ep,0 プロローグ
「本当に行くのか?レイアよ」
嗄れた声が俺の名前を呼ぶ。
「…あぁ、俺はいくよ──」
あの事件から9年が経った。決して忘れることの出来ないあの悪夢から──
その日の空は澄み渡っていた。雲一つ無く、一面の青が広がっていた。
その日は気分がよく、母の言いつけを忘れて村の外れの森の奥まで来ていた。
そして、日が中天に昇った時、あの声が世界に響いた。
「全人族に告ぐ、不遜にも我が力の一端を貴様らの使徒が盗み逃げ出した。故に隠れた人族の使徒を炙り出す為、これより全人族の浄化を開始する。」
意味はよくわからなかったが、何か嫌な予感がし、来た道を走って引き返していた。
空は曇天へと変わり始め、それに気付いたとき村の方から煙が幾つも上がっているのが見えた。
草や枝で肌を傷つけ、転び血を出しながら一心不乱に森を走りの抜けた時、その目に映ったもの、
それは地獄と形容するに値するものであった。
家屋は焼け落ち、血と肉の焼ける死の匂いが充満していた。
それはとても子供には耐えられるようなものではなかったが、この衝撃的な景色が感覚を鈍らせていた。
気付いたときには自分の家のあった場所に走り出し、必死に家族の名前を叫んでいた。
『おかぁさーーーん!にいちゃーーーん!』
返事は無い。しかし何度も叫び続ける。煙で咳き込んでも叫び続けた。そして声が掠れて叫べなくなり、倒れた。
朦朧とする視界の中で一つの異常が目に入った。
暗い曇天と盛る炎の中に、虹のように煌めく白銀の髪が揺らめき、気品溢れるオーラがそこだけを切り取ったように、場にそぐわない神々しさを現出させていた。
それを知覚すると同時に俺の意識は闇に沈んだ。
次に目覚めた時、そこは小さな小屋のベットの上だった。そこで俺は焼けた村の中で気絶していたところを老人に助けて貰った事を知った。
記憶がフラッシュバックし、母も兄も故郷も無くなった事に涙が止まらなかった。そこに、老人の一言が耳に響いた。
『お主、奴に復讐する気はないか?』
それから俺は老人のことを師匠と呼ぶようになり、子供ながらに、厳しい修行に励んだ。血反吐を吐き、挫折しそうになりながらも、憎悪を糧に諦めることはしなかった。
9年間の月日で、俺と師匠は親子のような関係になった。師匠はサバイバルの知識や世界の様々な知識を授けて、町に出ても不自由しないようにしてくれた。
そして今日、俺は新たな一歩を踏み出すときがきた。過去と決別するため、新たな未来を掴むため。清々しい程の笑みを浮かべ、
「復讐を果たしてみせるよ」
空は澄み渡っていた。