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妖狐=刀+試練

「それにっ!姉さんには逆らえないしなっ!!」


 そう啖呵(たんか)を切ったまでは良かったものの、お互いに構えてから俺は動けずにいた。

 正直俺は姉さんに勝つことは愚か一本も取った事がなかった。

 それに旅から戻ってきた姉さんには旅に出る前とは比べ物にならないほどのプレッシャーを感じていた。

 こうして構え合って初めてわかる。

 まるで台風が起こす物凄い風圧を受けているみたいに。


「感じてるみたいね、雪兎」


「うん。姉さんのプレッシャー・・半端じゃない。今も足が(すく)んで、座り込みそうになるのを堪えるので精一杯だよ」


「そう・・でも、それじゃあ私には勝てないわよ」


「最初から勝てるなんて思っちゃいないよ。

でも・・簡単に負ける訳にもいかない。だって俺は少しでも姉さんの期待に応えられるような男に、なりたいからねっ!」


〈ドクンッ!〉


 雪兎のその言葉に私は一瞬だけ胸の高鳴りを感じた。


「そっか・・・」


「なら少し本気で行くわよ!?耐えて見せなさい雪兎ッ!」


〈ゾクッ!!〉


 その瞬間、姉さんから受けるプレッシャーが、まるで真冬の風が体に突き刺さる様な威圧感に変わった。


(まさか!?)


(そうよ雪兎。今、私があなたに対して放っているのは殺気よ。弟に対して殺気を出す姉なんて軽蔑する?でも、これはクリアしなければならない最初の試練。これに耐えられなければあなたは、()()()()()()に来る資格はない!)


 姉さんの殺気を受け俺は意識を持っていかれそうになるのを必死で耐えていた。

 しかし突き刺さるような殺気に晒された体は心身共に消耗していき上体を支える足はガクガクと震え始めていた。


(このままじゃダメだ。耐えていられるのも、あと5分程度が限界。でもどうすればいい、今の俺じゃあ姉さんに一撃を入れる前に返り討ちにあって負けるのは目に見えて―イヤ・・・違う。もともと勝てる見込みなんかない。そうだ・・・勝てなくたっていい!姉さんに負けたっていい!だけど―!)


「このまま不様に倒れて、姉さんの期待に応えられないような男にだけは、なりたくない!!」


〔・・ほぉ・・〕


(ぇ!!)


〔なかなか興味深い男じゃの。おぬしなら、もしや・・・〕


 突然、俺の頭の中に誰かの声がした。

 その直後―姉さんが持って来た箱がいきなり軋む音を立てながら内側から割れて砕け散る。

 すると弧を描き姉さんの殺気を突き抜けるように俺の目の前に細長い物が姿を現した。


「えっ、なに!?か、かた・・な?」


 頭の中で声がしたかと思えば、今度は刀が独りでに飛んで来る。

 そんなあり得ない事が二つ同時に起こったせいで、俺の思考が追い付かず当惑していると頭の中に、また声が響いてくる。


〔なんじゃ?まるで鳩が豆鉄砲でもくろぉたような顔をしよって。久方ぶりの面白そうな男だと思ぉて少し力を貸してやる気になったとゆうのに〕


 やはり聞こえてくるその声は少し幼くイタズラな口調、それとは裏腹に言葉遣いが何処か古めかしい印象を受けた。

 そしておそらく、ほぼ確実に、声の正体は俺の目の前にある?いる?刀だと確信しつつあった。

 この状況でこの声と刀が関係無いなんて事が有るわけがないのだ。

 だけど、もしかしたら姉さんの気に当てられ過ぎたせいで幻聴や幻覚を見てる可能性が有るかもしれない。

 そう思い俺は目を閉じて心を落ち着かせる。

がっ!!


〔おぬし無視するでない!聞こえておるのじゃろ!?〕


(うん。やっぱり聞こえるね。姉さんの殺気で俺の頭がおかしくなっていない限り、この声は現実だ)


 目を閉じながら、ある種の悟りを開き始めた時に俺はふとある事に気が付いた。

 先ほど迄の突き刺さるような姉さんの殺気が嘘の様に感じなくなっていたのだ。


 顔を上げ目を開ける。

 すると、姉さんの殺気が俺まで届いていなかった。

 まるで目に見えない()()で守られている感覚だった。


「もしかして、刀が・・?」


「防がれてる!?まさか、あの刀!?」


 姉さんも驚きの表情だった。

 またあの声が頭の中に話し掛けてくる。


〔ようやく気がついたようじゃな?少し(きょう)が乗ってのぉ。勝負の邪魔をするつもりは無かったのだが、おぬしと話しをしてみたくなったのでな。壁を作らせてもらったのじゃ〕


「壁って?それに、お前は一体・・?」


〔なんじゃ?やっと話してくれたと思ぉたら、いきなり質問とはのぉ。まぁ答えてやらんでもないが、その前に一つ頼み事を聞いてくれんか?〕


「た、頼み事・・?」


〔この刀を、(さや)から抜いてほしいのじゃ〕


「えっ?たったそれだけ・・?」


〔そうじゃ。ただし、この刀にはちょっとした封印がしてあるゆえのぉ。その封印を解く事が出来れば先ほどの質問に答えてやるついでに、おぬしに力を貸してやってもよいぞ〕


「封印を解くって言ったって俺が解き方を知っているわけが・・」


〔なぁに、そう難しく考える事はない。刀を抜く事と封印を解く事は同義なのじゃ。じゃから、おぬしは刀を抜く事だけを考えればよい〕


 少し逡巡する俺に対して刀が語りかける。


〔・・・・姉の期待に応えたいのであろう?〕


 その言葉で俺は姉さんの方へ目をやる。

 姉さんは、この刀が作った壁を前に打ち破るのは無理と判断したのか、それとも様子を窺っているのかは分からないが殺気を放つのをやめていた。


(姉さんの期待に応えられる!?)


「・・・危険はないのか?」


〔何かを得ようとすれば必ず何かは代償として失うものじゃ。得ようとする物が大きければ大きい程それに比例し失う物もまた大きくなる。この世の法則じゃな。それに、おぬしは姉の期待に応えたい。こちらは封印を解いてもらう換わりに力を貸す。これもこの世で言うところの?()()()()()()()()と言う法則じゃったかな?〕


「・・・だな。最後のギブ・アンド・テイクの発音は間違ってるけど、お前の言う通りだ。まだ少し怖い気はするけど姉さんの期待に応えたいなら多少のリスクは背負わなきゃな!」


〔うむ、良い覚悟と面構えじゃ!!〕


 俺は刀に手を伸ばし(つか)の部分を両手でギュッと握りしめ一気に引き抜いた。

 封印(さや)から抜き放たれた刀は寒空の下、口から出た吐息のように刀身が奏でる澄んだ音色は寂しく夜空に消えていき宙に光芒(こうぼう)を残しながら、その刀身(すがた)を現した。

 初めて手に持って間近で見た刀は本等で見た刀より身幅が広く刀身自体の長さも竹刀より短いような気がした。

 だけどしっかりとした重みと柄の握り具合、それになんと言っても刀身の刃文等の美しさに目を奪われた。

 その輝きに我を忘れて見惚れていると急に辺り一帯が紫色の霧に覆われていた事に気が付いた。

 その霧は一ヶ所に集まり紫雲のようになると、だんだんと形状が人の形のようなものに形成されていった。


 すると紫雲は、いきなりピカッ!と強い閃光を放ち、紫雲は文字通り一瞬にして雲散してしまった。

 その閃光で目が眩み視界の中ではチカチカと無数の星が飛んでいた。

 そんな中、俺の頭上から声がした。


「スゥー・・・ハァー・・・、んーーーっ!やはり数百年ぶりの外界の空気は格別じゃのぉ!あんな狭い所に封印されておっては体が鈍ってしょうがない」


 ようやく視界の星達が消えた俺は声のする方へと顔を向けた。

がっ、すぐに自分の目を疑った。


 そこにいたのは、まるで巫女さんを連想させる白と赤を基調(きちょう)として所々に金色の模様が入った(はかま)の和服姿に黄金(こがね)色の髪をした少女であった。

 これだけなら、そこまで驚く事でもないだろう。

 外国の子供が和服姿で歩いてる所をたまにテレビや町中で見掛ける事だってある。

 しかし、しかしだ。その少女はなんと宙に浮いていたのだ。

それだけではない。

 一番に目を疑いたくなった理由は少女に獣の耳と尻尾らしき物が3本も生えていたからである。

 姉さんもその少女の存在に気が付き俺と同じく驚いている様子だ。

 俺は自分の目を擦りながら再度よく確かめようとしているとその少女と目が合い、こちらの方へと降りてくる。

 最初は驚いて気が付かなかったが、まだ幼く見える少女は色白で目元がパッチリとしていて黄金色の髪と少し崩したような和服の着方のせいか、妖艶(ようえん)な雰囲気がある美少女であった。

 その少女は俺と同じくらいの目線で止まり腰に手を当てながら徐に口を開いた。


此度(こたび)大義(たいぎ)であった。おぬしならと思うたが、やはり(わらわ)の目に狂いはなかったようじゃな。改めて礼を言う。封印を解いてくれた事、感謝するぞ!」


「その声・・・お前が刀の正体なのか!?それに、その耳と尻尾は一体・・?」


「ふむ、封印を解いてもらった者として、答える義務はあるかのぉ。確かに、おぬしに話し掛けていたのは妾じゃ。しかし、刀の正体などではない。妾は刀に数百年もの間、封印されていた【妖狐(ようこ)】なのじゃ」


「・・・ようこ・・?えっと、つまりお前はその、あれか?狐の妖怪ってこと?」


「ムッ!人間界では物の怪(もののけ)の類いを総称(そうしょう)して、そう呼んどるらしいが妾はあまり好きではない」


「はぁ・・それで、なんで刀なんかに」


 俺が、自称(じしょう)妖狐だと言う少女に聞こうとした時、姉さんからの声がした。


「雪兎っ!ソイツから離れなさい!」


「姉さん!?」


「私の殺気を防いだ時もそうだったけど、ソイツが体に(まと)っているのは妖気よ!しかも(けた)違いに強い」


「ほぉ、そこの娘には、妾の妖気が見えておるのか?と言うことは、少しは【魔力】が使えるようじゃの」


「ま、まりょ・・く?」


 漫画やアニメの中だけだと思っていた【魔力】と言う言葉が出て俺は変な声が出てしまった。


「ん?なんじゃ?おぬしは魔力を知らぬのか?どおりで壁を作った時といい妾を見た時も、そこの娘より反応が薄い訳じゃ」


「薄いって言われても・・そもそも魔力って一体?」


「ふむ・・まぁ、よい。これも助けてもらった礼だと思ぉて教えてやるかのぉ。コホン、魔力とは空気中に(ただよ)う【マナ】を体に取り入れる事によって体内で生成(せいせい)されるものじゃ。」




「・・・・・・・・・・・・・・・」





「えっ!?おわりっ!?」


「うむ、そうじゃが?もしかして、まだ分からぬのか?」


「分かるかっ!!魔力の〈ま〉の字さえ分からない俺にとって、そんなの説明にすらなってないから!!」


「なんじゃ、しょうがないのぉ・・・これだから頭の足らん者とは・・ブツブツ・・」


「あの~、そこの妖狐さん?今なにか、俺の悪口が聞こえた気がしたんだけどぉ?」


「ん?気のせいじゃろ?では、説明の続きをするぞぉ!?」


誤魔化(ごまか)した!?」


「聞くのか?聞かんのか?別に妾は、どちらでも構わんのだがのぉ?」


「うっ・・き、聞きます」



「うむ、よろしい!では改めて、魔力とは空気中のマナと呼ばれる自然界のエネルギーを体に取り入れて体内で生成されるものじゃ。体内で生成された魔力は、あらゆる方法で力を体外へと放出する。例えば人間なら【気】と呼ばれるものじゃたり、妾のような者達ならば【妖気】と言う具合じゃな。生きとし生けるものは、この魔力生成する器官を必ず持っていると言われておる。じゃが、おぬしのように大半の人間達は魔力をうまく使えておらん。いや、使い方を知らないと言った方が正解かのぉ。逆に動物や妖狐である妾のような者達は自然と、あるいは本能的に魔力の使い方を覚えていく。よく言われておる話しじゃと天変地異(てんぺんちい)が起こる前は動物達が騒がしくなるとかかのぉ。あれは普通の人間達では感じる事ができない空気中のマナの乱れを動物達が本能で察知し異変に気づいて起きる現象なのじゃ。まぁ、このくらいの事は、そこの娘も知っておるとは思うがのぉ?」


 そう言いながら妖狐は姉さんに話を振った。


「えぇ、確かに知ってるわ。魔力について最初に教わった事だから。でも、こうも教わったわ。人であろうと動物であろうと、例えあなたのような人ならざる者達であろうと個人差はあれど魔力の保有量には必ず限界があるとね。だけど、あなたの体から溢れ出ている妖気の量は桁違いにも程がある。一体どれだけの魔力を保有していれば、そんな妖気が出せるのかしら」


 姉さんは額から頬へと伝い落ちる汗を道着で拭っていた。

その顔は、だんだんと強張っていくように見えた。

 そんな姉さんを尻目に妖狐の口元には笑みが浮かんでいた。

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