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スキルポイントを運に全フリして異世界転生する前に

作者: 上葵

むしゃくしゃして書いた。

今は反省している。

読んでくれた人に謝りたい。


 ああ、何てことだ。とうとう狂ってしまったらしい。

 予兆はあったのだ。漠然とした不安に襲われ悶々としていた時に、炊飯器が優しく話しかけてくれる幻覚を見たときは本格的にヤバイと思ったが、それを易々と越える最悪なトラウマだ。


 幻聴だ。幻覚だ。幻影だ。ヤクはやっていない。金がないからだ。にも関わらずかつての面影が今目の前で元気よく跳び跳ねている。

 ヒキコモリって、そんな罪深いことなのかね。パラサイトシングルなんて吐いて捨てるほどいると思っていたのに。


「ねぇー、暇だよー暇だよぉ、ゲームしようよー。スプラトゥーンしよーよー。イカちゃんイカちゃん!」


 無視だ無視だ。現実としてあり得るわけがないのだから、必死に頭を振って妄想を追い出そうとするも幻は消えてくれない。

「ねぇ。キヌゴシー。スプラトゥーン」

 俺の腰にまとわりつく虚像。あの頃と変わらぬ姿で。

 どんなに振りほどいてもしつこく抱きついてくるので、妄想を振り払う意味を込めて、近所のファミマに行くことにした。


 0時を回ったくらいだ。帽子を目深にかぶって誰とも目を合わさないように歩く。昼間は精神的なアレで外出できないので、外に出れるのは夜中に限られていた。これでも一時期よりはマシになったのだ。コンビニにだって通えちゃう。

 サンダルを履いて町へ出ると残暑が俺をじっとり包み込んだ。夜に包まれる郊外の住宅街は昼間と同じようにアブラゼミが鳴いていた。もう九月なのにまだまだ元気一杯だ。

「ねぇねぇ出掛けんの? どこいく? なにする? えいとふぉー!」

 セミよりも元気な夕凪は小一でこの世を去ったはずだった。でもいま目の前にいる。こわい。

 頭痛は収まらない。トラウマから離れようと、夜風にあたりにきたのにどこまでも過去はついて回る。

「なんなんだよ……」

 オカンには夕凪が見えていなかった。当たり前だ。こいつは十年前に死んだのだから。


「しゃわせー」

 店員のやる気の無い来店の挨拶を聞き流し、雑誌コーナーへ直行する。深夜とはいえコンビニにはけっこう客がいた。暇そうな大学生に作業服をきたオッサン。誰一人として目線を合わさないようにラックに積んである一冊のジャンプを手に取って目を落とす。

「あれー、こち亀が載ってないよー」

 夕凪が横から覗き見てくる。失せろ。

 こんな状態じゃ立ち読みなんて出来るはずがない。連載再開したと聞いていたが、ハンターハンターはやっぱり休載していた。来週は載ることを祈ろう。


 缶コーヒーを購入し、ガードレールに腰を落とす。出掛けるとき親がまだ起きていたので、彼らが眠るまでここでぼんやりすることにする。

 夏の夜空は美しかったが、蛍光灯に照らされた看板には羽虫が群がっていた。東京も郊外まで出ると地方よりずっと田舎だ。

「あれー、キヌゴシ今何歳だっけ?」

 夕凪がくりくりとしたボタンのような瞳で見つめてきた。

「16」

 思わず返事をしてしまった。

「あ! やっと喋った!」

 しまったと思ったが、嬉しそうに頬をほころばせる妄想の夕凪はあの頃同様可愛らしかった。

「見えてんなら返事しろよーこのー」

 蹴飛ばしてやりたくなったが、我慢した。妄想を相手にしても無意味だからだ。


 不毛な一日を振り返る。


 今朝、といっても昼過ぎだが、目が覚めると自宅のソファに横になるこいつがいた。その時は気のせいと思いこみ二度寝と決め込んだが、目が覚めても依然変わらず夕凪はいた。

「ユウナね、いま天使やってるんだー」

「……」

 こいつはやばい。でも一番やばいのは死んだ幼なじみを天使として目の前に召喚した俺の磨耗した精神だ。

「そんでろくでもない人生を送ってるキヌゴシのことを助けに来たんだよ」

 何を言っているのかわからなかったし、ここまで来たかと頭を抱えた。

 妄想は妄想だ。やはり無視しよう。放っておけば正常に戻るはず。大抵そんなもんなのだ。

「そんでね、キヌゴシにね。いいニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」

 なんでこんな欧米被れみたいな言い方しているのだろう。俺は夕凪を無視して蛾の不規則な軌道を目で追っていた。

「じゃあ、いいニュースからね。なんとキヌゴシは1000億分の1の確率に選ばれました! ひゅーぱちぱち!」

 少し気になって夕凪に目をやると、したり顔でニタリと笑われた。ちきしょう。

「そんでね悪いニュースはね。キヌゴシはもうすぐ死んじゃうってこと」

「は?」

 思わず声が出ていた。

 いま、なんて、こいつ?

「神様から聞いたんだけどね、キヌゴシは地球が生まれてからジャスト1000億人目の死者になる予定なんだって、だから記念すべきキリ番ゲッターのキヌゴシの来世を輝かしいものにするの」

「……」

 俺はもう限界かもしれない。なんだってこんなことになってしまったのだろうか。

 昔死んだ友達の妄想が見えるのはまだいい、いや、よくないけど、そいつが天使になってやってくる幻想をみるなんて、やっぱり病気だ。

「神様にね、ユウナはキヌゴシと幼なじみだって言ったらね、気をきかせてアドバイザーにしてくれたんだよ」

「……」

「あの時ユウナのせいでキヌゴシやさぐれちゃったから今度はユウナがキヌゴシのために頑張るね!」

「……」

「心配しないで、きっとぜんぶちゃんと上手くいくから! 好きな力を望むように振り分けられるようにしてあげ」

「うるせぇよ!」

「?」

「なんなんだよ」

 夜中のドンキホーテにたむろしてそうな連中が奥の歩道から不審者でもみるような視線で俺を見てきた。ハッとして慌てて声を潜める。いまさら世間体を気にするなんて悪い癖だ。

「お前は死んでんだよ。死んだんだよ。いなくなってくれよ。頼むから成仏してくれ」

 吐き出すように懇願した。心からの気持ちだ。

「やーだーぴょーん!」

 と言って、くまのプーさんのティガーのようにピョンピョンと跳び跳ねる。

「ぐおおおお! うぜぇー!!!」

「夕凪はキヌゴシを異世界転生させると決めたのです! 覚悟を決めてください」

「いやだよ、そんなの! 俺だってちゃんと生きてんだ! まだ死にたくないわ!」

「死にたくないの?」

「……死にたく……」

 死にたい。

 ほんとうはめんどくさいからぜんぶ投げ出して死んでしまいたい。

 そんな俺の心うちを見透かしたのか、夕凪はにんまり笑うと腰に手を当てて大声をあげた。

「おおっ、キヌゴシよ! 進学校に進んだはいいけど、周囲のレベルの高さから劣等感感じてヒキコモリになるなんて情けないー!」

「なんで知ってんだよ!」

「ずっと見てたからだよぉ。学校はめんどくさくても行っとくべきだと思うよ。一回逃げると癖になるからさ」

「うるせぇな。余計なお世話だよ」

「もう言っても仕方ないことだけど。まあでも安心して! ユウナはキヌゴシの味方だから! 全部が全部上手くいくよ!」

「黙ってろ!」

 怒鳴るが涼しい顔だ。ああ、やばい、コンビニから出てきた大学生風の男が怪訝な瞳でこっちを見ている。そりゃそうだよな。独り言ぶつぶついってる気持ち悪いやつだもん。客観視したら。

「ユウナは天使だからなんでも出来るよ。さぁ、来世で会おう!」

 イライラが頂点に達した。

「そこまで言うならやってみせろ!」

 人の目なんで気にするか。もう俺は限界だ。このまま叫びながら深夜の住宅街を走り抜けたい。

「オーケー! まかせろ!」

 ビシッと夕凪が親指をたてると、彼女の小さな体が光に包まれる。む。なんだ。これ。あ、ヘッドライト。轟音。眩しい光に目が眩む。

「え?」

 車が突っ込んできた。乗っていたのは老人だった。車停めを乗り越えて、ボンネットが唸りをあげる。駐車しようとしてアクセルとブレーキーを踏み間違えたらしかった。車と壁とで俺をサンドイッチ。骨がきしむ音がする。バカな。





 目が覚めると真っ暗闇だった。目を開けているのか閉じているのかさえわからない。瞼に触れてみたが感触も無かった。

 痛みはない。それどころか感触がない。なんだここは。まさか。

 ポッ。と明かりがついた。さっきまでとは一転、空間は白一色に包まれる。自らの体を確認する。傷はないが、全裸だった。

「やっほー、さっきぶりー。それにしてもキヌゴシ大人になったね」

 ふわりと上から現れた夕凪が俺の股間を凝視しながら言った。変態幼女め。

「なんだ、ここ?」

 辺りを見渡す。見たことのない景色が広がっていた。

「ん? 生と死の狭間、辺獄(リンボ)と呼ばれるところだよ。ほら」

 夕凪はその場でくるりと一回転するように手を伸ばした。

 いくつかは道があるのがわかった。道の先にはフランスの凱旋門のようなものが立っていた。


【この門を潜るものは一切の希望を捨てよ】


 アーチのところに日本語で綴られていた。アホらしい。どうやら絶賛臨死体験中のようだ。

「ね!」

「ね、じゃあねぇよ。夢ならさっさと覚めてくれ」

 怒鳴り付けると夕凪は「あの門を潜ればスタートだよ!」と要領の得ない説明をしてくれた。

「スタートって、なにが?」

「ふふーん。気になるよねぇー。よーし、それじゃあ、説明続けるね」

 夕凪はパンパンと手を叩いて人差し指を一本たてた。フォン、と縄跳びが空気を割くような音がして、空中に文字が浮かぶ。

・生命力

・魔力

・知能

・攻撃力

・耐性

・運

・見た目

「はい、これステータス!」

 ゲーム脳ここに極まれり。

 七つの単語は彼女の指先を中心に横並びになっている。

「保有しているスキルポイントを自由に振り分けして、生まれ変わりを有利にすすめることができます」

 夕凪は機嫌良さそうににっこりと笑った。

「ちなみに普通の人が初期で保有しているポイント10くらいなんだけどキヌゴシはこれだけポイントがあるよ」

 とるるるん、とライフポイントが表示される時みたいな音が流れて、ポッと数字が浮かぶ。

 1000億ポイント。

「ん?」

 夕凪の指の先には1と0が11個。

「ん? んん?」

 バグってんのか?

「なんてたってキリ番ゲッターだからね。1000億を自由に振り分けてね」

 正気の沙汰とは思えなかった。バランスブレイカーにもほどがある。

「念じれば数字は移動するからね」

「まあいいや。どうせ夢なら楽しむか」

 言われた通りに念じてみると、少女の言う通り次々に数字が変動していった。これは愉快だ。

 俺は以下にポイントを振り分けた。

・生命力 10

・魔力 10

・知能 10

・攻撃力 10

・耐性 10

・運 99999999940

・見た目 10

「……」

 夕凪は呆れたように俺を見た。

「なにこれ」

 ピコンピコンと電子音をたて、数字が点滅している。

「わからんか? 現実において一番重要なのは運のよさなんだぜ?」

「もし仮にそうだとしても極端すぎるよ」

「スキル振り分けってのは、バランスよくやるよりも一個の能力を突出して伸ばした方が効率がいいんだ」

「ほんとにそれでいいの? よく考えたほうがいいよ。振り分けが出来るのは最初の一回だけなんだよ」

「いいよ。別にこれで」

「むむむ。なんか捨て鉢だね。ひょっとしてまだ夢だって思ってる?」

 思ってる。

「いやいや、そんなことないぜ。お前は確かにここにいる。またあえて嬉しいよ。朝比奈夕凪」

 夕凪は顔を赤くして微笑んだ、

「ユウナもだよ。越井絹」

「へへ」

 見つめ合って笑い会う。なんの時間だこれ。

「さささて、準備が整ったことだし、次のステップに行こうー!」

「次?」

「選べるジョブだよ!」

 意味が分からなかった。

「キヌゴシがこれから転生する世界はあらかじめ神に決められた職業に従事することが定められた世界なんだよ。天職ってやつ。途中で変えることも出来ること、とりあえず好きなの選んでね。いくつか極めることによって上級職にチャレンジすることも出来るから」

 再びフォンと鳴って文字が浮かぶ。

・戦士

・忍者

・武闘家

・魔法使い

・ヒーラー

・盗賊

・無職

 いくつかまともじゃない職業が混じっている。少なくとも盗賊は仕事じゃない、犯罪者だ。

「さぁ、どれ?」

「どれじゃねぇわ。こんなかなら、そうだな……」

 戦士とか忍者とか、ぜんぶ命がけの職業に思える。魔法使いとかヒーラーとか知能が弱い俺に勤まるとは思えない。

「こんなかなら無職一択だな」

「……」

「無職極めるとなにがあんの?」

「……なんもないよ」

「そりゃそうか」

「え、ほんとに無職を選ぶの?」

「うん。焦るとろくなことないからね」

「そ、そう。まあ、それならそれでいいけど。さ、さぁ、切り替えて次!」

 手をパンパンと叩いて彼女は続けた。

「最後は記憶を引き継げるかどうかを選べるよ。今のスペックのまま次の人生をチャレンジできるの。もし次の人生が終わるときに高い徳を得ていたらキヌゴシも神様の仲間入り出来るんだ。ユウナと一緒に天使ができるんだよ! 頑張ろうね!」

「そうなんだ。記憶は引き継がなくていいです」

「え」

 この世の終わりみたいな顔をする夕凪。思い出したが、こいつは百面相だった。

「え、なんで、話聞いてた? 高い徳を得るためには、誰かから感謝される必要があるんだよ。有利に人生を進めるためには強くてニューゲームしたほうがいいんだよ」

「こんなろくでもない人生のことなんてさっさと忘れたいわ」

「むむむ。キヌゴシ、わかってるの? そんな、投げやりに決めてたら次の人生上手くいかないよ」

 夢なのに説教されてしまった。

「いや、この際だから言うけど、俺、平穏に過ごしたいんだよね。徳とかいらねーから、荒波がない人生を歩みたいんだ。激しい喜びはいらない、その代わり深い絶望もない植物のような平穏な人生をね」

「なぁにそれ。昔のキヌゴシは人として生まれたからには何か大きなことをしたいぞ! って言ってたじゃん」

「……お前が死んだときに思ったんだよ。こんな深い悲しみに襲われるなら、来世は動物園のパンダになりたいって。なにもしないで飯だけを食べる生活がしたいって」

 夕凪は少し悲しい顔をした。


 さて、彼女が死んだ時のことを思いだそう。ちなみにここから先は閲覧注意だ。心が弱い人は折れてしまうかもしれない。


 彼女が死んだのは、俺が投げた情緒不安定なボールのせいだった。

 テンテンと転がっていくソフトボールを夕凪は「下手くそー」と茶化しながら追いかけた。男女の垣根などない小学一年生のころの話だ。

 あの暑い九月を、俺は生涯忘れないだろう。


 陽炎揺蕩うアスファルトの上で、夕凪は臓物をぶちまけた。


 トラックのブレーキ音と蝉時雨が耳朶を震わせ、鼻腔を血の臭いが支配した。

 花に似た香りが、生ゴミのような異臭に変わり、込み上げてくる不快感を抑えることが出来ず、情けないことにその場で吐いてしまった。

 手をついたザラザラのブロック塀がスリコギのように肌を削り、血が出ていることに気がつかないほど、その時の俺は逼迫していた。

 出てくるのは胃酸のみであったが、俺の聴覚は自らの嗚咽をとらえるのみで、現実から目を背けるように、喧騒を遠い国の出来事のように聞いた。

 誰が見ても助からない。

 夕凪の体は半分に千切れ、焼けたアスファルトに赤黒い血溜まりができていた。あの小さな体にどれだけの血液がつまっていたのだろうと俺は検討外れなことを考えていた。

 サイレンが響く。

 野次馬は俺と同じように吐くか、下卑た笑みを浮かべながらケイタイで夕凪の遺体を撮影するかのどっちかだった。

 寒気がした。吐き気がした。目眩がした。人間の汚さと愚かさと好奇心の恐怖を知った。

 熱に浮かされた夢遊病患者のように、立ち上がり、苦しくて涙目になった俺に、未来は滲んで見えなくなった。


 そこから先は平凡だ。夕凪が死ぬと同時に俺の心と未来も死んで、小学一年の男子は希望を無くすと同時に厭世感に囚われるようになった。

 どうせ人は死ぬ。

 生きていても仕方がないなら、俺はなんで息をするのだろう。

 彼女のあとを追って死んでもよかったが、親がそれを許さなかった。でも、そのときの俺にとってはそれが救いでもあった。

 なにかから逃げるようにがむしゃらに勉強して、夕凪のことを必死に振り切ろうペンを動かし続けた。

 念願の名門高校に入学し、やっと夕凪のことを忘れることが出来ると思った。でも無理だった。俺の不純な逃避行は化けの皮を剥がされ、真の天才が跋扈するエリートの中で凡人はそれはもう悪目立ちした。厭世感は劣等感に代わり、臆病な自尊心はドアも窓も締め切れた部屋に逃げることでかろうじて自己を保つことに成功した。なんてことはない。

 だから夏休みの延長戦を楽しむ俺の目の前に夕凪が現れたのはなんら不思議なことではないのだ。


「そんなの! 寂しすぎるよ!」

 妄想としての夕凪がわめいている。窓もドアもないだだっ広い白い空間で。

「ユウナはね、キヌゴシに幸せになってほしいの」

「だからってさぁ……」

 ふむ、わしに死ねというのか。

 それもよかろう。

 無言になった俺の手を取り、夕凪はまっすぐに見つめてきた。

「ユウナはうれしいんだ。またこうしてキヌゴシの手を握れることが。だからさ、頑張ろうよ!」

 あの頃と同じ純粋無垢な瞳だ。この世に汚いものなんてないって信じきっている、そういう瞳だ。

 眩しすぎる。

「まあなんでもいいさ。チュートリアルはこれでおしまいか?」

「一応、そうだけど。……キヌゴシは後悔しない?」

「しない。新しい人生がラッキーに包まれるとかサイコーだろ」

「そこじゃないよ。ユウナが言いたいのはね。自分の記憶がなくなるってところ」

「なんで? だって生まれ変わるってそういうことだろ?」

「うぅ、そうだけど……」

 困ったように夕凪は頭をかいた。言いたいことがまとまらないらしい。少し可笑しくって吹き出してしまった。

「来世で会おうぜ」

 俺は彼女の肩にぽんと手をやって、まっすぐに道を歩き出す。

「あっ」

 夕凪が声をかけてきたが、俺は振り向かずうつむかず道を歩く。

 さようなら夕凪、わが人生。

 願わくば次の人生に祝福を。アーメン。


 門を潜ると再び俺は光に包まれた。柔らかく、それでいて暖かい光だった。


 目が覚めるとベッドに寝ていた。

「……あ」

 始めに断っておこう。ベビーベッドとかではない。

 すべすべとした柔らかいシーツに高くて白い天井と、清潔すぎるカーテン。


 病院のベッドだ。


 体を起き上がらせるとマットレスがギシっと歪んだ。

「おおっ」

 声が上がる。

「ん?」

 そちらに顔をやると白い服を着た医者とナースが目を皿のように開いて俺を見ていた。

「奇跡だ!」

 一人の白衣の男性が声を荒らげた。

「アレだけの事故なのに、骨も折れていないし、外傷もない! 奇跡としか言いようがない!」

 興奮したように唾を飛ばす。汚い。

「……よかった! 本当に、無事で、よかった……」

 泣き崩れる。女の人。恋人とかではない。お母さんだ。

「キヌ、あなた、コンビニで事故にあったのよ」

 うう、と呻き声をあげながら母さんが言った。

「ああ、そりゃどうも」

 実感がわかなかった。

「すごい事故だったのよ。コンビニの壁は大破するし、あなた血だらけだったから、でもね病院に搬送されて検査してみたらどこも怪我してなかったのよ」

「え、血は?」

「わからない、わからないけど、あなたが目覚めたのは奇跡なのよ」

 奇跡ね。ホラーの間違いだと思うけど。

「あの、かあさん、ごめん」

「な、なに?」

 いろんな事が怒って頭が回らないし、なにより、

「すこし一人にしてくれないかな」

 こんなに注目されるのは苦手だ。


 一人でベッドに横になり、電気が消される。

 シンと静まり返った病室の窓からは月明かりが差し込んでいた。

 ポケットにいれていたスマホはバキバキに折れていた。暇潰しもできないし、まだ一年も契約が残っているのに。

 時刻は深夜2時。丑三つ時である。

 スマホを枕元に頬り投げ、ため息をつく。

 0時を越えて、日付が代わり、夕凪の十回忌がやって来た。

 だからなんだ。

 遺影の少女は年を取らない。

 だからなんだ。

 俺は彼女の家に線香をあげに行ったことなどない。夕凪が死んだのは半分以上俺のせいだからだ。会わせる顔なんてなく、間違ってしまった俺に言い訳などあるはずがない。

 妄想の夕凪は消え去った。あれは本当に臨死体験だったのだろうか。だからきっと贖罪を俺の精神が望んでいただけなのだろう。

「妄想」

 相変わらず軟弱な精神だ。少しも大人になれていない。いっそのこと死んでしまえばよかった。

 そしたらあんな夢を見ることもなかったのに。

 夢?

 夢の内容を思い出す。1000億人分のステータス振り分け。

「いや、まてよ」

 もしかしたら、あそこで運にステータスを全フリしたから、命が助かったのかもしれないな。

 死ぬのことが一番の不運に違いないのだから。

 まあなんでもいいさ。

 俺は目を閉じて上向きで睡眠を取ることにした。

 寝よう。

 夕凪が言っていたことがもし仮に起こり得たとしたら、俺は今の状態で生まれ変わったということだろうか。行きたくもない学校に行けということだろうか。

 いや、その前に、彼女のお墓参りに行くことにしよう。

 とりあえず今後のことは明日退院してから考えよう。

 コツコツ。

 眠りの縁に立つを俺を呼ぶように窓ガラスがノックされた。

「……」

 ほとばしる嫌な予感。

 ここ、四階だと思ったけど。

 薄く開けた視界がとらえたのは、窓の向こう、夜空の下、宙に浮く夕凪だった。

 がらがらがらと窓を開ける幼女。室内に晩夏の夜風が吹き抜ける。

「キヌゴシー、異世界転生はやっぱなしにしてさ」

 ちょこんと窓枠に腰かける。

「異世界転移してみない?」

「してみない」

 そんなことより学校いかなくちゃ。




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[良い点] なんだかんだ転生すると思ったけど意表を突かれた ちゃんとオチがあって夕凪がいなくなってなかった [気になる点] 夕凪がメンマ過ぎる
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