回想編―姉弟=雪兎+南巳
今回は回想編を書いてみました。
雪兎と姉である南巳メインの幼少期時代のお話しです。
まずはコチラを↓
「のぉ、ゆきとよ。おぬしの姉はあれか?俗に言うブラコンとゆうやつなのか?」
「えっ!?なんで!?」
「なんでって、説明なぞ要らぬであろう。あやつの言動や態度を見ていれば一目瞭然ではないか!?ゆきとに対してあの熱の入れようは単なる弟思いの姉ではすまんぞ?」
雪兎とミコトの何時ぞやのやり取りですが覚えていますか?
今回の回想編は、南巳が何故これ程までに雪兎に対して執着もとい、思っているのか。
ブラコンな姉、南巳になった切っ掛けのお話しです。
私、倉橋 南巳は倉橋家の長女として産まれた。
ある理由で私は小さい頃から剣術や体術等を習っていた。
自慢では無いが中学や高校では全国大会で常に上位入賞、学力もそこそこ高いつもりでいる。
そんな私だか、小さい頃は怖がりで泣き虫な子供だった。
近所の犬に吠えられただけで涙を浮かべ、夜に一人でトイレにも行けず、泣き虫だと同級生に誂われて、夏の花火大会の時なんてあの大きな音が怖くて親に出店だけ見に連れていってもらって花火が始まる時間は家に帰ったりしていた程である。
そんな子供だった私が今の私になれた切っ掛けは弟である雪兎だった。
雪兎は私が6歳の時に出来た弟だ。
初めて出来た弟に最初は実感を持てなかった。
だけど病室で母さんに抱かれながらスヤスヤと寝ている小さな命。
小さな手だなぁと思い手を伸ばした時、私の人差し指の先を小さな温もりがキュッと包み込んできた。
小さいけど強く。
小さいけど暖かい。
その小さな命いっぱいに私の命を掴んでくれたのだ。
この時初めて実感した。
あぁ、弟ができたんだって。
でも、この時の私は弟ができたと言う実感はあっても、姉であると、姉弟であると言う自覚はまだ無かったのだ。
そう、あの日までは・・・
~ ~ ~
私が11歳くらいで雪兎が5歳の時だったと思う。
流石に11にもなった私は泣き虫な所は治ってきてはいたのだけれど、内気で怖がりな所は相変わらず。
だからか、同級生の男子達に誂われたりする事が多々あった。
だけど私は、その程度だったら自分が我慢すればいいことだと思っていた。
「はぁ~、今日も学校の男子達に誂われた。どうして私ばっかり誂ってくるんだろ?やっぱり内気で怖がりな私が驚いたりするのを面白がったりしてるのかなぁ」
また男子達に誂われた私は、憂鬱な気持ちと一緒に出た溜め息をつきながら通いなれた道を下校していた。
下校途中にある公園に差し掛かろうとした時、公園から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「しつこいなっ!離れろよっ!」
「さっきからなんなんだよ!訳わかんねぇ事言いやがって!」
その声はいつも私を誂ってくる同じクラスの男子二人の声のようだった。
何か揉めてるような会話に聞こえ、面倒事に巻き込まれたくない私は早くその場から離れようとした。
だが・・・
「やだっ!ちゃんと謝って二度と言わないって言うまで離さない!!」
私の耳に、男子二人とは別のもうひとつ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(えっ!?)
その声を聞き、まさか!?と思ったのと同時に嫌な予感がした私は離れようとした足を止めた。
その声は聞き覚えと言うより聞き慣れた声と言った方がいいかもしれない。
私は迷いながらも公園の方へと戻り入口のブロック塀の影から中の様子を窺う事にした。
公園の中では思った通り同じクラスの男子二人組と、その男子の一人にしがみつく少年がいた。
その少年の顔を見た瞬間、私は顔を引っ込めて入口の塀に持たれながら蹲る。
(はぁ~、どうして?なんで私って悪い予感だけは当たるんだろう・・・)
そう、私の嫌な予感は結構な確率で当たってしまう事が多かった。
それこそまるで呪われてるかのような的中率だったのだ。
でも、この時ばかりはハズレてほしかった。
男子に会いたくないって言うのも理由の一つだけど、それよりも男子にしがみついている少年が最大の理由だった。
なぜ、その少年が最大の理由なのか。
それは、その少年が私の弟である雪兎だったからだ。
それにしても、何故クラスの男子と雪兎がこんな事になっているのかが分からない私は、もう一度中の様子を窺う事にした。
先程は雪兎の顔を見るなり、すぐに顔を引っ込めてしまって気付かなかったが公園の端で雪兎と同い年くらいの女の子が今にも泣きそうな顔で雪兎達を見て立ち尽くしていた。
その顔には見覚えがあった。
両親が仲良くしていた一色さん夫婦の娘さんで、家にも何度か遊びに来た事があった。
たしか名前は・・・
(夏羊ちゃん?まさか、クラスの男子達が夏羊ちゃんに何かしたんじゃ。それで雪兎が男子達に―ううん、それよりもこの状況をどうしよう?雪兎がいる以上この場を離れるわけにもいかないし・・・)
私が愚図愚図している中、雪兎は振り払われ地面に転がるが立ち上がり再度男子に向かっていく。
「クソッ、いい加減にしろっ!」
しがみつく雪兎を男子は力ずくで引き剥がし突き飛ばす。
勢いよく倒れる雪兎の体は土や砂で汚れ擦り傷が増えていく。
それでもなお雪兎は、仰向けで倒れている状態から体を起こそうと地面に手を付き力を入れる。
「あ、あやま、れ」
「うっ、まだ起き上がるつもりかよ」
「このチビ、ゾンビかよ」
まだ向かっていこうとする雪兎の気迫に男子達は圧されていた。
「おい、もう行こうぜ。いつまでもこんなチビ相手してても面倒だしさ」
「あぁ、そうだな」
そう言いながら公園から出ていく男子達を塀の影に隠れやり過ごした私は安堵し、雪兎の側に駆け寄った。
「雪兎っ!大丈夫?」
「ね、姉ちゃん!?なんで!?」
心配そうな顔で駆け寄った私に雪兎は、少し慌てたような驚きをみせていた。
そんな雪兎の上体を支えながら起こしてあげると、隅で見ていた夏羊ちゃんも駆け寄り膝をつく。
「雪ちゃん!大丈夫!?痛くない?」
「大丈夫だよ。夏羊」
雪兎の言葉で安心したのか、夏羊ちゃんの目一杯に溜めていた涙が次々に流れ落ちていく。
「な、泣くなよ!俺は大丈夫だって言ってるだろ!?」
夏羊ちゃんの涙にあたふたしながら慰める雪兎。
「グス・・だって、だって」
「心配させてごめんな。俺は大丈夫だから。だから泣くな」
そう言いながら口元に笑顔を浮かべる雪兎は、泣いてる夏羊ちゃんの頭に手を乗せる。
その温かい笑顔と手につられるように、夏羊ちゃんも笑顔を浮かべながらコクッと小さく頷いてくれた。
「それにしても雪兎は偉いわね。年上の、しかも二人の男の子から女の子を助けるなんて。でも、女の子に心配を掛けて泣かせちゃうのはいただけないなぁ~」
「ち、違うんです。雪ちゃんのお姉さん」
「えっ?」
てっきり男子達が夏羊ちゃんにちょっかいを出したと思っていた私に、涙を拭いたせいか目元をうっすらと赤くした夏羊ちゃんが反論をしてきた。
「ちょっ!夏羊!?余計な事は―」
それを見た雪兎は慌てて話しを遮ろうとするが、夏羊ちゃんは構わず話しを続ける。
「私じゃないんです。雪ちゃんが、あの人達に怒った理由はお姉さんなんです」
「えっ!?わ、私?どういう事?」
事情がわからなくなった私は夏羊ちゃんに説明してくれるようにお願いした。
「実は・・・」
夏羊ちゃんから聞いた話しを要約すると、公園で遊んでいた雪兎と夏羊ちゃんは後から来た男子達が私の噂話と言うか陰口みたいな事を言ったのを偶然聞いてしまったらしい。
最初はなんとか聞き流してたけど、片方の男子が言った事に雪兎が我慢出来ずに突っ掛かってしまったらしい。
その話しを聞いた私は心の奥がキュッと締め付けられた。
「アイツらが姉ちゃんの事ブスだとか弱虫だとかバカにしてたんだ!許せるもんか!」
「バカね。本当の事じゃない。それにそんな事私は―」
「本当の事じゃない!!」
雪兎は大きな声で否定する。
「姉ちゃんは美人だ!」
雪兎に美人だと言われた瞬間、体がビクッと震え顔が熱くなり、少し赤くなっていたと思う。
そんな私に気付くこと無く雪兎は続ける。
「それに弱虫でもない!近所の犬に吠えられて、怖くて通れなかった俺と手を繋いで一瞬に歩いてくれたし、俺が怪我した時だって『痛いの痛いの飛んでけー、よし!これで大丈夫!家に帰って手当てしよ』って励ましてくれた!」
(あはは、犬の時は私も怖かったから手を繋いでただけなんだけどなぁ。でも雪兎、そんな事覚えてたんだ・・・)
雪兎の気持ち一つ一つを聴きながら私は胸の内から込み上げる嬉しさと同時に締め付けるような痛みに似た辛さ、そんな相反する二種類の気持ちを必死に抑えていた。
「だから、そんな姉ちゃんが弱虫な訳ない!優しくて強い、俺の自慢の姉ちゃんだ!」
「雪兎・・・」
(それは私のセリフだよ。雪兎が男子達に突き飛ばされた時に私は助けに出れなかった・・・ううん、違う。弱虫な自分に負けたんだ。男子達の前に出ていく怖さに、出ていっても何も出来ない自分の弱さに背を向けて、私は醜い傍観者になってしまった。そんな私なんかの為に雪兎は、自分よりも体の大きな相手にぶつかって挑んで怪我をして、それでも尚、向かっていく。そんな雪兎こそ私にとっての・・・)
心の奥で混ざり合い、まるでゆらゆらと怪光を放つ火のように燻っていた感情を許せない。
嬉しいと思った自分が許せない。
辛さの元凶となった自分の弱さが許せない。
私は傍観者が許せない。
でも、そんな私を強くて優しい自慢の姉だと言ってくれる。
疑わず、信頼し、慕ってくれる弟がいる。
ならば、成らなくては駄目だ。
強くて優しい私に。
弟の信頼に足る私に。
そして・・・
「頑張らなきゃね。自慢の姉ちゃんである為に・・・」
私は雪兎を腕の中に抱き寄せる。
少し恥ずかしそうにしていた雪兎だけど、嫌では無いようだった。
(雪兎、ありがとう)
抱きしめながら、そっと心の中で囁いた。
この時初めて私は姉であり雪兎と姉弟なんだという自覚を、ちゃんと持てたような気がした。
それから私は夏羊ちゃんの両親、一色夫婦が経営する道場に雪兎と一緒に入門した。
当初、体力に自信が無い私は稽古についていくのも一苦労であったが月日を重ねていくにつれ体力も付き出来ることも増えて、日々の稽古が楽しく感じていた。
ちなみに雪兎が突っ掛かった男子にはその後、公園での一件に関して雪兎が弟である事と雪兎が突っ掛かった事に対して謝った上で、今まで私を誂い雪兎を傷物にしてくれた制裁を―じゃなくて謝罪をしてもらう予定だったけど、雪兎が弟であると知った瞬間に男子が謝ってきたのだ。
「本当にごめん!怪我をさせるつもりは無かったんだ。今度、弟くんにも謝りに行かせてもらうから、それと今まで倉橋さんにしてきた事も合わせて本当に反省してる」
という感じで反省し謝罪もしてくれたので今までの事も含めて全部水に流す事にし、その場を去ろうとした私を男子が呼び止めてきた。
謝罪はもう十分して貰ったから大丈夫だと伝える私に男子は聞いてほしい事があると言ってきたのだが、何故か途中で言い淀む男子。
少し焦れったくなる私は男子に話しを促した。
すると意を決したように男子の口から出てきた言葉はなんと、私に対しての告白だったのだ。
私は一瞬何を言われたか分からなかったが、男子は堰を切ったかのように話しだした。
男子の話しをまとめると、その男子は前から私の事を気にしていて仲良くなりたいけど恥ずかしくて真面に話す事も出来なかった。
周りの人達に私の事が好きだとバレるのも恥ずかしいと思った結果、私を誂うことで自分の存在をアピールし気持ちを伝えようとしたらしい。
その気持ちを聞いた私は正直、すごく不器用だと思ったし、そんな伝え方で分かる訳無いじゃん!と思ったのは私だけだったようで、その男子が私の事を好きなのは私を除きクラス全員の周知の事実だったらしい。
それを聞いた男子は恥ずかしさで顔を真っ赤にして居たたまれない様子だった。
公園の件にしても、雪兎が聞いた陰口と言うのもその男子がもう片方の男子に私の事をどう思ってるか問い詰められて誤魔化す為に苦し紛れでついた嘘が偶然にも雪兎に聞かれてしまい騒動の末、今に至る。
まぁ、自業自得と言ってしまえばそれまでだけど、何だか可哀想な気がしないでもないかな。
私のような人を好きになってくれた男子の気持ちは素直に嬉しかった。
だけど付き合うとかはよく分からなかった私は気持ちだけ受け取って丁重にお断りさせてもらった。
それに私には、何よりも優先しなくてはいけない目標ができたから。
そう、自慢であり、大切であり、最愛である弟の自慢の姉になるという目標が。
その為に私は一心不乱に走り続けるのだ。
私が思い描く理想に向かって。