白昼夢
白昼夢
俺は昼食後の昼休みを教室の窓際最後尾にある自分の机に突っ伏して過ごしていた。
食後の満腹感と心地よい日差しの温もり、何より午後は気怠い。成長期ということも有り、毎日眠くて眠くて仕方ない。それでも勉強だ部活だと毎日追われ、家に帰っても何かに追われている。そんな日々の中でこの昼休みの一時は俺にとっての大事な午睡の時間。
窓の外は学校の中庭の木々が見える。三階にある教室からは庭の木が下にこんもりして見えて、まるでブロッコリーだ。その下で自分と同じ学生達が折角の昼休みを満喫しようとボール遊びをしたり何やら話していたり。別に俺がボッチとかそういうわけじゃない。人並みに友達もいるし、教室の中で浮いているわけでもない。成績も中の上くらいで特段悪いわけでもない。背は……これからたぶんもっと伸びる……はず。
そんなことを思っていたら、目の前に光の粒がポンポンと弾ける様に沸き始めた。
「え?」
最初は何かが反射してぎらついただけなのかと思ったけれど、そうではないようで、光の粒は勝手に俺の周りで湧き出している。俺が内心驚いて周りを見回すけど、それに気付いて驚く様な視線は無い。みんなには見えていないのだろうか。光はそんなことを考えている間にもどんどん増え、それはやがて自分の周りの光景を全て白い光で埋めてしまった。
俺は呆気に取られて声が出なかった。
しかし、次の瞬間には光が全て弾けていた。そして現れたのは薄暗い室内。教室とは全く違う暗灰色の石造りの壁に燭台の炎が揺らぎ仄かに照らしている。自分の正面に見えるのは、立派な剣を構えて白銀の鎧に全身を固めた少女。少女の表情には困惑の色が見える。
『さぁ、召喚獣よ、余の願いに従い勇者を滅ぼすのだ』
唐突に背後から大人の低い声が聞こえる。
振り向くと青白い顔をしたとても整った顔の長身の男が黒装束に身を包み立っていた。
「は?」
俺の口から思わず出た言葉に、男の顔が怪訝に歪む。
『余の言葉が分からぬのか?』
「あ、いや、そうじゃなくて、あんた誰。で、勇者って、そこの女?」
『……余はそなたを異界から呼びし魔王だ。お前の使命はそこの女、勇者を滅ぼすことにある』
「え、いや無理。つか、さっさと元の世界に戻せよ」
『無理ではない。お前には莫大な力が有るではないか。元の世界に戻りたくば、余の命令に従い勇者を攻撃し滅ぼすのだ。さすれば召喚は役目を終えるであろう』
「ま、マジで?」
『そうだ』
うへぇ、どないせーっちゅうんだよ!
勇者と戦えとか、あの女の剣はギラギラしていてどう見ても模造品には見えないぞ。
あんなんと戦えとか無理。有り得ないって。
つか、ん? これって……夢? なら、魔王とか勇者も有りか。
なーんだ夢なのか。
ん、でも待てよ。
目前の女が勇者だって言うんなら、勇者って人間の味方だよな。
よし、決めた。
「あの、魔王様、幾つか質問しても良いですか?」
俺は片手で口を隠しつつひそひそと魔王にちょっと丁寧めに話しかけた。
魔王は片眉を上げてこちらに顔を寄せる。
『良いだろう。何だ』
「魔王様、あの勇者ってのはどんな攻撃をしてくるんです? こちらにとって都合の悪い攻撃に留意しておきたいのです」
『ふむ、確かに。奴は聖なる結界で余を縛ろうとし、究極の雷撃魔法を放って攻撃を仕掛けてくる。余は闇の力の加護を得て戦っている。闇の加護を消し去る力は厄介だ。留意せよ』
「分かりました。あと、大変申し訳難いのですが、この世界の魔法の扱い方を教えて頂きたいのですが」
『ふむ、異界とこちらでは理に違いがあるからな。この世界ではその方がイメージしたものが魔力の助けを得て魔法として発動する。大事なことは想像する力だ』
「有難うございます。では、お役に立って見せましょう」
俺がそういうと魔王は満足げに頷いた。
一歩踏み出して勇者に対峙する。
「お前が勇者か。人間達は元気にしているのか」
「魔王の僕に答える言葉はない」
「まぁまぁ、そう寂しいこと言うなよ。お互い同じ人間だぜ? 聞きたいことくらいあるだろう」
「……魔王軍に多くの者が殺され、世界中が滅茶苦茶よ。でも、それも今日でお終いよ」
「そうか。分かった」
俺はイメージする。彼女に向けて手をかざし、細い糸が全身を縛り上げるイメージで拳を握りしめる。
すると、俺の中から何かが手を通して流れていくのが感じられたかと思うと、彼女の足元から瞬時に沢山の光の糸が飛び出し、一気に彼女の全身を縛り上げた。
彼女は突然のことに全く身動きできずにいた。
『ほぉ、これは見事だ。勇者を光で縛るとは考えたな。己の力と同じ力、しかも自身を上回る力で縛られたとあってはどうすることも出来まい』
「そうです。魔王様。何者も寄せ付けない光の力で縛り上げました。これで勇者は身動きが取れません。今度は仕上げと参ります」
魔王が満足げに頷いた。
俺はにやりと悪そうに笑みを浮かべると、再び彼女に向き直る。
俺はイメージする。
自分と勇者の空間を隔絶する結界を張り、それ以外の空間を大きく包み込む結界を張り巡らせ、その空間の中で無数の核融合反応を連鎖して起こさせていくイメージを描いた。
「魔王様、これが最後です」
『ん?』
俺の言葉を合図とするように魔法が発動し、俺と勇者の周りに隔絶結界が張られると同時に魔王と俺達を含んだ大きな括りの結界が発動する。そして、周囲で次々と核融合反応が起きはじめ、高熱で空間が熱せられていく。
『お前は何を!?』
連鎖的に反応していく核融合が融合限界に達し爆散する。
『ウゴォ!!!』
魔王はその爆発に巻き込まれて木っ端みじんとなった。
視界の全てが白く放つ閃光に飲み込まれたかと思うと、黒い染みが一転に向かって光を急速に吸収していく。いわば超新星爆発を起こして縮退しブラックホールとなった空間の染みは次第にエネルギーの塊として安定する。俺はそれを破邪の魔法で包み込み、魔王の邪悪な意思を浄化し、その記憶と魔力を俺の中に吸収しやすい力に転換し吸収する。
全ての力は俺に吸い込まれ、魔王の存在は完全に消滅した。
俺はそれを確認すると結界を解いた。
周囲は崩壊し、壁面だったものは消えて暗い夕焼け空が見えていた。
険しい山々に囲まれたそこは、言われてみれば魔王城のある場所らしいかもしれない。
目前の彼女は夕日に照らされて困惑している表情が見える。
よく見れば全身の露出している場所の至る所に傷があり、出血している様だ。
試しに彼女の傷を細胞が再生していくイメージで魔法を放ってみたら、彼女の傷は全て綺麗さっぱり消えた。
「あ、あなた、どうして、治したの」
「え? 傷ついていたからに決まってるじゃん。傷を治すのに理由は要る?」
「でも、あなたは」
「俺も人間だ。異世界のね。魔王は人間の敵なんだろ? なら、滅ぼす方が良いんだろ?」
「そう、だけど」
「まだ何か理由が要る?」
「いえ、……有難う」
彼女はまだ困惑しているようだ。まぁ、無理もないか。
俺は彼女の感謝の言葉に笑顔で返した。
「おう、どう致しまして」
俺の言葉と呼応する様にそれは現れた。
あの光る粒子が俺の周囲にぽつぽつと浮かび始めたんだ。
彼女が俺に近づいて来る。
「……お別れみたいだな。元気で頑張れよ」
「あ……」
彼女の手が俺に触れようと伸びた瞬間、周囲の光が一気に増えた。
光に包まれて俺の視界は真っ白になる。
視界が全て埋まる直前に僅かに聞こえた気がする。
「有難う」
俺が気が付いた時は、やっぱり教室の窓際最後尾にある自分の机の上だった。
突っ伏していたのも同じ。心地よい午後の日差しも同じ。
「……夢?」
そう思ったんだけれど、あの世界で魔王から得た訳の分からない知識は残っているんだよな。
魔法に関する様々な術式だとか色々謎の知識が。
「まさか……ね」
俺は苦笑いしつつ、自分の指先にほんのりライターの火が灯る様に火を出そうとイメージした。
ボッ
「……マジで?」
夢ではなかった様だ。
普段こちらでは色物異世界転生小説「三匹のお姉」という作品を連載していますが、普通のネタも一応書けますアピールをした方が良いのかなと思う今日この頃でした。異世界に召喚されて力を持ったまま戻って来るネタですが、続けるネタとして考えてはいないのでこれで完結です。
まぁ、弄れば余地はあるんでしょうけれど、この手のネタってよそ様でいくらでもありそうですので、うちで扱うのはよそ様で扱わないネタで楽しんで貰えたら良いのかなと考えております。
勿論、色物じゃない方向で何か考えて欲しいという需要が有ればやるんですけどねぇ。