青年期2 媚薬を飲ませてみた
さらに月日がたち、14歳を迎えた。
この頃には、自分が魔女の弟子になったということが村の人間たちにも知られていた。
オレが調合した薬を使ってもらうことも増えて、村の人間からも認められるようになっていた。
ある日、オレが村で用事をすませていると、友人の一人が話しかけてきた。
そいつは話している間もそわそわしている様子をしていて気になっていると、急に声を小さくしながら聞いてきた。
「なあ、媚薬ってつくれないか?」
「はぁ? 媚薬っておまえ……」
気になる女子がいるらしく媚薬をつくってくれと言い出した。
「だって、オレなんかのことをあの子が興味をもってくれるわけないだろ」
「うーん、まあ、もしかしたらってこともあるだろ」
コイツが狙っているのは村の中でも美人だと評判の子だった。
性格もよく、村の男たちから人気があった。
そして、目の前の男は普通の容姿で、特にこれといった特技もなく、畑作業を真面目に取り組むのがとりえといえるだろう。
「だからさ、魔女様のところに弟子入りしたおまえなら、媚薬とはいわなくてもそれっぽいものつくれないかな。強力なやつじゃなくていいんだ。ちょっとオレに興味をもってくれたらそれで十分だ」
「いや、オレはまだ独り立ち認められてないし、勝手に薬配ったなんて知られたら師匠にどやされるよ」
「だからっていって、魔女様に頼んだら、そんなもの注文したって村のみんなに知られちまう。なあ、頼むよー」
友人はオレにすがりつくように拝み倒してきた。
どうやら、この男は本気らしい。その積極さを別に向ければいいと思うのだが、いまだに師匠に気持ちを伝えられずにいるオレがいえた義理ではなかった。
「はぁ、じゃあ、作っていいか師匠にきいてみるよ。もしできたらおまえに渡すよ」
「ほんとか!?」
友人は目をキラキラさせながらオレの手を握ってきた。
次の日、師匠の家につくと、オレは媚薬の作り方を聞いてみることにした。
「師匠、教えて欲しい薬の調合があるのですが、いいですか?」
これまでに、村でよく使われる薬の調合はおおかた習得し終えていて、今は、薬の材料の入手方法を覚えているところだった。
「なんだい? なにか気になるものがあるのかな」
「気持ちを高ぶせるといいますか、他人ともっと打ち解けやすくなるような気分になれるようなものってありますか?」
「ああ、なんだ、媚薬のことか」
オレは遠まわしに表現したが、師匠はズバリとその名前を出してきた。
「媚薬なんてどうするんだい、もしかして、村で気になる子でもいるのかな」
師匠はニヤニヤと口の端を上げながらこちらを見ていた。
「ちがいますよ。オレが使うんじゃなくて、友人に頼まれたんですよ」
「そうなのか、つまらんな。キミもそろそろ恋人の一人ぐらい作ってもおかしくない年頃だろうに」
師匠は興味が失せた様にツイッと顔をそらした。
その小さな横顔をみながら、こちらの気もしらないでともやもやとした気分になった。
「まあ、いいだろう。媚薬の作り方を教えよう」
「あるんですか!?」
「ああ、あるとも。精神に影響を与える薬も色々とあるからな。いい機会だから教えておこう」
材料を取りに行くことになり、師匠は外出用のローブをはおって、オレは採取した材料をいれるための籠を背負った。
師匠の後について、森の中に分け入っていった。
こうして、森に生えている薬草を取りに行くことがあり、薬草の自生している場所や、見分け方を教えてもらっていた。
先を歩く師匠はその小柄な体とおなじぐらいの長さの杖をつかって、茂みをかき分けていった。
最近では、師匠の身長を追い抜き、オレの方が頭一つ分大きくなっていた。
辺りには草のにおいが充満し、虫や鳥の鳴き声が響いて、村とは別世界のようだった。
もしも、ひとりだけだったら不安を感じただろうけど、前を歩く小さな背中に頼もしさを感じていた。
しばらく歩き、汗をかきはじめたころ、師匠が足を止めた。
「あった、これだ」
師匠の指差すほうをみると、そこにはまっすぐにのびる細い幹をした低い木が生えていた。
「この木は、トンカの木といってな。その根っこを煎じて飲むと、精力増強や媚薬効果があるんだ」
「なるほど、これですか」
オレはしっかりとその特徴を見て、覚えようとした。
「一本あれば十分だろう。すまんが、抜いてくれるか」
「わかりました」
道具を使って根元近くの土を掘り返し、根っこが露出したところで、根元の方に両手をかけて両足を踏ん張り力いっぱい引っ張った。
「んぎぎぎぎ」
だんだんと根が抜けてくるのがわかり、さらに力をこめたところでようやく抜き取ることができた。
「はぁ、抜けましたよー」
「ご苦労さん、さすが男だね。わたしじゃあ、こうはいかん」
「そ、そうですかね」
ようやく自分を男としてみてくれたのかと嬉しく感じた。
それから、根の部分だけを切り取り、籠の中にいれて持ち帰った。
森の家に着くと、師匠の指示に従って、トンカの根を細かく砕き鍋にいれてお湯で煮始めた。
やがて、根から滲みだしてきた成分によって、お湯がピンク色に染まっていった。
「師匠、なんかすごい色になってるんですけど、大丈夫ですか?」
「問題ない、その色こそ媚薬の成分になるのだから」
弱火にしてゆっくり煮ている間に、だいぶ時間がたち日が暮れ始めていた。
「ふむ、もう少し煮出す必要があるが、どうする? 後はわたしがやっておこうか。それとも泊まって続きをしていくか」
「最後までやらせてください」
勉強のためにも最後まで見ておきたいというのもあったが、なによりも師匠の家に泊まれるというめったにない出来事に心が踊った。
「そうか、ならばいまのうちに床の用意でもしておこうか」
そういって、師匠は自分がつかっているベッドの横に、簡易的なベッドを置いた。
「キミが小さい頃ならば、あのベッドで一緒に寝るというのもありだったのだが、さすがに今の体だと手狭だからな」
「オレは一向にかまいませんよ」
「アホウ、わたしが寝苦しいんだ」
本音をいったのだが、冗談と受け取られたようで呆れた顔をされた。
やがて、日が完全に落ちた頃、薬が完成した。
残ったカスを網でこしとり容器のなかに移しおえると、そこにはピンク色のにごった液体が入っていた。
「さて、では、出来具合を確かめるとするか」
「え、この媚薬を飲むんですか?」
「もちろんだ。それに、キミは媚薬の効果がどういうものかしらないのだろう? 友人とやらに説明するには実際に確かめるのが一番だ」
そういって、師匠はグビリと媚薬を飲んだ。
オレもためらったあと、媚薬を口に含んだ。
「に、苦っ」
「木の根から煎じたものだ。味はいいとはいえんな。で、どうだ、体の調子は?」
「なんだか、体の芯から熱くなってきた気がします」
「うむうむ、ちゃんと効果がでてきているみたいだね」
頭がポーっとなり、酒に酔ったような感じだった。
「媚薬効果は俗に言われているような、異性を好きになるようなものではなく、体が活性化して、気分が高揚してくるというものだ。他にも疲労回復効果もあるから、疲れたときにも飲むのもありだな」
師匠が説明してくれているが、その白い肌や、サラサラの金色の髪に目がいった。
さらに、薬の効果のせいか、ほんのりと色づいた頬のせいでいつもりより色っぽくみえた。
「ヨハン、聞いているのか?」
師匠が、オレの顔を覗き込んできた。
そのつややかな唇に目がいき、きづけばオレは師匠の両肩に手を載せていた。
「なんだ、おい? しっかりしろ」
師匠が困惑したように、オレから距離をとろうとしていた。
しかし、逃がさないようにがっしりとその華奢な肩をつかんだ。
オレの顔が師匠の顔に近づき、視界が師匠で一杯になった。
「はあ、やはり、こうなったか……」
師匠はため息をつくと、黒い丸薬を一粒オレの口の中に押し込んだ。
口の中にはいったとたん妙なえぐみを持つ味が口の中に広がった。
そして、潮が引くように興奮が去っていった。
同時に、急激な眠気が襲ってきて、オレの体は師匠にもたれかかっていた。
「やれやれ、手間のかかる弟子だ。よっこしょっと、重くてかなわんな」
朦朧とする意識のなかで視界がゆれるのを感じた。
どうやらオレは師匠に抱えられているようだった。
「それじゃあ、お休み」
ベッドに横たえられたオレに師匠が微笑みかけていた。そこで、オレの意識は途切れた。
次の日、鳥のさえずりで目を覚めると、朝日が目に入ってきた。
起きると体が軽くすこぶる調子がよかった。
「お、起きたか。おはよう」
体を起こして、まだ寝ぼけ眼のオレに、朝食を用意していた師匠が挨拶してきた。
「……おはようございます」
「どうだ、体の調子は?」
「なんていうか、すごいすっきりした感じです」
「よしよし、ちゃんと媚薬の疲労回復効果がでたようだな。それに睡眠薬のおかげで、よく眠っていたぞ」
どうやら、昨日最後にのまされた丸薬は睡眠薬だったらしい。
同時に、昨晩、自分がしたことを思い出した。
「なんだ、突然頭でも抱えて、頭痛でもするのか?」
「……いえ、昨日のことを思い出しただけです」
「ああ、気にするな。媚薬の効果で性欲も増強されるからな。しかし、わたしのような子供体型にも興奮するとは、キミも見境がないなぁ」
ケラケラと笑う師匠をみながら、はあと深いため息をはいた。
それから、村にもどり、約束していた友人に媚薬の入った容器を渡した。
「どうした、そんなに落ち込んだ顔して?」
「ああ、大丈夫だ。いろいろあってな……」
友人に心配されて、力なく笑みを浮かべた。
「これが媚薬なのか?」
「そうだ、効果は保障する。オレも自分でためしたからな」
「なに!? おまえも女に興味があったのか。いつも魔女様のところで修行してて、全然村の女の子と遊ぼうともしないからなぁ」
「ああ、いや、相手じゃなくて自分で飲んだんだよ」
「なるほど、そういうことか」
納得したようにうなずく友人を見ながら、自分が村の連中からどういった目でみられているのか知ることができ、少し傷ついた。オレだって好きなひといるんだよ。
「それで、自分飲んでみて思ったんだが、相手に飲ませるよりも自分で飲んだほうがいいぞ」
「なんでだ?」
「それを飲むと、けっこう大胆になれるからな。おまえが告白を躊躇してるなら、少しだけ飲んでいけば積極的にいけるぞ」
オレの言葉をきいて、友人は少し考え込んだ後、ありがとうといって去っていった。
その背中を見ながら内心で謝っていた。
自分だけが、あの媚薬の被害者になるのが我慢できなかったので、友人にも同じ目にあわせることにした。
そして、数日後、またあの友人と出会った。
「よう、ヨハン!!」
満面の笑みを浮かべていた。それが意味することを察した。
「おまえの助言どおり、媚薬を自分で飲んだら、あの子に積極的に話しかけられて、それから何度か話しているうちにいい雰囲気になれたんだ」
「ほ、ほう」
「で、最後別れ際に、思い切って告白したら、いいよっていってくれたんだ」
オレは頬が引きつるのを感じながら、幸せそうに話す友人に相槌を打っていた。
「それじゃあ、これからあの子とデートしてくるよ」
友人は元気に手を振りながら、足早に去っていった。
残されたオレはとてもむなしい気分になり、吐き出すように大きなため息をついた。