第31話 俺&鬼霧丸 VS 八咫烏
懐かしい。
体に、馴染む。
いつも、そこに在ったような、身体の一部のようにさえ感じる。
そして、俺は、
朱鞘の、日本刀をその手に持っていた。
目の覚めるような朱く塗られた鞘が美しい。その鞘には、ところどころ繊細な装飾が施されている。大胆のようでいて繊細なそれは、彼女を彷彿とさせる。まだ、鞘に収まっているが、抜いたら、それはそれは彼女のような見るだけでも震えがくるような、鋭く光る刃が現れるだろう。
鬼霧丸―――。
それは、紛れもなく彼女自身が刀に変化した姿である。
いや、刀の姿こそ彼女の本性と言って過言ではない。
そうだった。これは俺の刀だ。刃渡り、九尺三寸。重さは一〇〇キロを優に超える。常人には重すぎるなんてものじゃなく、持ち上げることすら叶わないだろう。しかし、俺は何故かそれを普通に持つことができ、そのしっくりくる感じは、抜け落ちていたパズルのピースが嵌ったようだった。
そして、この大振りとは言うには、大きすぎる程の長い刀を、
俺は、いとも簡単に、無意識に腰だめに構える。
この刀を一番活かせる形。
それは抜刀術。
物理的にも長さ的にも、無理だ。そんなことは俺も百も承知だ。どう考えても、俺の身長よりも大きい刀を振り抜くことは無理だ。それに、鞘走りを考えると抜刀術など、愚の骨頂。その場で鞘から抜いて、そのまま振り回した方がいいに決まっている。
だが、教えてもらった。そう、この刀に。■■ちゃんに。何度も何度も、修行をしてきたんだ。
俺の頭のに直接囁かれているような声が脳内に響く。
「おい、トウシ。あれくらいのものは一太刀でやれ。無駄振りは、・・許さん」
「無茶なこと言うなよ」
「ん!?」
「・・いや!頑張ります」
身体が彼女の声に反射して、びくっとなる。何しろ怖い。
「ギャー!ギャッ、ギャ」
そこで、カラスが初めて威嚇の声を上げた。敵と認めた、いや自分の命を脅かす存在だと、たった今気づいたかのようだ。この刀は、形勢を逆転できるほどの存在だ。そのことをカラスも分かっているようだ。
「ほれほれ、くるぞ」
どことなく、楽しそうな声が聞こえてきた。
やば、緊張してきた。
左脇に抱え、左手で鞘を支える。
両足を馬上の構えにて足をにじる。
右手を脱力にて、柄に触れる。
「そうそう。よく覚えていたね」
そう声がかけられた。無意識だけど、その構え方が正解とわかっていた。
そして、カラスもこちらに向かって嘴を向けてきた。
そして、攻撃してくる瞬間―――。
俺は、鬼霧丸を迷いなく振りぬいた。
一瞬でカラスが、胸元から上下に二つになるのが見えた。
それまで、苦労して近づくことすらできなかったカラス相手に、たった一振りで真っ二つにすることができた。本当に呆気ないくら簡単で、逆に心配になる。
念のために止めを刺すというよりか、それとは別に、もっと鬼霧丸を試したいという思いが上回る。俺は、鬼霧丸を扱うことに喜びを感じ、もっと斬りたいという衝動を止められなくなった。
俺は抜いて空になったばかりの朱鞘を地面にそっと置く。そのまま、右からの切り上げをする。勢いで二間ほど飛び上がり、宙を蹴って地面に向かいながらもう一度振りぬく。地面に着く前にもう一度トンボをきり、つま先から着地。左側にサイドステップ。一間半ほど飛び、地面に着く前に右に向けて振りぬく。そして、一間ほど再度飛び上がると、左右にきっかり十回振りぬく。
そして、先ほど地に置いた朱鞘の隣に降り立ち、正眼に構えて、残心。
十秒ほど数えてから、肩の力を抜いた。
自分でも惚れ惚れするほどの連続斬りだった。
気が付いたときには、もう鬼霧丸は俺の手にはなかった。
あれ?
俺は手のひらを見つめようとすると、後ろから頭をひっぱたかれた。
ぺしっ。
「痛い」
「やりすぎだ。ばかたれ」
振り返ると、腰に手を当てて、「怒っています」、のポーズをしているおかっぱ美少女。すでに刀の姿から人型へ戻っていた。
「だが、久しぶりにしては上等だった。ま、一太刀でよかったんだがな」
にっこりと、こちらが恥ずかしくなるほどの笑顔を向けてくれた。いつもクールなおすまし顔をしているから、たまに無邪気な微笑みを向けられると、ドキッとしてしまう。
「・・」
俺は、ほっとしながら、意識が遠のくのを感じた。段々と目を開けていられなくなる。
ユミを助けないと、とか、彼女がまた居なくなってしまわないか、俺はどうなるのか、とか。確かめたいことがたくさんあるのに、このポンコツの身体は言うことを聞かない。
そして、完全に意識が落ちた。
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