2 サイト参加の理由
実はこのサイトを利用させていただくようになって約一年がたつ。
なんでサイトを利用するようになったかというと、第一の理由が処女作を書きたかったから。
特に、小説家になりたいとかではなく、作品を応募したことがある。最初に応募したのは、多分学校の先生で小学校くらいのとき、ちょっと大きな文集とかそういうものだと思う。その頃は個人情報保護とかは全くうるさくなく、うるさくないということはそれほど悪用もされていなかった時代である。
表彰された覚えがあるから、採用もされたんだろうけれど、それが文章だったのか挿絵だったのかも覚えていない。記憶にあるのは中学校からで、それはそれはたくさんの賞に応募した、というかされた。
夏休みの宿題は二学期になってからやるものだと思っていた私だけれど、絵画の宿題と感想文やら作文の宿題だけは、きっちり期日に提出していた。だいたいその中に、なにかの賞に応募するための作文なんかが含まれる。学校代表を選ぶためにてっとりばやく作品を集めるのには、ものすごくらくちんな方法だ。書くことが好きだった私はせっせと書いた。だが、その意図がわかっていなかったため、読書感想文は、必ず、推薦図書とは違うものを読んだ。推薦図書はたいてい何年も前に読んでしまっていた本だったし、そんなに字が大きい本を読むなんて、馬鹿にするなと思っていたからだ。読書に関しては、ちょっと先を行っているのよ、というようなおごりがあった。だから読書感想文コンクールには応募されたことはない。
記憶にはないけれど、そのレベルでは何度か表彰もされていた。覚えているものだと『税に関する作文』コンクール。銅賞だった。先生の車で表彰式に行った。先生はシートベルトの仕方を知らなかった。あんまりおいしくないお茶とお菓子がでたような気がする。内容は
『税金が足りないと増税を叫ぶくせに、年度末になるとやたら道路を掘り起こすのは予算を使い切るためだと聞いた。そっから考え直せ』
というものだった。もう二十年も前の話だから、私は前衛だったし、よく賞に残ったなとも思うし、その頃から皮肉屋だったんだなとも思う。同じ場所を何度も掘り返すことに納得がいかなかったんだけれど、同じ場所でも、地下には色んなものが埋まっていて、それぞれの管轄も違えば埋まっている深さも違い、いっぺんに工事すると地盤が弱くなってしまう恐れもあるから別々にやる必要性もなくはないのだと聞いたのは、税に関する作文を募集したやつらからではなく、べろんべろんに酔っ払った、爪の間にお仕事の証明が残っている作業着を着たおっさんからで、聞いた私も二十歳はとっくに過ぎていた。
コンクール目当てだけでなく、中学三年生のときは、週に一作は作文を書いていた。正確には書かされていたのだろうけれど、苦痛じゃなかったな。受験する学校に『作文』の項目があった。私は毎週毎週書いたけれど、先生に詳しく添削された覚えがない。
「『随分』はそう書くのかどうか、定かじゃない」
といわれたのを覚えてるけど、ちゃんとあってました。要するに、何を書くかではなく、書くことに慣れることが重要だったんだよね。
ある週、創作というお題を出されて、私は主人公が死んじゃう話を書いた。ダンサーを目指している少女が肺をわずらい、踊っちゃいけないといわれたのに、踊って死んじゃうという話。『舞台の上で死ねたら本望よ』という役者魂しかりの全然ハッピーエンドではない文章を書いた。先生はそれを創作作文のコンクールに応募した。佳作だったかな、ちょうど文集には惜しくも載らないあたり。
「ま、入試には創作はでんやろうけど」
と笑っていたけれど、まさかの創作。ムンクの叫びの絵から創作する、っていうお題でした。私は入試だってことを忘れ、推敲に推敲を重ねて時間が足りなくなってしまい、書き直し中だった真ん中あたり、原稿用紙の使い方がきちんとできていなかったことを物凄く悔やんで報告したけど、
「それは……大丈夫やろ」と軽く流された。今、私が先生で、あんな深刻な顔をして、
「段落の最初、空白開けて書き直す時間がありませんでした」といわれたら、同じ言葉を返すと思う。それをみるための作文ではなかっただろうから。
うわぁ、話が思い切りそれた上に、自慢話みたいになったけど、多かれ少なかれ、ここにいる人はそんな感じなんじゃないかと思う。
私がサイトを利用し始めた第二の理由は、もったいなかったから。
私は音楽をやっていて――とはいえ最近はとんとご無沙汰なんですが、一生懸命やっていた最後の頃何年かはいわゆる曲先で作っていました。曲が先にあって、詞を後からつけるというやり方。それを書くために文章を書いたり、設定を考えたりしていたから、これを発表しないなんてちょっともったいないじゃないの? と思ったのだ。それが二番目の理由。
三つ目の理由は、大人だから。
大人だから、自分の意見をいうべきじゃないか、と思った。それはね、声高に叫ぶとかそういうのではなく、自分の意見に責任を持つということ。世の中納得できないことは多い。『税の作文』で言いたいことをはっきり言ったし、それは決して間違ってもなかったけれど、受け入れられなかった。今でも相変わらず年度末は工事が多い。受け入れられなかったけれど、私はちゃんと意見をいったし、それは匿名でもなくもしかしたら誰かを傷つけたかもしれない。でも、それが問題になったとしてもなんの責任もとれなかった。子供だったから。
大人になると、直接的に自分のせいではなくとも責任を取らなきゃいけないことが出てくる。だからだんだん発言をしなくなるし、慎重になる。それでいいのかよ、って思う反面、その意見も大きな声では言えない自分がいることも知っている。だからせめて。
ペンネームも匿名とはいえなくもないけど、親からもらった名前ではなく、自分が自分自身につけた名前で伝えたいことを書き綴っておこうと思った。そして、絶対に押し付けないでおこうと。だいたい心に残る言葉なんて、押し付けられたことよりも、気の抜けたつぶやきなんだよね。私が今でもせっせとダイエットできるのも、
「お前が中年太りするのはみたくないなぁ」ってつぶやいたバンドのメンバーのおかげだし。
うう、なんだかいいわけじみてきたな。だから、小説家を本当に目指して、このサイトで切磋琢磨しようとしている方々からは目障りな存在かもしれない。美しい文章は書こうと思っているし、意見を言っていただけるのは本当にうれしい。ゴール地点は違っても、切磋琢磨しようと思っている気持ちは同じと寛大に見守って、見逃して欲しいです。
ま、そんなこんなでいこうかな。不定期に、不適に、そしてなるべく素敵に。