青年期1 おねだりしてみた
「こんにちは、師匠!!」
「やあ、ヨハン」
森の家に扉をあけると、その先には魔女である師匠がいた。
弟子入りしてから1年がたつとともにオレの体も伸びていき、ようやくその背においつくことができた。いままでは見上げるばかりだったが、同じ高さで目線をあわせることができる。
今日も、師匠の指導の下で調合についての修行が始まった。
すり鉢にいれた薬草をゴリゴリとすり下ろすオレの傍らで、師匠が見守っていた。
弟子入りしてから、調合した薬に合格点がもらえず、今日こそはと思いながら励むことにした。
「それじゃあ、そこのルコルの実を一粒追加してみてくれ。ルコルの実は葉を一緒に煎じると腹痛に効く薬になるんだ」
師匠の指示にしたがって小さな赤い実を追加して、さらにゴリゴリと摩り下ろしていった。
「どれどれ、どんなものかな」
できあがった薬を師匠が品定めしていた。
その白い横顔をオレはジッと見つめた。
合格がもらえるかという不安と、もうひとつの感情によってオレの胸の鼓動は早くなっていた。
「まあ、及第点だな。もう少し均一に混ざるように工夫してみたまえ」
「ありがとうございます!!」
ようやく合格をもらえたことにうれしさを感じた。
「さて、それじゃあ、休憩にしようか。村のものからもらったお茶があるんだ」
師匠は台所に入り、お湯を沸かし始めた。
「それじゃあ、カップ用意しますね」
「ああ、頼む」
この1年で、すでに師匠の家の中に何があるのか把握していて、食器棚からカップを2つ取り出した。
やがて、お湯がわき、カップには湯気をたてて琥珀色のお茶が注がれた。
「ねえ、師匠。どうして、村の中に住まないのですか?」
「ここの方が、森の中に薬草を取りに行ったり、庭を自由にいじれるからね」
「でも、ここだといろいろ不便じゃないですか。村の人も歓迎すると思いますよ」
「ここが気に入ってるからな。静かでいい」
ここで師匠は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それとも、毎日ここに来るのが大変だから、わたしを村に住まわせようとしているのかな?」
「ちがいますよ。……でも、ここでなら師匠と2人っきりになれるのはいいかも」
「ん? なにかいったか」
最後の方はほとんど独り言のようにつぶやき、師匠はニヤニヤと口の端で笑みを浮かべながら聞き返してきた。本当は聞こえてたんじゃないだろうか。
恥ずかしさを誤魔化すためにオレは別の話題を出すことにした。
「そういえば、師匠のご両親はどこに住んでいるのですか?」
「両親……? ああ、両親ならもういなくなったよ」
師匠は両親という単語を舌でころがすように考え込んでいた。まるで、初めてその言葉の意味をわかったようだった。
「すいません、変なこときいてしまって」
「いいや、構わんよ。一人の生活にはもう慣れているからね。いや、本当にわたしは一人だった?」
「師匠?」
また急に考え込みはじめた師匠に声をかけた。
「なんだか妙な感じがしてな。この家には確かに一人で住んでいたはずなのに、誰かもう一人いたような気がして」
「だ、誰です!? まさか……」
「兄弟か、それとも、ううむ……」
恋人もしくは、それ以上の存在がいたのかと、オレは気が気ではなかった。
しかし、師匠は首をひねるばかりで思い出せないといっていた。
それから、夕方になる前に家に帰った。
「ただいま~」
「おかえり、今日はどうだった?」
「うん、やっと作った薬に及第点もらえたよ」
「そうか、やったじゃないか」
出迎えた父や母が我がことのように喜んでくれて、照れくさく感じた。
それから、食事になり、気になったことを聞いてみることにした。
「師匠は、昔から、森の中で暮らしてるの?」
「そうだな、オレが小さいときから、先生はあそこに住んでいたな」
「さみしくないのかな……」
「前に、村長が村の中で住まないかって誘ったことがあったんだが、断られたそうだ。エルフとはいえ、あんな小さい体だから変なヤツとかが強盗に入ってきそうで心配なんだがなぁ」
「エルフ? 師匠が?」
初めてきいたことに驚きながら聞き返した。
「しらなかったのか? 先生はエルフの数少ない生き残りらしいんだ」
エルフというのは物語だけにでてくる存在だと思っていたが、まさか、師匠がそれだとは思わなかった。ただ、よくよく考えると、父よりも年が上なのに子供のような外見をしていることから、簡単にわかることだったのかもしれない。
「昔は、人間がエルフのことを迫害したらしいから、警戒されているのかもしれないな」
「そんなやつがいたら、オレがぶっ飛ばしてやる」
「ははは、そうだな。村の連中は、先生に感謝こそすれど、なにかしようだなんて思うはずないさ」
「でも、どうして、人間はエルフをいじめたりしたのさ?」
「長老にきいたことがあるがエルフは“魔法”ってのを使えるらしくてな、捕まえて利用しようとしたらしい」
エルフにつづいて魔法などという、空想じみた言葉がでてきたことに興味がわいた。
次の日、師匠の家に着くと早速聞いてみることにした。
「師匠は魔法を使えるんですか?」
「ああ、使えるとも」
「それじゃあ、オレに魔法を教えてください!!」
「だめだ」
ひとことで断られたしまったが、やはり魔法というものへの興味には勝てなかった。
「どうしてですか?」
「キミも食い下がるね。魔法なんてそんないいものじゃないぞ」
「お願いします。一回でいいんで見せてください」
どうにもだめそうな流れにオレはむくれてほおをふくらませた。
「まったく、それじゃあ、魔法の代わりになるものをあげようじゃないか」
「本当ですか!!」
「ちょっとまっててくれ」
そういうと、師匠は部屋の奥に引っ込んでいった。
小一時間が経過し、なかなか戻ってこない師匠を待つことに焦れてきたころ姿を現した。
「キミにこれをやろう」
そういって差し出した師匠の手には金色の指輪が乗っていた。
「これは?」
受け取った指輪をしげしげとながめてみた。何かの繊維をより合わせたような指輪で、金属とは違う色をしていて、なでてみるとと柔らかくすべすべしていた。
「呪いというものがあってだな。願をかけると、わずかだがその効力を発揮することがある」
「これにはどんな効果があるんですか?」
「そうだな、キミが怪我や病気にならずに元気ですごせるようにというものだ」
師匠がオレのことを思って、この指輪をくれたのだと思うととてもうれしくなった。
「ありがとうございます!! 師匠」
礼を言い、はまりそうな指をさがすと、左手の薬指が丁度よかった。
「そこにはめるのか……。ある意味それも呪いになるが、まあよいか」
指にはめた指輪を見ているオレを横目で見ながら、師匠がなにか独り言をつぶやいていた。