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さいわい姫と小さな冬

作者: 映花

 サイーダ姫はさいわい姫。姫に幸いあれかしと、願いをこめて名つけられました。


 サイーダ姫は、世界がまだ魔法に溢れていて、いつ奇跡が起こってもおかしくない頃、常夏の国の宮殿の片隅で静かに暮らしていました。


 サイーダ姫は宮殿の外に出たことがありませんでしたが、宮殿の大きな窓から外を眺めて過ごしていました。


 サイーダ姫の目に映る世界は、とても小さいものでしたが、とても美しものでもありました。


 サイーダ姫は、薔薇色に染まる夜明けの砂漠が好きでした。

 サイーダ姫は、透き通ったサファイアのようなオアシスの泉が好きでした。


 けれどもサイーダ姫がそれよりもっと好きなのは、窓辺でリュートをつま弾くことと、それに合わせて歌うことでした。


 サイーダ姫がリュートを奏でると、夢のような音色に誘われて、小鳥や蝶々や妖精ジン達が、どこからともなく現れます。


 サイーダ姫が歌いはじめると、小鳥や蝶々や妖精ジン達は、目を閉じ歌に聞きいります。


 そして、歌が終わると、小鳥や蝶々や妖精ジン達は、サイーダ姫に、外の広い世界のことを話してくれるのです。小鳥や蝶々や妖精ジン達が聞かせてくれる物語は、どれも胸躍るものばかりでした。



 ある日、サイーダ姫がいつものように歌い終えると、真っ白な美しい鳥が話しかけてきました。


「はじめまして、サイーダ姫。素敵な歌を、ありがとう。私は遠い冬の国から逃げてきたところなのですが、サイーダ姫の歌のおかげで凍てついた羽がすっかり溶けてしまいましたよ」


「はじめまして、ごきげんよう。歌を褒めてくれてありがとう。随分遠くから来たのね。冬の国ってどんなところ? 冬っていったいどんなもの? 教えてもらってもいいかしら」


 サイーダ姫が尋ねると、真っ白な美しい鳥は冬について教えてくれました


「冬は、夏の反対で、寒く、冷たく、恐ろしいものですよ。私は二度とあの国に戻りたくありません」


 そういうと、真っ白な美しい鳥は寒さを思い出したのか、身を震わせました。


「寒く、冷たく、恐ろしいもの。どうしましょう、うまく想像できないわ」


「冬のことを知らないなら、知らない方がいいですよ」


「そういうものかしら?」


「えぇ、そういうものです」


 真っ白な美しい鳥は断言しましたが、サイーダ姫は首をかしげ、考えました。


 この常夏の国に広がる砂漠だって、昼は熱く、夜は寒く、とても厳しいところですが、同時に人の手では作り出せない美しさをはらんでいます。


 恐ろしいという冬の国にもなにか素晴らしいところがあるのではないでしょうか?

 それを知らないのはたいそうもったいないことではないでしょうか?


 けれども、真っ白な美しい鳥は、「これで冬の話はお終いだ」とばかりに翼を打ち鳴らすと、オアシスの泉に飛んで行ってしまいました。サイーダ姫は、真っ白な美しい鳥を見送ってから、一人つぶやきました。


「冬がどんなものなのか、私はきちんと知りたいわ。常夏の国にも冬はあるかしら? そうだ、冬を探してみましょう」 


 サイーダ姫は、冬を探して歩き始めました。


 サイーダ姫が部屋を出ると、扉の前には衛兵が立っていました。


「衛兵さん、衛兵さん。今、冬を探しているの。衛兵さんは、冬を見たことがありますか?」


 衛兵は、少し考えてから、サイーダ姫を見て答えました。


「冬なんて見たことがありません。けれども、物知りの侍女なら知っているかもしれません。先ほど庭でみかけましたから、行ってみてはいかがです?」


 サイーダ姫は、衛兵にお礼を言って、庭に出てみました。物知りの侍女は、庭で薔薇の花を摘んでいました。


「物知りの侍女さん、物知りの侍女さん。今、冬を探しているの。衛兵さんが物知りの侍女さんなら知っているかもしれないというのだけど、物知りの侍女さんは、冬を見たことがありますか?」


 物知りの侍女は、持っていた薔薇を脇にやって、サイーダ姫を見て答えました。


「私も冬を見たことはありません。けれども、本で読んだことならあります。冬といえば、氷でしょう。厨房に行けば、氷のかけらがあるかもしれません。行ってみてはいかがです?」



 サイーダ姫は、物知りの侍女にお礼を言って、厨房に向かいました。厨房では、コックが食事の準備をしていました。


「コックさん、コックさん。今、冬を探しているの。物知りの侍女さんから厨房に行けば氷のかけらがあるかもしれないって教えてもらったのだけど、厨房に氷はありますか? コックさんは、冬を見たことがありますか?」


 コックは、持っていた鍋を脇にやって、サイーダ姫を見て答えました。


「私も冬を見たことはありません。けれども、サイーダ姫も大きくなりましたから、今日のおやつは氷のお菓子にしましょうか? 先に部屋に戻っていてください」


 サイーダ姫は、コックにお礼を言うと、大急ぎで自分の部屋に戻りました。


 コックは、すぐにお菓子を持って現れました。


「さぁ、サイーダ姫様。シャーベットですよ。どうぞ召し上がれ!」


 サイーダ姫は「いただきます」といって、スプーンでシャーベットをすくい、口に運びました。


「冷たい!」


 サイーダ姫は思わず叫んでしまいました。口の中がひんやりして、暑さも少し和らぎます。もうひとくち、口に運んでみました。


「やっぱり、冷たいわ。冬に味があるとしたら、こんな感じかしら?」


 サイーダ姫はそう言うと、残りのシャーベットもあっという間に食べ切ってしまいました。


「ご馳走様でした。冬の国にはシャーベットがどっさりあるのかしら? コックさん、私、もっとシャーベットが食べたいわ」


 サイーダ姫がそういうと、コックは笑って答えました。


「普通の氷はこんなにおいしくありませんよ。それと、冷たいものを食べすぎるとお腹を壊しますから、これ以上はだめですよ」


「世の中、そんなにうまくはいかないものなのね」


 サイーダ姫は、少しだけがっかりしました。そんなサイーダ姫を見て、コックが教えてくれました。


「そういえば、先ほどサイーダ姫のお兄様が塔にお戻りになりましたよ。食事を作って持って行ったので間違いありません。王子様なら、冬を見たことがあるかもしれません。行ってみてはいかががです?」


「そうだわ。私はシャーベットを探していたのではなく、冬を探していたんだたわ。コックさん、ありがとう!」


 サイーダ姫はコックにお礼を言うと、お兄様のいる塔に向かって走っていきました。コックさんも、衛兵さんも、物知りの侍女さんも、サイーダ姫が塔に向かって走っていくのをにこにこと見守ります。



 塔につくと、サイーダ姫はお兄様に飛びついて言いました。


「おかえりなさい、お兄様。私、お兄様に教えて欲しいことがあって走って来たの」


「ただいま帰りましたサイーダ姫。サイーダ姫が駆けてきたので、何があったのかと思ったよ。何について知りたいの?」


 お兄様は、サイーダ姫を抱き上げ、優しく尋ねました。


「今、冬を探しているの。冬がどんなものか知りたいから、お兄様の知っていることを教えて欲しいの」


 お兄様は、冬について知っていることをサイーダ姫に教えてくれました。



「ここから北へ、北へ、空の色さえ変わるほど北へに行ったところに、氷と雪に閉ざされた国があってね、冬の国と呼ばれるその国には、砂漠の砂ほどたくさんの氷と雪があるんだよ」


「雪?」


 今日は初めて聞く言葉ばかりです。サイーダ姫は、未知の言葉に首をかしげました。


「そう、雪さ。冬といえば雪だけど、常夏の国においてこれほど儚いものもないからね。よく見ておいて」


 そう言うと、お兄様は魔法をつかって、サイーダ姫の周りに雪を降らせてくれました。


 白く冷たい小さなものが、ひらひらと宙を舞っています。雪は、しんしんと降り続き、地面に落ちた端から溶けて消えてしまいます。

 

 サイーダ姫の伸ばした手の上にも雪は舞い降りてきましたが、やっぱりすぐに消えてしまいました。


「シャーベットみたいにすぐに消えてしまうのね」


 サイーダ姫は、名残り惜し気につぶやきました。


「ここはとても暑いからすぐに溶けてしまうんだね。けれども、冬の国では、この雪が解けずにどんどん積もっていくんだ。地面も山も建物も雪で覆われて、あたり一面真っ白になってしまうところを想像してごらん」


「……それは、きっと、とても綺麗だと思うわ」


「そうだね。僕もそう思うよ。よく晴れた日には、小さな氷の粒が空に浮かんで、太陽の光をうけてキラキラと輝くし、夜空に翡翠色の光が薄いカーテンのようにかかることもあるんだよ。冷たく寒いけれど、冬は夏と同じくらい美しい季節だね」


「私もいつか冬の国に行ってみたいわ。そこで、もっと冬を探すの」


 サイーダ姫がそういうと、お兄様はサイーダ姫の頭を撫でて「いつか、きっと行けるよ」と言ってくれました。


 こうして、サイーダ姫の冬探しは、無事終わりました。

 



 ◇◆◇


 

 お兄様は、サイーダ姫と数日間だけ一緒に過ごすと、また外に出かけていってしまいました。


 サイーダ姫は、大きな窓から砂漠を眺めたり、リュートを奏でて歌う毎日に戻りました。


 ある日、一人で庭を散歩していると、噴水の前でいつぞやの真っ白な美しい鳥にばったり再会しました。サイーダ姫は思い切って話しかけてみることにしました。


「またお会い出来て嬉しいわ。あなたは冬のことを寒く、冷たく、恐ろしいものだと言ったけど、美しいものでもあると思うわ。私、いつか冬の国に行ってみたいの」


 それを聞いて、真っ白な美しい鳥は元気なくうなずきました。


「私も、あんなに嫌だった冬の国が懐かしいのです。ここは私には暑すぎるのかもしれません。でも、本当に帰ってしまってよいか、迷っているのです」


 サイーダ姫は、真っ白な美しい鳥をかわいそうに思い、一生懸命考えてから言いました。


「寒さと冷たさと厳しさに耐え切れなくなったら、また常夏の国に来たらどうですか?」


 真っ白な美しい鳥は、そのほっそりとした首をあげて、サイーダ姫を見て言いました。


「サイーダ姫の言う通りですね。ずっと同じ場所に住んでいる必要も、耐えられないほど我慢する必要もないのかもしれません」


 

 こうして、真っ白な美しい鳥は、寒さと冷たさに耐えきれなくなると、冬の国よりは穏やかで暖かい場所に行って休み、氷と雪が恋しくなると、再び冬の国に戻っていくようになりましたとさ。




おしまい。

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