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九尾=女の子+妖狐

 姉さんの発言に対して妖狐は目を細めながら口元に笑みを浮かべていた。


「娘よ、良く見ておるな。じゃが、どの世界でも例外というのは存在するものじゃ。人間の中にもおるじゃろ?異様に記憶力が良かったり、ずば抜けて運動神経が良い者が。妾の場合は生まれた時から魔力保有量が他の者と比べて圧倒的に多かったのじゃ。魔力の使い方を覚えてからは人間達の世界でやんちゃばかりしておった。そんな事を何百年としておると、いつからか人間達は妾の事を、こう呼ぶようになっておったのじゃ。九尾狐狸(きゅうびこり)・・【九尾の狐】とな」


「九尾っ!!!・・・なるほど、ただの妖狐では無いと思っていたけど、まさか九尾の狐とはね」


 姉さんは妖狐が最後に放った言葉に対して驚いていた反面納得したような感じであった。


「九尾って、あの九尾の狐!?中国の【妲己(だっき)】やインドの【華陽夫人(かようふじん)】、日本の【玉藻前(たまものまえ)】等に化けて国を混乱の渦に陥れたって言われてる伝説の!?」


「そうよ。他にも九尾にまつわる伝説は数多く存在する。そんな伝説の存在である九尾が今目の前にいるこんな少女だなんてね。この桁違いな妖気が見えなければ私でも信じられなかったわ」


 俺と姉さんの会話を聞いていた【妖狐】改め【九尾】は遠い目をしながら(おもむろ)に口を開いた。


「・・・懐かしい名じゃなぁ・・・あの頃・・妾は若さゆえ血の気も多くてのぉ、先に()べたようにやんちゃばかりしていて自信過剰(じしんかじょう)になっておったのじゃ。当然そんな事を続けておればいつか(ばち)が当たるのは自明之理(じめいのり)。じゃが、昔の妾は一度や二度の罰で改心するほど利口ではなくてのぉ・・・結果、妾が妲己と呼ばれていた時に体と魂を三分割にされ、一体は玉藻前に化け、もう一体は行方知れず、そして妾は武家の一人娘に取り()いていたところをその刀に封印されたのじゃ」


 九尾は、そう話しながら俺が握っていた刀へと目線を移した。

 その目には意外にも憎しみや悔しさ等の感情は見えなかったが何か複雑な感情の色が目に映っていたような気がした。

 俺も九尾の目線を辿 (たど)るように刀に目線を落とした。


(刀に何百年も・・確かに昔の九尾は封印されて当然だと思う。だけど・・今の九尾は・・・)


 この時の俺は九尾を見ていて自分でも気付かない内に同情に近い念を九尾に抱き始めていた。

 そんな俺の心境の変化など知る(よし)もなく九尾は姉さんの方へと顔を向け話しを続けた。


「娘、安心せい。今の妾はおぬしらに危害を加える気はない。当然、他の人間にもな」


 そんな九尾の言葉に俺が安心しかけている中、姉さんの口から出てきたのは俺の心境とは逆の言葉だった。


「悪いわね九尾。私はあなたの事を信じる気にはなれない。あなたが今までしてきた事を考えれば信じる事なんてできないわ」


(姉さんの言っている事はもっともだ。だけど、なんだろう?この、胸の奥を一瞬だけチクッと刺されるような感覚は?)


「ふむ・・まぁ、そうじゃろうな・・・」


(たかが何百年の封印だけで(ゆる)されるはずも無いのぉ。これは妾がしてきた事への罰と言う事か、永い封印から解放されたばかりで名残惜しい気もするがのぉ・・・・)


 九尾は、姉さんの言葉を受け、一瞬物悲(ものかな)しそうな顔をしていた。

 そんな九尾の顔を見た俺は先ほどと同じく胸の奥を刺される感覚に襲われた。


(うっ!またっ!?この感覚は一体・・)


「では娘よ。見逃す気は無いと言う事じゃな・・・」


「・・・えぇ。そうなるわね」


「ならば、しょうがないのぉ・・」



 会話が終わると同時に二人の間には、まるで亀裂が入るほどの威圧感と異様な空気が充満していた。

 まるで二人の間に竜巻が発生したような気さえした。

 俺は、そんな二人をただ見守る事しか出来ないでいた。

そんな中、どこか寂しく今にも消え入りそうで(はかな)げに見えた九尾の横顔からポタッ・・ポタッ・・と【()()】が頬を伝い、流れ落ちていく。


《ズキッ!!》


 二人が同時に足を踏み込んだ瞬間だった。

 今迄で一番強い胸の奥の感覚に俺の体は無意識に突き動かされていた。


「ちょっと待ったぁぁぁ!!」


 気付いたら俺は大声を出しながら二人の間に立っていた。


「雪兎!?」「おぬし!?」


 二人の声が同時に聞こえた。


「雪兎、何をしているの!?危ないから早くそこをどいて!」


 俺は姉さんの方に体を向けたが、裏切るような気持ちのせいか姉さんの顔を直視出来ず顔は少し下を向いていた。


「・・ごめん・・姉さん・・俺・・・」


「まさか、その九尾を庇うつもり?」


「なっ!わ、妾を!?」


「・・・・・・・」


 驚く九尾を余所に俺は立ち尽くしながら姉さんの問いに無言で答える。


「いい!?雪兎。その九尾は今の内に倒しておかないといずれ私達の、いいえ!人類全体の脅威(きょうい)になりかねないの!」


「・・ごめん・・・姉さん。でも俺にはどうしても今のコイツがそんなに悪いヤツには見えないんだ」


「おぬし・・・」


「惑わされないでっ!?そこにいるのは九尾、何人もの人間達を誘惑し操って国を混乱させてきた事から【傾国(けいこく)】とも呼ばれてる妖怪なの」


「確かに昔の九尾はそうだったのかもしれない。でも、今は、今の九尾は違う気がするんだ!・・だって・・・」


(だってコイツはさっき・・・)


「寂しそうな顔で!泣いていたんだっ!!」


「!!」


 俺の言葉に九尾は慌てながら自分の顔に手を当てる。


「確かに九尾がやってきた事は赦される事ではないと思う。償おうとして償いきれるものじゃない」


「じゃあ、なんでっ!?」


「同じだから」


「えっ?」


「コイツは、俺達と同じだから!助けてもらったら感謝をして、過去に犯した過ちを悔い反省をし償おうとする。俺達人間と何ら変わらない。コイツは九尾だけど人間と同じように笑ったり泣いたりする普通の女の子なんだ」


「えっ!?わ、妾が普通の・・女の子・・!?」


 動揺したような声がした方へと振り向き、少し紅潮(こうちょう)していた九尾の顔を見ながら俺は話しを続ける。


「そうだよ。だから、そんな女の子が寂しそうな顔で泣いていたら男として守ってあげなきゃ駄目だと思ったんだ」


〈ドクンッ!!〉


 九尾は、より紅潮させた顔を少し下に向けながら胸元に手を当てる。


(な、なんじゃ!?目頭が・・熱い?それに、この胸中の奥から響き込み上げてくるものは・・・一体!?)


「まぁ、九尾であるお前よりも弱い俺じゃあ頼りないとは思うけど」


〈ドクンッ!ドクンッ!!〉


 九尾は高鳴る鼓動と込み上げてくる感情を抑えながら話しを返す。

 その目は、うっすらと潤み始めていた。


「お、おぬしは・・訳のわからぬ男じゃなぁ。妾は、九尾・・なんじゃぞ!?」


「うん」


「国を混乱させるほどの妖怪なんじゃぞ!?」


「うん」


「わ、妾は・・女、子供、関係なく・・多くの人間達を、く、苦し・めて・・・・きて・・・」


 声を震わせ、あえて残酷な言い方をしている九尾は拳を強く握り今にも溢れてしまいそうな感情を必死に抑え込もうとしているように見えた。


「そうだったのかもしれない。でも俺はそんな昔の事は実際に見た訳でもないから分からないし知ろうとも思わない。だけど、そんな分からない事だらけの俺でも分かる事はある」


 その言葉に反応したのか、九尾は少し顔をあげる。


「九尾だけど、今のお前は普通の女の子だ。」


(っ!!?)


「少しだけどお前と話しをして俺はそう感じた。だからお前が言うような昔の九尾とは違うって俺は思う。それにもし昔の事を悔いるのであれば、償って行けばいい。これからお前が歩く道を、自分自身で一歩ずつ間違えないように確かめながらさ」


〈ポタッ・・〉


「どれだけ時間が掛かるかわからない。悩んで・・考えて・・(つまず)いて、また悩んで・・・その繰り返しの中で前に進む事も戻る事も怖くなって・・立ち止まって・・・でも、そんな時は俺を頼ってほしい。聞かせてほしい。お前の悩んでいる事を・・考えている事を・・怖がっている事を・・・俺は・・お前の(こえ)を・・・聴きたい」


〈・・ポタッポタッ〉


「九尾のお前より弱い俺なんかじゃ頼り無いかもしれないけど、昔じゃない今の九尾であるお前の力になりたいと思うから」


〈ポタッ!ポタッ!ポタッ!〉


 九尾は今まで抑えていた感情を抑えきれなくなり目からは大粒の涙が次から次へと溢れだしていた。

 俺は、そんな九尾の頭に手を乗せ話しを続ける。


「その、気のせいかも知れないけど、姉さんと向き合っていたお前が今にも消えそうで儚く見えて・・気がついたら体が勝手に動いてた」


「えっ・・!?まさか気付いて・・?」


「なんとなくだけど、あの涙でね」


「お、おぬしは・・本当に・・訳がわからなくて・・・面白い男じゃのぉ」


「あれっ?なんか()められてるのか貶されてるのか、よく分からない言い方だなぁ」


「バカ者、妾の最大の()め言葉じゃ!」


 九尾は涙を拭い満面の笑みでそう答えてくれた。

 その表情は今まで見た中で一番の笑顔で、俺の目には九尾が妖怪などではなく天使のように映っていた。



     ~   ~   ~




「おぬしは妾の事を信じてくれるか?」


「何を今さら」


「ちゃんと顔を見て聞きたいのじゃ。ダメ・・かのぉ?」


 九尾は、まるで物欲しそうにエサを強請(ねだ)る猫のように上目遣いで頼んできた。

 まぁ、猫じゃなくて狐だけど・・・


 反則級の頼み方に少し顔が熱くなる俺は一つ咳払いをして九尾の顔を見る。


「コホン、えー・・・もちろんお前を信じるよ。じゃなきゃ、お前を庇った意味が無くなるだろ」


 九尾の顔は、また赤みを帯びていき紅潮していく。

 だけど顔を下げずに恥じらいながらも俺の顔をジッと見ながら俺の気持ちに応えてくれた。


「うむっ!決めたっ!!」


「ん?」


「妾も、おぬ・・・、ゆ、ゆきとの事を信じ続けて行く!この先ずっとじゃ!」


 九尾が初めて俺の事を名前で呼んでくれた事が素直に嬉しくて顔が(ほころ)んでいくのが自分でもわかるくらいだった。


「ゆきとよ。妾に名をくれぬか?」


「名前?九尾じゃ駄目なの?」


「九尾というのは、あくまで人間が妾に付けた通り名みたいなものでのぉ。じゃから、その・・ゆきとがくれる名で・・・ゆきとに呼ばれたいんじゃが・・・?」


 九尾は、そう言いながら今度は胸の前で両手を組み指を〈モジモジ〉とする仕草をしながら上目遣いでチラッと目線を向ける。


(うっ!男の弱そうな部分をしっかりと抑えながら、かつ断りずらい頼み方を自然と・・少女と言えど、さすがは九尾の狐・・・(あなど)りがたし)


「わ、わかった。とは言え・・名前かぁ~。う~ん・・・?」


〈ジィーッ〉


 俺は九尾の事を見ながら考える。


「はぅぅぅ~~・・・そ、そんなに見つめるでない。は、恥ずかしくなるではないか」


 そう言い顔を赤くしながらも九尾は名前を考えている俺の視線に耐えていた。


(そういえば小さい頃に可愛がってた野良猫がいたな。ちょっと偉そうだけど実は甘えたがりなとこや黄金色とはいかないが毛の色なんかも少し九尾に似てるかな。えっと・・確か名前は・・・ミコだったかなぁ?そのまんまって言うのもアレだし・・・)


「ミコ・・ト・・そうだな。【ミコト】っていうのはどうかな?」


「ミコト?」


「そうだ。ミコトだ。」


「ふむ・・ミコト・・・か。ミコト・・ミコト・・・悪くないの!?では今この時より妾の名は【ミコト】じゃ!」


 【九尾】改め【ミコト】は尻尾を振りながら嬉しそうに何度も自分の新しい名前を口にしていた。


 するとミコトは何かを思い出したように俺に駆け寄ってきた。


「ゆきとっ!?」


「どうしたんだ?」


「少し頼みたい事があるんじゃが、つき合ってくれるか?」


「ん?頼みたい事?別に構わないけど、俺は何をすればいいんだ?」


「ゆきとは特に何かをする必要はない。ただ少し血をもらう。後は、そこで立っていてくれればよい」


「えっ?血を!?」


「大丈夫じゃ。妾を・・信じてくれ」


「・・わかった」


「うむ、感謝するぞ。では、始めるぞ?」


 ミコトは、そう言うと手を合わせ俺でも感じる程の魔力を地面へと流していく。

 魔力は地面を這う光となって俺とミコトを囲う円陣(えんじん)のような形になっていく。

 さらに地面に描かれた円陣の中には見たこと無いような文字と何かの図形のようなものが浮かび上がっていた。


「これって、もしかして【魔方陣(まほうじん)】ってヤツか!?」


「その通りじゃ。この魔方陣は体内の魔力を変換せずに直接地面に流す事で敷く事ができるのじゃ。ゆきとも魔力の練習をすれば、このくらいはできるようになるじゃろ」


(俺にも、こんなことが・・・!?)


「では、〈儀式(ぎしき)〉を行うとしようかのぉ」


 九尾は俺の持っていた刀で自分の指先を切る。

 傷口から出た血を魔方陣に垂らした。ミコトに促されるように俺も自分の血を魔方陣へと一滴だけ垂らした。


 魔方陣は朧々(ろうろう)とした光を出しながら反応する。

 ミコトは再び音を出しながら手を合わせる。


「我、【倉橋 雪兎】を(あるじ)とし付き従う者なり。我が心は主と共に。我が命は主の為に。【ミコト】の名に()けて忠義を誓う。鎖で繋ぎし魂が死して尚、主を守らむ事を!今ここに【主従の契約】を結ばむ!!」


 ミコトの言葉に呼応するように魔方陣は放つ光を強くする。


「主従って、ミコト・・お前・・・」


「そんな難しい顔をするではない。妾自身がこうしたいと思ったのじゃ。お前と一緒に居たいとな・・・じゃから黙って妾の言う通りにしておれ。・・()()()()()っ・・・チュッ♡」


「ッ!!?」


 そう言いながら俺にいきなり飛び付き首に腕を回したミコトは優しく唇を重ねてきた。

 その瞬間、咲いては散る花火のように魔方陣は砕け散り俺達を包み込むような光を放ちながら静かに消えていった。

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