29 推理の根拠
あるお客様のお話。
一人暮らしの家にカノジョを泊めた。翌日、宅配便の受け取りのために妹が留守番に来たそうな。荷物を受け取ったという連絡のとき、妹がいった。
「お兄ちゃん、誰か来たでしょう」
妹に頭の上がらない彼は考えた。昨夜のカノジョの家での行動。二人して飲みに行き、彼の家に帰った。小腹も空いたしもう少し飲もうということになって、社長の奥さんにもらった豚の角煮を電子レンジで温め、それを肴に二人で一つの缶ビールを飲んだ。夜半過ぎという時間と家についたという安心感、お腹が落ち着いた幸福感で早々に眠くなり、二人で枕を並べてベッドに入ったという。朝になり彼が目覚めたときにはカノジョはすでに起きており、すがすがしい、
「おはよう」の挨拶と大サービスのキスなんかもしてもらって彼はご満悦だった。その上、干しっぱなしだった洗濯物が畳んであり、昨日使った皿が一枚と箸が二膳洗ってあって、カノジョの心優しい一面に触れた彼はいつもよりも楽しい気持ちでベッドを綺麗に直し、二人で部屋を出た。
二つ並んだ枕、洗ってあった二膳の箸。以前、友達に借りたTシャツを洗って返すといったときに、畳み方が違うから勝手に洗濯されたほうが迷惑だといわれたことがある。もしや、カノジョが畳んだ洗濯物が彼の家の畳み方とは違ったのだろうか――私が推理したのはそのあたりだった。
「なんでそう思うんだ」彼の問いに、妹の答えはこうだった。
「食器洗剤の蓋が中途半端に開いてた。お兄ちゃんはこういうことはしない」
元来人間が雑な私は、背筋が凍るような気持ちになった。某、折角女に生まれたのに、女の勘とやらには無縁である。よくテレビドラマであるような長い髪を発見するようなシーンも、遭難しそうな部屋に住んでいる私には実感がない。
彼はそのままをカノジョに伝えた。カノジョはどうやら私側の人間だったらしく、
「妹さんは鑑識にでもなればいいわ」という言葉と共に彼は振られてしまった。
他人の家の相関図なんてよくわからない。そこまで頭の上がらない妹が本当に存在するのかそれとも実は本物のカノジョなのかはわからないけれど、私がカノジョであればやはり同じ対応をしたであろうと思う。本当に妹ならば、余計かもしれない。そんな小姑、嫌だ。
ミステリも書いたりするけれど、そんな細かい描写はしたことがないな、と思った。人間観察の目にしても、私は彼がそこまで几帳面な性格には思えなかった。どちらかというと豪快な雰囲気があり、小さなことは気にしないタイプで部屋がきっちり片付いているということにすら違和感を覚えたほどだ。
妹の推理は、彼の性格を知り尽くしている上に成り立っているのだが、
「そんな小さなことで……」という恐怖が全身を駆け巡った。二股を掛けたことのある、または現在そのようなあるまじき状況になっている方には共感いただけるだろう。そしてこれから完全犯罪を実際にしろ紙の上にしろ企てている方には参考になるのではないだろうか。
ほどよく酔っ払い家に帰りつき、コンタクトを外したとき、私の中にその恐怖が蘇り伸ばした手が震えた。保存液の蓋が中途半端どころか豪快に開いていたのだ。
私には几帳面な人に完全犯罪を仕掛けることはできなそうだ。




