと駆け寄って生死の確認をした。
脈もあるし、呼吸もあった。
それに、手は暖かった。
その時だ、頭にあるシーンが流れてきた。悲惨な光景が頭に流れ込んでくる。あの日の一連の出来事をまるでビデオでも見ているかのように鮮明に見える。そして私がここにいる理由も思い出した。
「うっ...」
心響が声をあげた。それと同時に目を開く。
咄嗟に心響に言葉を投げかけた。それを聞いた心響は「貧血だ」と言っていたが、これはあからさまに貧血などではなかった。
しかし、私に心配をさせないためにそんなことを言えるところを見ると、つい安心してため息をついてしまった。そして何より私も限界が近いようだった。それに気づかれないようにしたかった。だから私は心響に今日は帰るように言った。
彼女は困惑していたが、そんなことを言っている場合ではない。私は強引に心響の手を引っ張り家へと返した。用心して扉の鍵もちゃんとかけた。
私は...ここに居るべきではない。ここに長居するわけには。ここにいればずっと彼女に会える。しかし、それ故に彼女をこの世界に止めたままにしてしまう。それもわかっている。だけど、もう少し彼女との時間を過ごしていたかった。
だが、その時間もそんなには残っていないだろう。
タイムリミットが来る前に終わらせるしかない。
そして、この彼女に向けているこの感情は、みんなの言っている「好き」と言う感情ではない。
「愛情」だ。
残り3日
-10-
-翌日-
私は昨日の夜から悶々としていた。
昨晩倒れた時に見えたあの光景、トラックに自分が轢かれそうになる瞬間。それにエニと同じ声をした少女に助けられる(?)と言う映像。錯覚にしてははっきりとしすぎているから、もしかすると私の記憶なのかもしれない。
そして、事故に遭う直前に見えたあの走馬灯の中の幼い頃の私は一体なんだったのか。
それに、私の記憶喪失の話はお父さんからも詳しくは聞いてない...
ただ事故にあって1部の記憶がなくなっている趣旨の話は聞いていたし、記憶が不自然にまちまちになっていることは事実だった。
あれがもしも私の記憶喪失の原因であると言うならば、頭に流れてきたあのエニの声に似た人物は一体何者なのだろうか?
いくつもの疑問が頭を駆け巡っていく。私はあまり頭のいい方では無いのでこれ以上考えていると頭のキャパシティーをオーバーしていまいそうなので考えるのをやめた。
昨日は、私が倒れていたのを心配してエニが帰れと言ったからほとんど話をせずに帰ってしまった。『それがどうかしたのか?』と聞かれると、どう返すか悩んでしまう。だが、昨日のエニの態度はあからさまに『私が倒れたから』、『単に私の身を案じていたから』といった理由だけではないような気がする。それに昨日、倒れた時に背後から聞こえてきたあのエニの声に似た人物が一体誰なのかを確かめたかった。だから、私は今日も山の上の博物館を目指して、1人山道を進む。
目的地の博物館に着いた時ある違和感を覚える。
「あれ...?こんなに草生えてたっけ?」
昨日より明らかに生えている雑草やツタの量が多いのだ。博物館の壁の1部を覆い尽くすレベルでツタは広がっていた。
もしかすると私が気づいていないだけで、元々のなかもしれない。
しかし、変化はこれだけではなかった。この時、私は今まで通り博物館の大きな扉を開いて中へ足を踏み込む。
「なんで...?」
この時私の体になんとも言えない物が走った。
恐怖と言うのかもしれない。
博物館の中は荒れていたもう何年も人の手が入っていないと思えるほどの姿になっていた。木製の受付のカウンターは完全に朽ち果て、食堂へと続く扉も片方が外れ地面に倒れている。
「はっ...!展示物はっ!!!」
昨日まで新品のように手入れのされた美しい姿の車やバイク、バスにトラックなどの展示されていたものは1体どうなっているのだろうか。
チハさんは?マークさんは?コーさんは?
エニは?
私は自動車の展示ブースの扉を思いっきり開け放つ。
入ってすぐに目に映るのは、黒色のトヨダAA型乗用車のはずだ。そしてその近くには彼女が、そう、エニが居るはずなのだ。いなくては困るのだ。会えないと困るのだ。
しかし、現実は違った。
目の前に映る景色は何も無い殺風景な大きな部屋だった。展示されていたはずの車や、トラックの姿はどこにもなかった。私はすぐに本館を離れ別館の方へと向かった。道中にあるはずのE10型蒸気機関車イーちゃん、特急のこだまちゃんの姿もなかった。
あるのは手入れのされてない完全に錆びきったボロボロの線路のレールと、その錆によってオレンジ色に変色した枕木だけだった。
別館に関しても言うまでもなく、酷く荒れ果てていた。
「なにこれ、なんなのよこれ...、一体全体どうなってんの...?」
目の前にある建物は、ついこの前に見たあの綺麗な建物だと思えないほど朽ちていたし、雑草におおわれていた。
これは一体どいうことなのか、たった一日でこうまで建物は廃れるのか、いや、そんなことは無い。それぐらい頭の悪い私でもわかる。だが目の前には昨日までちゃんと博物館として建っていた建物は、今はもう見る影もないほど朽ち果てている。
私はその後もそこらじゅうを歩き回った。
既に時間は8:00を回っていたる。なんだも同じところを回って、諦めかけた時だ。
何度目か忘れてしまったが、中庭に目をぬけた時、エニ達とお茶を飲んだ時に座っていた赤いシーツを被せ、その上にロウソクを立てた長椅子と、赤い和傘があった。あまりにも不自然だった。その不自然さがあったからこそ私は、もしかするかもしれないという小さな希望を抱きながらその長椅子に腰かけた。
どれぐらい時間が流れたかはさっぱり分からないが多分とても長い間長椅子の上でいたと思う。しかしその間にも彼女、エニは現れなかった。そして、そろそろ帰ろうかと考え始めた時だった。
「心響...、こんな所にいては風邪をひきますよ」
「はっ...!!」
あの声だ、綺麗で、澄んでいて、それでいて優しさの塊のように思えるあの声だ。
咄嗟に私は顔を上げる。
「エニ...?」
「はい、エニですよ」
何故だろうかすごく安心する。エニの顔を見た瞬間さっきまで私の体全体を支配していた、あの感情が「スッ」と消えていった。
「怖かったよ...どこ行ってたのエニ」
「ちょっと野暮用がありまして」
そんな事を言ったと思う。はっきりと覚えていない。エニの顔を見れたのが嬉しかったのだ。
エニは私の横へ腰掛ける。
「野暮用ってなに...」
少し目元が潤んできた。
「ちょっと、心の準備をしていました。」
心の準備?
一体どいうことだろうか?
「流石に鈍感な心響でも、そろそろ違和感に気づいてきたんじゃない?」
違和感?
違和感というのは一体なんのことだろうか?
もしかすると、私が角道谷に来てから見るようになった。あの記憶のことを言っているのだろうか?
「その様子だとやっぱり気づいていないみたいだね。」
少し間を開けて、深呼吸をひとつ。
「...お姉ちゃん」
確かにそう言った。エニは私のことを『お姉ちゃん』と、
正直信じられないと思った。だけど私は今までに見た記憶の断片のような映像の内容を、映像にはエニに似た小さな少女や、エニの声のようなものも聞こえた。私は本当にエニのお姉ちゃんになるのだろうか、にわかに信じ難い話だった。
「いや、そんなの...私がお姉ちゃんなわけないよ。だって、私とエニは同い年ぐらいじゃない」
それを聞いたエニは苦しそうな顔を見せながら、私たちの関係と、今の状況を、私の低スペックな脳細胞にわかるように話してくれた。
-11-
今から数年前...
この時の私は中学2年生でお姉ちゃんは高校2年生だった。
私たちは同じ中高一貫校に通っていて、登校の時も下校の時もお姉ちゃんと一緒だったけど、あの日だけは違った。些細なことで喧嘩して朝から時間をずらして家を出た。いつもお昼は食堂で一緒に食べていたけどその日はそれすらもしなかった。
時間はすぎていき放課後になった。私はちょうど学級委員の仕事があったから、学校を出るのが遅くなってた。
けど、私はこの時早く家に帰ってお姉ちゃんの謝ろうと思ってちょっと急ぎ足で家に向かって歩みを進めていた。
通学路の途中にある横断歩道に近づいた時、赤信号を待っているお姉ちゃんを見つけた。いつの間にかお姉ちゃんに追いついていた。
「お姉ちゃ...?」
声を掛けようとした時、お姉ちゃんの後ろにピッタリくっ付いた変な影のようなものを見た。その影はお姉ちゃんを後ろからつき飛ばそうとしているように見えたから、私はそれを見た瞬間に寒気を感じた。すぐにお姉ちゃんの方へ向けて走った。
その時、時間がゆっくり流れている感じがした。
手を前へ伸ばして必死に足を動かして、お姉ちゃんに向かって、走った。
けどお姉ちゃんの背後にいた影が一瞬こっち見たのだ。変な笑みを浮かべながら、私の錯覚かもしれないが、私にはそう見えた。
結果その影はお姉ちゃんを突き飛ばした。
お姉ちゃんは脱力したように前のめりになりながら道路の方へ1歩を踏み出していた。
「お姉ちゃんッッッ!!!」
私の叫び声とほとんど同じタイミングで右から来た大型のトレーラーにお姉ちゃんは轢かれた。車の走行音の中に大きな鈍い音が混ざった。それを聞いた私はその場に崩れ落ちた。それからの音はもう何も聞こえなかった。私の中に絶望が流れ込んでくるのを感じた。
それから私は学校に行けなくなっていた。
お姉ちゃんに謝れなかったこと、目の前でお姉ちゃんが死ぬ瞬間を見たこと、そして、お姉ちゃんが死んだ場所である、あの横断歩道に近づくのができなくなっていた。
私もあの影みたいなやつに殺されるかもしれないと言う恐怖に駆られたから。
けど、それから1年経って、私は中学3年生になった。この歳の夏休みからやっとお父さんの車で事故現場には行かず、回り道することで学校へ行けるようになった。遅れている授業を取り戻すためだった。
そんな中私は部活をしに来ていた生徒2人の話し声が聞こえて来たので耳をすましていた。
『ねぇ、聞いた?』
『うん...?なんの話し?』
『角道谷博物館の話』
『あぁ、死者に会える博物館でしょ!!知ってる知ってる!!けど、あれは場所がわかんないんじゃないの?』
『角道谷って言う地名はあるらしいけど、博物館がそのどこにあるかが分からないみたい』
『ふーん、けどこう言うのって、大抵はガセネタだったり、嘘だったりするよね?』
『えぇ、夢があっていいじゃん』
『何それぇ、』
そんなことを話しながら部活動の生徒2人はどこかへ行ってしまった。
それを聞いた私は藁にすがる思いで色々文献なんかを調べ回った。
気づいた時にはもう高校2年生、お姉ちゃんと同じ年齢になってた。そして私はやっとの思いで、ついにその博物館の可能性がある建物を見つけた。旧国鉄で使われていた古い駅だった。角道谷東駅と言う駅で過去に、この駅のたっていた場所に博物館として利用されていた建物があったらしいが、角道谷東駅を建てるにあたって解体されてしまったらしい。
私はすぐにその角道谷東駅へと行った。
そして、博物館へ着いた時、金平さんに出会った。
「これが真実だよお姉ちゃん、思い出した?」
お姉ちゃんは完全に思考が追いついていないようだった。
お姉ちゃんは口を開けて完全に止まっている。
鳩が豆鉄砲をくらった顔というのは、こう言う顔を言うのかもしれない。
そうか、そうだったのか、初日の時点で感じていた違和感。エニと初めてあった日のあの映像も、そしてあの倒れた時の走馬灯のような映像も、全て私が死ぬ前に見たもので、本当にあった出来事なのか、そうか私は死んでいるのか、エニではなく、私が、
「そっかァ、私がエニのお姉ちゃんだったんだね。」
そのセリフを言った直後、私の頭の中に記憶がお戻ってきた。
あの事故の瞬間に感じたあの恐怖、そして今まで感じたことの無いような痛みまで生々しいものまで思い出してしまった。
そして、あの髪飾りはエニからの誕生日プレゼントだったことも、私は無性にエニを抱きしめたくなった。
だから、私はエニに向けて両手を広げた。エニはそれに答える様に私に飛びついてきた。
「寂しかった...」
そうか、私がエニのことが他人だと思えなかった理由がはっきりした。
「ねえ、お姉ちゃん...」
エニが問いかけてくる。
「お姉ちゃんと一緒にいたいな...」
「うん...、それはダメね...」
そうだ、それはこの博物館に残るということ。すなわち現世に戻ることなく、この博物館で死ぬことも無くずっと、永遠にこの世界にいるといことになるからだ。それはもう死んだものと道理だ。そんなこと私は許さない、エニは私みたいに死んだ訳では無いのだ。まだ現世の側の人間なのだから、
「なんで...」
「エニと一緒にいたいのは私も同じだよ」
「ならなんで!!!」
「そんなの決まってるよ。私に縛られ続けて欲しくない。それに、私の出来なかったことを私の代わりにして欲しい。だから生きてちょうだいね」
お願い、そんなの悲しそうな顔しないで、私だってあなたと離れたくわないの。
「そんなの私はお姉ちゃんに縛られてなんか...」
「いや、縛られてる。縛られていなければ、こんな危険なことをしてまで私に会おうとなんてしない。最悪あなたが死んでしまう結果になっていたかもしれないのよ」
「で...、でも...」
「『でも』じゃない、私はそんな妹はいらないわよ」
「...」
こうしているとまるで、2、3日前の私とエニとの立場が入れ替わっているように見える。もしかするとエニは、自分の立ち振る舞いを私に似せていたのかもしれない。
もっと話していたけど...多分、この空間にも時間制限的なやつがあるはずだ。
私の決心が無駄にならないうちに早く決めてちょうだいエニ...
「...き...い」
「え...、エニなんて?」
「...きら...きらい...、お姉ちゃんなんて大っ嫌い」
嫌いか...それもそうだ。苦労して私を探して、やっと見つけて、一緒に居られると思ったのに、その探していた本人である私に、一緒にいることを断られたのだから、怒って当然だ。
「けど...、大好き...嫌いになれないよ...恨んだりできないよォ...」
目元から小さく輝くものを、一滴また一滴と落としていた。それは少しづつ大きなもへ変わり、足元に広がる芝生を濡らしていた。「もう離れたくない」と、必死に言葉を振り絞っていた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
私はこれぐらいしか言えなかった。情けないと思う。姉として情けないと、妹に出来ることが、言えることが、これしかないと言う今の状況が、すごく、果てしなく、情けなく感じた。
そんなことを考えているうちに、心響は決心が着いたのか、涙をふいて私の手から離れていった。
「エニ、決心はついた?」
エニは私の目を見据えて、こう言い放った。
「お姉ちゃん、さようなら。先に行っててね、すぐ追いつくから」
「すぐ追いつかれるの困るんだけどなぁ〜、まあ何十年も経っておばあちゃんになってから、私にシワシワになったあなたの顔を見せてちょうだいね?」
その時エニの顔が光に照らされた。朝日だ。
あたたかい光が私の背後にも感じる。
エニは私の顔を見つめて、
「ごめんね、お姉ちゃん」
「私こそ、ごめんなさい」
お姉ちゃんは笑っていた。
私も笑っている。ずっと伝えたかった言葉を、気持ちをお姉ちゃんに伝えることが出来たからだと思う。だけど、
「やだ、やっぱりお姉ちゃんと一緒がいい」
気づいた時には私はそんなことを口走っていた。
その時だった。
『ピキッ...』
音がした。ガラスにヒビが入るような音だ。それが聞こえて数秒後この空間が大きく揺れた。この空間が崩壊しようとしているのだ。
この空間へ入ってきた。依頼主のような私の願いがかなってしまったからだと思う。
「残念、これでお別れみたいだねエニ」
お姉ちゃんはそんなことを言いながら私に微笑みかけていた。
「じゃあね、お姉ちゃん...」
と、言った時私の視界は眩い光に包まれた。
-12-
あれから数ヶ月がたった。
私は来る強敵、全国の何万人もの人間を苦しめる最悪の敵、受験へ向けてもう勉強に励んでいるときだった。
ある人が私を訪ねてきた。
金平さんだ。
あの後も、金平さんと私は何度か会って色々なことを話している。その後の調子はどうだとか、受験勉強は捗っているかとか、他愛のない話をしていたが、今日は違うらしい。
いつも話をする場として選んでいる喫茶店『BLOOM』に入り、いつもの右の窓側の席へ向かう。いつもはほとんどお客さんはいないが、今日は珍しく奥のテーブルに、制服を着た女子高生ぐらいの子達が3人座ってお話をしていた。確かあの制服は西川高校の制服だ。
私達はいつものようにミルクコーヒー、金平さんはブルーマウンテンを注文する。カウンターの奥で少し白髪の入った男のマスターがコーヒーミルを回し始めた。ここのマスターの入れるコーヒーは本当に美味しい。
注文を済ませると金平さんは真剣な面持ちで話を始めた。
「エニさん、私からひとつ忠告があります。」
金平さんはいつもの底知れぬあの笑顔を向けながら話しかけてくる。
「なんですか?」
「あなたはこれから怪異と言うものと、希望と言うものに対して警戒してください」
怪異と言うとお化けや、妖怪、UMAのような道理で説明がつかない事柄のことを言うのは知っている。
しかし、希望と言うのは聞いただけではさっぱりわからなかった。
「怪異は分かりますが、希望というのは...?」
「簡単に言いますと、希望というのは...」
金平さんはこう続けた。
希望といいうのは、その名の通り人々が抱いた「光」になりうる願いや、もしくはそれに近しい考えのこと言う。それはウワサなども含めるらしい。ウワサがなぜ含まれるのかと言うと、知らず知らずのうちに、無意識のうちに「そうであって欲しいな」と言う感情が芽生えているからだそうだ。そしてこの世界には、こう言ったものを現実のものにしようとする力がある。これは自然の摂理の一部なのではないかと言う話もある。しかし、この願望や願いを現実にする力だが頻繁に起こる訳では無い。
この前の博物館も『死んでしまった大事な人にもう一度会いたい』と言う希望や願望、祈りみたいなものが産んだ呪いの類に近い存在らしい。それだけを聞いていると、さして害のあるものでは無いように思うかもしれないが、むしろ危険なのだ。
それを知ってるものは少なからずこの世に存在する。そしてこれを悪用するものが現れるのだ。それを未然に防ぐために金平さんたちは『組織』と言われる団体を作り上げるつもりらしい。そして...
「そして、エニさんあなたには、その『組織』に入ってもらいたいのです。」
彼は急に突拍子もないことを口にした。
「私をですか...それまたどうして...?」
「あなたには、なにか強力な力がるようです」
彼の言う『力』とは一体なんだろうか。それにこんな私にそんな金平さん達の役に立つ能力なってものがるのだろうか。
「おそらくあなたは、この『希望』に対して何かしらの干渉することができるようです。簡単に言えば、あなたは『希望』を編集することが出来るのです。動画を編集するみたいに」
『希望』の編集、金平さん達にとっては貴重な力なのだろう。
「とっても貴重です。その力があれば私たちの計画の進行も楽になりますから」
との事だ。
これで、なぜ私が『組織』に入ってもらいたいのかは分かったが、
「どうして、その『怪異』や『希望』を警戒しなくては行けないんですか?」
「それは、さっき話したあなたの能力が彼らにとって目障りだからですね」
『怪異』や『希望』は感情や意思を持ってはいないが、自己防衛を行うものが多い。基本的には干渉してきた相手にのみ反撃を行うが。1部のものは干渉される前に自分にとって危険な存在になりうるものを排除しようと攻撃してくるものがあるらしい。
そしてその攻撃の対象になると思われるのが私なのだそうだ。
「ですが、弱い存在ぐらいなら心響さんがあなたを護ると思います。彼女はあなたの編集した『博物館の希望』の中にいます」
そうなのだ、おそらく私があの空間にいた時最後に口にした言葉「やだ、やっぱりお姉ちゃんと一緒がいい」これが原因なのか分からないが、さようならをしたはずなのに、お姉ちゃんは私の守護霊的な感じになってしまっているらしい。私は見えたり感じたりはできないのだけど。
「そして、その博物館もあなたの創る空間の中にいるようですし」
そう言い終えると私たちの席に注文したものが届いた。
やはりここのミルクコーヒーは格別だ。
金平さんも自分のコーヒーの匂いを堪能した後にそっとカップを口につける。
すごい大人の男の人感が漂っているが、これで20歳というのが驚きだ。私と2歳しか変わらない...
「『組織』に入る件ですが、すぐに入れとは言いません。よく考えてからでもいいので、決意が固まった時はいつもの番号へかけてください」
と、金平さんは私に言っているが、私はもう既に決意は固まっていた。
「いいえ、大丈夫です」
その言葉を聞いて金平さんは、『おっ!』と言うような表情を見せた。
私は金平さんの顔を見据えて、今私の心の中で決めたことを口にした。
「私、沖谷 エニは...」
-13-
天国と言うものは存在するのか?
私には正直分からない話だ。昔聞いた話では、あの世というのは無質量空間だと言われていて精神だけが存在すると考えられているらしい。現実世界は質量が存在している空間であって肉体がないと生きていけないが、あの世は肉体を形成するものがないから精神だけが存在するらしい。
だから私はあの世というものは、空間にふわふわと浮かんでいるものと思っていた。しかし、そうでは無いらしい。私は今立っているいる。自分の足で硬い地面の上に、けど目を閉じたままで周りの光景を確認していないので、目を開いた。
ここは...一体...
「え...?」
私がたっている場所は...
「博物館...?」
そう、角道谷のあの博物館の中だった。
「どうなって...」
唖然としている私に話しかける声が聞こえた。
「やあ、心響君はこちらに残ったんだね」
声のする方へ振り向く、
「コーさん?」
「だけではないですわよ」
そう言って現れたのはマークさん、それにサイザ、ニーオさんやチハさん、サンさん達だった。
「皆なんで...、私はあの世に行くつもりだったのだけど、まさかエニが何かしたのかしら」
「御明答、エニがしたんだろうね僕達の存在を『希望』という存在を自分のものにしたんだと思う。はっきり言ってすごいね彼女は」
だとするとエニに会えるのだろうか?
「それはわかりませんわ。彼女が会いたいと願った時などでしたら会えるかもしれませんわ」
まあ、そうですよね。
「まあ、この先私たちに出来ることなど無いに等しいからな。まあ強いて言うならば今までどうりに暮らして、エニの身に何かあったら私たちが護れるやもしれん。そんなことあって欲しくあないがな」
チハさんの言う通りだ。今の私たちにできることは何も無いに等しい。だから待とうエニが私たちを必要とした時に護れるように、彼女の身に危険が及ばないように、
「bat!!!そんな辛気臭い顔しないで一緒に食べようze」
そんなこと言いながらサイザがポテトを渡してくる。その横では黙々とニーオがナポリタンを食べている。それを横目に紅茶を嗜むマークさん。目の前にはあの数日間と同じような光景が広がっていた。
なだかさっきの覚悟が崩れていく感じがした。けど、やっぱりエニと分かれるなんてごめんだ。私の中であるものが固まった。決心というやつだ。それを私はみんなに伝えようと思った。
「私、沖谷 心響は...」
どうも、三富三二です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これは去年の9月辺りから書き続けていて、毎月投稿します詐欺を続けていた短編作品です。((やっと書き終わった。
正直もっとちゃんと細かい所まで書いても良かったかもしれません。というか書きたい。
ここからはネタバレが含まれますのでご了承ください。
今回の物語のラストに関する話なのですが。
最後の方は基本的に本編の解説のような話を書いていました。ですが多分、分からない部分が多いと思いますね。
あと、あの博物館の「希望」は依頼人(今回はエニ)の持つ知識によってその博物館の内容が決まるようになっています。そうです。エニは車やトラック、戦車なんかのマニアックなものまで好きな女の子なんです。(((え
そして、博物館の展示品の擬人化された姿、彼らはこの「希望」のお世話になった。依頼人や死者がそのままタイムリミットを迎えて閉じ込められた存在になります。しかしながら、エニは博物館自体を我がものにしてしまったので、そんなの関係ないと言わんばかりに、心響を自らの作る結界内(希望)の中に入れてしまったみたいですね。
まあ、この後エニと心響はどう言った生活を続けるのかは、本編のBreak worldを読んでいただくとわかると思います。(((すかさず宣伝
そして、今回は何より めこ さんhttps://mobile.twitter.com/01_mmko
に挿絵を書いていただきました。
本当にありがてぇ。
そして、校閲やアドバイスをくれた。
大月櫂音さんhttps://twitter.com/kaine_otsuki?s=09
のおふたりには本当に感謝しきれません。
ありがとうございました。
長くなってしましたがこれで終わりにさせていただきます。
おかしなところ、誤字などありましたら報告お願いします。
コメントも待ってます。
では、次会うのは多分1週間後あたりだと思います。その時までノシ
制作時BGM アサルトリリィED 「Edel Lilie」