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青年期4 抱きしめてみた

 森の家への道を歩きながら、どうやって師匠に切り出そうか頭を悩ませていた。

 一週間前に村長から通達されて、旅の準備は進めていた。両親や、友人にも挨拶は済ませていたが、いまだに師匠に話せずにいた。


 今日中に話さないともう機会がなかった。


「師匠、こんにちは!!」


 オレは努めて明るい声になるように心がけながら、森の家の扉を開けた。

 中にいた師匠がそんなオレをすこしびっくりしたように見ていた。


「キミ、ちょっと声がおおきいよ」


「あはは、すいません。今日はすごくいい天気で、気分も上々なものでして」


「曇っているように見えるんだが」


 窓から見える空には雲がかかっていて、そのせいか家の中は薄暗かった。


「そんなことより、今日は何か仕事はないですか?」


「急いでやらないといけないものはないな、薬草の備蓄も十分だし」


「それなら家の掃除しますね」


「いや、掃除ならさっき終わらせたところだ」


 掃除用具を取り出そうとしたところで、師匠に止められた。


「ゆっくりとしていればいいさ。どれ、お茶でもいれてやろう」


 師匠は台所に向かい、お茶を入れるためにお湯を沸かし始めた。

 てきぱきとお茶の準備をする姿を、ぼーっとテーブルの前に座りながら見ていた。


「今日はやけに饒舌じゃないか、何かあったのか?」


 師匠が背中ごしにオレに語りかけてきた。その声は静かで優しかった。

 どうやって話そうか黙っていると、師匠はお茶をいれたカップをオレの前に置いて対面の席に座った。


「先週から様子がおかしかったね」


「そんなに、オレってわかりやすいですか?」


「これでもキミの師匠を5年もやってるんだ、だいたいわかるよ」


 見透かすように優しげな顔で、師匠はオレのことを見ていた。


「実は……、今年が軍役の年で、来週から参加する予定なんです」


「そうか、もうそんな年になったのか」


 隣国とは常に緊張状態で、国境線には兵が配置されていた。

 そして、国民のうち男は15歳になると、1年の兵役が課せられ国境の守備に向かわされる。


「師匠、もしかしたら、もうこれっきりになるんじゃないかと思って……」


 こらえていた恐怖が背をのぼり、頭をうつむかせた。


「大丈夫だよ」


 師匠が立ち上がりオレの横に回ると、うつむくオレの頭をその小さな体でそっとつつんだ。

 暖かく、花のような香りにつつまれた。


 師匠は、幼子をあやすように背中をとんとんとたたき、大丈夫と耳元でささやいた。

 師匠の優しさにずっとつつまれていたいとう思いもあったけど、オレは師匠のきゃしゃな両肩をつかんで体を離した。


「オレはもう子供じゃないですよ」


「すまないな、余計なお世話だったかな」


 師匠は寂しそうな顔をしながら、オレから一歩離れた。

 だけど、オレはイスから立ち上がり師匠を追うように一歩前に近づいた。

 目の前には、金色の髪をもつ小柄な少女が立っていた。師匠であると同時に、オレにとってはただ一人の少女であった。


「師匠、最後になるかもしれないので、聞いて欲しいことがあります」


「なんだい?」


「師匠が好きです。最初にあったときから、ずっと。オレと一緒になってください」


 オレはいままで言えなかった言葉をようやく口にすることができた。

 

「そうか、だが、わたしはエルフで、キミは人間だ。生きる時間も違う。こう見えて、キミの村の長老よりも年上なんだぞ」


「そんなこと、問題ないです」


 師匠は悲しそうな顔をしたあと、表情を隠すようにくるりと背を向けた。


「わたしは何人も見送ってきた。人間というのはいつのまにか年をとって、先にいってしまう。キミも、きっと……」


「それでも、オレは最後まで一緒にいたいんです!!」


 オレは精一杯の気持ちをこめて訴えかけるが、師匠は背を向けたまま何も言ってこなかった。

 静寂が家の中を満たし、オレはぽつりとこぼした。


「もしも、オレがいなくなったら……、師匠は悲しいですか」


 師匠はすぐには答えず、少し間を置いてからこちらを振り向いた。


「……悲しいよ、きっと、キミのことを何度も思い出すだろう。ヨハン、キミは帰ってきてくれるかい?」


「はい、絶対、帰ってきます」


 オレは力強くうなづいた後、師匠の体を抱きしめた。折れそうなほどに細い体だったけど、やわらかく生命を感じさせる暖かさがあった。


「こ、こら、いきなり抱きついてくるじゃない」


「すいません、できれば、帰ってくるまでに師匠のことを少しでも覚えていたくて」


 腕の中で焦った声が聞こえてきた。でも、この手をしばらく離したくなかった。


「本当に仕様のないやつだな……」


 師匠も暴れたりすることなく、オレの胸に頭を預けてきた。

 この暖かさを感じるために、絶対に帰ってこようと決意を固めた。



 翌朝、国防軍のいる国境に出立するオレを、村人たちが見送りのために集まってくれていた。

 両親や、村長たちから激励を受け、かならず生きて帰って来いといわれた。

 その中には、めったに村にこないはずの師匠の姿もあった。


 オレは唇をぐっとかみ締めて、村を後にした。

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