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少年期1 魔女との出会い

 森の中に魔女が住んでいるというのは、幼い頃から聞かされていることだった。

 悪いことをして叱られるとき、森の魔女がおまえをさらいにくるぞとおどかされ、魔女というのは怖いものなのだと思うようになっていた。

 

 10歳になったある日、突然父に魔女の家にいくぞといわれたときは驚いた。

 もしかして、色々やらかして隠していたことがばれて、その罰のために連れて行かれるのかと怖くなった。

 

 しかし、お願いしていた薬を受け取りに行くためで、今後お使いを頼むかもしれないから一緒についていくようにと言われた。

 

 村から出て木々の間にできた細い道を通っていく間も、オレの魔女へのイメージはどんどん怖いものへと膨らんでいった。

 しわくちゃの老婆が大釜で薬をかき混ぜているようなイメージを持っていて、子供心に恐ろしく感じていた。

 

 着いた先には、こじんまりした家が建っていて、手入れの行き届いた庭には花や見たことのない草が植えられていた。

 もっと、おどろおどろしい家を想像していただけに少し肩透かしをくらった気分になった。

 

 父が玄関の前にたって、コンコンと扉をノックした。

 

 少し待っていると、ガチャリと音をたてて扉があけられ、とうとう魔女がでてくるのかと思い、緊張してゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「こんにちは、先生。お願いしていた薬を取りにきました」

 

「やあ、よくきたね。ちょっとまっててくれ、薬を持ってくるから」

 

 扉の先には、日の光をあびてキラキラと輝く金色の髪、すけるように白い肌、ヒスイのように深みのある緑色の瞳をもった小柄な少女が立っていた。

 オレよりも少し背が高く、1、2歳ぐらい年上に見えた。

 

 もしかして、この子は魔女の家の使用人か何かなのだろうか。

 

 しかし、自分とほとんど年も変わらないような少女に向かって、父が丁寧な口調で語りかけることに違和感を感じた。

 

 少女は家の中にひっこむと、小袋をもってきた。

 

「これが風邪薬だ。食後に飲むといい」

 

「いつもありがとうございます。村でとれた野菜ですが、どうぞ食べてください」

 

 父は小袋を受け取ると、背負っていたカゴをおろした。

 

「おい、ヨハン、野菜運び込むの手伝ってくれ」

 

「う、うん」

 

 父に声をかけられて、カゴのなかから野菜を取り出した。

 

「おや、きみはパウルの息子かね」

 

「ええ、ヨハンっていいます。ほら、先生に挨拶しなさい」

 

「えっと、どうも」

 

 オレは緊張のせいかもごもごとした口調で挨拶をした。

 

「ああ、よろしく。わたしはエリスだ」

 

「普段は人見知りとかしないやつなんですけどね」

 

「まあ、魔女なんてめったに目にしないだろうから緊張するのも無理はないさ」

 

「え、おまえが魔女なのか!?」


 オレは驚きながら少女を見たが、魔女といわれてもイメージとかけ離れた姿に戸惑いが隠せなかった。

 

「こら、おまえなんて呼び方があるか。すいません、まだまだ礼儀がなっていないもので」

 

「いや、構わんよ。それぐらいの年の子ならそんなもんだろうよ。それに、ちゃんと家の手伝いをしてよくできた子じゃないか」

 

 少女の見た目をした魔女は、村のばあ様たちが子供たちを相手するときのような口調で話していた。

 

 魔女の見た目と中身のチグハグさに戸惑いながら、台所の脇につくられた収納スペースに野菜を運び込んだ。

 家のなかはキレイに整理されていて、村の子供がいっていたような、大釜や、人の頭蓋骨なんてのはなかった。

 

 ただ、村では見たことがないみょうちくりんな道具が置かれているのが気になった。

 

「それでは、これで失礼しますね」

 

「ああ、村のひとたちにもよくいっといておくれよ」

 

 父が魔女に向かって礼をするのにならって、オレもペコリと頭を下げておいた。

 

 その様子をみて、魔女がオレにニコリと笑いかけてきた。

 その瞬間、なぜだか胸がどきりとした。


 

 次の日、村の友人たちと遊びながら、昨日会った魔女の話をした。

 

「オレ、昨日父さんと一緒に魔女の家に行ってきたんだ」

 

「え、ほんとに!? で、どうだった」

 

 友人たちはその幼い顔に期待を浮かべ、続きを聞いてきた。

 

「いや、なんか、普通の家だった」

 

「うそだろ、おっきな釜は? 人の骨は? 怪しげな薬は?」

 

 普段から、子供たちは悪さをしたとき、森の魔女様がこらしめにやってくるぞとおどかされていたので、その頭の中では魔女はおどろおどろしいものとなっていた。

 

「それじゃあ、魔女はどんなんだったんだよ。目が赤く光ってたりしなかったか?」

 

「いや、なんていうか、かわい……」

 

「かわい?」

 

「……なんでもない、普通のやつだったよ。そんなことよりも遊ぼう」

 

 危うくオレは口が滑りそうになって、誤魔化すようにいつもの遊びを始めた。

 

 まさか、かわいかっただなんていえるわけがなかった。

 

 

 それから、なにか時間が空いたときはあの魔女のことが頭に浮かぶようになっていた。

 

 たしか、エリスっていう名前だったなぁ……。

 

 ぼんやりしていると、そこに父が声をかけてきた。

 

「おい、ヨハン、お使いをたのむ」

 

 内心めんどうだなと思いながらも、お使いの内容を聞いた。

 

「この前行った、魔女様のところにいって薬を受け取ってきてくれ」

 

「えっ!? わ、わかった。いってくる」

 

「途中の道気をつけろよ~」

 

 また会えることに胸が弾むのを感じながら、オレはこの前通った森の道を歩いていた。

 はやく着きたいという思いにつられるように、だんだんと足早になっていた。

 

 家の前に着くと、オレは乱れた息を整えようと大きく息を吸った。

 そして、吐き出そうとした瞬間、突然玄関の扉があいた。

 

「おや、キミはたしかヨハン、だったかな?」

 

 心の準備を整える前に現れた魔女をみて、体が固まっていた。

 

「どうした? 今日は何のようだい?」

 

 再度声をかけられて、オレはようやく息を吐き出した。

 ぶはーと息を吐き出す様を見て、魔女はおかしそうにクスリと笑った。

 

「おかしな子だね」

 

 その顔をみながら、心拍数が跳ね上がっていくのを感じ、今のオレは耳まで真っ赤になっていた。

 

「えっと、その……」

 

「なんだい?」

 

 魔女はオレに近づき、目を覗き込んできた。

 その深い緑の瞳を見つめていると、頭の中がごちゃごちゃになってきて、そして、オレは……

 

「ごめんなさい!!」

 

 全力で後ろに逃げ出した。

 取り残された魔女が、背後でポカンという表情で驚いているのが見えた。

 

 全力でオレは、自分の家に帰ってくると、ベッドの中にもぐりこんだ。

 ごろごろと身もだえしていると、そこに、父がやってきた。

 

「なにやってるんだ、お前」

 

 あーうーと、オレは言葉にならないうめき声を返した。

 

「それで、薬は受け取ってきたんだろうな」

 

 呆れ顔の父に、オレは首だけベッドから出して、受け取ってないとか細い声を上げた。

 

「ったく、しょうがねーな。まだお前には早かったか。オレが取ってくるか」

 

「ま、待って!!」

 

 家から出て行こうとする父をみて、ベッドから飛び出し大声で引きとめた。

 

「なんだ?」

 

「やっぱり、もう一度オレにいかせて」

 

「そうか? まあいいや、がんばってこい」

 

 どうやら、父はオレが魔女を怖がって逃げてきたのだと思っているのだろうけど、本当は違っていた。

 

 オレはまた森の道をゆっくりと歩いていた。

 落ち着けと自分の心をなだめすかしながら前にすすんでいくと、やがて、魔女の家が見えてきた。

 

「大丈夫だ、大丈夫だ」

 

 オレは自分に言い聞かせるように、ぶつぶつとつぶやき、意を決して玄関の扉をノックした。

 そして、扉があけられて、中から魔女が出てきた。

 

「おや、また来たのかい。まったく突然逃げ出すから何かと思ったよ」

 

「あ、う、ごめん」

 

「それで、えーと、薬を受け取りにきたんだろ。ほら」

 

 魔女は小袋に入った薬を、ほっそりとした白い手にのせて渡してきた。

 

「あ、ありがとう」

 

 オレはカチコチに体を強張らせながらも、なんとか言葉をしぼりだせた。

 

「うん、ちゃんとお使いできて、えらいえらい」

 

 そういって、笑顔になった魔女はオレの頭をなでてきた。

 この時点でオレは頭が沸騰しそうになった。

 

「そ、それじゃあ、オレいくから!!」

 

 また、オレは全速力で家に帰っていった。

 

 

「ヨハーン、いるかー」

 

 帰ってきてベッドの中で丸くなっているオレに父が声をかけてきた。

 

「お、いた。本当にどうしたんだ、おまえ? 具合でも悪いのか」

 

「……だいじょうぶ」

 

「そうか。それで薬はとってこれたのか?」

 

「……うん、テーブルの上にあるよ」

 

 オレは父に顔を見られないように、テーブルの上においておいた薬の入った小袋を指さした。

 

 いまのオレの顔は締りのない顔で笑いが止まらなく、とても人に見せられたものではなかった。

 

 

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