弓兵リカルドは意外と笑顔がかわいい
気付けば朝、そして走り続けていた馬車は止まっていた。
もぞもぞと置きだすと、アリアはまだ膝の上で眠っていて、レオナルドも熟睡中だった。ジークさんとルークスの姿はない。わたしはアリアの身体にマントを掛けて馬車の外に出た。
「んん…よく寝たぁ…」
のびを一度し、そしてぱしっと頬を叩いて気合いを入れる。
しっかり休んだ今、やることは、とにかく仕事!わたしが役に立つってことを知ってもらわなきゃ!じゃなきゃ置いて行かれる。よしやるぞ!
物音のするほうに行くと、川の傍で、ふたりの男性が火を起こしていた。一人はジークさん、もうひとりはくるくるとした赤毛の髪の男性だ。
「あの…おはようございます」
わたしの声に二人が振り向く。ジークさんは軽く微笑みながら「おはよう」と返してくれた。
くるくるとした赤毛の髪の男性は、短い剣と、そして弓を傍らに置いている。
「あ、ああ、昨日の迷子ですか」
わずかーに顔をしかめて言った。まいご。間違ってないけど、なんか嫌な響きだ。だって23歳ですもの。
「えっと、改めて、はじめまして。ロロです」
「…どうも。リカルドです」
挨拶だけ済ますと、リカルドそっぽをむいてしまった。しゃべり方は硬いけれど、思ったほど年はいってなさそうだった。20を超えたくらいかな?あまり愛想がよくない。わたしのことをまだ信用してないのか、それとも女子供が苦手なのか。案外両方かもしれない。
さすがに、そんなあらか様に面倒くさそうな態度をとられると傷つく。ちぇー、生まれはよくないけどこれでも王族なんですけど。
「あの、食事の準備ですよね。お手伝いします」
ジークさんがおや、という顔をして私を見下ろす。
「うむ…まだ眠っていても構わないぞ。疲れていないか?」
「全然平気です。わたし、昨日も言いましたけど、なんでもやります」
きりっと顔を作っていってみると、ジークさんはわたしの頭をぽん、と撫でた。ひえっ!
「じゃあ、食事の準備を頼む。できるか?」
「あ、頭撫でないでください!できます」
「朝から元気がいいな」
ジークさんはにかっと笑って見せる。不覚にもドキッとする。…魔の国って、軍隊はないから、筋肉ついてる人って多くないのよね…。素敵…かも。
食事の準備はリカルドが行ってる途中だ。ただ、今始めたばっかりのようで全然進んではいない。
いや、それどころか…。
もたもた、たまねぎの皮をえっちらおっちら、むきむき、つるっと手が滑って落ちる。
大分苦戦してる。リカルドは綺麗な顔をしかめながら、憎々しげに玉ねぎをにらみつけている。
「チッ…」
「そんな、玉ねぎ相手に舌うちしなくても…」
「はっ、い、いや、ちょっと歯がゆくなっただけです!普段料理なんてしませんから…」
焦ったように言う。あれ、気難しそうな人かと思ったけど、意外にかわいい。からかってあげたいところだけど、今は子供の姿と考えるとさすがに生意気すぎる。
「えーと、なに作るつもりだったんですか?」
「…考えてるところでした」
リカルドは眉間の皺をさらに深くしながらうなるように言う。調理品目未定かよ!いや、人選ミスじゃない!?下手したら塩をぶち込んだだけの水とか出てくるやつじゃない!?
「誰もまともに料理ができるものがおらんのだ。戦うのには長けているんだがなあ」
ジークさんも困ったように言う。いつまで旅が続くか分からないのに、料理誰かが作れないと困るでしょ!美味しいごはん大事よ!
「大丈夫です!わたし、得意ですから!」
にっこり笑って見せるも、リカルドとジークさんは半信半疑な様子だった。
チッ、子供だからって舐めてるわね。わたし、庶民派王族ですから!料理でもなんでもござれなのよ!むしろ、美味しいって評判なんだから!結婚できなかったら食堂開こうと思ってたくらいなんだから!
食料はあるようだ。野菜もいくつか、そして干し肉がある。単体で食べるには干し肉は味が濃すぎるけど、スープにすればすっごく美味しい。
あと、パンもある。たまごやバターがあればもっと美味しく食べれたけど、ないものは仕方ない。スープとパンだけって聞いたら味気ない気がするけど、具だくさんのスープなら満足に食べれる。
玉ねぎ、にんじんの皮をむいてみじん切りにし、干し肉を一口大にちぎる。油を引いたフライパンで炒め、そしてあらかじめ川でくんで沸かしていたお湯を加えて、少し煮込む。味付けは塩コショウ…うーん、もうちょっと風味が欲しい。
「ちょっと、草摘んできます」
「は?草?」
すっと立ち上がった私を、リカルドは止めた。
「…ひとりで森の中を動くのは危ないですよ」
どうやらついてきてくれるらしい。
「えへ、ありがとう」
「…森の中をちょろちょろしないでくださいよ。迷子になったら置いていきますからね」
「し、ま、せ、ん!置いてかないでったら!」
焚火からほんの少しだけ森の奥にいったところで、わたしは草をかき分ける。
「うーん…あ、見つけた」
見つけたのは、野生のハーブだ。
いくつかちぎる。籠もないから、わたしはスカートを持ち上げて袋替わりにしようとしたが、それを制止てリカルドはマントを広げてそこに居れるように示した。
「こら、スカート持ち上げすぎですよ」
「えぇ、そうかなあ…」
ちなみに、今着ているのはワンピースで昨日の夜にアリアに貸してもらったものだ。ちょっと裾が長いから持ち上げても平気と思ったけど…指摘されるとちょっと恥ずかしい。
さらに、わたしは目ざとく野生のベリーの木を見つける。季節が違うのは、実はなっていなかった。
ベリー、美味しいのよねえ…。
実が成ってないなら、成らせればいいじゃない。
わたしはリカルドの目を盗み、ベリーの木に手を添える。そして一番得意な、植物を育てる魔術を発動させる。
「えへへ、これもちぎって行こう」
大振りで甘みを蓄えたベリーをリカルドのマントに放り込む。
「待ちなさい。これは害なく食べれるものなんですか?」
「普通のベリーです。とっても美味しいんだから。ほら、食べてもなにも…うん!美味しい!」
「ちょっ、毒があったらどうするんです!」
「ないっですてば、ほら」
「あがっ!」
姑のようなリカルドの口に、説明するよりも早いと思いベリーを放り込む。美形にあまり出してほしくない悲鳴をあげさせてしまった。
リカルドは一瞬吐きそうな顔をしたけれど、すぐにおや、という表情になり大人しく咀嚼する。
「ね、美味しいでしょ」
「人の口に勝手に食べ物を放り込むのはやめなさい。…まあ、悪くないですね」
素直じゃないところが逆に微笑ましくて、思わずニコニコしてしまう。
残りの実をちぎって、どんどんとマントに投げ入れる。
「…植物に詳しいんですね」
詳しいというか、植物が専門分野です。食べれるものから、薬になるものまで、あらゆるものを魔法で育てれるから、たくさん勉強したものだ。
ふと、魔の国でのことを思い出す。
わたしの養父である国王陛下…ダイナス陛下は3兄弟の長男だ。第二王子はいまは亡きわたしの父、そして第三王子はファルサス叔父様。
ファルサス叔父様はわたしの魔法の先生だ。そして、わたしがダイナス国王陛下の養子として迎えられたとき、一番優しくしてくれた。
叔父様との魔法のレッスンは、いつも叔父様の研究室で行われている。国中から集めた魔法具や薬草が所せましと並べられていて、叔父様の研究室に入るときはまるで宝箱を覗くみたいにいつもワクワクした。
叔父様は3兄弟のなかで一番遅く生まれたため、出会った当時はまだ20代半ばと若かった。ハンサムで優しい叔父様に、わたしはよく懐いた。
「いいですかロロニア、君の魔術は植物を育てることに特化している。君は地味だとあまり気に入っていないみたいだけれど、食料や薬草の確保もできる。うまく使えば、戦いでも大活躍さ。つまり、とってもすてきな魔法ってこと」
「叔父様みたいなすごい魔術師になれる?」
わたしの膝の上に座らせ、頭を撫でながら叔父様は笑った。
「もちろん!たくさん勉強したらね。がんばれるかい?」
「はい!」
当時は、魔術の勉強は難しくってあまり好きじゃなかった。母は早くに亡くなっていたし、その後もスラムでゴミ箱をあさる生活をしていたから、魔術のことなんて基礎すらわからなかった。でもやればやるほど、叔父様や、国王陛下、それにリリーがたくさん褒めてくれたから、それが嬉しくてたくさん頑張った。
でも、途中から、勉強する理由は褒めてもらえるから、じゃなくて、誰かのためになるから、というものに変わった。義姉のオーリアの病気に、わたしが育てた薬草が効くと分かったからだ。
結婚が決まったとき、内心不安だったわたしの背中を押したのもおじ様。
「そんなナーバスにならないで、君はいまや、どこに出しても恥ずかしくないレディーになったじゃないか。その知識と魔法をエルトラド王国でも生かせるはずさ。誰にも愛される王妃になる」
「…やだ、むり。向こうの王子様超イケメンって聞いたし、釣り合わない…荷が重い…がんばるけど、つらい…」
わたしがひたすらうだうだ言い続けたのを、黙って聞いてくれた。
「まあ、遠くにお嫁に行くから不安なのは当然だ。だが、もしロロニアが不遇を受けることになったときは、君の叔父様が必ず仕返しをしてあげよう」
「仕返しって、なになさるんですか」
「その時までは秘密さ」
悪戯っぽく笑う叔父様は、ついでにこう付け足した。
「海の向こうの王子と結婚がうまく行かなかったら、わたしがお嫁さんにしてあげるよ。20歳年上のオジサンでもよかったらね」
…じゃあ嫁にもらいなさいよ、叔父様が初恋なんだからね、と内心思った。
叔父様…また会えるのかな。それに、故郷に戻れるかな…。
「…どうかしましたか?」
急に黙り込んだわたしを不審に思ったのか、リカルドがわたしの顔を覗き込んだ。
「え、あ」
ごまかそうと思ったが、リカルドはじっとわたしの目を見て言葉を待っている。リカルドの赤い髪が風に吹かれてゆらゆらと揺れる。結局、言葉が見つからず、素直な気持ちを口に出した。
「…これからどうなるのかなって…森のなかで怖い人に会ったし、もう追いかけてこないかなとか、ちょっと不安になっちゃった…あ、なりました」
あまり暗くならないように言ったつもりだったけど、思ったよりも力のない笑顔になってしまった。口の端がひくひくと引きつったようになる。あーやだ、暗いのも泣きそうになるのもいや!
しばし沈黙の後、リカルドは難しい顔をして、わたしの頭を撫でた。
「大丈夫…とは言い切れませんが、あなたが不穏な真似をしなければ安全なところまでお連れします」
思ったよりも大きな手はゴツゴツとして固く、でも優しい手つきだった。少しぎこちなく、頭の上の左右に動く。
「…ほんとに?」
「あなたが敵でなければ、です」
「悪いことなんかしないわ。わたし、料理も洗濯もがんばるもの!馬のお世話だってするし、裁縫に、お買い物で値切りだってできるし、わがまなだって言わないし…」
あとあれも頑張るし、これも…と続けていると、柔らかな笑い声が聞こえた。
「ふふ、その調子だったら、大丈夫ですね」
…笑った。
「ぬっ…と、とにかく頑張ります」
「ぬっ…?」
思わずドキッとして、変な声がでた。いけないいけない、今の声は姫失格だ…もともとあまりお姫様らしくないけども。…気難しそうな人が見せる笑顔って、ずるいわよね、なんていうか、自分には特別感あるっていうか。いまはわたしは子供の姿だからなんの意味もないでしょうけど!不覚にもときめいた…。
「それと、僕に敬語は不要です。あなたは僕の従者でもなんでもありませんし、僕自身、平民の出身ですから」
「リカルドさんは敬語なのに?」
「これは癖です。さあ、そろそろ戻りますよ]