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青年期3 わがままをいってみた

 さらに月日がたち、オレが15歳になったころ、今日もまた師匠の家に来ていた。


「師匠、こんにちは」


「ん? ああ、ヨハンか。いらっしゃい」


 かなり前に声変わりが終わったのだが、声をかけると師匠がびっくりしたようにこちらをみることがあった。

 身長の差もずいぶんついて、師匠の頭はオレの胸あたりにあり、見下ろす格好になっている。


「キミもずいぶんと大きくなったなぁ。また背が伸びたんじゃないか」


「師匠はお変わりないですね」


「言ってくれるな」


 師匠と軽口の応酬を交わしながら、オレは背負っていた荷物を降ろした。

 中には村のものたちから師匠への贈り物が入っていた。

 以前だったら、その重さに青息吐息だったというのに、自分の成長を実感できた。


「村の者たちからの贈り物です」


「そうか、いつもすまないな。後でよろしく言っておいてくれ」


 師匠からの続く言葉を待ったが、なにもなさそうだったのでオレから切り出すことにした。


「それで、師匠、あのこと考えてくれましたか?」


「はて、なんのことだったかな?」


 オレの質問にとぼけるような口調で返してきた。


「オレもここで住み込みで働きたいというお願いしたじゃないですか」


「あー、そうだったか。まあ、その話は後でな、とりあえず、お茶でも飲もうか」


 師匠のはぐらかすような態度にオレは口をつぐんだ。


 15歳となると、村の子供は大人と認められて独り立ちを許される。

 そして、オレは師匠の下でさらに修行に励むために、住み込みで働かせてくれるようにお願いした。


 本音を言えば、師匠と一緒に一つ屋根の下で過ごしたいという下心があったのだが、それは秘密にしている。


 テーブルの前に座り、師匠がいれてくれたお茶を一緒にすすった。


「キミが弟子となってから、えっと、何年だったかな?」


「5年です」


「そうだったか。年をとると、月日の流れを忘れていかんな」


 しみじみといった感じで老人のようにつぶやくが、その体は華奢な少女のものだった。


「それでだな、そろそろ弟子であるキミの卒業試験をしようと思う」


「え? 待ってください、オレはまだ師匠から学びたいことがたくさんあるんです」


「安心しろ。キミはもう基礎的な知識と経験は十分に積んだ。あとは一人で薬師としてやっていけるかを見るだけだ」


 突然のことにオレは焦りながら食い下がろうとした。ここで、師匠と離れ離れになったら、いままでの苦労が水の泡である。


「まったく仕様がないやつだな。それでは、いつまでたっても独り立ちできんぞ?」


「オレは、ずっと、師匠の弟子がいいんです」


「鳥が成長して巣立つように、いつまでも弟子というわけにはいかないだろう。なぜ、そこまで弟子に固執するんだ」


 何を言えばオレの気持ちが伝わるかわからず、思ったことをそのままいうことにした。


「オレは、オレはずっと師匠と一緒にいたいんです!!」


「っ!?」


 オレは恥ずかしさを感じながらも言い切った。

 そして、師匠の顔を見ると、どうしてか驚いた顔をしたまま硬直していた。


「師匠?」


 何もいってこないことに不安を感じて、名前を呼んだ。


「あ、ああ、すまない。少し取り乱してしまった」


 そういって、師匠はうつむいた。こんな師匠は初めてだった。


「すいません、ワガママばかりいってしまって、でも……」


「すまないが、今日は帰ってくれないか。すこし気分が悪くなってしまってな」


 師匠がオレの言葉にかぶせるように拒絶の言葉を投げかけてきた。

 いつも師匠はこちらの話が終わるまでゆっくりと待ってくれるひとだったのに、やっぱり、今の師匠はどこかおかしかった。


「師匠……」


 声をかけるが師匠はくるりと背をむけて、拒絶の意思を示していた。


「すいません、失礼します」


 オレは下唇をかみ締めながら、森の家を出て行った。

 


 ◇


 

 バタンと乱暴な音を立てながら扉がしめられ、窓からヨハンが泣きそうな顔をしながら家から出て行くのが見えた。

 彼には悪いことをした。だけど、今のわたしでは、なにもできないだろう。

 それほどまでにさっきの彼の言葉に動揺していた。


『ずっと一緒にいよう』


 それは誰かが口にしたはずの言葉だった。

 そして、それはわたしの記憶に残っているはずなのに、今の今までまったく思い出せなかった。


 さきほどのことで、記憶の断片を掘り起こすことはできたが、その人物のことは思い出すことはできなかった。


「キミは一体だれなんだい?」


 わたしはつぶやくが、ひとりだけの部屋でむなしく響くだけだった。

 わかっている、その人は記憶の彼方に行ってしまい、二度と思い出せないということを。


 しかし、それでも、その人は自分にとってかけがえのない人だったという思いだけは残っていた。

 久しく忘れていた寂寥感が胸の中じわりと広がった。


 

 昔、わたしはこの家に2人で誰かと住んでいたはずだった。

 だけど、その人に関する記憶や記録は、まるで元からなかったかのように消えていた。


 その人が消えた原因は“魔法”だろうという当たりをつけていた。


 魔法とは、世界の理を捻じ曲げ自身が望んだ事象を引き起こす秘術であった。

 そして、神ならぬ身でそのような大それたことをすれば代償はやってくる。


 それが、世界からズレていくということなのだと思う。世界からズレることで、時の流れからおいていかれ年をとらなくなる。

 さらに、それが進むと世界から完全にいなくなるのだろう。いなくなったアノ人のように記憶や記録を道連れにして。


 世界からのズレはわたしにもおきていることだった。

 昔のわたしは“ただの人間”のはずだった。

 かつては、いまのような金色の髪ではなく黒い髪だった。しかし、魔法を覚え使い始めたときから、その色は茶色になり、やがて金色になっていった。

 同時に、体の成長もとまり、年をとらず老衰で死ぬこともなくなった。


 “エルフ”などという種族は元から存在せず、魔法を使った人間がエルフとなるのだろう。


 他のエルフに関する情報や記憶は残っていない。わたしの両親に関するものも同様で、どんな顔だったか、出身地はどこだったかというのも覚えていなかった。

 他のエルフたちも魔法の行使を続けるうちに、この世界から消えてしまったのだろう。


 この髪が真っ白になったとき、おそらくわたしもこの世から追い出され、その存在がなかったことになる。


 おそらく、アノ人も魔法を使い続けた結果、この世界からいなくなってしまったのだろう。

 でも、もしかしたら、またこの家に戻ってくるかもしれないという淡い期待だけが頭の隅にこびりつき、森の中でひとり生活を続けていた。



 ああ、アノ人はいつ帰って来るのだろうか。


 

 気がつくと、外は曇っていて、ぽつぽつと雨が降り始めていた。

 

 

 ◇

 

 

「師匠昨日はすいませんでした!!」


 オレは森の家に入るなり、深く頭を下げた。


「いや、あれはわたしが悪かった。こちらこそ謝るよ」


 そういって、師匠は済まなそうに頭を下げてきた。


「それで、師匠、昨日の話を蒸し返すようですが、やっぱり卒業試験はもう少し待ってほしいです」


「そうか……、まあ、ゆっくりとやっていけばいいさ。わたしには時間はたっぷりあるし、いくらでも付き合おう」


 師匠はどこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 この人の寂しさをオレでは埋めることはできないのだろうか。


 だけど、15歳を迎えたオレはこの村を離れなくてはいけない。だからこそ、少しでも師匠と同じ時間を過ごしたかった。 さらに月日がたち、オレが15歳になったころ、今日もまた師匠の家に来ていた。


「師匠、こんにちは」


「ん? ああ、ヨハンか。いらっしゃい」


 かなり前に声変わりが終わったのだが、声をかけると師匠がびっくりしたようにこちらをみることがあった。

 身長の差もずいぶんついて、師匠の頭はオレの胸あたりにあり、見下ろす格好になっている。


「キミもずいぶんと大きくなったなぁ。また背が伸びたんじゃないか」


「師匠はお変わりないですね」


「言ってくれるな」


 師匠と軽口の応酬を交わしながら、オレは背負っていた荷物を降ろした。

 中には村のものたちから師匠への贈り物が入っていた。

 以前だったら、その重さに青息吐息だったというのに、自分の成長を実感できた。


「村の者たちからの贈り物です」


「そうか、いつもすまないな。後でよろしく言っておいてくれ」


 師匠からの続く言葉を待ったが、なにもなさそうだったのでオレから切り出すことにした。


「それで、師匠、あのこと考えてくれましたか?」


「はて、なんのことだったかな?」


 オレの質問にとぼけるような口調で返してきた。


「オレもここで住み込みで働きたいというお願いしたじゃないですか」


「あー、そうだったか。まあ、その話は後でな、とりあえず、お茶でも飲もうか」


 師匠のはぐらかすような態度にオレは口をつぐんだ。


 15歳となると、村の子供は大人と認められて独り立ちを許される。

 そして、オレは師匠の下でさらに修行に励むために、住み込みで働かせてくれるようにお願いした。


 本音を言えば、師匠と一緒に一つ屋根の下で過ごしたいという下心があったのだが、それは秘密にしている。


 テーブルの前に座り、師匠がいれてくれたお茶を一緒にすすった。


「キミが弟子となってから、えっと、何年だったかな?」


「5年です」


「そうだったか。年をとると、月日の流れを忘れていかんな」


 しみじみといった感じで老人のようにつぶやくが、その体は華奢な少女のものだった。


「それでだな、そろそろ弟子であるキミの卒業試験をしようと思う」


「え? 待ってください、オレはまだ師匠から学びたいことがたくさんあるんです」


「安心しろ。キミはもう基礎的な知識と経験は十分に積んだ。あとは一人で薬師としてやっていけるかを見るだけだ」


 突然のことにオレは焦りながら食い下がろうとした。ここで、師匠と離れ離れになったら、いままでの苦労が水の泡である。


「まったく仕様がないやつだな。それでは、いつまでたっても独り立ちできんぞ?」


「オレは、ずっと、師匠の弟子がいいんです」


「鳥が成長して巣立つように、いつまでも弟子というわけにはいかないだろう。なぜ、そこまで弟子に固執するんだ」


 何を言えばオレの気持ちが伝わるかわからず、思ったことをそのままいうことにした。


「オレは、オレはずっと師匠と一緒にいたいんです!!」


「っ!?」


 オレは恥ずかしさを感じながらも言い切った。

 そして、師匠の顔を見ると、どうしてか驚いた顔をしたまま硬直していた。


「師匠?」


 何もいってこないことに不安を感じて、名前を呼んだ。


「あ、ああ、すまない。少し取り乱してしまった」


 そういって、師匠はうつむいた。こんな師匠は初めてだった。


「すいません、ワガママばかりいってしまって、でも……」


「すまないが、今日は帰ってくれないか。すこし気分が悪くなってしまってな」


 師匠がオレの言葉にかぶせるように拒絶の言葉を投げかけてきた。

 いつも師匠はこちらの話が終わるまでゆっくりと待ってくれるひとだったのに、やっぱり、今の師匠はどこかおかしかった。


「師匠……」


 声をかけるが師匠はくるりと背をむけて、拒絶の意思を示していた。


「すいません、失礼します」


 オレは下唇をかみ締めながら、森の家を出て行った。

 


 ◇


 

 バタンと乱暴な音を立てながら扉がしめられ、窓からヨハンが泣きそうな顔をしながら家から出て行くのが見えた。

 彼には悪いことをした。だけど、今のわたしでは、なにもできないだろう。

 それほどまでにさっきの彼の言葉に動揺していた。


『ずっと一緒にいよう』


 それは誰かが口にしたはずの言葉だった。

 そして、それはわたしの記憶に残っているはずなのに、今の今までまったく思い出せなかった。


 さきほどのことで、記憶の断片を掘り起こすことはできたが、その人物のことは思い出すことはできなかった。


「キミは一体だれなんだい?」


 わたしはつぶやくが、ひとりだけの部屋でむなしく響くだけだった。

 わかっている、その人は記憶の彼方に行ってしまい、二度と思い出せないということを。


 しかし、それでも、その人は自分にとってかけがえのない人だったという思いだけは残っていた。

 久しく忘れていた寂寥感が胸の中じわりと広がった。


 

 昔、わたしはこの家に2人で誰かと住んでいたはずだった。

 だけど、その人に関する記憶や記録は、まるで元からなかったかのように消えていた。


 その人が消えた原因は“魔法”だろうという当たりをつけていた。


 魔法とは、世界の理を捻じ曲げ自身が望んだ事象を引き起こす秘術であった。

 そして、神ならぬ身でそのような大それたことをすれば代償はやってくる。


 それが、世界からズレていくということなのだと思う。世界からズレることで、時の流れからおいていかれ年をとらなくなる。

 さらに、それが進むと世界から完全にいなくなるのだろう。いなくなったアノ人のように記憶や記録を道連れにして。


 世界からのズレはわたしにもおきていることだった。

 昔のわたしは“ただの人間”のはずだった。

 かつては、いまのような金色の髪ではなく黒い髪だった。しかし、魔法を覚え使い始めたときから、その色は茶色になり、やがて金色になっていった。

 同時に、体の成長もとまり、年をとらず老衰で死ぬこともなくなった。


 “エルフ”などという種族は元から存在せず、魔法を使った人間がエルフとなるのだろう。


 他のエルフに関する情報や記憶は残っていない。わたしの両親に関するものも同様で、どんな顔だったか、出身地はどこだったかというのも覚えていなかった。

 他のエルフたちも魔法の行使を続けるうちに、この世界から消えてしまったのだろう。


 この髪が真っ白になったとき、おそらくわたしもこの世から追い出され、その存在がなかったことになる。


 おそらく、アノ人も魔法を使い続けた結果、この世界からいなくなってしまったのだろう。

 でも、もしかしたら、またこの家に戻ってくるかもしれないという淡い期待だけが頭の隅にこびりつき、森の中でひとり生活を続けていた。



 ああ、アノ人はいつ帰って来るのだろうか。


 

 気がつくと、外は曇っていて、ぽつぽつと雨が降り始めていた。

 

 

 ◇

 

 

「師匠昨日はすいませんでした!!」


 オレは森の家に入るなり、深く頭を下げた。


「いや、あれはわたしが悪かった。こちらこそ謝るよ」


 そういって、師匠は済まなそうに頭を下げてきた。


「それで、師匠、昨日の話を蒸し返すようですが、やっぱり卒業試験はもう少し待ってほしいです」


「そうか……、まあ、ゆっくりとやっていけばいいさ。わたしには時間はたっぷりあるし、いくらでも付き合おう」


 師匠はどこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 この人の寂しさをオレでは埋めることはできないのだろうか。


 だけど、15歳を迎えたオレはこの村を離れなくてはいけない。だからこそ、少しでも師匠と同じ時間を過ごしたかった。


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