王族と騎士たちとの遭遇
「はぁっ、はぁっ…」
もう大分走った。
途中、魔術で助けを呼ぼうとしてもなぜかできなかった。さっき飲んだ薬の副作用のせいだろうか。離れた場所の人へメッセージを送る魔術や、空を飛ぶ魔獣を呼ぶ魔術も使えない。植物を育てる魔術は辛うじて使えるみたいだけれど、以前よりも威力が落ちてるような…どのみちピンチにはかわりない。わたしはただひたすら走り続ける。裸足のせいで足の裏が痛かった。
気付けば夜になっていた。暗い森は右も左も分からず、わたしこのまま森のなかでさまよって死ぬかも…と不安になっていたとき、遠くで明かりを見つけた。もしかしたらわたしを探しに来たのかもしれない…と思いながらも、近づいてみる。
敵だったら逃げよう、一目散に逃げよう。
近づいたところ、どうやら馬車の傍で焚火をしている人たちがいるようだ。男たちが数名…あの屋敷に居た傭兵じゃない、かな?でも安全な人かどうかは分からない…。
わたしは馬車のなかの荷物に目を付けた。なかには武器や食料が置いてあるが、そのなかに紛れて、服がある。
そう、いまだに全裸。わたしこれでも魔の国の第二王女なんだけど…裸で森を疾走って…ああ、リリーたちは大丈夫かな。お父さんたちはこのこと知ってるの?
わたしはさっと馬車の中に乗り込み、ひとまず服を切る。子供の体重は軽く、馬車に足をかけても物音はしなかった。
ようやく、裸じゃなくなってほっとする。裸は見られたくない、未婚の女なんだから!
「ふう…」
「おい…誰だ」
「ひゃっ!」
背後から男の低く唸るような声が聞こえた。おもわず上げたわたしの悲鳴に、馬車の周囲にいた人物たちが一斉にわたしに気付く。
なんだ、どうした、敵かと、男たちが騒ぎ出す。
背後を振り返ると、暗くてよく見えないが、わたしよりはるかに背の高い、剣を携えた男がいた。
まるで巨人みたいに背が高い、怖い、こわい、こわい。
体ががくがくと震えているのが分かる。怖くて悲鳴もなにも出なかった。わたしの前にこの馬車の持ち主であろう男たちがあつまり、わたしの震えはもっと激しくなる。どうしよう、ころされるかも…。
「あっ、あの、あの、ごっ、ご、ごめ、ごめんなさい、あの、わ、わた、わたし」
「おい、まだ子供じゃないか」
「…追手、じゃないのか?」
「ももも、もりで、もりで、まっ、迷って、あ、や、やめ」
「こんなに震えて…おい、落ち着いて」
男の一人がわたしに向かって手を伸ばす。そして恐怖が頂点に達した私は思わず叫ぶ。
「なんでもするから殺さないでください!!!」
わたしの絶叫に近い嘆願は、どうやら彼らに無害な女だと思わせるのに成功したみたいで、警戒しながらも剣を向けることなく
「ほら、なにもせん、もう大丈夫だ。ほら、寒いだろう」
しゃくりあげるわたしを座らせ、肩にマントを掛けてくれたのは灰色の髭が良く似合う、壮年の男性だ。他の男たちもそうだが、腰には長い剣を携えている。
「ありがとうございます…」
男性の前でうすい服一枚で、正直とてつもなく恥ずかしくなってきていたためマントがありがたかった。
わたしは焚火の傍に座らせてもらっていて、近くには灰色の髭の男と、少し距離を置いて数人の男たちが囲むように立っている。大勢の視線を集めてきゅっと身が縮むような気持になる。威圧感、すごい。
「あっ、あの…服、ごめんなさい。誰のか分からないけど、勝手に借りてしまって…」
誰のものかは分からなかったため、とりあえず全員を見回してみる。すると、ひとりの男性が前に歩み出た。
「服のことは、全然構わないよ。それよりも、脅かしてごめんね」
そう言って、やさしく微笑んだ。金の髪に青い瞳の男性、とてもきれいな顔立ちだ。絵本の中の王子さま…と評しても、あながち言い過ぎじゃない気がする。
「あー、レオナルド、それにジークさんも。そんなほいほい招き入れて大丈夫かよ」
レオナルドと呼ばれたのはこの王子さま的イケメンの男性だろうか…。そしてこの灰色の髭が似合う、ロマンスグレーのおじ様がジーク。
「大丈夫だよルークス。この子が追手や刺客とは思えない。もちろん勘だけど…でもこんなに近づいても、ほら、この子はなにもしてこない」
レオナルドはわたしの頭を優しくなでる。思わず悲鳴を下げそうになる。
な、なでなでとか、なんのつもりですか!?出会ったばかりなのに距離近くない!?
「まあ、そうかもだけど…。しかし、なんでこんな森の奥に子供がいるんだ。しかも…」
ルークスはちらりをわたしの方を、もっと言えば剥き出しになったわたしの足に視線を送った。裸で飛び出てきたのを疑問に思っているんだろう。というか、恥ずかしいからあまり足を見ないでほしい。わたしはマントをスカートのように足に巻き付けて隠した。
ルークスと呼ばれたのは茶色のウェーブのかかった髪に、垂れ目がセクシーな男性だ。シャツの胸元を結構開けているため目の毒だ。すごくセクシー、たぶん私が脱いでもこんな色気は出せない。
「なあ、お嬢ちゃん」
ルークスがわたしに目線を合わせるようにしてしゃがみこむ。
「は、はい…」
「えーと、名前は?」
「ろ…ロロ」
本名をフルネームで言っていいものか分からなかったため、ロロリアとは名乗らなかった。ルークスは「ロロ、ね」とつぶやくように私を読んだ。ロロはそう珍しい名前じゃないはず。
「じゃあ、ロロ。どこに住んでるか分かるか?親は?」
…ルークスは妙にフレンドリーに話しかけてくる。というか、やけに話し方が…まるで幼い子供に対するようなものじゃない?というか、この人わたしのことお嬢ちゃんって呼んだよね。むしろわたしの顔立ちって大人っぽいっていうか、お嬢ちゃん呼びがしっくりくるような顔だちじゃないはずなのに…。
そもそもこの人達にわたしが魔の国の第二王女だって言っていいのかな。
「す…住む場所は、ここから遠く。親は…い、いないわ」
「遠くって…地名とか、わかるか?」
わたしは黙って首を横に振った。
男たちは眉をしかめ、顔を突き合わして話し始めた。
「おい、レオナルドどうするんだよあの子供」
「どうするって、見捨てることはできないよ…森のなかを裸でさまようなんて、きっと、普通じゃない。犯罪かなにかの被害にあったんじゃないか?もしかして、乱暴なことをされたのかも…」
ちょっと、聞こえてるんだけど…。別に無理やりされたとかはないし、お腹の痣はさっきの性格悪そうな女が蹴ってきたあとだから。でも可哀想な女だと思ってもらえるのは都合いいかも…あわよくば、というか絶対に森の外までは連れて行ってもらわないと!あわよくば安全な街まで連れて行ってほしい。
…あれ、我ながら、こんな状況でもたくましい。
だって、スラム育ちだし!生きぎたないもん!よくリリーに「姫君としては、なんというか、繊細さがなさすぎるといいますか、逞しすぎます!」と怒られた。
…そういえば、レオナルドとルークスの名前ってどっかで聞いたことがる気がする。しかもすごく最近聞いた。間違いない。こんなイケメンたちと出会ったことはない、というか出会ったら忘れないと思う。
わたしが首をひねって彼らのことを思い出そうとしていると、ぱきっと木の枝を踏む音がした。
「アリア、起きたのかい」
「…お兄様、その人は?」
質素なワンピースを身にまとった金髪に青い瞳の美少女がそこに居た。レオナルドのことをお兄様と呼んだ少女はアリアというらしい。
…レオナルドとアリア、そしてルークス…。
わたしはふっと、花嫁修業として読んでいたエルトラド王国についての書物を思い出した。
エルトラド王国の第一王子の名はジュリアス…そして第二王子はレオナルド、第一王女はアリア…そして王国騎士団副団長がルークス…あれ…。ピッタリじゃん…。
「この子は…森を迷ってたみたいでね」
「まあ、そうなの!?この暗くて広い森を…可哀想に…」
美少女アリアが目を細めて私を見つめる。
いや、思ったより、とっても平気だけど…という意思を籠めて笑って見せると、アリアは少し驚いた後、花がほころぶように微笑んだ。美少女だぁ…。
「あなた、名前はなんていうの?」
「えっと、ロロ…です」
「はじめまして、わたしはアリアと申します」
にこにこと笑う彼女は、簡素なドレスがやけに高級そうに見える気品を纏っている。やっぱり、この人達、エルトラド王国の人間じゃないの?しかも、平民どころか国の中枢人物。
普通ならこんな森の奥にいるような人たちじゃない。…じゃあなぜここにいるか…彼らは王国にいられない状況に追い込まれたということ。王族であるレオナルド王子がその状況に追い込まれるとはつまり、クーデターかなにか?
あまりよくない頭で必死に考える。
わたしはレオナルドの兄のジュリアスと結婚するためにこの国に来たけど、よくわからないやつらに魔術をかけられそうになった。魔の国とエルトラド王国の同盟の一環である今回の結婚は、いわば政略結婚であり、二国の和平の証明するためのものでもある。つまり、わたしに危害を加えるってことは「魔の国とは同盟関係なんか結びません、戦争します」っていう意思表示と考えることもできる。これは王族同士の取り決めで、国の未来がかかっている。けれど、それが反故になってるってことは…つまり、えーと、どういうこと?
わたしがうんうんと考えている横で、レオナルドたちは話を進めていたようだ。
「アリア、この子…ロロを、せめて森を抜けるまでは一緒に行こうと思う」
えっ、連れて行ってくれるの?…あれ、それってとても都合がいいのでは。おそらくエルトラド王国から逃げているであろう彼らに便乗すれば、わたしも怖い目にあったエルトラド王国から離れれるってことじゃないの?すごく都合が、いい。
「いいね、みんなも。アリアも…ロロと仲良くできるね」
「はい、お兄様」
「よし、じゃあ、決定だ。ロロ、森を出るまでだけど、どうかよろしくね」
そっとレオナルドの手が伸びて来る。
そして、わたしの頭を優しくなでた。
その瞬間、難しい考え事もなにもかも吹き飛んだ。
二度目のなでなで。わたしは我慢できず、その手を払いのけた。
「ちょっとー!子供扱いしないで!わたし23歳なんだから!」
わたしは思わず叫んだ言葉に、周囲の全員がポカーンとしたのが分かる。
しぃんとその場が静まり返る。
やばい、思わず叫んじゃった。
その静寂を破ったのは、ルークスの震えるような笑い声だった。
「く、くっくっくっく…いや、無理がある、さすがにウソだって分かるぞお嬢ちゃん!ふ、ぶふっ…23歳…」
「は!?本当に23歳だってば!」
「い、いや…さすがに、背伸びしたい年頃かもしれないけど、本当は10歳くらいだろ?な?…くくっ」
レオナルドはまだ驚いてぽかんとしている。
「10歳なわけないでしょ、23歳!とっくに成人してるの!さすがに気安く頭撫でられるのは嫌なの!」
レオナルドは小さく「ご、ごめんね?」と謝った。プライドが高い面倒な女と思われたかもしれない。い、いや、別にどう思われてもいいけど…。
「これ、そんな冗談はよくないぞ」
ジークさんも少し困ったように腕を組む。
「ち、違う、嘘じゃない。だって、どう見たって…」
がばっと立ち上がる。
そして、気付いてしまった。
目線、ひくい。
さっきはまだ冷静じゃなかったせいか気付かなかったけど、目線が低い。低すぎる。ジークさんの腰くらいしか高さがない。
「…お嬢ちゃん、どうかしたか?」
わたしは顔をぺたぺたと触る。今まで気付かなかったけど、手も小さくなってる。頬もふくっとやわらかく、そしてわずかにあった胸は完全にペタンコだ。
「…どうしたのかな?」
「疲れすぎて気が動転しているのかもしれないな」
あ、あー……。あ、あの薬品、小さくなる薬って書いてあったけど、まさか子供になるって意味だったのか…。あの屋敷から抜け出せてすっかり忘れてた。
魔術がほとんど使えなくなったのも子供の姿になって、魔力が弱くなったせいなのかもしれない。子供になってしまったって、すごく困った状況じゃない!?20歳そこらの若い女も危険だけど、子供ひとりでの旅なんてもっと危険だ。魔法ほとんど使えないし、魔の国に逃げ帰るまでに死んでしまうかもしれない。それは、困る、死にたくない。
だとしたら!この一向に安全な場所、あわよくば魔の国に戻れる場所までくっ付いていけるのが好都合なのでは!?
「あ、あの!レオナルド…さん」
「どうしたんだい?」
「わ、わたし、頼るところがないんです。あの、迷惑だとは思うんですけど、料理でも洗濯でもなんでもするので、一緒に連れて行ってください!」
「えっ!?」
始終穏やかな態度だったレオナルドも、さすがにわたしの発言に驚いている。周囲の人間もどよめいている。
自分でも、森で迷ってたのを保護した女の子が、急に「連れていけ」って言ったらびっくりするよ!
「あの、な、なんでも、本当になんでもします…だ、だから」
お父さんはわたしが王女としてでも、いつか市民の男性の元に嫁いぎ普通の女性としても申し分ないようにと教育してくれた。
つまり、わたしは!掃除・洗濯・炊事ができるお姫様ってこと!超庶民的!
「わ、わかった、分かったよ」
「えっ、連れて行ってくれるんですか…!?」
「う、うーん、さすがにすぐには決めれない。まだ君がどんな人なのかが分かっていないし、それに…僕たちも安全な旅ができるかわからない。きっと楽な旅ではない」
そんなぁ…わたしは泣きそうになりながらも、思いを込めてレオナルドを見つめる。レオナルドはうんうんと頭をひねる。
「えっと、君をこの暗い森に置いて言ったりはしない。ただ、安全な街が見つかれば、そこで僕たちとは別れたほうがいいと思う」
「で、でも…」
「君が言いたいことは分かったよ。でも、本当に、簡単には決めれないよ」
優しく肩に手を置かれて、わたしはひとまずこれ以上このことを言うのは辞めた。
そう簡単にはいかないか…。
ごとごとと揺れながら馬車は動く。暗い森のなか、ルークスは馬を上手に操っている。どうやらここで一夜を明かすわけではなく、夜の間にもっと遠くへ移動するつもりだったようだ。彼らの所持している馬車はもう一台あり、そちらにも何人か男たちが乗り込んでいた。レオナルドの言った通り、森の中に置き去りにはされなかったわたしはアリア姫の横に座っている。
同じ馬車にはレオナルドとジークさん、そしてアリアが乗り込んだ。騎手にはルークスさん。
本当はわたしがレオナルドとアリアと同じ馬車に乗るのはルークスが反対したけれど、アリアが「お喋りしたい!ロロさんと同じ馬車じゃなきゃ嫌!」ってダダをこねてこうなった。ルークスが強く反対できなかったのはアリアが王女様だからだろうか。
ただ、アリアは馬車に乗り込んだらすぐにうとうととして、ついにはわたしに寄りかかって眠り始めてしまった。わたしにもいつのまにか眠気が訪れていた。
これからどうなるのか、魔の国には帰れるのか、エルトラド王国との婚姻や同盟はどうなるのか、故郷のみんなは元気なのかを考えながら眠りにつく。