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姫様絶対守るウーマンリリーは実は戦闘要員


 なにかおかしいと思っていたのだ。

 ロロニア様とわたしの乗る馬車が違うと分かったとき、不思議に思ったけれど、何としてでもお側にいるようにしていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 エルトラド王国に到着したのは、ロロニア様と第一王子ジュリアス様の結婚式のちょうど1か月前。ロロニア様が正式に王妃となるまえに、エルトラド王国の生活に慣れるための期間だ。

 本来ならば、これからロロニア様は、この国の文化についてさらに詳しく勉強され、そしてジュリアス王子とお会いになって、仲を深める予定だったのだ。


 …ロロニア様の夫となられるジュリアス様はエルトラド王国の未来を担う第1王子。初めてお会いした時は、噂に聞く養子の美しさに驚いた。

 ロロニア様のことを、ジュリアス様はわたしたちロロニア様の従者から話を聞いて気に入られた様子だった。そして、最も効果的だったのはロロニア様の姿絵を見せたことじゃないだろうか。我が国の利き腕の宮廷画家に描かせたロロニア様は、本人の美しさをよく描いている。

「線の細い女性ですね…。優美で、とても美しい。わたしは弟のレオナルドと女性の趣味が似ているらしいから、妻を奪われないように気を付けないといけないかもしれないね」

 軽い冗談に周囲の人間は控えめに笑った。

 その会話を、国使団に紛れて聞いた私は「当然よ」と声を上げたい気持ちになる。もちろん、黙っていたけれど。

 ロロニア様本人はあまり自信はないご様子だけれど、姫様の魅力はまさに、優美さ!柳のように華奢で、うっとりとするなだらかな体のライン。たっぷりとした黒曜色の髪。胸が控えめなのを気にしていられるけれど、逆にそこが、グッとくるというか…ああ、話が逸れました。けれど気さくで面倒見がいいし、姫様は素敵な方なのです。

 …幼いころから側仕えをさせていただいた姫様がお嫁に行ってしまうのは、正直、面白くない。いっそのこと、姫様のことをよく知っていて大切にされている、ファルサス様のところに嫁入りにすればいいのに…それか、執事のエドのところ。おふたりとも年の差はあれど、絶対に姫様を幸せにしてくれるのに…。


 港についた私たちは、3台の馬車に分かれて乗った。

 ロロニア様の乗った2番目の馬車は地味ながらも、用意された者の中で最もしっかりとした作りのものだった。ロロニア様はそこにおひとりで乗るようにと言われた。従者たちは1台目と3台目の馬車に分かれて乗った。

 周囲にはエルトラド王国の紋章のついた鎧の兵士たちが守り固めているため、安心していたのだ。

 けれど、馬車が出発したとき、ふと…甘い香りがした。それが睡眠薬の香りだとすぐに気づくことができなかった。

 気が付いたとき、わたしたちは湿っぽく、薄暗い牢獄にいた。

「ここは…はっ、ロロニア様は!?」

 周囲を見回す。牢獄のなかにいるのは見知った顔ばかりで、全員ロロニア様についてきた魔の国の臣下たちだ。彼らは「目覚めたらここに」というだけで、誰も事情を知らない。

 ただ衝撃につつまれていると、上階へと続く廊下からコツコツと音を立てて誰かがおりてきた。

 …若い女、それも、高貴と見て分かる身なりの女だった。

「あなたたちの主はここにはいないわよ」

 そこにいたのは、かつてこの国を訪れた際、ジュリアス王子の情報を集めるなかで、知り得た人物だ。

 藍色の髪に、釣り上がってキツイ印象を抱く瞳。ジュリアス王子のかつての恋人と噂されていた、アンジュラ公爵令嬢だ。

「ロロニア様に何をしたの!」

「口の利き方に気を付けなさい!わたしはこの国の貴族よ!魔の国の平民ごときが、本来ならば話しかけていい存在ではないの…」

 アンジュラの様子は、普段の彼女を知らないわたしからしても、どこか狂気的だった。狭い牢獄のなかに金切声が響く。

「…今回の婚姻がどれほど重要か分かっているの?ロロニア様を害すると言うことは、魔の国への宣戦布告も同然よ」

「…知らないわそんなこと」

「…ロロニア様はエルトラドの次期王妃なのよ。いずれこの国の貴族たちも仕える方なのに…」

「王妃になんてさせないわ!!」

 一際大きな声が響く。

 アンジュラはふうっと息をつく。少し気分を落ち着かせたみたいだったが、瞳がギラギラと輝いていた。

「…王妃は、わたしよ」

「…なにを言ってるの」

「大人しく仲間になりそうだったら牢屋から出してあげるつもりだったけど、あなたみたいな無礼者はわたしのほうがお断りよ」

 アンジュラはゆっくりと背を向け、階段を戻る。 

「ま、待って!せめて、安否だけでも…!」

「さあ、わたしたちも知らないの。森の奥で…彷徨ってのたれ死んでるかもね」

 わたしの言葉虚しく、地上につながる扉は閉められた。


 牢獄にいるわたしたちは沈黙する。

 ただ、わかるのは、姫様が危ないということだ。わたしは姫様の侍女、為すべきことはただ一つ、姫様の傍にいて、守りお世話をすること…。

「ふっ…魔の国の魔術師を、舐めすぎなのよ」

 目の前には、鉄格子。その向こうには兵士が二人。

 わたしが魔の国の姫であるロロニア様の従者になれたのは、ただ年が近い女だからじゃない。姫様を十分に守り切る魔術の使い手だからだ。

「おい、お前静かにしろ!」

 兵士がわたしに怒鳴りつける。

「うるさいわね。眠っていなさい」

「なん…えっ、あ…」

 わたしの指先から、一筋の光が放たれる。それはふたりの兵士に当たり、彼らはゆっくりと固い床に倒れ込んだ。

「さすが、リリーさん」

 誰かが軽口をたたく。この状況に、同様はしても絶望したり、ひどく取り乱すものはひとりもいない。魔の国直属の臣下たちなら当然よね。

「これくらいは当然よ。それよりも…何が起こってるか分からないけど、第一に優先するものは当然…姫様の無事ね」

 牢屋に居るものも、満場一致で同意している。

「ロロニア様のことはわたしが探しに行くわ。まずは居場所と安否をつきとめる。変身魔法と探索魔法に長けている私が行きます。あなたたちはこの国の情報を集めて、逐一わたしに知らせるように。この状況を引き起こしたのが誰か、なんのためなのかを突き止めること」

「リリーさん一人では危険では?」

 壮年の魔術師がそう申し出てきた。

 確かに危険な状況に陥るかもしれない。

「そうかもしれない…いえ、でも姫様を助け出すならばフットワークが軽く、隠密にも長けたものの方がいいはず。戦えるものが必要な状況になればまた連絡を寄越すわ。あなたたちはそれまで、捕まっているフリをつづけること。まあ、いつでも出れるでしょうけども」

「畏まりました。リリーさんがいなくなったあとば、幻覚魔術でいなくなったことが悟られないようにします。リリーさんもお気をつけて。必ず、ロロニア様を見つけてください」

「ええ、必ず」

 わたしは変身魔法を使い、小さくなった体でするりと鉄格子の隙間をぬける。そして眠りこけている兵士たちの横をすり抜ける。

「はあ…猫の身体は、潜入にはちょうどいいけど、これはこれで不便ね。…いえ、姫様を探すためならどうってことないわ」

 通気口を見つけ、外に出る。どうやらわたしたちが捉えられているのは、王都の裏町の一角のようだ。普通ならば、貴族たちは寄り付くことはない。裏家業を生業とするものたちが集まるならず者の街だ。

 すぐさま探索魔法を発動させる。

 探索魔法は、マークをつけたものを探すことができる。生体にマークをつけることはできないけれど、装飾品や衣類には付けることが可能だ。姫様が今回の婚姻にあたり送られたネックレスには、秘密ながらもマークが付けてある。マークを感じたのは、離れたところにある建物。そこまで猫の姿のまま移動する。

 くっ…猫の姿だと誰にも悟られないから便利だけど、小さくなった分不便ね。


 見つけたのは、森のすぐ近くにある古いながらも立派な造りの屋敷。

 マークをたどると、屋敷のなかのようだ。ゆっくりと進んでいくと、マークの手前にある部屋で奇妙なものを発見した。

「…これは、魔法陣?いったいなんでこんなものが…」

 魔の国に伝わる魔術様式が使われた魔法陣のようだ。

 その魔法の効果とは、対象となるふたりの人物の魂を入れ替えるというもの。

「…は?どうしてこんなものが…これ、禁忌魔法じゃない」

 禁忌魔法は、その名の通り魔の国で法律で禁じられている魔法のことだ。悪用される可能性が高いものであり、そもそもどうやって使用するかということすら秘密にされている。

 …まさか、姫様が…。

 わたしは嫌な予感がして、さらにマークに接近する。より奥の部屋…薬品庫のような場所だ。


 そこに姫様は…いなかった。

 ネックレスは薬品庫の棚の下に落ちていた。でも姫様はいない。つまり…姫様の手がかりはここで途絶えてしまったということだ。

「…いえ!あきらめては駄目よ。もっと詳しく探さないと」

 絶望するにはまだ早い。そもそも、ロロニア様は簡単につかまったりする性格じゃないのよ。美しく逞しい姫様なのだから!

 わたしは屋敷をくまなく探索する。すると一室に、姫様の来ていたドレスが置いてあった。…嫌な予感を感じながらも、探索を続ける。もし姫様に無体を働いていたら、犯人はなにがなんでも殺す、八つ裂きにして殺すと決意しながら。

 すると、屋敷の裏手、森に続くところに、馬の足跡を見つけた。

 見たところ深い森で、馬で進むような場所ではないはず。

「あの性格悪そうな女は、森の中で彷徨っているかも…と言っていたわね。自分たちも安否を知らないと。だったら…姫様は、この森の奥?」

 屋敷は探しつくした。でも姫様の姿はない。ならこの足跡を追うまで!


「よし…お待ちください姫様!」

 馬の姿になり、森を掛ける。

 言っておくけど、姫様を気付けたら命はないですよ!


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